四十一話 「特別演習」
エルロッド達が魂の加護や魔王陣営の話をした数日後、Sクラスに六人が揃ったということで特別演習が行われることになりました。
特別演習の内容は一週間の遠征。強力な魔物しか出現せず、魔王が攻撃を仕掛けてくる本拠地があると言われる魔王領近く、北の方へと進み、魔物を倒しながら行って帰ってくるというものです。
出現する魔物のランクは最低でもA、運が悪ければ神狼級の魔物が数体同時に出てくるなんてこともあります。そしてそれらの魔物を何体ほど倒せばいいのかと言うと。
「千体、であるか」
単体との戦闘ならば負けはないと言えるアザトが一度に相手にする想像をして眉根を寄せていました。
Sクラスでなければありえない要請です。
「ま、俺らならいけるだろ?な?」
少し不安げな面々に対し、結果もこの特別演習も知っているエルロッドは気楽なものでした。
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「いよいよなのです!遠足遠足ぅ!」
まだ薄暗く、西の方では星が見える時間帯、勇者育成機関の中庭、芝生の上ではしゃぐヒスイを尻目に機関長ブレイブ・リザードが告げます。
「これより君達には北に向かってもらう。魔王領に近付き過ぎると魔素酔いを起こしてヘタをすれば死ぬこともある。気を付けていくように。健闘を祈る」
その言葉にもはや迷いはなくなったのか笑顔で応える六人。ヒスイとエルロッドに至ってはサムズアップしています。
満足気に少し微笑む機関長の顔は牙を剥き出しにするドラゴンそのもので、少し怖かったとヒスイは後に語りました。
北の目標地点であり、かつて魔王の攻撃によって滅びた旧コルサーム領。そこは通常、馬車で片道半年はかかるところですが、今回は転移によって一分足らずでの到着となりました。
「勇者育成機関の技術力ってすごいんじゃのう」
シキが子供のように少し目を輝かせています。そしてその周りではヒスイがはしゃぎ回っていました。
「ゆっきゆっきふわふわへーい!」
シキよりさらに子供らしく、しかしその体は成長の証とばかりにどことは言いませんが大きく揺れまくり、シキとハココが少し悲しげに下を見て胸をなで下ろす動作を行いました。なにか安心したのでしょうか。
そしてヒスイがはしゃぐ理由は一つです。転移してきた途端一面の銀世界、まだ薄暗く西を見れば星あかりと月明かり、東を見れば白んで来た空。美しく輝く雪は未だに振り続け、どんどん強くなり、完全に吹雪となりました。
「寒い寒い寒い!やばいって!誰かあああ!」
人一倍この北の大地の寒さに弱いエルロッドが絶叫しました。体を温める魔法などはいくらでもあるのですが。
屍鬼なせいか寒さより暑さに弱いシキが呆れを顔に浮かべ、もともと氷の加護を持つベルルカは涼しげな顔であたりを見回し、フルアーマープレートを着込むハココは微動だにしません。大きな筋力と凄まじい闘気に覆われたアザトもタンクトップにも関わらず何でもなさそうですし、ヒスイは気温など感じていないかのようにはしゃぎ回っています。
エルロッドだけが、寒さに震えているのでした。
「こんなところに一週間もいられるか!クソ!」
口汚く吹雪を怒鳴りつけると魔物の索敵を開始しました。
「運動すれば少しはあったまるよなぁ…」
肩をいからせ雪の中をずんずん進んでいくエルロッドの姿は寒さを感じていないように見えたそうですが。
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「目標補足。準備完了」
真っ白な吹雪で視界が遮られる中、空気の流れで獲物の位置を捉える魔物が現れ、空中に浮かぶ無防備な小さな影に向かって鋭い牙の並ぶ顎を大きく広げました。
「二。一。発射」
飲み込まれる寸前、ハココのフルアーマープレートから六角形の部品が展開、分離しハココの周りに漂います。ハココの声に合わせて敵の方向に向くと、八本の光線が放たれ、魔物の討伐の証となる部位、空気の流れを読むための触覚を残して焼き尽くしました。
「ここだよーっと!」
五体の巨大な魔物が目の前にいた小さな人間を見失ったかと思えば、背後から声が。即座に反応して振り返ってもそこにいたのは自分たちと同じ魔物です。どこに行ったのかとキョロキョロしていると、再び声。
「だからここだってばよ!」
種族、ミミック。特技は擬態、というよりもはや変身。そんな彼女、ヒスイ・ミミックの声に振り向くと、そこにいたのは先程の魔物ではなくさらに巨大な黒い影。一口ですべての魔物を飲み込むと、討伐の証である大きな掌を四つ吐き出しました。
「ふむ、である」
腕組みをして瞑目する巨漢の前に現れたのはその巨漢のさらに十倍はあろうかという化物。一歩ごとに地面を揺らし、轟音を鳴らしながら近づいて来るその姿は山のようです。体を少し引いたかと思うと、巨体に似合わぬ凄まじい勢いで巨漢にぶつかりました。
「力が全てではないのである」
質量差など何のその、と言わんばかりに化物を押し留めるアザト。通常なら力がどんなに強くても自分より遥かに重い相手に向けて放てば弾き飛ばされますが、下からかち上げることによって地面の質量を自分の質量とし、受け止めることが出来るのです。アザトの拳の一撃で、巨大な化物に似つかわしくない小さな角を残して弾き飛びました。
「まだまだ若いのう」
ゆらゆら、ゆらゆらと揺れる小さな影が尾を引いてすぅっと白い雪の中に消えます。しかし体温を見ることで相手を補足する魔物にとっては目くらましにもなりません。そのはずが。
「生憎此方は屍でのう」
音もなく背後から現れた少女に血を吸われ、虚ろに立ち尽くす魔物のギラギラと輝く赤い瞳をくり抜くと手刀の一閃で首を切り落とし、恍惚とした表情で吹き出す血を浴びるのでした。
「こんなものではまだ、全然足りませんね」
人狼は目の前でブツブツと呟きながら透き通る斧槍を振り回す隙だらけの体を狙い続けていました。大きくその爪を薙ぎ払うと、一本しか無い斧槍は弾かれ、大きくのけぞる人間に、反対にまだ左の爪が残る人狼は確実に仕留めたと笑います。
「こう、すればいいのでしょうか」
次の瞬間、仰け反ったベルルカの目の前に居る人狼に十数本の霧の斧槍が突き刺さります。地面の雪や空中の雪を瞬時に固めて地面に縫いつけたのです。ベルルカは人狼の耳を切り落とすと、エルロッドの影を追って歩き始めました。
「寒いんだよおおお!」
木刀一本を振り回し、音も置き去りにして残像すら見せずに疾走する一人の影。百を越える魔物が追いすがっては吹き飛ばされ、消し飛ばされ、消滅していきます。
「…討伐証拠部位残さなきゃ帰れないじゃねえか」
絶望したかのように顔を青ざめると、エルロッドは魔法を唱えます。高速で省略されたその魔法の名は選別の裁き。詠唱を複雑化することでいくらでも対象を絞り込んで破壊したいものだけを破壊する特殊魔法は、果てしなく増大した消費魔力にも関わらず発動し、百七十六体、九十二種の魔物の討伐部位だけを残し、すべてを消し飛ばしました。
…そうして歴代Sクラス最速、三日間で千体の魔物を狩って帰ってきたエルロッド達でしたが、一番の活躍を見せたエルロッドの最初のセリフは「風呂!」だったと言います。
というわけで早くも本日二話目です千歳衣木ですお久しぶりです。お久しぶりじゃないです。
これでSクラスのイベントも終わりましたので、そろそろかわいい子には旅をさせたいと思います。かわいい子なんていなかった。
あまり書くこともありませんからこのへんで。
千歳衣木でした。




