三十八話 「氷上の斧槍」
ベルルカの得物であるハルバードは明らかに重いとわかる大きさと、そしてなによりベルルカ自身の身長を超える長さを持つものでした。
「おや、これが気になりますか?」
「ん?」
エルロッドが懐かしいそのハルバードを見つめていると、ベルルカがこころなしかいらだたしげにそう言って振り抜き、距離を取ります。
撃ち合いの最中に武器をじっと見つめられたら実力差と相手の態度にいらだつのも当たり前ですね。
「これは斧槍・凍てつき停滞する牙。決して壊れず敵を貫く、ハルバード家に伝わる家宝です」
「へぇ…」
「もっとも、私の実力はこの武器に釣り合っていませんが」
エルロッドはその言葉を聞き、笑います。ベルルカの丁寧な言葉とは裏腹に、それは謙遜などではないのです。
エルロッドに向けて家宝の斧槍を投擲すると、手元に武器がないというのに笑うベルルカ。
両手を前に突き出して静かに呟きました。
「氷界創造…霜の斧槍」
それはベルルカの、氷を創り出し操る加護。
溶けず砕けず、その刃に傷付けられたものは凍りつくという性質を与えられた斧槍は何度でも生み出され、絶え間のない攻撃を仕掛けてきます。
しかし。
「このくらいはなければ私の実力には足りません」
「その程度の攻撃じゃ俺は倒せない」
エルロッドはソニックブームを生み出しながら飛んでくるそれらをかわし、弾き、掴んで投げ返し、全くの無傷でベルルカに向き合って、あまつさえ話す余裕まであるのでした。
「やりますね…これではどうでしょう?」
ですが対するベルルカも焦った様子はなく、むしろここで終わらなくてほっとした、そんな様子です。
「波立たぬ湖畔」
ベルルカがスキルのトリガーを引くと、Sクラスの床が、いえ、机や椅子、それどころか壁を伝って天井まで全てが瞬きの間に凍りついてしまいました。
「校舎の半分くらいは凍ってるんじゃないのか?」
少し浮き上がってそんなことを言うエルロッド。
「あの速度の攻撃の性質を瞬時に読み取ってかわしますか」
明らかに初見殺しの攻撃でしたが勿論エルロッドは知っていました。
勿論一度目とは違い、二週目の今であれば目視してからの回避も容易かったでしょうが。
ベルルカのスキルに巻き込まれかけたハココやアザト達はどうやら飛び上がって足元の氷を砕き足場を確保したようです。が。
「ベルルカはこのままの方がやりやすいんだろ?やろうぜ」
エルロッドは滑らかすぎる氷の上にゆっくりと降り立つとベルルカのフィールドでやろうと挑発をします。
あたり一面は光が反射して真白に輝き、神聖な雰囲気すら醸し出していました。
「いいでしょう。後悔はしないように」
ベルルカが音も無く霜の斧槍を創り出し、構えるとエルロッドも大きく跳躍する姿勢を見せました。
凄まじい衝撃音を響かせつつも氷にはヒビすら入れず、エルロッドがベルルカに突進します。交錯する視線に読み取れる感情は、喜び。
右斜め上から振り下ろされた木刀に、斧槍を反転させて石突の方を向けると柄で滑らせて左側に受け流します。そしてそのままの勢いでさらにハルバードを反転、斧の部分に全ての勢いを乗せて振り下ろしました。
しかしエルロッドも黙ってやられているわけではありません。受け流されたその姿勢のまま氷に木刀を突き立てて直立すると両足で斧槍の刃を挟み込み、ベルルカごと投げ飛ばしました。
一見互角の戦いではありますが、勇者は加護を使わずにここまでやっています。いえ、滑りやすい足元で、術者の特権で滑らないベルルカよりも早く動いて見せたのです。
なんとしてもエルロッドに加護を使わせようと持てる力を全て使い打ち合い続けるのでした。
―――――
「く…か、完敗ですね」
そうして戦った結果、エルロッドの勝利に終わりました。
「いやいや、ギリギリだったぞ?危ないとこだ」
「あなたは加護を使ってすらいないではないですか?」
エルロッドの言葉に責めるかのように言うベルルカでしたが、エルロッドの続く言葉は予想もしないものでした。
「いや俺、加護持ってないから」
どういうことですか。勇者は女神の加護を授かって生まれてくるんじゃないんですか?千歳衣木です。
今朝は眠過ぎて何も考えられませんでしたが、ひとつ言えることがあるとすればSクラスの面々とエルロッドが戦う場面はこれが最後になるでしょうということです。
えっ、ハココちゃんとかヒスイちゃんの戦いは!?
すみません。私は女の子を戦わせられない。嘘です。今後の展開にご期待ください。千歳衣木でした。