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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
二章 勇者育成機関にて
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三十二話 「人と虫では地力が違う」

エルロッドの挑発を受けて顕著に怒りを表したのはぺネッツ。自らを含めたAクラス全員が見下されているのですからそれも仕方ないことではあるのですが、今この場においてぺネッツはAクラスの誰よりも扱いやすい相手でした。

たとえ実力があっても精神が足りなければ敗北の道しかありません。


「アンダーテイカー、君は何か勘違いをしているね?それか怒りで状況がわかっていない。君は所詮B上がりで僕らは生粋の」


ひくひくと顔をひきつらせながらどうにか繕った笑顔を顔に貼り付け、笑顔でエルロッドに近付くぺネッツ。


「あぁ、最初から与えられた評価に甘んじてこの場を離れることの出来ない生粋の乳幼児精神だよ、お前らは」


そんなぺネッツの言葉を遮って苦笑するエルロッドに流石に耐え切れなくなったのか、魔法鉱石体化オリハルコンを持つ男子、ガルテがエルロッドを掴み、戦闘訓練用のステージに叩きつけました。


「お望み通りだぜ雑魚野郎!あぁ!?どうした!?立てよ!もう伸びちまったのか!?ハハハ!」


ガルテがエルロッドを叩きつけたところの真上に歩いていってステージにめり込んだ無様な勇者を覗き込みます。

するとそこには無傷で苦笑するエルロッドが。


「お前、確かに硬いけどそれだけだな。それ以上の硬度をもつ相手がいれば砕かれて終わり。加護に甘んじて、力、鍛えてなかったろ?」


エルロッドが起き上がりながらそう言いました。

実際それはガルテにとって図星ではありましたが、だからどうということもありません。


「それがぁ!?どうしたってんだこのカス!俺は事実、今ここにAクラスのトップとして」


Aクラス(・・・・)のな」


お前は機関のトップじゃない、真の強者じゃない。そう意味を含ませたセリフにいくら鈍い彼でもAクラス。一瞬の間がありましたが即座に理解し、 エルロッドに殴りかかりました。


「てんめぇえええあああああああぁ…あ……ぁ」


「戦場じゃ考えなしに動くのは危険だが、考えるために立ち止まる方がはるかに危険なんだよ、ノロマ」


いつの間に移動したのか、ガルテの背後で木刀を腰に構えていたエルロッドが言いますが、ガルテは既に気絶していて聞いていません。


何が起きたかわからない生徒達が呆然と勇者の方に視線を動かします。ガルテと勇者を何度か行ったり来たりして、ようやく状況が掴めたらしくエルロッドに畏怖の視線を向けました。

Aクラス近接最強のガルテが一瞬にして倒されたのですから。


しかしそんな状況を叩き壊すのがリーダー。そう、ぺネッツです。


「おいおい、不意打ちとは卑怯じゃないか?ガルテは加護も発動させていなかったんだぞ」


それに気付いた周囲の生徒達。魔法鉱石体化さえ発動していればエルロッドに負けるわけがなかったと思い込み(・・・・)安堵の息を吐きました。


「はぁ…こういう事はあまり言いたくないが、先に手を出したのは向こうで完全な不意打ちだった。それに俺は武器をしまった状態から抜刀、振り抜くという動作を目の前でやったんだ。それをかわせない方が悪いだろ?」


数の力、周囲の視線など柳に風。エルロッドは全く動じずに正論を言ってのけました。少々、人間とは感覚が違い過ぎますが。


「かわせない方が悪い、か。じゃあこれがかわせなくてもお前のせいだよなぁ!」


ぺネッツが両手を前に出します。エルロッドはそれを見て即座に回避――しませんでした。


「魔力纏うくらいしろよ、ぺネッツ。陽動にもなってない。お粗末すぎるぜ。あと君、名前忘れたけど…隠蔽もしないんじゃこうだ」


ぺネッツの方から視線を動かすことなくエルロッドが無詠唱で背後に魔法を発動させます。


あまりに素早い反応速度。エルロッドに名前を忘れられた少女、ソーレリアがその人間離れした早業に目を見開きます。


反射リフレクト。それから、非殺傷ノン・リーサル付与エンチャント


そうしてソーレリアが放った魔法は御丁寧に非殺傷属性まで付けられて跳ね返り、ソーレリア自身を飲み込んで気絶させました。


「にしてもこの魔法少女もかわいそうに。無詠唱を覚えれば不必要なスキルじゃないか」


エルロッドの覚えている限りではこの子の加護は詠唱省略ミニマムスペル。完全な無詠唱とまではいかなくても限りなく短い詠唱で十全な力を発揮する強力な加護です。


しかしこの勇者とかいう規格外な存在にとっては無詠唱が当たり前であり、無詠唱の場合だと通常の二から五倍の魔力を持っていかれるうえに威力が低下することが抜け落ちていましたが。


「ガルテに続きソーレリアまで…う、そだろ…」


Aクラスのどこかから全員の気持ちを代弁する声が上がりました。


無言のままにクラス中に広がる、「エルロッド・アンダーテイカーは噂通りの化け物であり、紛れもなく強者である」という認識。


ぺネッツは自分が一番ではないということに漠然とした恐怖を抱き、エルロッドに殴りかかりました。

そしてエルロッドの左腕一本で地面に叩きつけられ、その意識を手放したのです。


「…あれだけ啖呵切らせといてかかってこないとかお前ら頭おかしいんじゃねえのか?」


Aクラスを見渡してそう呟いたエルロッドでしたが、その思いに応えられる生徒はひとりとして存在してはいませんでした。



―――――



「魔王候補。エルロッド・アンダーテイカーについて。間違いなく最強の部類。Sクラス内においての順位は…」


またも教官のいないSクラス。ちゃんと存在しているんでしょうか、Sクラスの教官。


「おや、どうしましたかハココさん?」


「先程エルロッド・アンダーテイカーの戦闘訓練時の映像を確認。同時に観測された彼の魔力波と併せて比較」


フルフェイスアーマーを着けた生徒、ハココがなにやら呟いているのに気付いて寄ってくる長髪な貴族の息子、ベルルカ。彼はいつも誰かと話していますね。


「ほう、彼の戦闘データですか」


興味深そうに笑うベルルカでしたが、ハココの分析が終わると言葉の途中で心底失望したという表情を浮かべました。


「エルロッド・アンダーテイカーの戦闘能力はSクラス内最弱」


「…それは…。分析、お疲れ様です。ありがとうございます」


そうしてベルルカはそのまま別の男子生徒のところへ歩いていってしまいました。


「ただしそれは」


ハココは誰もいない空間に向かって言葉を紡ぎ続けます。


「あくまで取得された戦闘訓練時のデータに基づくもの。私の主観によれば彼は恐らく――」


そこで初めて自分の意見を述べるハココ。少し躊躇いがちに言葉が切れます。

しかしそれも一瞬のこと。


「――人類の歴史の中で最強」


例えどのような人が聞いても戯れ言だと切って捨てられるそのセリフは、ハココ自身にしか届きませんでした。

もしこの話から読み始めたという方がいたら申し訳ありません、こちらは最新話です。一話から時系列順になっておりますので、順路に沿ってお進みください。

いつもお読みいただきありがとうございます。千歳です。


千歳です、と言いましたが年齢の話ではありません。それから、あとがきに書くことも特にありません。

勇者の強くてニューゲーム、楽しんで読んでいただけたなら幸いです。ブックマーク、評価、とても励みになります。読者の方々に感謝のクリティカルヒットを。


千歳衣木でした。

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