三十一話 「我々の正義」
Aクラスにおいてトップレベルの実力者は四人。物理的な戦闘において右に出るもののいない男子、扱える魔法の多彩さと魔力量において誰も敵わない女子。
それから、物理、魔法、戦略、全てが試される実践において臨機応変に立ち回り、Aクラス内では未だ負けを知らない男子。
「グゥハハハ!その程度かBクラス上がりィ!?」
「近接のみとかいうわけのわからないルールをやめて欲しいのだけど」
イムがのらりくらりと相手の攻撃をかわしながらぼやきます。
現在の戦闘訓練でイムと相対するのは魔法無効、物理減退という魔法鉱石体化の加護を持つ男子。ガルテ・アルテです。
「そんなルールはないぜぇ…?ただ、魔法が効かない体質でねぇ…」
そう言いながら体格差二倍ほどのイムの頭を片手で掴むとそのまま地面に叩きつけました。
「痛いんだけどさぁ…」
ムッとした表情でイムが立ち上がり、ようやく構えのようなものを見せました。
「おぉ、ようやく反撃か?今更始めても遅いぜぇ?」
そう言って歪んだ笑みを見せたガルテの目の前で起きたのは異形の誕生。イムがリミッターを外した状態で地面に腕を叩きつけると、少しばかり鈍い音がして腕が粉々に粉砕されます。
その腕が徐々に膨れ上がり、元の三倍程の太さにまでなると今度はその大きな手で足を掴み、砕きます。
「なんだそれは…お前の加護か…?」
相手が巨大化していくにも関わらず心底楽しそうなガルテ。自分を傷付けることがトリガーになる加護なんて使いたくないと思いますけど。
「ボクの加護が見たいのかい?ちょっと待っててくれ」
そういいながらも自分の体を破壊しては隆起させていくイム。体全体が約三倍に膨れ上がっていくという異常にもAクラスは驚きません。
「さて、行かせてもらおうか」
先ほどとは比べ物にならない速度とパワーでガルテに迫るイム。
「テレフォンパンチだぜ!」
すかさずカウンターを合わせようとしたガルテの左脚がかくんと曲がります。
「油断したらダメだろ?呪詛」
爽やかな笑顔とは裏腹に放たれた強靭な拳はいかにオリハルコンの体といえども容易く吹き飛ばしました。
「いやぁ、効いたぜぇ…」
すぐに立ち上がってきたガルテの体には傷一つありません。
イムはそれを見て即座に諦めました。降参です。
「今の以上の火力は僕には出せないからね。オリハルコンは貫通できないのか…」
悔しそうに呟くと観客席に向かいました。Aクラスは人数が少ないため、一組一組全員で観戦する余裕があるのです。
「Bクラス上がりにしてはよくやったんじゃないか、Bクラス上がりにしては…Aクラスにいる以上は今ので最低レベルだけどさぁ!」
初日、エルロッドを馬鹿にした男子生徒、現在Aクラスの実質一位、最もSクラスに近いと言われる生徒、ぺネッツ・ランサーです。
二日目の今日、エルロッドだけでなくイムとフレデリカのことも容赦なく潰しにかかるつもりのようで、戦闘訓練の組み合わせを勝手に決めていました。
勿論断ることは可能ですが、そうすれば戦って負けるよりさらに酷く、「逃げた負け犬」のレッテルを貼られることになるでしょう。
「さぁ、次は…魔法使いのお嬢さんと、よし。ソー、君だ」
フレデリカともう一人、魔女らしき生徒を指で指し、戦闘訓練用のステージに上がることを要求しました。
「フレデリカ・コロナよ。正々堂々、よろしく」
フレデリカが手を差し出すと、ソーと呼ばれた女子は笑顔でその手をはたきました。
「気安く触れないでいただきたいですの。名前だけは名乗ってあげますわ。ソーレリア・シェル。正々堂々など、不正をするならあなたの方ではありませんの?」
フレデリカが顔を真っ赤にしてソーレリアを睨みつけると、周りから笑いが起こります。
「いいわ…加護無しでぶちのめしてやるんだから!」
「あ、フレデリカ、キレた」
エルロッドが小さく呟きます。キレたフレデリカでは相手を殺してしまうかも知れませんが、まぁ自業自得かと思い黙っていました。すると隣のイムがエルロッドに尋ねます。
「そういえばエルロッド君、フレデリカ嬢の加護ってなんなんだい?」
尋ねられて初めてフレデリカの加護を知らないことに気付きました。
「…さぁ?なんだろう」
「…まぁいっか」
男二人でもやもやしつつ、そのうち教えてもらおうと頷き合ってステージの方を見るのでした。
「加護無しで戦うなんて舐めた真似をするんですの!後悔しても遅いですの!」
「うるさいわね!骨の一片も残さず灰にしてやろうかしら!」
同時に詠唱を終わらせると、フレデリカの正面には火炎の刃を持つ両刃の剣が五振り現れ、ソーレリアの周辺には全てが水で構成された剣士が三人現れます。
「水流剣士…!?詠唱の長さが釣り合ってないわ…!」
フレデリカが歯噛みしている暇もありません。駆け出してきた剣士達が切り付けると、炎の剣はあっけなく掻き消えてしまいました。
「こちらは加護を使っていますもの!詠唱省略ですの!」
堂々と相手に自分の能力を教えるソーレリア。付け入る隙がありそうなものですが、能力は高いために対処で精一杯になっています。
「対処の仕様がないわね…厄介な」
フレデリカも加護を使えばいいものを、本当に使わずに倒すつもりのようです。頑固ですね。
「こうなったら……っ!?」
何か思いついたのか杖を構えるフレデリカでしたが、体の力が抜けたようにふらりと揺らぎます。
「あーらら、時間切れですの」
それをみたソーレリアがにやりと笑ってフレデリカにそんなことを言いました。
「時間…?」
「寄生魔法・束縛する影」
ソーレリアが魔法のトリガーを唱えると、フレデリカの右手から影が飛び出してフレデリカを縛り付けます。
「いっちょうあがり〜ですの!ざまぁないですの!」
ソーレリアが嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねます。子供のように愛らしいですが、エルロッドには納得が行きません。
「おい、お前。その寄生魔法…最初に握手を拒否した時に掛けたな?」
寄生魔法とは相手の肉体に直接触れることで仕掛けることが出来る罠のような魔法です。
少しずつ魔力を吸い、溜まりきったところで術者が詠唱を行うことで発動する少々特殊な性質を持っています。
指摘によってソーレリアが少しは狼狽えるかと思ったエルロッドでしたが、そんな事は全くなく、むしろこう言ってのけたのです。
「不用意に手を差し出す方が悪いんですの。実戦なら死んでても…いえ、死んでましたですの!」
確かに一理ありますが、試合と割り切って行動したフレデリカに対してあまりにも失礼です。
「…お前らは何も思わねぇのか?おかしいだろ、今のは」
そんなエルロッドの声も届きはしません。まさにイジメ、そういう空気です。
「生憎だけどアンダーテイカー。これが僕らにとっては正しいことだよ。正論じゃないか、ソーの言う事は」
ぺネッツがニヤニヤとそう告げます。それを見た勇者は冷たく静かな、研ぎ澄まされた怒りを感じました。
「あぁ、そうかよ…Aクラスのプライドってのはズルをして勝っても守られるようなやっすいプライドなのか」
一度目の人生より遥かに酷いAクラス。それは時期もあるでしょうが、エルロッド自身のSクラスまで行くのは容易だという気持ちが招いたものです。
しかし、だからといってAクラスの人間達にしてはあまりに低俗な態度に怒りを覚えずにはいられませんでした。
「そんなんがてめーらの正義だってんなら、いいぜ。全員かかってこい。一分。一分で全員半殺しにしてやるよ」
この人生で勇者が初めて全力の殺意を向けた相手は果たして、同じ機関のクラスメイトでした。
いつもお読み頂き感謝を禁じ得ません。千歳です。
評価をしていただけて、感無量です。
最近寝不足気味にも関わらず電車に乗ると更新がやめられない病にかかってしまったようです。
ちゃんと寝るようにします。
それからですね、後書きで書くことでも無いかもしれませんが、ブックマークとPVが急激に増えていまして。
そのあたりのシステムがどうなっているのかはよく知らないのですが、頑張りが少しは報われたのかなと思うと同時に読者の方々あっての小説であり、私の生み出した世界やキャラクターが多くの方々の目に止まるという現実に喜ばしく思っております。
読者の方々に感謝を忘れず、邁進していきたいですね。
長々と失礼しました。千歳衣木でした。




