二話 「墓守の客人」
「エル、これがわしの作った魔道具第108弾、フェニックスフレイムじゃ」
アンダーテイカー家のある一室、エルロッドの祖父で魔道具発明家(自称)のハインス・アンダーテイカーの研究室で、エルロッドとハインスは楽しく談笑していました。
「爺ちゃん、そんなのこっちに向けないでくれ」
「何、誤射の心配はほぼゼロと言っても過言では」
そこまで言ったところで、ハインスの手元にあった20cm程の筒から、どう、と音を立てて炎が吐き出されます。
「ちょっ、おい!」
エルロッドは焦って右手を炎に突き出します。勇者といえども、子供の体では重症を負いかねませんから、魔法で防御しようとしたのです。
が、当のハインスは全く焦る様子を見せません。
「安心せい。このフェニックスフレイムは大した火力は出ないからの」
「…だろうな、また失敗作か」
右手を下げ、嘆息するエルロッド。
いつもどおり祖父の発明品は魔力量が不足しているのか、わざとなのか、破壊力は皆無と言っていい代物でした。戦闘用ではなくパーティグッズ程度にしか使えませんね。
ともかく、今回のフェニックスフレイムも同じく、キャンドルファイヤと言う名前の方がしっくりきそうな低火力です。ほのかに暖かい。
しかし、ハインスはエルロッドの言葉にまゆをぴくりと動かします。
「何を言うか。第1弾、願いの腕輪は古代級の魔道具じゃぞ」
そう言うとハインスは部屋に唯一ある机の上、大事そうに置かれている箱を取り出しました。
箱から現れたのは細かい装飾の施された綺麗な腕輪。確かに内包された魔力は凄まじいものが感じられます。
「だけ、だろ…魔力量だけっぽいしな」
「ははは。まぁエル、わしが死ぬか、お前が旅立つ時、この願いの腕輪をもっていけ。どんな願い事も叶える強力な魔道具じゃ」
冗談めかしてそういうハインスでしたが、しかしその目は少し寂しげに見えました。
「爺ちゃんがくたばるなんて想像もできないね。縁起でもない」
エルロッドは前回の人生を思い出しながらそう言いました。
祖父ハインスはエルロッドがまだ10歳にもならない頃…正確に言うなら今と同じくらいの頃に死んでしまったのです。
「まぁそんなこともあるまい。そろそろわしも寿命じゃろうよ」
「そうかよ。ならそいつの使い方は聞いておきたいんだけど」
前回はわからず終いだったからな、そう言おうとした時、アンダーテイカー家の玄関の方向からこんこん、と二度ノックの音が聞こえてきました。
時間は昼過ぎ。しがない村外れの墓守の家に一体何の用でしょう。
ハインスの部屋から移動したエルロッドは、宿屋の看板娘のアイリーンちゃんだったら嬉しいんだけど、と思いながら玄関扉を開けました。
するとそこにはアイリーンちゃんではないものの、ミステリアスかつ妖艶な雰囲気の美人さんが立っていました。
「どうもこんにちは。勇者育成機関の者です。ここに類稀な才能の持ち主がいると聞きましたので、お話よろしいでしょうか?」
そこにいたのは王都にある勇者育成機関の制服を着込み、護衛も連れずに営業スマイルを浮かべる謎の女性でした。
―――――
勇者育成機関の人間という謎の女性。
ティアナと名乗った彼女は、エルロッドの父と母、ディランとリリーに向き合って客間に座っていました。
「うちの子に勇者の素質がある?何かの間違いじゃないでしょうか」
リリーが不安そうに口を開きました。隣でディランも頷いています。
エルロッドにはこれ以上ないほど勇者の素質があるのですが。なんせ残念な頭とはいえ歴代最強の勇者だったのですから。
「いえ、近隣の街から強大な魔力反応と巨大な魔障壁が観測されたのですが、この村であと可能性があるのはエルロッド君だけです」
そう言うとティアナはエルロッドの方をちらりと見ました。
なるほど、俺以外の子供全員は既に確認済みってことか。エルロッドはそう推測し、どうするべきか思考を始めます。
ここで王都に向かっても、向かわなくても、結局は15歳になったら王都に向かうことになるのです。なんせ勇者になるためには勇者育成機関にて勇者として認められるのが最速の道ですから。
王都に向かう旅は普通に行けば2ヶ月はかかり、道中に魔物が出たりその日の食料に困窮したりと、二回目であることを考えれば容易なものでしょうが面倒なことには変わりありません。
ですがティアナが言うには魔障壁を確認してから旅に出た様子。二週間足らずで王都からこの村までやってくるということは、どういった手段かは分からないがこの女についていくのが得策、そうしよう。
エルロッドが外見年齢にそぐわない打算的な思考をしていると、勇者育成機関の女はエルロッドを見ながらこう言いました。
「確かにこの歳にしては魔力があるようですが、あの魔障壁を顕現させる程はないみたいですね。つまり――」
折角王都に行くことに決めたはずなのにティアナはどうにも煮えきらない表情です。
続くセリフに嫌な予感しか浮かばないエルロッド。
「――近隣の街から観測されたのは自然災害的な魔力でしょうか。魔障壁も天候状況によっては勘違いする可能性もありますし…今回はこちらの見当違いだったようですね。失礼致しました、それでは」
そう言ってさっさと家を出ていってしまったティアナの背を見ながら、エルロッドは「そりゃないぜ」と肩を落としました。