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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
二章 勇者育成機関にて
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二十八話 「Bad mad dance」

エルロッドは昇級試験の翌日、冒険者ギルドに報告をし、達成した証明書と報酬、戦闘内容のレポートを提出し、さらに次の日、つまりは今日、Bクラスへ向かって歩きながら嘆息を漏らすのでした。


「いやぁ、班長さまさまだね。ほぼ無傷であの難易度を突破し…」


「それどころか件の標的を手懐け(テイム)て帰ってくる…」


「そりゃお前らもBクラスに上がれるわけか、チクショウ」


エルロッドが嘆息した理由とはこのふたり。イム・ルッタオとフレデリカ・コロナです。

Cクラスは昇級試験の特性上、昇級するものが出た時は大抵数人が上がる唯一のクラスです。前回Bクラスからだったエルロッドには知る由もありませんでしたが。


「まぁいいさ、お前らはBクラスからは一人で戦うことになるんだからな。昇級試験で死んだりはするなよ」


エルロッドがそう言うとイムが笑顔で答えます。


「それはジョークかい?心配いらないよ、死なないから!」


サムズアップまで決めるイムに少しイラッとしたエルロッドとフレデリカは無言でその体を燃やし、さっさと歩いていってしまうのでした。



―――――



「今日からここに入ったエルロッドだ」


「同じくイム・ルッタオ。よろしく」


「フレデリカ・コロナです。よろしくお願いするわね」


三人仲良く自己紹介をするとBクラス中から野次が飛びます。


「チーム揃って仲良く昇級してきたのかぁ?」


「こっからは個人戦、仲間内で争わなきゃならねーんだぜ?」


「仲良しごっこなら即刻、Cクラスにしっぽを巻いて逃げ帰るのが得策かと」


勇者育成機関の中でも特に強い部類に属するものの、まだ洗練されていないその佇まいや雰囲気を見てエルロッドはこう思いました。


「(前の俺はなんでこんなところに長居し続けていたんだ)」


と。少し凹んでいます。


「言っておくが俺はもともとひとりで来るつもりだったんだ。ま、どっちにしろ全員ぶち抜いて一人でAクラスに上がるつもりだけど」


とにもかくにもほかのクラスと同じように、いえ、ほかのクラスの時より少しばかり刺激的に挨拶を交わすとエルロッドは席につきました。

後から挨拶をするイムとフレデリカは少しそわそわしています。エルロッドの啖呵のせいでBクラス全体が殺気立っているのです。


「そんなにピリピリしなくても彼のいうことは事実になるだろうから落ち着きなよ。ボクも一ヶ月のうちに彼についてAクラスまでは上がるつもりだからよろしくね」


前言撤回です。イムがそわそわしていたのはかっくいいエルロッドの挨拶だったのです。Bクラスの殺意をさらに高めてイムは得意げに席につきました。

最後に一人残されたフレデリカはたまったものではありません。


「…無礼な真似をする輩は焼き尽くしますのでそのつもりでいてよね?」


混乱のあまり何を口走ったか忘れ、内心バクバク、目はぐるぐると泳ぎ回りながら、それでいて旗から見ると悠然と歩くフレデリカの姿を見てBクラスの心はひとつになりました。


「「「Cクラス風情が上等だゴルァ!」」」



―――――



突然ですが、昇級試験においてどれほどの実力のものが昇級できるかを説明しておきましょう。

まず、下位クラスの底辺。これは当然上がれません。何を考えているのでしょうか。次に、下位クラスの真ん中辺り。実力的には上位クラスの最底辺に届くくらいの実力はありますが、勿論ダメです。

では、下位クラスの上位数名。これは良さそうですが、そう単純ではありません。

下位クラスの上位数名と言えど、所詮は下位クラス。上位クラスの底辺といい勝負でしょう。そうでなければクラス分けの意味がありません。

ということなので正解は、本来昇級試験を突破できる者など年に五名に届くかどうか。つまり、下位クラスのトップがいくら頑張ったところで上位クラスにはかなわないということです。

しかし稀に突破する者がいる。これはつまり、上位クラスに上がっても真ん中辺りから上位数名の間、もしくはそれ以上の実力を持って地位を確立できるということです。

何が言いたいかというと。


「これは俺達からの洗礼だ。そっちは三人パーティでいいぜ。こっちは全員で行くがな」


Bクラスの全員が束になったところで半数以上は有象無象でしかなく、イムとフレデリカでさえ容易に対処できるレベルだということです。


「イム、フレデリカ、これは昇級後に必ずあるお決まりみたいなもんだ。Aクラスに上がってもあることだし、この程度は乗り切れよ?」


「当たり前じゃないか、ボクならエグザグと一対一で語り合う(やりあう)よりこっちの全員をひとりで相手にするほうを選ぶね」


「殺してはいけないというのがネックよね、どうしましょうかしら。…あらアンダーテイカーさん、聞いてませんでしたわ」


イムとフレデリカがニヤリと笑うと、エルロッドも心配なさそうだなと頷きました。


「「「さぁて、最後の共闘だ!存分にやりあうぞ!」」」


三人の声を合図に戦闘訓練とは名ばかりの半殺し合いが始まります。


非殺傷ノン・リーサル付与エンチャント!それから、精神保護アストラルプロテクション!」


まずエルロッドが即座に三人に補助魔法をかけます。簡単に補助魔法といっても片方は所謂失われた魔法(ロストマジック)で、もう片方は大司祭か賢者級の高位魔法ハイマジックですが。


「これで全力攻撃しても相手は死なない!それからイム、精神保護をかけたから呪詛全開でも問題ない!」


エルロッドは後方支援役でもやるつもりのようで、武器も構えずに補助、指揮をしています。


「わかったよエルロッド君!」


「了解、行くわよ」


まぁエルロッドが動く必要が無いだけでなく、イム、フレデリカの二人もまた動く必要は無いのですが。


「な、何をしやがった、お前ら!」


イムの見つめる先で数人が発狂し始め、同士討ちをしたり暴れだしたりと、明らかにおかしい様子です。


「スキルを使ったまでだよ」


慌てふためく者達にそう告げました。


「ス、スキルってお前、詠唱していないじゃ…」


「あぁ、君も知らなかったかな?ボクのスキルは詠唱する必要が無いんだよ」


この世の理を無視するかのような言葉に相手は一瞬思考を停止。しかしすぐにそんなはずがないと頭を振り払い言葉を発しようとしましたが、それはかないません。

目の前に巨大な悪魔を見たのです。


呪詛カース…正確には、発動前に詠唱する必要は無い、かな」


イムがそうつぶやいた時には既に訓練場は阿鼻叫喚の地獄絵図。全員が何らかの幻覚、幻聴に苦しんでいるはずです。


「あとはフレデリカ嬢に任せるとしようか」


涼し気な顔でイムがそう言っているその時、フレデリカは。


「私の魔法を敵の誰も見てくれないなんて悲しいわね…イムは後で覚えてなさい」


怨嗟さえ込められた恐ろしい視線でイムを射抜き、杖を構えました。


第一の火炎(フレア)悪戯好きの火妖精(リトルサラマンダー)――」


コロナ家において幼少期にこれが扱えなければ落ちこぼれの烙印を押される、そんな初歩の初歩であるこの魔法。そのままではろうそくに火を付けさせること程度しかできない小さな火の精霊を擬似召喚する魔法。


「――完全解放(フルスペック)


そのはずが、五体の火を纏った巨大な蜥蜴、いえ、ドラゴンが、呪詛によりただでさえ錯乱した生徒達の前に出現しました。


「う、うわあああああ!?」


「ふぁ、ファイアドレイク…!」


叫び、逃げ惑い、やがて全員が気絶していきました。


「あら、やりすぎたわね…。一番弱い魔法のつもりだったのですが」


ゆらゆらと揺れる橙の光に照らされ妖しい微笑を浮かべるフレデリカの姿は、まさに火炎の魔女と言うべき威容でした。


フレデリカが最弱の魔法と言ったのは正解です。

ちいさな火の蜥蜴は限界まで魔力を注ぎ込まれ、本来の実力を扱うことができるようになりますが、もともとすべてが攻撃に転じることの出来るコロナ家の四の火炎魔法は、長い時を経て正しい魔力量や儀式のやり方が失われ、第一と第二の魔法は生活以外では使いどころのないものとされていたのです。

勿論フレデリカ自身が術式の解析や文献の調査を繰り返すことで真の能力を引き出せるようにしたのです。


「なんつーか、まぁ、予想通り…俺の出番はなかったな」


エルロッドが小さく呟くその隣で、教官もまた呟くのでした。


「狂ったダンスパーティだ」と。

なにが狂ったダンスパーティですか、黙って欲しいものですね。ということで今回もお読みいただきありがとうございます、昨日ぶりです、千歳衣木と書いてちとせエコです。エコバッグ持参です。


挨拶したかっただけです。すみません。楽しんで読んでいただけたら幸いです。では。

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