二十五話 「カミオトシ」
「アンダーテイカーさんと私たちの攻撃を全て捌ききってる…?そんな、強すぎる…っ!」
絶え間なく打ち出されるフレデリカの火球やイムの呪詛、そしてエルロッドの闘気を纏った打撃。
種類の違う三種類の攻撃全てに涼しい顔とは言わないまでも捌ききるエグザグはどうやら、確かな実力を備えているようです。
「でもあれだね、やりづらいね」
呪詛攻撃の合間に自分の腕を破壊しながらそんなことをいうイム。
そう、このパーティ、フレデリカは広範囲殲滅の戦術級魔法を得意とし、イムもその呪詛攻撃は本来範囲内の存在すべてに干渉する物で、範囲を絞るとその分制御のために効果が落ちます。
エルロッドは唯一どのような戦闘にも対応できるオールラウンダーですが、接近戦を担う今他の二人にとっては手加減しなければならない要因となっているのです。
「…確かに、アンダーテイカーさんを巻き込むまいと無意識にブレーキがかかっていたようですわね」
フレデリカがそう呟くと、イムの方を振り返りました。そして、
「きゃあああああ!?」
イムの異常なほど膨れ上がった両腕を見て悲鳴を上げました。
先ほど腕を破壊していたイムですが、不死属性を利用して筋肉を超再生、本来であれば元の形に戻るところを調整して凄まじい筋力を得ることに成功していました。
イムの不死属性は死んだ後にでも心臓や脳を再生して復活するもので、 傷を負った瞬間に修復したり、またそのまま放置したりと自分の意思でそれなりに操作できます。もちろん死んだ時や意識がない時は勝手に修復しますが。
そういうわけなので、再生の仕方によっては筋骨隆々の不死身のインファイターになることも可能というわけです。
「じゃ、フレデリカ嬢。よく考えたらエルロッド君が僕らの攻撃で死ぬわけないんだし、全力でぶっぱなそうか」
そうして腕だけが肥大化したイムがフレデリカに話しかけました。フレデリカは一瞬の間を置いて我に帰ると、すぐに詠唱を始めます。
「エルロッド君!死なないでねえええ!!」
そう叫ぶと凄まじい速度で駆け始めるイム。よく見ると踏み込みの度に破壊される足を凄まじい速度で修復しつつ来ています。幾度も死ぬことで脳に掛けられているリミッターが外れているのです。勿論普段は意識的に掛けているイムですが、人間が出すことの出来ない十割の力を過不足なく扱えるという点ではCクラスに収まる器ではないでしょう。
そして同じく。
「第七の焔・茜の天龍」
コロナ家に伝わる四の火炎魔法全てを幼少期に習得し、それをさらに上回る八つの焔魔法をに創り出したフレデリカ。
コロナ家の血統が得意とする火属性だけでなく他の水、風、土、聖、闇も一般の魔術師以上に扱える天才であり、わざわざ勇者を志すことなく宮廷魔術師筆頭にでもなれば一生楽に生きていける程の化物。
彼女もやはりCクラス程度に収まる器ではなく。
「「終わりだぁっ!」」
「ちょっと待ておま」
エルロッドが防御する間もなく、闘気を纏った凄まじい力を持つ拳が自らが破壊されるのも構わずに目にも止まらぬ速度で打ち込まれ、辺りは茜色をした綺麗な焔の龍が何頭も暴れ周りその顎でエグザグに噛み付きます。
「ぬぉ!?」
あまりにも苛烈な攻撃にエグザグは金属質な体を溶かされ、ところどころ凹まされ、そうして崩れ落ちました。
「ふぅ、終わったわね」
「すっごく熱かった」
そしてそれを確認したフレデリカとイムが呟きます。イムの肉体は燃え、元の体が戻ってきたようです。全裸ですが。
フレデリカは魔力の使いすぎか、息は乱れていませんが少しだけ顔が赤いです。エルロッドとイムの服が燃え尽きているのが原因かも知れませんが。
しかしエルロッドは以前、制服に自動修復機能を付けたので見る見るうちに焦げた破片は真新しい布片へと変わり、やがてくっついて元通りになりました。
全裸なのはイムだけになりました。勇者は助けてあげる気もないらしく、エグザグをちょんちょんしています。
すると村の家の一つから娘が出てきました。見たところエルロッド達と同じか少し下くらいの年齢で、可愛らしい子です。
「あ、あいつを倒してくれるなんてすごい感じです…!裸の人、今のって筋肉増強系って感じでしょうか…!?かっこよかったです、これ、毛布って感じです…!」
イムに向かって駆け寄ると、毛布を渡しました。顔を赤らめながらも正面、つまりイムの顔を見つめています。恥ずかしそうです。
そしてそれを見たエルロッド、何か気に食わないのか眉間にシワがよっています。少し悩んだ挙句、「まあいっか」と呟いてフレデリカの肩を抱き寄せました。
「な、なんですかアンダーテイカーさ…」
「いいから」
エルロッドの突然のセクハラに戸惑いつつも怒気を孕んだ言葉をぶつけようとしたフレデリカでしたが、エルロッドの真剣な顔に気圧されて口を噤んでしまいます。
エルロッドはいい雰囲気のイム達の方を見つめていました。便乗してフレデリカになにかするつもりでしょうか。許せませんね。
「おや、気が効きますね?ありがとうお嬢さん、ところで」
当のイムは全裸の状態で毛布を差し出してきた娘に話しかけました。
「筋肉増強系にしても超再生にしても、こうすれば意味無いって感じですね…?」
そして話しかけたイムは心臓を一突きにされて崩れ落ちてしまいました。
「全く、簡単にやられちゃうなんてクソって感じ…」
それをした娘はイムを無視して倒れたエグザグの方を一瞥し、そう呟きました。
突然の娘の凶行に場は騒然として――いませんでした。
むしろよくやったぞという声がそこかしこから聞こえてきます。
仲間をひとり失い失意のどん底にいるエルロッドとフレデリカは…。
「いやだからお前すぐ寝たフリするのやめろって」
「なんなのよこれ、ドッキリ?」
失意のどん底じゃありませんでした。エルロッドはイムに嘆息しながら呼びかけ、フレデリカに至っては村ぐるみの劇かなにかだと思っています。馬鹿です。
「いや、心臓貫かれた仲間に対する態度じゃないですよ、それ」
不死者のイムはもちろん何事もなく立ち上がりました。そしてひとこと。
「ところで、せっかく毛布をくれても心臓を刺されては、普通の人じゃ冷たくなってしまうと思うよ」
ニコニコとイムは言います。
「あんた、なんで生きてるって感」
「虚無領域」
普通とも異常とも言い難いアドバイスをされた娘は次の瞬間、エルロッドによる超広範囲無属性魔法でイムごといや村ごと、もはや山肌ごと粉砕されてチリになりました。
ヌルヌルテリトリーってなんか嫌ですね。
ヌル(null)とは「なにもない」という意味です。一応。二度繰り返したのには特に意味はありません。




