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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
二章 勇者育成機関にて
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二十二話 「穏やかならぬ草原」

「エルロッドくんって冒険者登録してたんだねぇ。最低ランクだったけど」


「まぁ勇者になってからも必要だし早めに登録しといて損は無いからな」


昇級試験の為に冒険者ギルドで魔物の討伐依頼を受けて目的地へと向かう三人。勿論エルロッドにイム、それからフレデリカです。

三人の向かう目的地とは王都から馬車で二日ほどのところにある村。とはいえ彼らは徒歩なので休憩などを含めると四日くらいでしょうか。結構な距離ではありますが、今回エルロッドは飛行魔法を使わないようです。


辺りには背の高い植物だけが群生していて風に揺れています。木々はなく見晴らしがいい、そのように思えるのですが植物たちは背が高く、大の大人でも少し屈めば容易に隠れることが可能でしょう。また、風で揺れていますから近付いて来ても気付くのが遅れてしまいます。警戒を怠る事はできません。


「にしても平和だなぁ…」


エルロッドが退屈そうに呟きます。あたりは植物ばかりで代わり映えもせず、警戒しながら真っ直ぐな道を真っ直ぐ進むだけ。最初はフレデリカやイムと一緒に爽やかな風だ、素晴らしいなんて言っていたのですが飽きっぽいですね。


「平和だからって油断しててどうなっても知らないわよ!」


フレデリカの叱責が飛びます。まぁフレデリカもこの勇者の強さは知っているのでどちらかというと隣でぼーっとエルロッドを眺めているイムに言ったのですが。

そしてイムも油断していたところで死んで生き返るだけなので無駄なのですが。

フレデリカの注意を聞いてエルロッドは少し微笑みます。


「油断はしてないさ、ほら」


エルロッドがそう言った直後、フレデリカから五歩程先の草むらから武器を持ち、植物に似せた服を着て装飾を施した人が躍り出てきました。


フレデリカは突然の襲撃者に一瞬驚きましたが、ハッと我に帰るとすぐに手に持っていた杖を構えて詠唱を開始しました。

ですが、戦場においてはその一瞬が命取りとなります。身をかがめてすぐに距離を詰めてきた、おそらくは盗賊の類でしょうが、その襲撃者が大振りなナイフを振り上げます。


「まず…っ」


この速度では詠唱が間に合わない、そう思ったフレデリカは詠唱をを中断して跳び退こうとしましたが、後衛職のフレデリカでは近接戦闘においての判断が遅く、それも焦燥している中ですから普段より回転が鈍っています。襲撃者の持つそのナイフは十分な威力をもって目前へと迫り――全くこれっぽっちも油断していなかったエルロッドによって止められ、砕かれ、また襲撃者の肉体は完膚無きまでに殴られて遥か彼方へと吹き飛んでいきました。


死を覚悟して目をつぶったまま転びそうになったフレデリカを抱き留めたエルロッドの姿はまさにイケメン。エルロッドのくせに生意気です。


「無事だな?フレデリカ、純魔法使いなんだからあまり前に出るなよ。ブラッディになるとこだ」


折角かっこよかったのに台無しです。バカでしょうか。

しかしそれでもフレデリカを立たせて頭をポンポンするエルロッドに、顔を少し赤らめてお礼を言うフレデリカ。流石に救われた直後に罵倒するのは憚られるみたいです。そして甘い空気を醸し出す二人をイムが少し羨ましそうに眺めていました。エルロッドを見て頬を赤らめるんじゃありません。

エルロッドはフレデリカが無事なのを確認して満足そうにし、イムを見て嫌そうな顔をすると真面目な顔つきで周りを見渡しました。


「さて、魔弾火球フレアボム


そして、フレデリカとイムを少し下がらせて前に立ったエルロッドは魔法を空に打ち上げます。余波だけで草が焦げ付く威力です。


「草むらごと消し飛ばされたくなかったらさっさと引け」


「調子に乗るなガキどもがああああ!!!」


エルロッドがそう言った次の瞬間、エルロッド達を完全に包囲する形で盗賊たちが飛び掛ってきました。先程のひとりを倒して油断するか、あるいは仲間のひとりが倒されて動揺しているところを攻撃するつもりだったのでしょう。


この盗賊達はエルロッドのことを少し強いガキ程度にしか思っていませんし、エルロッド以外は初級冒険者程度にしか見えていません。

そしてエルロッドの魔法もブラフに過ぎないと考えたので数にものを言わせて倒すつもりなのです。

そうして勝利を確信して攻撃を仕掛けてきた盗賊たちはまずイムの呪詛によって感覚を阻害され、何人かが急に足の力を失いガクッと倒れます。そしてまた何人かは魔物を幻視し、武器を振り回し始めます。全員が何らかの状態異常によって行動不能に陥ったうえでイムが全員にもれなく掛けたのは痛覚強化。

アイコンタクトによってイムのターンを終えたことを理解したフレデリカが、詠唱を終わらせて待機状態にしていた魔法を起動させます。


凍てつく戦場フリージング・フィールド


囁くように魔法のトリガーを引くと、出力を抑えた範囲攻撃が放たれます。

これは本来術者を除き敵味方を無差別に凍らせる凶悪な魔法なのですが、フレデリカは弛まぬ努力によってその魔法を独自に解析、燃費は悪くなるもののどうにか無理矢理敵と認識した存在だけを指定し攻撃する術式を追加することに成功していました。


ゆえに、


「いっ、てぇえええ」「なんだよ!?寒っ!?いてえ!?」「あああああああみんなここで死ぬんだ!!!」「人の皮をかぶったバケモンだ!!」


盗賊たちだけが凍傷になり、凍えるなかエルロッドとイムはぼーっとその地獄絵図を眺め、フレデリカは満足そうに頷きました。

そして盗賊達のセリフに苦笑します。


「私たちがバケモノならSクラスやらアンダーテイカーさんやらは何でしょうかね?神話級かしら」


「さぁ?ま、同じくバケモノであることは確かだよね」


イムとフレデリカがそんな会話を交わしながら歩いていってしまい、それを後ろから信じられないと言った様子で見つめるエルロッドと盗賊たち。

盗賊たちの思考を代弁するかのようにエルロッドが嘆息して口を開きます。


「…おいお前ら、まさかこのままこいつらをここに置いてくつもりか?」


エルロッドがそう尋ねるとフレデリカとイムが顔を見合わせてからゆっくりと戻ってきました。忘れてた、という表情です。凍傷のまま道のど真ん中にいては魔物に狙われてしまうと食い散らかされてしまいますし、生きたままそんなことをするのは拷問ですからね。流石に魔物から逃げられるように魔法を解除してくれるのでしょう。

安堵の表情でエルロッド達を見上げる盗賊を前にフレデリカはこう言いました。


「道のど真ん中にいたら通行の邪魔よね」


「そういうこった、端に寄せるぞ」


盗賊たちに人権などなかったのです。完全に障害物扱いです。


「面倒臭いけど仕方ないね…はぁ」


心底嫌そうな表情で盗賊たちを蹴飛ばしたり魔法で吹き飛ばしたりと、容赦のないエルロッド達。

えっ、解呪ディスペルは?慈悲は?そんな盗賊たちの内心には気付いているはずなのですが、やり遂げたとばかりに清々しい顔で歩き去る三人。


今まで何人の旅人を手に掛けてきたのかは知りませんが、本来この程度の罰では生ぬるいくらいでしょう。

エルロッドが持ちうるすべての力を使えば半不死属性を付与して延々と殺し続けることも可能なのですから、痛覚強化された状態で体の一部を凍らせたくらいで喚かないで欲しいものですね。


ともかく道中で少しばかり時間を取られたエルロッド達は少しだけ足を早めます。

この道の先にある村に平穏をもたらすため、村を支配する神気取りの邪悪な魔物を滅ぼすために。

エルロッドが規格外なだけで霞んでいますが、勇者育成機関の生徒は揃いも揃って冒険者中級以上の力を持っています。

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