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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
一章 二度目の旅立ち
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一話「おはよう勇者」

 ある朝の話です。

 とある人族の村の中の、簡素な造りの木造建築。この世界のこの時代においてとても一般的な庶民の住む家。

 そこで、新しい命が産まれました。元気な男の子です。


 「うおおああああ!!」


 産まれてきた男の子は、少しおかしな産声をあげました。


 それが、いつか勇者と呼ばれる青年の誕生でした。



―――――



 「…うぁ…だぁ…?(なんだこれは…?)」


 後に勇者と呼ばれる少年――エルロッド・アンダーテイカーは、村の医者や親が会話している時、混乱したようにポツリと呟きました。

 産まれたての赤ん坊が神妙な顔で言葉を発する姿は、誰かが見ていれば悪い冗談だとでも言ったでしょう。


 しかし彼が混乱するのは当たり前です。先程までのエルロッドの記憶では、彼はまだ魔王と戦っている最中だったのですから。


 幻術攻撃か、走馬灯とかいうやつか、それとも死後の世界か?と、赤ん坊はまだ魔王と戦っている前提での例を挙げましたが…どれもしっくりきません。


 魔王の圧倒的優勢の状況で幻術攻撃をする理由はありませんし、走馬灯というのは人生をやり直すようなものではありません。ましてや、死後の世界ならばまだ死んでないはずの両親がいるはずもありません。


 「あぁうあーだー…う?(奇跡が起きて時間が巻き戻った…のか?)」


 たしかに時間を巻き戻すとかいう類の魔術は聞いたことがあります。とうに失われてしまったもののはずですが。すくなくともエルロッドには扱えません。


 それに、勇者の人生を巻き戻す理由もありません。

 強いていうなら勇者を魔王に勝たせるため、何者かがエルロッドの記憶を保ったまま過去に戻した可能性はありますが。


 「可愛い我が子よ!お前の名はエルロッドだ!」


 エルロッドが考え込んでいると、突然何かに抱きかかえられました。

 いえ、なにかではありません。彼の父親、ディラン・アンダーテイカーです。


 彼は若くも厳格そうな顔を綻ばせながら、エルロッドを抱えて嬉しそうにしています。

 妻のリリーもにこにことそんな父子の様子を眺めています。

 勇者はそれを見て――。


 「だ、だぁう…」


 いろいろと考えるのをやめました。



―――――



 そして5年後。


 「おいおまえ!なんでそんなヤツを庇うんだ!」


 問題を起こすこともなく行儀良く、ともすれば不気味とも思えるほどにしっかりと育ったエルロッドくん(5才)。彼は村の外れにある広場で、村のいじめっ子達と対峙していました。背中に気弱そうな少女の視線を受けて。その姿はまさにヒーロー。短い手足と大きな頭であってもそのかっこよさは損なわれません。


 そんな正義のヒーローエルロッドに対していじめっ子達の先頭にいた、同年代の他の子供と比べても体が一回り大きく、いかにも自分勝手なガキ大将、と言う感じの少年が、体の小さい元勇者――この場合は後の勇者、の方が正確でしょうか――に、感情もあらわに食ってかかりました。ですがそこは勇者。


 「弱い者いじめは良くない。女の子もいじめるものじゃない。どっちも当たり前のことだ」


 かっこいい勇者は、子供らしからぬ顔でつまらなさそうにそう言います。が、もちろん勇者の中身は大人でも見た目は子供。子供が子供に説教されて楽しいわけがありません。


 「なんだおまえ、大人みたいなこといいやがって!ぶっ殺す!」


 ガキ大将はそう言うやいなや、エルロッドに飛びかかります。


 しかしエルロッドはそれを難なくかわすと、足と腕で相手の力を利用して地面に叩きつけます。一回転して背中から叩きつけられたガキ大将。しかしすぐに泣き出しそうな顔で立ち上がると、取り巻きに命令しました。


 「お、お前ら、こいつをぶっ殺せ!」


 到底5歳の子供がいうことではありません。しかし、取り巻き達は思いのほか従順で、ちらりと顔を見合わせるとエルロッドに襲いかかります。一番強いガキ大将が負けた時点で退かないなんて愚かなことですね。


 めんどくせえ、と呟くとエルロッドは片手をいじめっ子達の方に向けます。そして口を開き、


 「清らなる無辜の民を守る騎士の盾よ。魔障壁」


 魔障壁の詠唱をしました。

 魔障壁、というのは初歩的な防御魔法で戦闘に組み込む魔法の中では最初に覚えるべき基礎魔法のひとつです。

 制御された魔障壁なら少ない魔力量で1分ほど敵の動きや攻撃を妨げます。


 無論初歩的な防御魔法とはいえ村の子供が使えるものではありません。

 それをエルロッドは大人気なくいじめっ子達に発動しました。

いえ、しようとしました。しかしいじめっ子達とエルロッドの間に行動を阻む魔障壁はあらわれません。


 「あり?」


 エルロッドは初めて少し焦ったような声をあげました。

 しかし魔障壁がないとはいえ相手は子供。いとも容易くあしらえるでしょう。

 「この体じゃまだ魔法が使えねぇのか…?」と嘆息していじめっ子達に向き直りました。

 この分じゃ筋肉痛になるかもしれないな、とか考えながら。


 10秒後、いじめっ子達は全員訳もわからないまま地に伏せっていました。魔物と1対500の殲滅戦もこなした歴代最強の勇者にとって田舎村のいじめっこなど脅威ではないのです。この場に聖剣があったならば1秒足らずで終わったことでしょう。エルロッドの人生が。


 「何人束になっても無駄だと思うがな」


 「くっ、て、てめぇら、撤退だ!」


 血気盛んなガキ大将も流石に諦めたようで、いじめっ子達が起き上がるのも待たずに駆け出しました。


 「二度とまぐれが起きると思うなよ!」


 捨て台詞を放って逃げていくのを見たエルロッドは、あいつはどこまで行っても小悪党なままの気がするな、と微妙な表情でいたのですが、後ろから可憐な声が掛かりました。


 「あ、あの、ありがとう」


 とても可愛らしく上目遣いです。幼馴染み属性付きの正ヒロインまっしぐらの可愛らしさです。


 「お礼を言うことじゃない。勇者として当然のことをしたまでだ」


 エルロッドはそんな村幼女に笑顔でそう答えたのですが、少女は顔を引きつらせて後ろに下がってしまいました。当然です。子供のクセに強い、それだけならまだしも勇者とか名乗っちゃうのはやばいです。通報待ったナシです。きっと家で必殺技の練習とかをしているのでしょう。

 あぁ、今の俺は勇者でもなんでもないんだ、哀れな勇者、そう思っても時すでに遅し。


 助けられたはずの少女は微妙な愛想笑いを浮かべるとじりじりと後退し、やがて脱兎の如く駆け出しました。

 いじめられた時より怖かったのでしょうか、これからはその速さでいじめっ子からも逃げて欲しいものですね。


 なんだか若干孤立気味の勇者は、魔王を倒す旅の最中よりも切ない気持ちでした。


 「……目立つ行動は控えよう」


 ひとつ学び、そう心に決めた勇者の背後、50mほど離れた森を横切って、先程発動した魔障壁が未だに存在していました。


 ちなみに勇者がやめるべきなのはこれからも勇者と名乗ることだと思います。学習能力に乏しい勇者です。こんなのが歴代最強の勇者とか心配になりますね。

 8/4 エルロッドの赤ん坊時代のセリフを変更しました。

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