十五話 「牙の王」
エルロッドがDクラスに昇級したその日、勇者育成機関を下級生から上級生まで噂が駆け抜けました。
曰く、一ヶ月で昇級試験を抜けた生徒がいる。
曰く、教官でも恐れるほどの強さを持つ。
曰く、奴は人間ではない。
曰く、イケメンである、など。
イケメンであるという根も葉もない噂は他の噂とセットになって語られるので、この噂を聞きつけたエルロッドが気分を害さないようにするための工作だと思います。
それ以外の噂は概ね合っています。
さて、そんな規格外の一年生がいるというDクラスには休み時間ごとにエルロッドを一目見ようと全学年の強者、そして主に女子が来ます。
「どこにいるのかしら…?」
「最強とかいう新入生はどこだ!俺と勝負しろ!」
まぁイケメンであるとかいう噂のせいで毎日昼寝をしているエルロッドは見向きもされず、そのうち噂は所詮噂で、実在はしないというのが一般認識になりつつあったのですが。
ざまぁないですねお馬鹿勇者。
そしてさらに言えばDクラスの面々も普段の授業態度や実技試験の様子を見て「こいつは強いんじゃなくてコネで上がってきたに違いない」と思い始めていました。
ぐうたらが実はすごく強いということより、実力のみが評価される育成機関において絶対ないと言われているコネの方が遥かに可能性があるように見えたのでしょう。
クラスが上がってもひどい有様です。
そんなある日のこと。
「おいアンダーテイカー。そろそろまともにやらなあかん思うで」
何やら地方訛りの生徒がエルロッドに話しかけてきました。物好きです。
「ん?あーと、確かお前は…」
「キング・ファングや」
牙の王とはなかなか強そうな名前ですね。Dクラスなので名前負けですが。
「そうだった、ファング。忠告はありがたいんだが俺はこういう体質でさ…」
「夜行性の種族かなんかかいな?」
先程まで苛付きが顔に出ていたファングでしたが、心配そうな顔つきに変わります。
それに対して勇者も顔つきを正して答えました。
「いや、昼寝が好きなんだ」
「なんでや!」
ただでさえ寝ぼけている勇者にまともな会話をしようとしても不可能のようですね。
そしてそんなやりとりを見ていた周りのクラスメイトもニヤニヤ。勇者は眠りました。
ファングはため息をついて次の講義の準備に移りました。
―――――
Dクラスになってから三回目の模擬戦闘訓練の時間がやってきました。
相変わらずのらりくらりと勇者がだらけていると、キング・ファングが声を掛けてきました。
「次はワイとやろうやないか」
「ん?あー、いいぜ」
ファングは毎回勇者育成機関に入ることさえできなさそうなエルロッドの動きに違和感を感じ、自分が本気を引き出してやると密かに息巻いているのです。
「んじゃやりますか」
そういいつつも腕をだらんと下げた勇者。
構えも何もあったものではありません。
しかしファングはその姿に一瞬ではあるものの凄まじい威圧感を感じました。
それもそのはず、勇者は油断しているように見えて重心を相手に合わせてずらし、どのような動きにも対応できるよう関節の力を抜いているため、ある程度の達人になれば勝てないと察するのです。
Eクラス、及びDクラスでは一瞬でもそれを悟ることができた生徒はファング一人でしたが。
「…やったるで!拘束!!」
ファングが叫ぶと勇者の四肢に抵抗感のようなものが。
見てみるとそこにはスキルによる拘束具があり、エルロッドの手足を空間に縫い止めています。
「本気で来てみィ!オルァ!」
拘束をかけた直後に重厚なハンドアックスを構え、それなりのメイルをつけているというのに凄まじい速度で迫ってきます。
四肢を拘束されながらも表情一つ変えずに迫る刃を見つめるエルロッド。
斧が振り下ろされると、ズッ、と音を立てエルロッドの体が真っ二つになりました。
「ッ!?」
まさか、斧の刃を防ぐ程度の術もなく無抵抗だったというのか。諦観からの無表情だったと言うのか。実力を多く見積りすぎて単なる戦闘訓練で命まで奪ってしまったか、そう思いはしたものの、しかしその手応えは人間ひとりを切り裂いたものとしてはあまりにも軽く。
「座標Cn665-8に転移後、座標E88-94に存在する物質を代替として利用し、感覚機能に干渉、視覚領域の支配を一時的に書き換えた。いわゆる幻覚魔法と転移魔法ってやつだ。俺開発の最新式詠唱だけどな」
嘆息の後聞こえてきた対戦相手の口調もまた軽く。
「動きだけ止めてもダメだよ。魔法を使えばいくらでも抜ける方法はあるし」
ファングは安堵と共に負けを認めるしかなかったのでした。
その夜ファングは、エルロッドが近接一辺倒の相手だと思い無闇に攻撃を加えたことや魔法に関する対策を全く考えていなかったことを反省し、対エルロッド用の攻撃パターンを考えていくのでした。
リスペクトです




