ヒロインの思い。
私は春風日向。
現在、とある名門大学の法学部に通っている女子大生である。突然だけれども、私は目の前の男に何とも言えない表情を浮かべている。
「それで鈴がもうかわいすぎて……」
男の名は、伊集院帝。
『皇帝』何てあだ名をつけられている男で、その見た目は本当に同じ人間かって疑うほどに綺麗だ。艶のある黒髪は、女の私の髪よりもさらさらしている。灰色の瞳は神秘的で、一つ一つのパーツが整っている。
百人いれば九十九人は振り向くような絶世の美形で、頭もよくて、運動神経もよい。できない事はまずないといえる完璧な男。
帝は、私の高校時代からの友人で、クールなところが素敵などと噂されるような男だ。だけどそんな男が、二人っきりだからと顔を破顔させて、可愛くて仕方がない”妻”について語っている。
なんだか、どこがクールな皇帝よ(笑)的な気分になって仕方がない。
「鈴ちゃんは可愛いものね。帝にはもったいないぐらいいい子だし」
私は帝の妻である葛島鈴ちゃんを思い浮かべて、思わずそんな言葉を言う。本当に鈴ちゃんは帝にもったいないぐらい可愛くて、いい子だ。だから帝がこれだけはまり込むのもわかる。
「でも俺とお前が恋仲とか勘違いとかなんでしてたんだか……。俺の態度はわかりやすいと思うのだが」
「あー……」
私は帝の言葉に少し遠い目になる。
帝はなんでそんな勘違いをしていたかわからないようだけれども、私は実はその理由を知っている。しかしその理由は帝にとって理解できないものである。
その理由は、此処が少女漫画の世界であり、私がヒロイン、帝がヒーローだったということ。
なんで私がそんなことを知っているかって、私も転生者だからだ。前世ではまっていた少女漫画――題名は正直出てこないけれども、少年漫画ばかり読む私が珍しくはまった少女漫画だった。
正直ヒロインの春風日向はどこにでもいるようなありふれた”ヒロイン”で、誰の心にもスーッと入っていくような純粋培養で、正直あまり好きではなかった。ヒーローである伊集院帝に対しても、けっ現実にこんな超人いるわけねぇだろとそんな気分になっていた。でもストーリーは続きが気になるもので、好きだった。
あとお気に入りのキャラもいた。私のお気に入りのキャラは何を隠そう伊集院帝の婚約者であった葛島鈴である。婚約者をヒロインに取られる形になったというのにもかかわらず、好きな人の幸せを願って身を引き、「幸せになって下さい」と笑う姿にもうやられた。なんで伊集院帝は鈴ちゃんを幸せにしないんだぁああと憤り、鈴ちゃんが幸せになる同人誌に手をだし、挙句の果て鈴ちゃんは私が幸せにするぅううと同人誌を書いていたぐらいにははまっていた。
そんな私はこの世界に転生して、自分が春風日向だと知った時、「鈴ちゃんを幸せにしよう!」と思ったのであった。
だってあんな可愛くて健気な鈴ちゃんが幸せにならないなんて私は認めない!
そうやって意気込んでいた私だったけれども、高校生になって帝に実際にあって、友達になってからその認識を改めた。だって漫画では鈴ちゃんの事を「妹としか思っていない」とかほざいていた帝は現実では鈴ちゃんにべたぼれで、鈴ちゃんを大好きでたまらなかったのだ。
そしてしばらく鈴ちゃんの話を聞いているうちに、私は鈴ちゃんも私と同じ転生者なのではないかと思った。だって帝に会った瞬間倒れるとか、いつも一歩引いているとか、最近悲しそうな顔しているとか転生者ぽかった。前世で読んだ漫画とか小説とかで、乙女ゲー転生ものは見た瞬間倒れるとかあったしね。それに前世の記憶があるからこそ、もうすぐお別れがくるんだって悲しんでいるようにしか見えなかった。
鈴ちゃんに実際に会ってからそれは確信に変わった。
だって鈴ちゃん、私見て悲しそうな顔したもの。そして帝が自分を好きなわけないみたいな態度だったし。
それ見た瞬間帝のあふれんばかりの気持ち悪い鈴ちゃんへの愛情を語りたくなったけど、本人がいうべきだよなと思って言わなかった。てか、帝の奴ヘタレで、友人とかには鈴ちゃんに対する思い語っているのに本人にはいってなかったらしかった。
というか、生鈴ちゃんがかわいすぎて私は鼻血を出すかと思った。
転生者とか、関係なしに可愛い。帝の周りをうろちょろして、なんかもう超可愛い。漫画の葛島鈴はこうやって愛情表現をしていなかったけれど、現実の鈴ちゃん(転生者だからかと思うけど)は帝の事すきすきってオーラが出てて、そりゃこんな可愛い子に「大好きです!」って態度で接されたら落ちるよと思った。
「日向様」
なんて鈴ちゃんは私の事よぶんだけど、お姉ちゃんって呼んでほしいって願望わいて仕方がなかった。鈴ちゃんみたいな妹が前世から私はほしかったんだ。鈴ちゃんがかわいすぎて、思いっきり猫かわいがりしたくなった。でもそんな変態っぽいところ見せて引かれたら軽く死ねるから我慢して「優しいお姉さん」演じてるの、私は!
鈴ちゃん、マジ可愛い。マジ天使。と、思っていたら帝に軽く頭をはたかれた。
「聞いているのか」
「ん? ああ、なんで私と帝の事鈴ちゃんが誤解していたかだっけ。知るわけないじゃん。もういいじゃんかそういうの。誤解は解けたんでしょう?」
「まぁ、そうだが……」
「それより、鈴ちゃんを幸せにしなさいよ」
「当たり前だろ」
鈴ちゃん、私と帝を心配する必要はないよ。だって私と帝は友人であり、鈴ちゃんを可愛くて仕方がないっていう同盟を結んでいるだけの同志だから!
とりあえず鈴ちゃんを泣かせたら帝は殴る。
――ヒロインの思い。
(鈴ちゃんマジ天使。鈴ちゃんを悲しませたら帝は殴ります。とりあえず鈴ちゃんをもっと可愛がりたい)