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水の星より愛を込めて  作者: 紗々
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3 不幸少女の居る世界①

 レンが示したシャワーとは、紗也の想像した物からは掛け離れていた。


「ちょっ…何これ!下からも水っ!痛い、痛いっ!冷たいっ!痛い!」


 電話ボックスくらいの大きさのシャワーブース。日本の海水浴場にお馴染みの設備とは全く違い、四方の壁と床と天上に並んだ無数の穴から勢い良く水が噴射される洗浄装置だった。これで床がベルトコンベアーになっていたら確実に出荷前の野菜だな、と狭いスペースでなるべく水に当たらないように居場所を確保しながら、紗也は考えていた。


「悪りいな、湯は出ねーんだわ。それでも一応、水圧は一番弱いんだけどな」


 厳重にロックされた扉の向こうから、レンの声がした。一直線になった水の塊が対面に当たって砕ける音のせいで、かなりの大声を上げても会話に支障が出る。


「ちょっとこれ、だいじょう…いたたたたたっ!折れる!剥ける!ハゲる!」

「ハゲねーよ、うるせーなあ。あ、そういやサヤ、お前、十二才未満とかじゃねえよな。子供が使うと成長に良くねーらしいから、一応聞いとく」

「遅いよっ!て言うか、成長の妨げになるシャワーなんて、初めて聞いただだだだだっ!」


 身体に当たる水圧は、まさに強力水鉄砲である。紗也は無数の細い水柱に攻め立てられながら、痛みの余り地団駄を踏み、跳ね回る。跳んだ拍子に肘や膝が壁にぶつかり、ガンガンと大袈裟な音を立てた。


「壊すなよー」

「壊さないよっ!こんな水圧受け止めてる壁、壊れないよっ!」


 本当なら今すぐにでも中からロックを外し、外に逃げ出したい。それをしないのは、紗也が全裸でいる為と、扉のすぐ向こうにレンが立っている為だ。


 結局、水圧地獄から紗也が解放されたのは、たっぷり二十分間水攻めにされてからだった。










 ぐったりと頭からタオルを被り、床に座り込む紗也。先程食べたパンのカロリーなど、とっくに使い果たしてしまっただろう。レンから渡された着替えは、何故か紗也の通う高校の制服だった。聞けば、紗也が発見された時に着ていた服を、洗濯し保管しておいてくれたらしい。通学用の革靴も、入学式の時のようにピカピカだった。使い古した布袋に手足と首を通す穴を開けただけの寝間着をもう着なくても良いと言う安心感と、身体に馴染む制服の着心地に、紗也は心から脱力した。


「あー…」


 首にネクタイを引っ掛けたまま、紗也は噴射口のない壁に背中を預けている。生ける屍のように呻く紗也に、レンは躊躇いがちな声を掛けた。


「大丈夫か?」

「うーん…、新感覚…」


 身体中がとにかく痛い。起きたばかりの筋肉痛とは違い、頭皮や足の裏までもヒリヒリと痛んだ。まだ湿り気を帯びた肌がほんのりピンク色なのは、湯上りだからではないだろう。そもそも、シャワーは冷水だった。


「疲れたなら、外見るのは今度にするか?今日はバザールがあるから、サヤも楽しめると思ったんだけどな」

「バザール?」

「市だよ、市。いろんなヤツがいろんなモノ持ち寄って、物々交換するんだよ」

「何それ、面白そう」

「だろ?行こうぜ。丁度、姉貴から頼まれてるもんもあるし、釣りがなくなるまで遊んじまおうぜ」

「お釣り?物々交換なんでしょう?」

「俺が持ってくのはきんだよ、金」


 そう言ってレンがポケットから取り出したのは、小さな革製の巾着袋。掌の上で逆さまにすると、中からきらきらと輝く金の粒が転がり出た。


「綺麗」

「第三階層だけだからな、金が採れるのは。バザールにはこんな感じで他の階層のもんもあって、すっげー楽しいんだぜ」


 子供のように歯を見せて笑うレン。その笑顔に、紗也は表情を曇らせた。レンが楽しいと期待するポイントが、紗也には理解出来ないのだ。


「ごめん、レン、さっきから言ってる階層って何?地名のこと?」


 控え目な口調で紗也が尋ねると、レンは赤い瞳を大きく見開いた。それから少しだけ視線を伏せて、気まずそうに呟いた。「そっか、記憶喪失なんだよな」


 紗也の隣に座り込み、レンは困ったように眉根を寄せる。「んーと、何から説明したら良いんだ」乱暴に後頭部を掻きながら唸るレン。自分が何気なく生活している世界を説明しろと言われたら、紗也だって困るに違いない。地球が丸いことは知っているが直径なんて知らないし、日本が島国だと知っていても、どうして先祖が海に囲まれた島を住処として選んだのかも分からない。


 自分がレンを困らせていると考えた紗也は、ぽつりと。「ごめん」


「や、いーって、謝んなよ。俺が馬鹿なのが悪りいんだから」


 項垂れる紗也に、レンは慌てて掌を振った。記憶喪失の紗也を責める訳にはいかないし、かと言ってレンの謙遜を無闇に否定することもできない。二人の間に気まずい空気が流れた。


「うーんと、世界は八つの階層に分かれてて、一つ一つの階層に人が住んでるってのは、分かるか?」

「ごめん、分かんない」

「あー、そうか、そっからか。まあ、言葉の通りなんだけど。建物想像しろ、建物。世界は八階建てのビルだと思え」


 言われて、紗也は長方形のビルを想像する。縦に輪切りにし、各階ごとに人が生活しているイメージ。


「俺らが居るのは下から二番目の第七階層」

「え、上から二番目じゃないの?」

「逆だ、逆。一番上が第一階層で一番下が第八階層だ。で、マナは水」

「マナ?」


 聞き慣れない単語だった。人名のようにも聞こえるが、文脈からして紗也の予測は否定される。


「マナは大気に含まれてるエネルギーのことだ。階層ごとに属性があって、マナって言葉自体は属性を示す場合が多いな。水、火、風、土、木、金、光、闇。それぞれのエネルギーが各階層に充満していて、俺たちはその恩恵を受けて生活している」

「恩恵って?」

「さっきサヤも使っただろ。あのシャワーもそうだな。あんな風に水をじゃばじゃば使えるのは、ここが水のマナが満ちた第七階層だからだ。代わりに、他の属性エネルギーを制限されたりもする。ここで火なんて起こそうものなら、どれだけ燃料使うか分かったもんじゃねえ」

「そうなの?」

「ああ。だから、俺みたいな」言葉を区切り、レンは顔の横で右手の人差し指を立てた。「発火能力者が重宝されたりするんだよ」そう言うと、レンの人差し指に小さな炎が灯る。

「えっ、何それっ!手品?」


 驚いた紗也が興奮気味に身体を乗り出す。危ないと判断したのか、レンは人差し指を握り混んで炎を消した。


「手品なんかじゃねーよ。たまにな、マナの影響で生まれたりするんだよ、こうゆう能力者が」

「でも、第七階層は水のマナなんだよね。どうしてレンは火が出せるの?」

「わかんね。第七階層でも、ちょっとは他の属性のエネルギーはあるしな。もしかしたら、俺が火の階層の出身なのかも知れねえし。俺、親が居ないから、その辺曖昧なんだよな」

「そう…、なんだ」


 事も無げに言うレンだったが、紗也は気の利いた返答が思い付かずに視線を伏せた。レンは相変わらず、人懐こい笑顔だった。


「ま、俺が説明出来るのはこんなもんかな。詳しいことは、姉貴かセイバーに聞くと良いぜ。俺、馬鹿だから分かりにくかったら悪いな」

「ううん。ありがとう」

「立てるか?そろそろ出掛けようぜ。バザールは早い者勝ちだからな」


 立ち上がったレンは、ズボンの尻を叩いて埃を落とす。金が入った巾着袋を丁寧にジャケットのポケットに仕舞い、紗也に右手を差し出した。男の人のエスコートを受けたことがない紗也は、一瞬だけ迷ってからその手を取った。


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