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第5章「王子様とファーストキス」・エピローグ

完結です。

5 王子様とファーストキス


明け方に出て行ったプリンスがファッション雑誌のインタビューを受け、撮影を終え、帰ってきて起こしてくれるまで、私はずうっと夢の中にいた。


「起きろ。人の家でよくもまあ、ここまで眠れるものだ」


 半ば呆れながら起こしてくれたプリンスは、今日も王子様だった。


体にぴったりした薄手のニットTシャツに、細身のジーンズ。室内なのにかけているディオールのサングラスがシャープな印象を与える。それに比べて私は三日間同じ服でテンションが下がる。プリティウーマンみたいにドレスでも買ってくれればいいのに。


「そろそろ時間だ。行くぞ」


 顔を洗って戻ってくるとプリンスがそう言ったので私は驚いた。


「私、てっきり留守番だと思ってたんですけど」


 プリンスは大きくため息をついた。


「また失踪したり誘拐されたりするよりは、車の中で待ってもらったほうが安全だとの結論が出たんだ」


 あ、そうですか・・・・・・それはお手間をおかけします。


 プリンスに連れられ、マンションのエントランスから出ると、道路には真っ赤なポルシェが止まっていた。後部座席には窮屈そうに妃宮くんとナイトが座っていて、私が玄関から出てきたのに気づくと、ナイトが車を下りて右のドアを開けてくれた。


「どうぞ、レディ」


 うーん、そう言われると萎縮してしまう自分が悲しい。


「ナイトさんって、紳士ですよね」


「あなたがレディだからですよ」


 そんなそんな、いやあん。


「くだらんことを言ってないで早く乗れ」


 プリンスがハンドルを握って、車は走り出した。

 首都高を百五十キロで飛ばしていく。

 色と音で目立つのか、注目を浴びているのが分かる。


「正気じゃないよね、この車で襲撃ってさ」

 げんなりした口調で妃宮くんが言うと、ナイトもお手上げだといったように呟いた。


「プリンスの高等な美学には叶いません」


「泥棒は華麗に、というルパンの名言を知らないのか」


「知らないなー。いま作ったでしょ?」


「オレ様の名言だ」


 気取ったプリンスが言って更にアクセルを上げ、華麗にハンドルを切る。

 助手席の私は、生きた心地がしなかった。




 十数分後、私たちは刑事ドラマでありがちな風景を目に前にしていた。

つまりは埠頭の倉庫だ。


 エンジンを止めて外に出ると、真昼だというのに辺りは奇妙に静まり返っている。


「おいこら」


 ナイトと妃宮くんに続いて車から降りようとしたらプリンスに腕をつかまれ、私は車内に引き込まれる。


「お前は出るな。大人しくしてろ。何度言わせるんだ」


 至近距離に彼の顔があって、ドキンと心臓が跳ねた。


 え?


 ドキドキは加速して、しまいには頭に血が上ったようになってしまった。

 なにこれ。私どうかしちゃったの。


「いいか。絶対にここから出るなよ」


 念押しするプリンスの言葉に重なって、こちらに向かってくる車のエンジン音が耳に入ってきた。見ていると、黒塗りの高級車が五台、私たちの目の前で音を立てて止まる。


 プリンスは私の手を離し、車のドアをバタンと閉めた。

助手席は開いてるけどね。


 高級車からはがたいのいい黒スーツの男たちがぞろぞろと降り立ち、最後に真ん中の車のドアがおもむろに開いて、なんともひよわな風貌の、ひょろひょろした若い男が姿を現した。


「Kだ」

 妃宮くんが呟き、三人に緊張が走る。


 両脇に黒スーツを従えたKは彼らの前で立ち止まり、口を開いた。

「全く。ちょこまかと五月蝿い餓鬼共だ。何度追い払えばいいのかね」


 奇妙な抑揚の言葉に、プリンスが応じる。

「それはこっちのセリフだ」


 彼の右隣にナイト、左隣に妃宮くんが構え、応戦するようだ。

「ブラックジュエル、すべて渡してもらおうか」


 すると、Kは不敵に笑った。

「どうぞ」


 そうして黒服に合図し、本当に倉庫から木箱をいくつも運んでこさせた。

 プリンスもナイトも妃宮くんも、警戒を露にして彼とその箱をするどい眼差しで見た。


「どういうつもりだ」


「別に。欲しいならあげなさいと、ボスからのお達しが出てるからね」

 Kはポケットに手をつっこんで、面白がるようにプリンスに語りかけた。


「どうせ君の『力』には叶わない。それにどうせ、ジュエルはいくらでも、腐るほど、作れるからね。ボスはなんとも寛大なお方だよ」

 言いながら、プリンスの傍に寄る。


「君はボスに目を掛けられるという幸運を手にしているのに、どうして逆らうのかね。なぜ邪魔ばかりする? 君だって選ばれた人間なのに、下等の者たちを気にしてもしょうがないだろう。それとも何かね、時代遅れの正義のヒーローを気取っているつもりか」


 彼は言いながらポケットに手を入れ、そこから拳銃を出した。


「捨て子のくせに」


 甲高く笑うKの声に、私の体は血液が逆流したようにかぁっと熱くなった。


 許せない!


 プリンスは顔色一つ変えることなく、平然としている。

 でも、絶対に傷ついたはず。

 だって、心の傷に救急バンドはつけれないもの!


「顔に似合って卑怯なヤツだ」

 銃を突きつけられたプリンスは、無感動にKを眺めている。


 Kが銃を取り出すと同時に妃宮くんとナイトもKに向かって銃を構えていたけれど、プリンスを縦にされているので手が出せない。


「さーて、何をしてもらおうかな。手始めに、青空の下で王子様のストリップなんて楽しそうじゃないか」

 下品な冗談にギリギリと歯をくいしばった私はふと、あることに気づいた。


 もしかして?

 これはチャンスじゃないの?


 そう、それはここにいる全員が私に注意を払っていないということだ。

 助手席に伏せている私は車の角度の関係で、向こうからは見えていないはず。

 そして、私のトコからKのとこまでは何も障害がないのだ。


そう気づいて私はこっそり体の向きを変え、またまたこっそりと車の陰を伝ってさらにこっそりみんなから見えないギリギリのラインまでKに最接近した。


 そして私が車の陰から覗くと、なんとKがプリンスの首筋に唇を這わせているところだった。


 いやあああああ!


 私は衝動的に立ち上がり、Kに猪突猛進していた。


「なんだ、お前は」


 突然の女の子の乱入に対処できない様子のKの動きがスローモーションのように見え、私は体育の授業を思い出していた。


『いいですか。急所を狙って掠るように、斜めに蹴り上げてください。決して遠慮することはないですよ。女性の防衛手段ですからね』


 いまは私の防衛じゃないけど。

 右足を後ろに引いて、左斜め上に、私はつま先で思いっきりその部分を蹴り上げた。


 プリンスを守るためにやったるわよー!

 覚悟しろ! この変態やろうっ!


「おっ出ました! 妙円寺の必殺技」


「恐ろしい技ですね。角度とスピードも師範並だ」


「僕も一度決められたからね。すごい破壊力だったよ」


「プロの訓練を積んだ私でも、避けられるかどうかは紙一重ですね」


 賞賛する妃宮くんとナイト、そして唖然と見守るプリンスの前でキン●キは見事に決まり、崩れ落ちたKの首筋に、静かに歩み寄ったナイトがナイフを突きつける。


「お喋りの時間は終わりです。本物のブツを出すか、あなたの命を出すか、どちらがいいですか?」


 さっと気色ばんだ黒服の前でプリンスが呪文のように言葉を唱える。

「いまここで、オレたちと、会ったことは忘れろ」


 不思議な声色で発された言葉が終わると同時に、黒服たちは体の力が抜けたようにその場に崩れ落ちて意識を失った。


「その力、ボスのために使えば良いものを。なぜお前は歯向かうのだ。お前の姉もそれを望んでいるぞ」


 Kが発した姉という言葉にはっとしてプリンスを見たけれど、彼は顔色ひとつ変えず、冷たい目でKを見ていた。

ナイフをぐいと押し付けて、ナイトがKの言葉を阻む。


「ジュエルはどこだ?」


 Kが黙っていると、ナイトがナイフに力を込めた。プツリと皮膚が切れ、見る間に流れ出した血をうっとりと見つめながら、ナイトは呟く。


「さすが刀匠・竹花一貫斎繁久作の名刀。血の色に映える。さて、次はどこを切ったらいいですか、プリンス?」


「お前に任せるよ、ナイト」


「そうですね。頚動脈を一気に、というのが鮮やかで私の好みですね。じわじわと指を一本ずつ切り落とすのもよい趣向ですが」


 ぞっとする会話の前で、Kは悔しそうに首を折った。

「A倉庫L-11」


 いつのまにかミニパソを作動させていた妃宮くんが、監視カメラ経由で彼の言葉が正しいことを確認したと伝えると、プリンスはまた不思議な声色を使って、Kを眠らせた。


「お前もオレたちのことは忘れろ」


 倒れたKを飛び越えて私たちは倉庫に向かい、L-11の区画にあったブラックジュエルをすべて運び出し、海へと投げ捨てた。


 青い空の下でキラキラと光りながら海の底へ落ちていくそれらはあまりに美し過ぎて、まるで人々の叶わぬ想いを捨てているようで胸が痛んだ。

 




【エピローグ】

「ブラックジュエルを作っているのは、俺の双子の姉なんだ」


湾岸高速を走るポルシェの助手席に座って、私はプリンスが語り始めた話に耳を傾けている。

妃宮くんはパソコンを、ナイトはナイフを見たいということで、一緒に電気街で有名な街に行ってしまって、私たちは二人きりだった。


小一時間前までの抗争が嘘のように青い空の下、少し開いた窓からは海の匂いがする風が入ってきて気持ちいい。

プリンスもサングラスを外して、景色を楽しんでいるようだった。


「どういう経緯でそうなったのか知らないが、いつの間にか姉はブラックジュエルの組織に入って創造者となり、ブラックジュエルを製造し始めた。オレは姉が闇の組織に加わって犯罪に加担するが我慢できなくて、せめて世に出回ったブラックジュエルを回収するため動いているんだ」


「それで、怪盗ルパンとして動いてるんですね」


 プリンスは頷いた。

「あの変装はちょうどいいからな」


「でも、ブラックジュエルって、何なんですか? 恋愛成就のお守りとか持ち主を不幸にするとか呪いをかけるとか、ネットで調べたらいろんなことが書いてあったけど」


 プリンスはちょっと考えて言った。

「簡単に言うなら、悲しい望みを叶えてくれる石、かな」


「悲しい望み・・・・・・」


「ああ、人を不幸にするのは確かだ」

 ぎゅっと唇を噛んだ、その表情は痛々しいくらいに真剣だった。


「姉の居場所は分からないから、直接止めることは出来ない。だから、姉が人を不幸にするなら、オレは一人でも多くの人を救おう、そう思ってオレは怪盗をしてる。特殊な『忘れさせる声』の力を使ってな」


 私がずっと疑問に思っていたあの不思議な声色の呪文は、『忘れさせる声』の力だということだった。先天性の不思議な声が彼ら双子には備わっていたらしい。お姉さんのそれは『言いなりにする声』、プリンスのそれは『忘れさせる声』。


 私は彼が初めて私にその声を使った場面を思い出した。

 雨の夜、甘い音色で響いたあの言葉。


「あのときも、使ったんですか?」


 プリンスは頷いた。


「ルパンの時のオレと接触したすべての人間からオレの記憶は抜いてるんだ。なぜだかお前には暗示の言葉が効かなくて驚いたが。最初はブラックジュエルの手の者かと思ったけれど、そうでもないし・・・不思議なヤツだ」


 首を傾げるプリンスの疑問に答えようと、私は口を開いた。


「ええとね、多分暗示が効かなかったのは、プリンス様の声が私の姉の声と似てるからだと思います。私はその声に慣れてるから効かなかったんじゃないかな」


「オレの声が、オマエの姉と?」


 私ははい、と頷いた。

「そっくりってわけじゃないんですけど、声の音程とか雰囲気とかが似てるんですよね」


 言いながら私はふと気づき、聞いてみた。


「あ、でも、妃宮くんとナイトさんにも効かないですよね。それはどうしてなの?」


 すると、プリンスは眼差しに甘い光を浮かび上がらせて、言った。


「・・・・・・キスだ」


 思わず「は?」と聞き返すと、彼は突然ハンドルを左に切り、車を道路脇に止めた。


 後続の車がけたたましくフォンを鳴らして追い越していく。

 もちろんそんなことは意に介せず、プリンスは真昼間から堂々と言った。


「キスで主従関係を結ぶと、声の効果は及ばなくなる」


 真顔で言われて私は、プリンスと妃宮くんの、はたまたプリンスとナイトのキスシーンを、必要以上に濃厚に想像してしまって真っ赤になってしまった。 


 いやん。そんなぁ。だめだめっ!


十七歳の恋愛未経験の女子ですもの。妄想しちゃうのよ! 責めないでほしいっ!


 と思った瞬間、カチャリとシートベルトが外れる音がして、プリンスがこちらに身を傾けた。


「オマエもしてほしいか?」


「えっ」


「してやってもいい。今回は助けられたからな」


 プリンスの色素の薄い茶色い瞳の中に甘い光が煌めいて、私を誘う。

 だんだん彼の顔が近づいてきて、人差し指で軽くあごを持ち上げられて、私は思わず・・・・・・


 目を閉じちゃった。


そして、なんとしてしまった。

プリンスとキス。


 柔らかい唇や鼻孔から忍び込むソーダみたいな甘い香りが甘美な世界に私を運び、私はもう、ただただぼうっとして、されるがままになっていた。


 たっぷりと濃密なその時間が終わって私から身を離すと、プリンスはニヤリと魅惑的に笑って言ったの。


「これでお前もオレ様の家来だな」


 どぇぇぇぇぇ!

 マジ? マジで家来なの!?


「峰不二子的役割は望めないが、キン●キマスターがついていれば俺も心強い。よろしく頼むぞ、師範」


 言うなり彼は笑い出しハンドルに突っ伏して、いつものあのスカした彼からは考えられないくらい、いっぱいいっぱい笑い続けた。

 わなわなと震える私は、怒りや羞恥や悔しさと共に、自分の中に何かが芽生えたのを頭の片隅で自覚していた。


 それはキラキラと輝いて、ブラックジュエルのブリリアントカットなんか比べ物にならない綺麗さで、私の心はその煌めきにつられて、青い空と海に向かって軽やかに羽ばたいていった。


「あのー、プリンス様。家来はいやなんですけど」


 その煌めきが私の初恋の始まりだなんて、このときは思いもしなかったんだけどね。


最後まで読んでくださってありがとうございます。


よろしかったら感想など、よろしくお願いします(*^-^*)

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