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第4章 助けにきた王子様

明日、最終話をUPします!

4 助けに来た王子様


カオスは分かりにくい場所にあった。

 緑が生い茂る表通りからかなり入った細い路地の奥にある、地下に降りていく階段の手前で私は少し躊躇った。辺りに人通りは無く、威圧されるほど重厚そうな黒塗りの扉は錆びて動いた形跡がなく、その向こうからは人の気配を感じられない。


なにか不吉な予感がする。


 プリンスのマンションはエントランスがあり、そこには警備員やコンシェルジュもいて防犯機能もしっかりしているようだった。

よく知らない土地で、その安全な場所から出てきてしまったことに不安を覚えていると、後ろから肩を叩かれた。

 振り向くと、長い黒髪の綺麗な女の子がにっこり笑っている。


「ハナ先生ですか? 私リカです」

 紺色のセーラー服は私が通う学校の、全日制の子の制服だった。


見慣れたものにほっとして、私は警戒を緩めた。

瞬間、リカがぐっと伸ばした手で私の鼻に布を押し当て、薬品の匂いを吸い込んだ私はまたもやブラックアウトしてしまった。




 

 意識を取り戻したとき、私は椅子に縛り付けられていた。


 いるのは窓のない部屋で、その壁は黒とどす黒い青と鮮やかな赤で塗られていた。


白熱灯に照らされたその空間はホコリっぽく、隅には蜘蛛の巣がかかっていて、何か窒息しそうな空気の濃密さがあった。

周りにはいくつかのテーブルと椅子がバラバラに放置され、どうやらここが『混沌(カオス)』という名のカフェに違いなさそうだった。


 しばらくすると観音開きのドアがギィっときしんで開き、そこからリカが現れた。

清楚な美少女のように見えるけれど、その瞳にはどこか凶気な光を湛えている。彼女は先ほどの笑顔とはうってかわった生気のない表情で私の向かい側に座る。


「もうちょっと待っていてくださる? あなたを引き取りに来る方々の到着が遅れてるのよ。時間にルーズなんて、使えない連中よね。その点あなたは約束の時間五分前には来てくださって素晴らしいわ」


 私は彼女を睨んだ。


「あなた、ブラックジュエルの人たちの仲間なの!?」


「いいえ。頼まれたのよ。あなたを渡したら、プリンス様と恋人にしてあげるからって」


 その軽やかな口調のどこにも罪の意識は感じられなかった。


「ブラックジュエルの力にもランクがあって、私が贈ったのはそんなに効果がないらしいのよね。もっと力のあるブラックジュエルなら私の願いが叶うらしいから、あなたと引き換えにそれを頂くの」


 夢見るように語る彼女は不気味だった。


「あのね、そんな呪いの宝石だかなんだかでプリンスと恋人になれたって、彼はあなたのことを心から好きじゃないのよ。それでいいの?」


 彼女はギロリと私を睨みつけた。


「ブラックジュエルの力で彼は、心から、私のことを好きになるのよ」


 私は首を横に振った。


「それは本人の意思じゃないと思う」


 すると彼女はふふ、と笑った。


「あなたはお馬鹿さんね」


 白熱灯がゆらりと揺れる。


「そのとき好きでもいつかは終わりが来るの。それならたとえ嘘でも、ずっと好きでいてくれて傍にいてくれるほうがいいじゃない。永遠は自然界では手に入らないもの」


「だから本人の意思は無視して良いっていうの」


「すぐに移ろうものに価値なんてないわ」


 綺麗な彼女の口から紡がれると、それが真実だと錯覚してしまいそうになる。


「あなただってあるでしょ? 人に裏切られた経験が。人の気持ちはコロコロ変わる。一瞬ごとに、変わるわ。そんなものを信じるなんて愚かだわ。そうね、少しでも信用できるのは家族くらいかしら。ハナ先生、そう思わない?」


 含みのある口調で言い、彼女は口元を釣り上げた。


「ああ、そういえばハナ先生、お姉さんに裏切られたんだったわね。家族すら信用できないなんてかわいそうな人。そんな人に恋愛相談なんかして、私ったら恥ずかしいわ」


 引越しして新しい学校に通い始めてから誰にも言っていない事実を目の前に突きつけられて、私は胸を突かれた。


「どう、して、知ってるの」


 やっとのことで息を吸い込むと胸に痛みがズンときた。


 彼女はテーブルに肘をついて、上目遣いで私を見て聖母のように柔らかく微笑んだ。


「ねぇ、あなたは、家族にさえも裏切られたのよ。

用なしって捨てられたのよ。

それなのに、のこのことプリンス様の家に上がりこんで図々しいったらないわ。

ブスがプリンス様に目を掛けられて舞い上がってるんでしょうけど、どうせまた捨てられるのよ。だって彼はこれから一生、私に恋をするんだから」


 高笑いする彼女の前で全身がすうっと冷たくなっていく。

 私は、裏切られてなんかいない。

 姉はただ、何かの理由があって、いなくなっただけなのに。


 どうしてそんなこと言われないといけないの!

 顔をあげて彼女を睨んだそのとき、聞き覚えのある声が部屋に響いた。


「誰が誰に恋をするって?」


 扉の向こうから姿を現したのは、驚き! あの雨の夜に会った男だった。

 黒いマントと仮面が、あの日の記憶を呼び起こす。

 彼は優雅に歩いて、リカの前で止まった。

 リカは顔を険しくして、椅子から立ち上がった。


「誰よ、あなた!」


 仮面の男は不敵に笑う。


「泥棒で、正義の味方、というところかな」


 私はドキドキしながら、二人のやりとりを見ていた。

 というか、この声・・・・・・


 輪郭も瞳も、サラサラの淡い髪も。

 明らかにプリンスだった。


 目の前の男が恋した相手だとはつゆ知らず、彼女は大声で怒鳴る。


「不法侵入だわ! 出て行きなさい」


 プリンスは上から彼女を見下ろし、いまいましそうに手首を鳴らした。


「うるさい女は好かん」


 それから、実にさりげなく彼女の後頭部にトンと手刀を入れて彼女を気絶させた。

 その早業にほれぼれしている間にプリンスは彼女を椅子に座らせ、次に私の背に回ってロープを解くと、そのロープを使ってリカを椅子に縛り付けた。


「この馬鹿が」


 散々わめいた彼女が静かになると、今度は私がプリンスに冷たくされる番だった。


「確か、家でおとなしくしておけと言ったはずだが、お前には耳がないのか、それとも言われたことを理解できない知能の持ち主なのか、どちらだ?」


 仮面の奥から眼差が、矢のように突き刺さる・・・

私はごめんなさい、と謝った。


「ふん。まあいい。お前の無謀な行動のおかげでこれから奴らと対面できるんだからな」


 プリンスは瞳をギラギラと輝かせて扉を見据えた。まるでその先にいる敵を睨みつけるように。

彼がこんなにも激しい眼差しをするのはなぜだろうと私は考えた。

 そういえば今まで慌しくて気づかなかったけれど、どうして彼らはオカルトチックなものを販売する組織と敵対しているのだろう。


「表通りにタクシーを待たせてある。お前は先に帰っておけ」


 しっし、と犬を追い払うようにプリンスがいい、私は尋ねた。


「警察が来るんですか?」


「来るわけないだろう」


「でも、妃宮くんもナイトさんもいないんですよね。プリンス様一人じゃ危ないです!私、ここに残ります!」


 陵腕でガッツを作ると、プリンスが私の手を押さえた。


「いいから帰ってろ」


 初めて触れたプリンスの手にどぎまぎしながらも、でも、と言いかけたとき、微か

に足音が聞こえた。


「チッ! 来たか」


 私は彼に言われるがまま入り口の横にあるトイレに入って内側から鍵を閉めた。

 カチッと鍵を下ろしてからすぐに、ドアを開く音と数人の足音が響いた。

 息を潜めて部屋の様子を伺う。


「オレのために下手な小細工をいくつも、ごくろうだったな」


 気品あるプリンスの言葉に一瞬間を置いて、野太い声がする。


「本人のお出ましか。手間が省けるぜ。お前ら、ちょっと手荒になっても構わん。ヤツを捕えろっ」


 語尾を荒立てて発されたその声に物がぶつかる音が重なり、乱闘に突入する。

 プリンスが捕まってしまったらすぐに助けに入れるように、私は鍵とノブに手を掛けて物音に集中した。

 数分間続いた物音はある時点でパタリと止んだ。


「さっきの威勢はどうした?」


 プリンスの声だった。どうやら彼が勝ち残ったようだ。


「言え。次にKが現れるのはどこだ?」


 男の悲鳴が上がる。


「言わないと、折れるぞ。三秒だ。3・2・1」


「ふ、埠頭だ。倉庫に着いた品物を点検する・・・」


「日時は?」


「・・・明日の正午」


「よし」


 再び、人が倒れる音がした。一瞬置いて、プリンスの声。


「いまここで、オレと会ったことは忘れろ」


 それは二度聞いたことのある不思議な声色だった。あの、柔らかく甘く響く音程。

 これはどういうことなんだろう。

 考えていると、ドンドンとドアがノックされた。


「帰るぞ」


 そっとドアを開けると、そこには床に伸びた男たちが五人。どの男も屈強そうで、細いプリンスが全員をやっつけたとは信じられなかったが、彼も数度攻撃を食らったようで、仮面を外したその綺麗な頬は赤く腫れていた。


「おっと、忘れていた」


 部屋を出て行こうとしてプリンスは椅子に縛り付けたままのリカに気づき、彼女の耳元に囁いた。


「いまここで、オレと会ったことは忘れろ。話したこともすべて」


 彼がリカの耳に唇を近づけるその姿はなんだか色っぽく、私はもじもじしてしまった。

 そしてまたその言葉の意図を聞くタイミングを逃したのは言うまでもない。





 部屋に戻ると、真っ暗な部屋の中で私が付けっぱなしにしたパソコンの画面だけが白く光っていた。


「全く、オマエは」


 タクシーの中でもエントランスでもエレベーターに乗ってもムスっとしていたプリンスは、ソファにジャケットを放り投げながら、やっと喋ってくれた。


「オレが気づかなかったらどうなっていたか分かっているのか。相手はマフィアまがいの連中だぞ」


 画面はまだ地図のページを映している。プリンスはこれを見て助けにきてくれたんだ。

 軽はずみな行動を反省していると、手にタオルとTシャツが渡された。


「とにかく風呂に入って来い。オレは臭い女は好かん」


 えっ、この服臭いかしら。まだ二日しか着てないけど。

 私がくんくん匂いを嗅ぐと、プリンスは嫌な顔をした。


 シャワーを浴びて部屋に戻ると、入れ替わりにプリンスが浴室に入った。

 彼に貸して貰ったいい香りのTシャツに包まれていい気分でソファに座っていると、お腹がぐぅと鳴った。


そういえば、結局今日は朝から何も食べていない。

プリンスは食べたのかな?

もし食べてなかったら、お昼に見つけたパスタを使って何か作ろうかしら。


それでバスルームをトントンとノックして聞いてみると、食べていないとの返事。

私は手早く、電子レンジでパスタを茹で、お湯を捨てたその器の中でお茶漬けの素とマヨネーズを和えて、即席の和風パスタを作った。


 ちょうどそこでバスルームから出てきたプリンスが、興味津々に私の手元を覗き込んだ。


「なんだそれは」


「和風パスタです。良かったらプリンスもどうですか」


 『庶民の食べ物は口に合わぬ』とか言って断られるかと思ったけれど、意外にもプリンスはすんなり頷いた。


「食べてやってもいい」


 上から目線は相変わらずだけど、その表情はなんとなく嬉しそうに見えた。

 パスタをソファの前のテーブルに置いて、私たちはそれぞれ割り箸を手に、一つのお皿から一緒に食べた。


「お料理道具が全然ないけど、プリンスはお料理とかしないんですか」


「しない。外食か、テイクアウトかだな。テイクアウトのときはマネージャーに買ってこさせる。ああ、そういえばたまにナイトが作ってくることもあるぞ」


「へぇ、ナイトさん、お料理するんですね」


 無骨そうな彼のエプロン姿を想像してみるとなかなか似合っていた。


「あいつの趣味はナイフ術と料理だからな。趣味と実益を兼ねてどっちも優秀な腕だぞ。野菜を芸術的に削るカービングなんか、インストラクターの資格まで持っている」


「へ、へぇ」


 私の頭の中の想像は、エプロンと三角巾姿のナイトがアーミーナイフを構えて敵と対峙するところまで発展してしまった。


「ナイトを除くと素人が作ったものを食べるのは、番組以外では初めてだ。プロには及ぶべくも無いが、なかなか興味深い味だ」


 私は恐る恐る尋ねてみた。


「それって、褒めて貰ってるんですかね?」


「まあな」


 褒めるときに偉そうな人、初めてだよ。

殿、お褒めに預かり光栄です、って言ってしまいそう。


 食事を終えた後プリンスは妃宮くんに電話をかけて、今日の報告と明日の予定を話し合った。妃宮くんとナイトは明日の午前中には東京に着くらしく、成田で合流して埠頭に向かうことに決まったようだ。私はそれが終わるまでは注意したほうがいいってことで、明日は留守番になった。


 家に帰れないことに残念な、でも少しだけわくわくするような気持ちになりながらプリンスが付けたテレビを見ていると、音楽番組の特集でハントのライブ映像が流れた。大勢のファンの歓声を浴びてスポットライトの中心に立つ二人はとてもカッコよくて、すごく遠い存在に見える。


 横を見ると当の本人はソファでうとうと眠っていて、その無防備な様子はあどけなく、可愛らしく、お肌も顔立ちも、極上の綺麗さ。

 こんな機会はめったにないだろうからじっくり観察していたらふと、彼はどんなふうにして育ってきたんだろうと考えた。


 綺麗で歌の才能があってプロ意識も高い、そんな彼にはなにか家庭の匂いが感じられないような気がする。彼が母親や兄弟と笑顔で会話していたり甘えたりするような場面がどうにも想像できない。もしかしたら、すごく上流階級の礼節わきまえた家庭に育ったのかも。何せ苗字も『王子』だし。


 そんなことを考えていると、突然スピーカーから短い電子音がなる。

 緊急速報だ。


 途端、凍りつくような恐怖が足元から湧き上がっていて、呼吸がどんどん苦しくなった。

大切なものを失うその瞬間に私は引き戻されて、何がなんだか分からなくてもがいていると、耳元で優しい声が聞こえた。

「大丈夫だ」と繰り返されるその声に、私は夢中でとりすがった。




 しばらく経ってフラッシュバックが収まると、私はプリンスの胸の中にいた。

 恐怖はどこかに過ぎ去り、人肌の温もりが私を包んでいた。

 心地いい。

 トクントクンと打つ心臓の音を聴いていると、この上もなく落ち着いた気持ちになる。


 その心臓の音に重ねて、プリンスが鼻歌を歌っていた。

 それは前に私が好きだって言った「TO」だった。

 じっとしていると、プリンスの手が優しく背を撫でた。


「落ち着いたか?」


 私は小さく頷いた。恥ずかしくてとても顔を上げられそうにない。


「すみません」


 カチカチと時計の秒針が動く音だけが響く。

 窓のブラインドは閉められていて、ベッドの脇のルームランプだけがオレンジの光を灯している。

 フラッシュバックは仕方ない。これはただ昔の記憶を追体験しているだけで、時間が過ぎれば収まる。けれど久しぶりのフラッシュバックのせいか、他の嫌な記憶まで心になだれ込んで来る。


例えば、そう、昼間のリカの言葉だ。


 姉に裏切られたこと。用なしって捨てられたこと。

 それはずっと見ないようにしていた箱の中にある苦悩だった。

 両親が死んでから、姉と私は助け合って生きてきたと思っていた。姉は常に私のことを考えてくれたし、私もできるだけ姉を助けられるようにがんばった。二人しかいない家族だから大切に思っていた。姉にとってもそうだと疑いもしなかった。なのに、どうして姉はいなくなったのだろう。


 その考えはずっと私のなかを巡って、しまいに私は夢や希望や優しさや人生の美しいものを侵食する苦しさから逃れるために、姉が死んだと決めた。死んでいなければやりきれなかった。大切だったはずの人なのに恨んでしまいそうだった。それで私は親が遺してくれた実家を売って引っ越し、過去のことは忘れて一人で生きる選択をした。


 マザーテレサの言葉にこういうのがある。

『本当に不幸な人とは、世の中から必要でないと無視されている人間である』


 この言葉を初めてテレビで見たとき、子供心にズッシリきたのを覚えている。可哀相な人がいるものだとも思った。今は、私が可哀相な人だ。たった一人の家族から「いらない」と捨てられ、待っていても無視されている。

 明るく、前を向きたかった。後ろを向くこと、想像だけで考えを膨らませていくことに意味はないと分かってはいる。でもその想いは、まるで片恋のようにずっと胸の底にあってふと思い出すたびに私を苦しめた。


 頬を涙が伝っていく。


 声を出さずに泣いていると、プリンスが頭を撫でた。


「お前はいつも悩んでいるな。あの雨の夜も、くだらんことで悩んでいただろう」


 優しく響いたその声に、私はそのときのことを思い出した。

 確かあの日は、クラスメイトに悪口を言われて傷ついていたのだ。


「じゃあ、あのとき会ったのはやっぱりプリンスなんですね」


 私が言うと、彼は頷いた。


「一仕事終えたあとの、オレだな」


「怪盗ルパン?」


「ばれてしまってはしょうがないな。そうだ。怪盗紳士ルパンとは我輩のことだ」


 気取って言うので私がちょっと笑うと、彼もくすっと笑った。


「それよりお前、今日はなんで悩んでるんだ? 言ってみろ」


 話すか話すまいか迷って、私は口を開いた。


「小さい頃両親が死んで、姉も三年前にいなくなっちゃって。今日私を監禁したリカに言われた言葉が図星だなって思っちゃったら泣いてしまいました」


「そうか」


 一旦言葉を飲み込んで、プリンスはそっと、吐息のように話してくれた。


「オレも家族はいない。

オレは施設で育ったんだ。親の顔も知らない。

姉が一人いたが、小学生のときに引き取られていって音信不通だ。

お前と境遇は違うが、気持ちは分かる。

自分のルーツが確信できないから、生きていることに対する肯定を感じられないんだろう。

それは、辛いことだ。

だが、オレ達は誰かのためだけに生きているわけじゃない。

必要とされなければ生きられない? オレはそう思わない。

生きている意味は、必ずある。

いまはそう思えなくても、必ず。

だから、今日からはオマエもそう思え。

あんな頭のおかしい女の言うことは気にするな」



私は、プリンスって本当に妃宮くんの言うとおり、いい人なんだなあって思ってしまった。


施設で育った子や問題を抱えた子。「普通」じゃない子供は、少なからず辛い過去に苦しめられている。その時期を乗り越えたとしても、苦しかったことはあまり他人には打ち明けたくないだろう。私だって姉のことやそれに関わる自分の気持ちは誰にも話せないでいるし、だからこそリカに図星を刺されて傷ついた。


プリンスはアイドルだし、商業から言ってもそういう暗い背景は見せたくないに決まっている。それなのにただ私を励ますためだけに、彼は自分の過去を打ち明けてくれた。


労わられたのを感じて私の胸は感謝の気持ちでいっぱいになっていると、とってつけたようにプリンスが言った。


「これは命令だ。分かったな」


 それがいかにも慌てて言った感じだったので思わずくすっと笑ってしまった。


「はい、分かりました」


 それが合図のように、私たちは体を離した。

 離れるときは少し名残惜しく、人の体温がどれだけを温めるか私は初めて知った。

 ベッドから立ち上がったプリンスは、優しく言った。


「オレはもう寝る。お前も寝ろ」


 その言葉が、昔夜更かししてよく言われていた姉の「速く寝なさい」の言葉に重なり、私は気づいた。彼の声に懐かしさを感じる理由。

 似てるんだ、姉の声に。

 もちろん男女の違いはあるけれど、低い音程で微かに響く不思議な声色が姉のそれと本当にそっくりなのだ。

その発見に、少し嬉しく、少し切なくなりながら、私は羽枕に頭を深く埋め、いつしか眠りに誘われた。


読んでくださってありがとうございます。

よろしければ感想やレビューも書いてくださると嬉しいです(*^-^*)

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