爬虫類は懐かない
作者にカメに対する知識はありません!
「お金で来世を買ってみました。」のある意味続編。でも、読んでなくても全く問題無かったりする。
私はカメである。
名前はリリィ。ちなみにメスだ。
この世界でのカメの正しい種族名は分からないが、見た目は日本でいう“ミドリガメ”に似ていると思う。………甲羅の色はチェリーピンクだが。
そして、身体は可愛らしいサーモンピンクだった。キャラクターのようにデフォルメされているならまだしも、カメの厳つい顔にこの色はないと思う。ピンクのガメラに需要なんかあんのか…。
正直、初めて鏡で見たときは目を疑ってしまった。カメ故に人のときとは見え方が違うのかとも思ったが、そういう訳でもないらしい。
他のものはフツーの色合いなので、カメだけが可笑しいのだろう。…何でだ、納得いかねぇ。
私がカメとして生まれ、すでに2年が経った。まあ、生まれたと言うより“卵から孵った”訳だが。
そう、私は一度死んで生まれ変わったのだ。人間から―――――カメへと。
ふ ざ け ん な !
◇◇◇
私の前世での名前は常磐友里。27歳の若さで、トラックに跳ねられて死んでしまった可哀想なOLだ。
死んだときのことは、あまり覚えていない。
ただ、死ぬ瞬間にボーナスの使い方について後悔したような気がする。………貯金しなきゃよかった。
一体どういう理由なのかは分からないが、私は前世の記憶を持ったまま転生してしまったらしい。
しかし、カメとして生まれたのに人間のときの記憶などあっても生きにくいだけである。
実際、私も卵から孵ったばかりの頃は、荒れた。
それはもう、言葉にはできない程荒れ狂った。
たとえ今の姿がカメであっても、私という人格は間違いなく27年を人間として生きてきた女のものなのだ。
気付いたらカメになっていたなど、簡単に受け入れられる訳がない。
しかもここは、日本どころか地球ですらなく、魔法や魔物が存在するファンタジー要素溢れる異世界なのだ。
なぜだっ!なぜ、その設定でカメなんかに転生してんだ私はっ!
魔法使いたいよ!
前世の記憶持ちなのに転生チートないとか、どういうことだっ!!
私のそんな思いも空しく、突然人間に戻ることもなければ、魔法が使えるようになることもなく、カメとしての当たり前の毎日を過ごしている。
もちろん、諸々の不満はある。
だが、こうしてカメであることを嘆きながらも、日々を健康に安心して生きていられるのは優しい飼い主がいてくれるからだろう。
チョロイ食事係………いや、優しきご主人サマたる彼――オズウェルが。
「リリィ、どうした?」
ご主人サマの足元まで歩いて行くと、すぐに気付いて声を掛けてくれる。
…いつも思うんだが、コイツは私を見張っているのか。ちょっとでも動くと気付かれちゃうんだけど。
「きゅうっ」
一応、これが私の鳴き声である。…地球のカメの鳴き声は知らないが、ここの世界のカメはプリティーボイスだ。と言うか、カメって鳴くのか。
言葉は理解できても話せないとか、ほんとに使えない。
「ああ、すまない。食事の時間だったな」
……………。
しかし、なぜかコイツは私の言いたいことが分かるらしい。
すべてが通じる訳ではないのだが、これも2年間で築かれた絆というものだろうか。
ご主人サマは私の前に、お皿に盛った好物のツナ缶を置いてくれる。
ちなみに、ツナ缶と言ったが別に缶詰に入っている訳ではない。味がツナ缶なのでそう呼んでいる。…何の肉なのかは知らない。断じて、知りたくない。
私はお皿のツナをチラ見してから、ご主人サマを見上げる。
マヨネーズ掛けて欲しいな~。このままだと味気ないなぁ~。
「……………」
ご主人サマは私の視線の意味に気付いているのかいないのか、無言。
フッ、私はめげない。
マヨネーズを掛けてくれなきゃ食べないもんねっ!
とりあえず、催促の意味を込めて床をドスドスと踏みしめる。が、実際は体重が軽いため、ポスポスという何だか間の抜けた音しか出なかった。
ポスポス、ポスポス。
「きゅう、きゅうっ!」
「……………………」
ポスポス、ポスポス。
「きゅうっ!きゅうっ!」
「………はぁ、仕方がない。少しだけだぞ」
そう言って、ご主人様はマヨネーズを取りに行ってくれた。
やっさしー。
「ゆっくり食事をすると良い。私は仕事部屋にいる」
ご主人サマは私の頭を撫でながら話し掛けてくる。
いつもならば、頭を撫でられるのは好きではないので噛み付くところだが、今はツナマヨを食べる方が大事なので我慢。
しかし、噛み付かない私に気を良くしたのか、調子に乗って顎まで撫でようとしてきた。
食事の邪魔すんなっ!
「…っ!?」
ご主人サマは間一髪で指を引っ込めてしまった。
チッ、噛み切ってやろうと思ったのに。
ガチガチと顎を鳴らして威嚇すると、しぶしぶ仕事部屋へと立ち去って行った。
ボソッと悪態を吐きながら。
「…本当に凶暴な奴だ」
おい、聞こえてんぞっ!
◇◇◇
ご主人サマの仕事は所謂、魔術師であるらしい。
何をしているのか詳しいことは分からないが、依頼を受けて薬を作ったりしているようだ。
まあ、アイツが何の仕事をしていようと構わないが。私に害がないんなら。
というか、魔法なんて便利な力を使えるんなら私を人間にして欲しい。切実に。
それが無理ならせめて言葉を話せるようにしろ。
しかし、私のこの切なる願いは今のところ全くご主人サマには届いていない。
…ボディランゲージで伝えるには限界がある。
しかも、あのヤロ……ご主人サマは見た目に反してズレたヤツなので時折とんでもないボケをかましてくる。
そう、見た目だ。
カメに初恋の人とやらの名前を付けるような残念な男だが、ご主人サマの顔は最上級のものだった。
女なら、国の1つや2つ確実に傾けていただろう。まさに傾国の美貌というやつだ。
…たまに、あのお綺麗なツラを無性に引っ掻いてやりたくなる。
月の光を集めたようなプラチナブロンドと、雪よりも白いのではないかと思わせる白磁の肌。そして、見る角度で色味を変える印象的な孔雀眼。
………私も人間だった頃は、割かし容姿を褒められることは多い方だったが、ご主人サマに勝てる気は全くしない。
つか、勝負になんねぇよっ。
いや、ご主人サマの無駄な美貌なんか私にはどうでも良い。遠目に見る分には、確かに目の保養にはなるし。
まあ、たまに見せる笑顔の破壊力は半端ないけど。
そんなに実害はない。…たぶん。
「きゅっきゅっきゅうっ!きゅうっ!」
ふん、ふふん♪
温かい日差しの中で鼻歌を口ずさむ。…決して、窓拭きの音ではない。
午後の柔らかい日の光を浴びながら、邸の庭でくつろぐのが私の日課である。
カメになるまで日光浴がこんなに気持ちの良いものだとは知らなかった。
ご主人サマの邸は、ほぼすべての部屋に扉が付いておらず、段差もないバリアフリーな設計となっている。私のために。…いや、やり過ぎだろ。
まあ、そのおかげでこうして自由に庭に出ることができる訳だが。
しかし、ご主人サマはペットに気を遣い過ぎだ。
この邸のヒエラルキーのトップは私になっていると言っても過言ではない。
…一応、感謝はしてる。大切にしてもらってるし。
ふぅ、仕方ない。今日は特別に膝の上に乗ってやるか。
たまにはサービスしてあげないとね。
日光浴の癒し効果で、いつになく穏やかな気持ちに包まれていた私の前に―――――それは現れた。
『ガサッ』
陽だまりの中で微睡んでいた私は、突然の物音に驚き甲羅の中に引っ込んだ。
…最近、行動が完全にカメになってきた気がする。
ハッ、しまった!
甲羅の中に引っ込んでる場合じゃなかった。
私は物音の正体を確かめるために――そして、必要なら逃げるために――甲羅から頭を出した。
………………っ!?
い、犬!?
私の目の前には、涎を垂らしながらこちらを見る大きな犬がいた。
ちなみに、私の現在の身長(?)は10㎝程度だ。ご主人サマの掌にも乗れちゃうくらい小さい。
そして、目の前にいるのは1mはありそうな大型犬。
あっ、私の人生………違った、カメ生終わった。
◇◇◇
絶体絶命。
そんな言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
えっ、何コレ。どうすれば良いの?
犬との絶対的な戦闘力の差を悟った私は、自然界の掟に従い諦めた―――――りはしなかった。
ヘッ、弱肉強食がどうした。
こちとら、悠々自適なペット暮らしのカメだ。温室育ち舐めんなよ!
とまあ、威勢のイイこと言っても、この体格差で勝負になる訳がないので、とりあえず甲羅に立て籠もるしか方法はないんだけど。
さすがに、甲羅ごと噛み砕いたりはできないでしょ。…できないよね?
犬はしばらく、私の匂いを嗅いだり甲羅を突いたりしていたが、何を思ったのか私をボールのように蹴り始めた。
甲羅に引っ込んだままの私の身体は、くるくると回りながら地面を良く滑った。
犬は玩具にジャレつくように何度も私の甲羅を蹴る。
おい、いつまで蹴る気だっ!
お前は配管工のおっさんかっ!!
どこに甲羅をぶつける気なんだ。ブロックでも破壊すんのか!?
犬に飽きる気配は全くない。
ううっ、目が回ってきた。…き、気持ち悪い。
回り過ぎて、何がなんだか分かんなくなってきた。
えっ、ほんとにどうしたら良いのコレ。
そんな、私のカメ生最大のピンチを救ったのはご主人サマだった。
「リリィ!!」
その声が聞こえた瞬間、マジで涙が出た。
今まで、ぞんざいに扱ってきてゴメン!
カメに初恋の人の名前付けるとかマジねぇわ~って、心の中でバカにしててゴメンナサイ!
「きゅーうっ!!」
私は力の限り、鳴いた。
助けてーっ!!
まあ、人間であるご主人サマにとっては犬なんて敵ではなかった。
魔法で少し威嚇したら、尻尾を巻いて逃げて行ったようだ。
「リリィ、もう大丈夫だ」
ちなみに、私はご主人サマが声を掛けてくれるまで甲羅に引き籠ったままだった。…だって、犬メッチャ怖かったんだもん。
ご主人サマの言葉に、おそるおそる甲羅から頭を出す。
「助けるのが遅くなってすまない。…怪我はないか?」
「きゅう」
こちらを気遣う優しい声音に、私も感謝の気持ちを込めて返事をした。
ありがと、ご主人サマ。
◇◇◇
と、ここで終わっていれば良い話だったのだが…。
「コラ、魔法陣の中から出るんじゃない」
このアホなご主人サマは、今回の1件でさらに過保護をバージョンアップさせてしまったらしく、私にありとあらゆる守護魔法をかけようとしている。
そこまでしなくても良いからっ。
ちょっと庭に犬猫用の柵でも付けてくれたら十分だってっ!
さっきからずっと“きゅう、きゅう”と抗議の声を上げているのに、ご主人サマは構わず魔法をかけ続けている。
えっ、コレで12回目だよね。
私は一体何に狙われてんだよ。限度があるだろ、限度がっ!
私は苛立ちながら、その場でポスポスと床を踏み荒らした。
………様々な呪文の書かれた、魔法陣の上を。
「あ」
ご主人サマの間抜けな声を聞きながら、私の身体は光に包まれた。
何だったんだ、さっきの光は。
…ひょっとして、私の所為で魔法に失敗した?
キョロキョロと頭を動かして、周りの様子を窺う。
特に、変わったところはないみたいだ。
………ん?何となく違和感が…。
「あれ?」
何だか、いつもより目線が高い。
いや、高いっていうか………えっ、立ってる?
「リ、リリィ…?」
ご主人サマが名前を呼んでくるがそれどころではない。
「マジで!?足があるっ!!てか、手もあるっ!!!」
自分の身体を爪先から順にたどっていく。
に、人間の手だぁぁ!!
色もサーモンピンクじゃなくなってるっ!!
「鏡、鏡どこっ!?」
急いで鏡を探し、その前へと移動した。
「~っ!?人間になってるっ!!」
やったーっ!!
これでカメ生ともおさらばだ………って、あれ?
「子ども?」
鏡に映っている私の姿は5~6歳くらいの子どもだった。
裸なのは仕方がない。カメのときからそうだったし。
しかし、髪の色がチェリーピンクなのはなぜだ。甲羅か、甲羅なのか。
「リリィなのか?」
私が鏡の前で首を捻っていると、ご主人サマが声を掛けてきた。
…うん、ゴメン。
完全に存在を忘れてた。
「そうですよ。てか、これって魔法の失敗か何かですか?」
とりあえず、1番気になることを聞いてみた。
「…たぶん、お前が魔法陣を踏み荒らした所為で呪文が書き換わったんだろう」
魔法陣のあった場所を見ながら、苦い顔で言われてしまった。
いや、あんなに魔法かけようとしたアンタが悪いんじゃんっ!
…失敗したのは私の所為だけど。
「はぁ…。元に戻せるかは分からんな」
そんなことを言いながら、上着を掛けてくれる。
そういえば、裸のままだった。
「ありがと。…てか、カメに戻さなくて良いよ。折角人間になれたんだもん」
またカメに逆戻りとか、絶対イヤだ。
「…人間になりたかったのか?」
不思議そうに首を傾げられた。
………何だ、その可愛い仕草は。
美形はなにしてもサマになるな、オイ。
チッ、カメのときに引っ掻いとけば良かった。
「…?どうした?」
「……………別に」
いやいや、コイツの美貌に嫉妬している場合じゃない。
ご主人サマはペット至上主義な残念美形だ。カメ大好きな男なのだ。
ひょっとしたら、私をカメの姿に戻したいのかもしれない。
「う~ん」
「おい、リリィ」
「ウルサイ。ちょっと黙っててください」
何て言ったら、このペットバカは納得するだろ。
“ずっと、ご主人サマとお話ししたかったんですぅ”とか?
「………よしっ!」
「何が“よし”なんだ?」
「いえ、こっちの話です。…ええっと、私はご主人サマが大好きなので、ご主人サマと同じ人間になってたくさんお話とかしたかったんです。だから、このまま人間の姿でいさせてください」
一応、上目遣いで甘えた感じに言ってみた。
「………………」
「………………」
「………胡散臭い」
その、ご主人サマの失礼過ぎる発言に、私がローキックを繰り出したのは不可抗力だと思う。
◇◇◇
私の名前はリリィ。
前世は人間で、今世は元カメの現人間な見た目5~6歳の女の子である。
ちなみに、私は人間の姿になってからも変わらずに、ご主人サマであるオズウェルと暮らしている。
…カメに戻されずに済んで、ほんとに良かった。
まあ、人間になった後も一悶着あった訳だが。
例えば、オズウェルが30そこそこの見た目に反し、実は500歳越えだとか。
元がカメである私も寿命が半端なく長くて、これから先、オズウェルとはなが~い付き合いになっちゃうだとか。
語るべきことはたくさんあるのだが―――――それは、また別の話。
きっと、将来的にはラブになってるはず。
そのうち、ご主人サマの視点の話も書くかもしれません。