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第九話 凌統、仕事にいく

修正にあたり今までかなり適当に扱っていた、凌統隊の基本陣形の説明を追加。恐らく粗など探せばあるでしょうが、この辺りで勘弁していただけると作者としては助かります。


では、どうぞ。

さて、雪蓮様たちのお眼鏡にかなって呉に仕官することになった凌統です。黄巾党との戦いを終え本拠に帰還したその翌日に、入りたてのほかほか新人である俺にも、さっそく二百人程の部隊が任された。


つまり、凌統隊の発足である。分かる? 俺、隊長。隊長なんだよ? 大事な事だから二回言った。


にしても、まさか小規模とは言え、いきなり部隊を任されることになるとは。しかしこれも信用されているからこそだと、俺としては思いたい。まあ、現状の呉の武官不足が深刻な所為もあると思う。新入りの俺から見ても今の呉が人手不足なのは明らかな訳だし。


何にせよ、一部隊の隊長となった俺は責任重大な訳である。経験は無いけども、とりあえずは隊の調練なんかもやらなければいけない訳で……。


「素早く整列! そこ、少し遅れてるぞ。そうだ、よし……抜刀!」

「「「応っ!!」」」


こうして基本的な調練をベースに、冥琳さんに貸してもらった軍略書を参考にした色々なアレンジを加えたりして、部隊を任されてから早二週間の時を調練に励んでいる次第である。


「次は大盾を使った訓練をする。隊列は大盾を最前に置いて、中段に歩兵。後方に弓兵だ。理解したら各自持ち場につけ!」

「「「応っ!!」」」


足並みの揃った動きで部下達が事前に決めてあった持ち場に移動する。この訓練を初めてまだ二週間ほどな凌統隊だけど、隊の連中は既に俺の指揮の下で一端の一部隊として動けるくらいには練度がある。たぶん文句も言わずに俺の調練に励んでくれている、その成果なんだろう。


最初の数日は変わり映えしない基礎の繰り返しの様な俺の調練に飽き飽きしていた様子が見られた。まあ、それも仕方ないと言えばそうだ。精強名高い孫呉の兵士が、何を今更と思うところがあったんだと思う。けど俺は知っている。何てことない基礎の積み重ねこそが人をより高みに成長させると言う事を、俺は地獄での経験を通して身をもって知っている!


悪魔の奴の納得のいくまで、何度同じ訓練で俺はダメ出しを食らったか事か……。特に筋トレに関しては全くもって容赦が無かった。それこそ血反吐を口から大量生産した覚えがあるくらいだ。ただ、そのおかげで今の俺がいると言う事もまた事実であり、結果として俺は片手でハンマーなぞ振るえるようになってしまった訳だ。


なので俺自身が基礎を積み重ねた成果そのものなのだと部下達を納得させるために、部下達を『教育』した。それはもう、しっかりと血沸き肉躍る程に肉体言語を駆使して骨の髄まで理解させた。


その結果、当初は反発なんかも見られた凌統隊も、今では俺の号令一つで迅速かつ正確な動きをするようになった訳である。いやはや、物分かりの良い部下を持つと隊長は苦労しないね、うん。こらそこ、恐怖政治とか言わない。れっきとした愛の鞭だ。


「ほら、次行くぞ! 弓兵、一斉射!」


俺の合図に数十もの矢が一斉に空へと放たれ調練場に配置されているいくつもの人形に突き刺さる。


「間髪を入れずに大盾、槍は突撃! 歩兵は後詰めで後に続け!」

「「「応っ!」」」


大盾、槍兵、歩兵の三段構えで部下達が人形に突撃。人形に備え付けられていた槍は大盾に弾かれ、代わりに大盾の間から一斉に突き出された槍が人形の藁製の胴体に生える。百近く用意されていた人形は一つ残らず矢と槍に塗れたハリネズミと化した。


これが凌統隊にて俺が運用しようと思っている基本陣形だ。記憶の底から引っ張り出してきた古代マケドニア式ファランクス陣形の、その特徴をある程度維持したまま、さらに機動力の底上げを目指したのがこの凌統隊式ファランクスである。


従来のファランクスは重装歩兵が左手に大盾を、右手に槍を装備して段構えで横陣を組み、戦闘になれば盾の上から槍を突き出して攻撃すると言うもので、槍の長射程と大盾の防御力が合わさって前面からの攻撃には高い効果を発揮していたらしい。


しかし部隊全員が重装歩兵であるために部隊単位での機動力は乏しく、騎兵部隊などの高機動部隊に対し側面を横撃されると弱い弱点もあったいう。


そこで俺が考えたのは、このファランクスを一人全役をこなす重装歩兵を集結させて組むのではなく、各々役割分担をした兵を配置する形で組む事ができないかと言う事だった。


そして出来上がったのが今の陣形。重装歩兵の役割を大盾、槍兵、歩兵の三つの役割に分割し、それぞれが絶妙な連携を繰り出すことで成立する陣形だ。


これの特徴は、役割を分割したために兵一人当たりの装備重量が減少した事による部隊の機動性の大幅な向上と、それに伴う展開力の柔軟性の向上だと思う。一番に重量のある大盾も、役割を分担したために兵が大盾を両手で扱える、もしくは背負えるようになったために移動力がアップ。移動力がアップしたと言う事は陣形変更の速度も上がって横撃に対しても対応が出来る様になると言う事だ。


加えて敵との距離が離れている時に限りだが、本来後詰めを担当する歩兵が大盾役を補助する事で隊の行軍速度も確保できる優れモノ。しかも後詰めの歩兵をその時の状況に応じて大盾、もしくは槍兵に回すことで臨機応変に部隊の方向性を調節する事も出来る。まさに万能と言うに相応しい陣形なのだ!


……。


ただまあ、案の定この凌統隊式ファランクスにも欠点はある。それは本来重装歩兵のみで組む陣形を重軽入り混じる形で組むがゆえに、一度防御役を担う大盾が崩されてしまうと、ファランクス陣形としての能力を失ってしまうと言う事だ。


マケドニア本家は前衛が崩れても同じ重装歩兵である中衛、後衛がすぐさまその崩れた個所を補う事が出来るが、役割分担のために前衛以降に重装歩兵が控えていない凌統隊式はそれが出来ない。無論、凌統隊式は大盾役が槍を持たない分、その身を完全に大盾に隠せるため兵個人単位での生存率は高い。


つまり、凌統隊式は攻撃、防御、機動力のいずれにも優れるが、一度崩れるとファランクスとしての陣形立て直しが難しいと言う欠点があるのだ。とは言え、それはファランクスを維持する事が出来なくなるだけであって、各役割とも剣に関しては最低限装備させているから戦闘を継続する事自体に問題は無い。そしてもう一つ、多数の役割が存在するがゆえに高い練度が部隊に求められると言う問題もあるが、それに関しては正直心配はしていない。


ほら、ウチの部下達は優秀だからね!


……。


げふんげふん。まあ、それはともかくだ。


ぶっちゃけ凌統隊式ファランクスは凌統隊のメイン戦法なだけであって、決してサブの戦法が凌統隊に無いわけじゃない。それこそファランクスが無くとも、元から部下達は通常の部隊としての基本的な動きはこなせるし、恐らく遊軍に配置されたとしても十分に活躍できると思う。


調練に加え、実戦を通してさらに経験を積んでいけば、練度に関しては心配の必要は無いはずだ。強いて言うなら全くの新兵が配属された時の苦労が、相当なものになりそうだと言う事かな。


以上が素人隊長である俺が思いついたこれからの部隊運用に関する内容。その他の細かい事は軍師の皆様に宜しくお願いしたい。俺にはこれくらいが限界っす。


「よーし! 陣形の訓練はここまで! 次は二人一組で手合わせ! それか数人組と俺で手合わせ!」

「「宜しくお願いします!」」

「よっしゃあ! バッチコーイ!」


こうして今日も、俺は剣を交えて部下達との交流を深めていく。


「ほわちゃ! ほわちゃ!」

「「「ぎゃあぁー!」」」


そして我流のエセ拳法で部下たちに現実の厳しさを教えて行く!


「おらおら! 地獄はこんなもんじゃねえぞコラ!」

「「きゃあ!」」


……ちなみに女性隊員にはでこピンで。


「「「凌統隊長! 差別です!」」」

「違うっ! これは区別だ!」


男性隊員達の言葉を全力否定。何を隠そう俺は紳士。命の危機でもない限り、女性に手を上げることはたぶんない。絶対ないとは言い切れないのであしからず。


それからしばらくして、俺に挑みかかってきた隊員たちは皆、等しく地面に沈んでいた。悲しいけど、これって調練なのよね。


「よし、朝の調練はここまで。今日は昼からは休みにするから、ちゃんと羽を伸ばせよー。礼!」

「「「ありがとうございました!」」」


切りの良い所で調練を終了する。基本、調練などの部隊の予定は部隊長が独自に計画し軍師、つまりは冥琳さんに報告することになっている。俺の場合は元の世界で言う七日間周期を再現、月、水、金を昼調練、土曜を朝調練、それ以外の日は休み――と、ごく一般的なスケジュールで調練をしている。うむ、立てる側の立場になってこの使い勝手の良さに初めて気がついた。


ちなみに俺の隊では調練の始めと終わりに必ず礼をする。礼に始まり礼に終わる。全ての〝道〟の基本であり、武に対する誇りを忘れないようにするためのいわゆる儀式みたいなもの……と、俺はそう解釈しているつもり。


まあ、人間文化もコミュニケーションあってのもの。こうして礼を一つ入れるだけで、訓練に対する意気込みが変われば良いなぁ、だなんて思っていたりするのだ。


まあ実際、俺が期待してい通りと言うか何と言うか、俺の隊のメンバーは話し合い以後、皆隊長と隊員の立場に関係なく、気さくに接してくれている。一人この世界に落とされた俺には、それが何よりも嬉しいわけで、思わず共にボロボロとなった部下と一緒に涙を流してしまった事は記憶に新しい。


たった二百人の小さな部隊だが、ここに来て数日の俺にとって凌統隊は、既に家族とも言える存在になっていた。本当に、俺は良い部下を持ったなぁ。


そんな風に思いを馳せながら、俺は調練場の後片付けに取りかかる。調練の後は隊員達と一緒にせっせと掃除するのが俺の日課なのだ。今日は確か、午後から祭さんの部隊が使う予定になってたはずだから、遠的用の的をいくつか出しておくとしよう。


「よし、片付け終わり」


額に浮かんだ汗をぬぐい、調練場を見渡す。ごみ一つ落ちていない調練場の地面、美しく並んだ的。


ふはははは! 我ながら良い出来ではないか!


「相変わらずの手際の様だな。ご苦労」


後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには冥琳さんが何やら満足げな顔で立っていた。


「ども、冥琳さん。何時からそこに?」

「調練が始まってすぐだ」


おおぅ、マジですか。全然気が付かなかった。まあ、それだけ集中してたと言う事か?


「訓練後の後片付けはともかく、次の隊のための準備をする部隊は浩牙の部隊だけだな」

「まあ、ウチはまだ新設の部隊ですから、こうやって団体行動をして少しでも連携を高めればと」


日ごろから常に団体行動を意識しておくと、自然とそれが連携に生きてくるかもしれん、とか思ってる。


「ふうむ、もう十分に高いと思うがな。先程の陣形など見事だったぞ」

「いえいえ、まだまだですよ」


だって祭さんの部隊なんか祭さんが号令を出す前に、もう次の陣形組んだりしてるし。


「その言葉、雪蓮と穏に聞かせてあげたいわね」


素の言葉遣いに戻って、ふぅとため息をつく冥琳さん。雪蓮様は言わずもがなだけど、穏もたまに調練さぼってる時があるからなぁ。まあ、その分内政の方で頑張ってるみたいだけど。


「内政に励む時程までは望まないが、穏ももう少し調練をしっかりやってもらいたいものだ」

「そればっかりは、俺にはどうしようもないですからね。出来る事と言えば、穏の調練の手伝いぐらいです」


俺がそう言ったその瞬間、冥琳さんのメガネがキュピーン! と光った気がした。これは嫌な予感しかしな(ry


「そうだな。浩牙の先程の様子を見る限りではまだまだ余裕がありそうだったし、いっそのこと穏の部隊の調練も任せてしまっても――」

「冥琳さん、他の隊の調練を別の隊の隊長に任せるのは一軍の軍師としてどうかと」

「わかっている。なに、冗談だ」


すいません、冥琳さんが言うと冗談も本気に聞こえます。


「ようは、〝他の隊〟でなければいいのだからな」

なんだ、今の妙に引っかかる言い回しは。俺の脳内センサーがアラートを全開に鳴らしてるんですけど。


「まあそれは置いといてだ。浩牙、今から暇か?」

「はい、暇と言えば暇ですけど」

「そうか。なら、少しばかり政務の手伝いを――」

「あーっ! 俺、昼から約束があったのを思い出しました!」


調練が終わったばかりなのに、政務仕事に駆りだされるなんて冗談じゃない! 冥琳さんに悪いけど、ここは逃げさせてもらうぜ!


「給金一割増」


ピタッ


「……い、今何と?」

「一割増、と言ったのだが?」


冥琳さんの言葉に反応して、俺の体が動かない! 動け、マイボディー!


「ふむ、一割五分」


ズザァ


はっ!? 足が勝手にバックしてる! ぬぉおお! 負けるな俺、勝つんだ俺!!


「二割でどうだ?」

「どうぞ、ご自由にお使いください」


五体投地で降伏宣言。俺は、大都督周喩と人を惑わすマネーとの戦いに負けた。


凌統は目の前が真っ暗になった。その後、凌統の行方を知る者は居ない……。




◇ ◇ ◇




なんて、頭の中でふざけられるだけの余裕があった時期がありました。


「おい浩牙。死んでる暇があったら次の書簡を頼む」

「あ゛ー」


軽く呪怨しながら机に突っ伏し、半分昇天しかけている俺にさらなる書簡の山が襲い掛かる。


所変わってここは冥琳さんの執務室。


冥琳さんによって仕掛けられた己が欲望との壮絶な激戦に敗れた俺は、こうして頭脳労働をさせられている。ボーナスの前払いという事で昼食を奢って貰った後は、ひたすらここに缶詰状態。そして窓から見える空は日のとっぷりと暮れた夜空である。ふふっ、時間の流れって早いのね。


「給金二割増しと言う破格な条件を付けたのだ。その分はしっかりと働いてもらうぞ?」


別に鎖に繋がれてとかそう言うのは一切ないけども、不思議な力によって執務机に縛り付けられている気がする俺は、しかしそんな時間になっても一心不乱に筆を持つ手を動かし続けている。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー」


その動力源、まさに執念プァワー。第七のエネルギーを頼りにひたすらに筆を動かす、その本数はなんと二本。


左目で左の書簡を見ながら左手で処理し、右目で右側の書簡を見て右手で処理。もはや一種のホラー。今の俺は、傍から見ればたぶんさ〇こも叫んで逃げ出す様な有様だと思う。


あーはっはっはっ! 今の俺に不可能はないっ!


「あー゛ばばばばぁ!」


ただし、第七のエネルギーの副作用でどうやら俺の言語野は既に末期の様だ。と言うか俺の思考回路がオーバーロード寸前だと思う。現に俺の頭の中では何かがはち切れる寸前の様な音がギチギチとなってる訳でして。


プツン……。


「あ……」


うん。今、頭の中で確かに何かが切れた音した。今日二度目の視界ブラックアウト。俺はその場で気を失った。


結局目が覚めたのは翌日の朝。そして起き上がって机の上を見たら冥琳さんから異動通知が……俺の役職がなぜか武官から文武官に変わっていた。


しかも隊員数が五百人にまで増えていた。


……OH。



ちょいと説明回の色が強くなってしまいました。前半は何分新しい試みゆえ、どうかご容赦くださると幸いです。


それでは、次回も宜しくお願いします。

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