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第八話 凌統、炎の仕官

なげぇ、加筆修正したら文字数が軽く一万を超えました。もし、一話にこの文字数は長すぎて萎えると思う読者様がいらっしゃれば、今後の修正で一万を超えた話数は分割しようと思いますので、是非ご意見下さい。


では、どうぞ。

シャオの城で一泊した翌日。野宿じゃなく屋根の下で、しかも温かい布団の中でと悪くない気分で目覚めたわけですが、とりあえず言わせてくれ。


何がどうしてこうなった!?


「くぅ~……くぅ~……」


俺自身は起きているのに何故か隣りから聞こえてくる謎の可愛らしい寝息。最初に言っておくが、俺は昨晩確かに一人で寝床に入ったはずだ。変な寒気を感じたから早めに寝たのをしっかりと覚えてる。


だと言うのに、寝息と共に感じられる確かな体温が、この寝床の中にもう一人の住人がいる事をしっかりと伝えてくれている。別に俺は夢遊病とかを患ってる訳でもないし、酒も飲んでないから酔って誰かを連れ込んだとかでもない。と言うか泥酔してても俺にそんな度胸は無い。悲しい事に!


つまり、この寝息を立てている人物は、俺の預かり知らぬところで俺に一切気取られることなく俺が眠る寝床に潜り込んできたという事だ! くそっ、何て不覚を取ってしまったんだ俺は。これが暗殺者であったならば、今頃俺はお陀仏しているところだ。全く、一体何のために死んでからも修行を積んだんだか……。


……。


とは言え、今回ばかりは気付かなくても仕方がないと思うんだ。だって潜り込んできたその人物に、俺に対する敵意や悪意が無かったんだもの。むしろ癒し成分が出まくりで逆にウェルカムである。ただまぁ、少し気恥ずかしさも感じてしまったりしているわけで。


とまあ、何だかんだで知らぬ間に幸せが訪れていた訳だが、起きて気付いてしまった以上はこのまま侵入者を放置するのもいかがなものかと思う。少し名残惜しいが、俺は隣でぐっすりと眠る可愛い侵入者を起こすことにした。


「おーい、シャオ。起きろー」


俺は布団の中で俺にひっつく形で寝ている侵入者――呉の末姫様ことシャオの頬をツンツンとつつく。意識したのは目覚めてから今の間までであるが、それでも美少女と一晩同衾などと言う男にとっては幸せすぎるシチュエーションを展開してくれたシャオは、このまま俺を萌え死させる気なのか、頬をつつかれるとをうっとおしそうに俺の体に顔をうずめてきた。


確実に、間違いなく! 俺は今一撃で理性と言う名の残機を一つ持って行かれた気がした。いや、マジでこれはヤバイ、あまりの可愛さに胸がキュンキュンする。穏やかな寝顔を見せてるあたりシャオもまんざらじゃなさそうだし、これはもう持ち帰っても良いんじゃなかろうか。いや、待て。自重しろ俺。とにかくここは深呼吸だ。凌統は深呼吸をした。理性の残機が一機アップした。


「にしても、どないしたもんかねこの状況」


俺的には素晴らしきヘヴーンなこの状況だ。ぶっちゃけこのままでいたいくらいだが、もしこんな光景を誰かに見られたらそれこそ一大事だ。兄気分も捨てがたいが、命には代えられない。気持ち良さそうに寝てるシャオには悪いが、やはりここは何としても起きてもらわないと――


「凌統、入る……ぞ……」

「……あ」


何という事でしょう。本格的にシャオを起こそうと肩を揺すろうしたその瞬間、張昭が扉を開けて俺の部屋に入ってきた。張昭は扉を開けた姿勢のまま、その場で口をパクパクさせて立ち尽くしている。かく言う俺も突然の事態に絶賛体がアスト〇ン中だ。誰でもいいから、いてついちゃう波動とか真っ黒い霧を猛烈に希望。


冗談はさておき。この状況は非常に不味い。シャオは寝台の部屋の壁側の方で寝ているため、見ようによっては今の行動は扉側の張昭からは俺がシャオに襲いかかろうとしていた様にも見えたはずだ。


呉の末姫に不貞を働こうとした男。一も二も無く惨殺決定の未来しか想像できそうになかった。


「張昭さん。あのですね、恐らくは張昭さんは俺の命に関わる誤解をしている可能性が無きにしも非ず――」

「……」


パタン。


無情にも俺の弁明が言い終わる前に張昭が部屋の扉を閉める。退室際、張昭の目が尋常じゃないくらい無表情だったのを俺の地獄眼は見逃さなかった。


ふっ、これは面倒な事になった……。


「じゃ、ねーだろ! おい、シャオ! 早く起きてくれ! じゃないと、俺の命がマッハでヤバい!」

「なぁ~に? もう朝ぁ……?」


遠慮とかそんなのはとりあえずどっかに放り捨て、少し強めに肩を揺らしてシャオを起こす。眠そうな顔でのっそりと起きるシャオ。対する俺は、眠気なぞ既に無限の彼方に吹っ飛んでいる。今俺を突き動かしているのは、地獄でもそうは感じなかったS級レベルでの生存本能だ。今も感じるこのヤバい波動。しかもそれは凄まじい速度でこちらへと接近中なのだ。焦燥感もマジでマッハ。


「シャオ! 頼むから寝ぼけてないで早く起きてくれ――」


懸命に寝ぼけ眼のシャオを起こそうとする俺の努力も空しく、容赦なく破壊され粉微塵となる俺の部屋の扉。巻きあがった煙幕の透けて見えたそこには、迸る殺気と二槍を携えた修羅が……。


「りょぉぉぉとぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」


地獄の底から聞こえてきそうな、内臓にずっしり響く声。余りの威圧感に全身のありとあらゆる毛穴から冷や汗が吹き出す。俺の額がまさしく滝汗。


「張昭さん、まずは落ち着いて話しあいましょう。これにはちゃんと訳が――」

「聞く耳持たん!」


一も二もなく交渉決裂。少しくらい持ってくれても良いじゃない。話し合いは分かり合うための最初の一歩!


「貴様ぁ、興覇の事を任せようかと思った矢先にこの様な不貞を働くなど……万死に値するっ!」

「ちょ、甘寧さんがこの状況で何の関係があるんですか!」

「その剣は、その剣はなぁ!」

「剣って、あれですか!? 昨日の夜に半強制的に渡されたアレの事ですか!?」

「それ以外になにがあるっ!!」


怒声がビリビリと部屋を震わせ、張昭の腕もブルブルと震える。これは本当にガチでヤバイ。纏う殺気と言い、血走った目と言い、どちらも本気の色しか見えない。下手したら本気で抵抗しなければならない状況かもしれん。


「とりあえず、俺の話を聞いてください!」

「その剣は、風音はっ! それは、鈴音を携える興覇の――」


全く俺の話を聞く気が無い張昭。と言うか、本当に風音と甘寧がこの誤解騒動に何の関係があるのか。まずは誤解を解かなきゃならない状況なのだが、張昭が語ろうとするその言葉の内容を聞いてからでも遅くないのではと、俺が張昭の言葉を遮る事無く聞き届けようとした、その時だった。


「うるさぁーーーーーーい!!」


煩過ぎた俺と張昭の騒ぎで寝ぼけ眼だったシャオ、覚醒。張昭の言葉を遮って、空気を震わすモーニングシャウトが部屋に響き渡る。何というか、ようやくお目覚めですか……ほんと、おはようございます。


「もう! 人が起きたばっかりだって言うのに、なに? この騒ぎ!」


プリプリ怒るシャオは微笑ましいけど、ぶっちゃけ全ての原因は君にあるのだと声を俺は大にして言いたい。


「まったく、ちょーっと自分の部屋じゃなくて浩牙の部屋に忍び込んで寝ただけなのに、どうしてそんなにギャーギャー言ってるの、張昭は」

「……はい?」


シャオの言葉に殺気を霧散させ動きを止める張昭。そして錆ついたブリキ人形の様に首をギギギッと俺の方へ向けて、それは事実なのかと目で俺に問う。その問いかけに俺がこくりと頷くと、張昭は大きなため息をついて構えていた二槍を下ろした。


「……すまぬ、凌統。我の早とちりだった様だ」

「あー、はい。とにかく誤解が解けたようで何よりです」


いくらお約束的な事とはいえ、それでたまを取られちゃたまらない。ホント、誤解が解けてくれてよかった。にしても、気になる事がまだ一つ。


「そう言えば、張昭さん。さっき甘寧さんがどうとか言ってましたけど、何だったんですか?」

「あ、いや、な、何のことだ? 我はそんな事言った覚えはないが?」

「はぁ、そうですか」


俺の聞き間違い、と言う訳じゃないだろうけど、張昭は話すつもりは無い様だ。剣がどうとか言ってたから昨日渡された風音も関係しているんだろけど、何がどう関係しているのか俺には思いつきそうにはなかった。



「えっと、じゃあ俺は着替えるんで、お二人とも部屋の外に……って、扉壊れてるんでしたね」

「……すまん」


しょぼんとしてそう言う張昭。その姿に一瞬〝かわいい〟とか思ってしまった事は、永遠に俺の胸の奥底に封印しておくことにした。




◇ ◇ ◇



とりあえず着替えを済ませて、昨日と同じように張昭の執務室へ。俺はそこで張昭に孫策宛ての紹介状を書いてもらい、大切に懐にしまう。その後は腹ごしらえのために食堂へ。


張昭が朝のお詫びと言う事で昨日と同じく手料理をふるまってくれたのだが、気合を入れて作ってくれたのか、これがめちゃくちゃおいしかった。古き良きおふくろの味とでも言うのか、食べてたら向こうで生きてた頃を思い出して涙が止まらなくなった。


「な、そんな泣くほどの物でもあるまい」

「い゛え゛、ぞんなこどないでず。ずびっ、おいじいでず」

「そ、そうか……」


張昭の照れ顔を堪能しながら、そんな風に前の世界の事を思い出しつつも、ちょっぴりしょっぱいお茶を飲み干してご馳走様をする。その後はシャオの案内で城下に繰り出し、残っていたなけなしのお金をはたいて旅路に必要な物をとりあえず補給する。


これで、俺の財布はスッカラカンになってしまった……。凌統は称号〝無一文〟を手に入れた! うん、いらねー。


どうでもいい称号は永久に置いておいて、俺は宵闇を迎えに馬小屋へ。


「うわぁ~……」


そして馬小屋に到着するなり驚愕する。なんと他の馬が宵闇の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。オス馬は餌を運んできたりしながら宵闇に対し恭しく頭を下げ、メス馬たちは毛づくろいをしたりと宵闇に一生懸命つくしてる。たったの一夜で馬世界のプリンスが馬小屋に爆誕していた。


「おーい、宵闇。出発するぞ」


絶賛プリンス中の宵闇に俺がそう声をかけると、ラインダンスを仕込まれたかの如く馬たちが俺の前に横一列の壁となって立ちはだかる。おまいらはどこぞの騎士団かと。


「あーはいはい、俺はそこの宵闇の主だから」


今度は一転、俺のその言葉に凄まじい速さで道を空ける馬達。宵闇もそうだが、馬は人語を理解できるらしい。まあ、動物たちは人語を理解してて、人が動物の言葉を理解できないだけって、どこかで聞いた事があるしな。だからこれも、あり得る事に部類されるのかな?


そんな事を思っていると、宵闇が一つ嘶きぱからぱからと俺の傍までやってくる。十分な休養を取れたからか、昨日は若干やつれ気味だった宵闇は鈍っていたその吸い込まれそうな漆黒の毛並みも艶を取り戻し、まさに絶好調と言った様子だ。


「元気になった様で何よりだ、宵闇」


言いながら俺は宵闇の背中に荷物を掛ける。十分な量の食糧を補給したそれは結構な重さのはずだが、宵闇はどこ吹く風である。そんな宵闇の手綱を引いて城門までの道を歩きだす。後ろを振り返ってみると、何やら馬小屋のメス馬たちがどこから持ってきたのか布を咥えてひらひらさせていた。とりあえず宵闇の主として手を振ってやると、宵闇も別れの挨拶をするように一つ嘶いた。


全ての準備を終え、俺は城門へ向かう。流石にあれだけ彷徨ったおかげか、今度は迷うことなく城門についた。するとそこには、見送りに来てくれたのかシャオと張昭の姿が。


「わざわざ見送りまでしてくれて、ありがとうございます」

「なに、近くに思春のお――んんっ。小蓮様を助けてくれた恩人を見送らずしてどうする」

「ははっ、俺もシャオに助けられたんです。お互い様ですよ」

「浩牙、次に会うまで死んだりしちゃダメだからね」


俺が行き倒れかけていた事を思い出したのかシャオが言う。けどねシャオさん、それは所謂死亡フラグというやつです。だがまあ、俺もまだまだ死ぬ気はない。どんな死亡フラグでも打ち破って見せようぞ!


「ああ。今度会う時は、孫家が全員集合した時だといいな」

「うん!」


シャオの眩しい笑顔に俺もつられて笑みを浮かべる。俺が知っている知識では、次にシャオと会えるのはこの先に待ち構える多くのいざこざを解決し終えた後だったはずだ。色々と面倒事が多くなるここからは、無事それらを解決し切り抜けるためにも、本格的に気を引き締めて行かなければいけないだろう。俺はそのために俺はここまで来たのだから。


手始めに向こうについたらまた鍛錬を始めよう。うん、そうしよう。もしかしたら、かの飛将と相対する事になるかもしれないし。


「それでは、また会う日まで」

「達者でな」

「じゃあねー!」


俺はシャオと張昭に見送られながら、呉王孫策のいる城へと宵闇の進路を向けた。




◇ ◇ ◇




~張昭~


凌統が愛馬に跨りすさまじい速さで駆けて行く。我はその背に頼もしさを感じながら凌統を見送る。


「ふっ」


その背が地平線の彼方に消え見えなくなった頃に、我の口に自然と笑みが浮かんだ。まったく、この歳になってあのような稀有な人物に出会うことになろうとは。いやはや、まだまだ人生、楽しみは尽きぬか。


「良かったの幸音ゆきね? 真名、交換するんじゃなかったの?」


小蓮様の言う通り、確かにそのつもりであった。だがまあ、いずれ奴とは近い未来に再会するのだ。真名の交換はその時の楽しみとして置くのも良いだろう。


「なに、そう急かずともあやつとはまた会える。楽しみは後に取っておく主義なだけよ」

「ふ~ん。やっぱり、歳をとると楽しみが減るから?」


ガツンッ!


「いったー! 何で殴るの!」

「ふん、自分の胸に聞いてみよ」


失礼な事をのたまったじゃじゃ馬姫の頭に拳骨を一つ落としておく。全く、確かに我はそれなりの歳ではあるが、それでもまだまだ現役だと言うに。一度、その辺りの事を頭ではなく体に叩きこんでやった方が良いのか?


「幸音。私、今すっごく嫌な寒気を感じたの。先に城に戻って寝ても良い?」

「ふむ。体が冷えたのなら、後で我が鍛錬に付き合おう。遠慮はいらぬ、小蓮嬢が望んでいた実戦的訓練を嫌と言うほど施してやろう」

「い、いや、遠慮――」

「する必要は無い、と言ったはず」


踵を返して逃げ出そうとした小蓮様の首根っこを捕まえる。さて、我らが呉の未来に希望の光が灯ったのだ。我らも、来たるべき時に備えて頑張らねば。喚き暴れる小蓮様を引きずりながら、鍛錬場へと足を向ける。


今日も良い一日になりそうな、そんな気分のする昼間であった。




◇ ◇ ◇




「行けー! 風の如く!」


真昼間からテンションマッハで叫ぶ俺、爆誕。傍から見たら馬の上で叫ぶ変態である。まあ、それはともかくだ。シャオたちと分かれた俺はここ数日、昼夜を問わずに宵闇と全力疾走を続けている。休養バッチリ、目的地もはっきりしている今、俺と宵闇の進行を妨げる存在は何一つない。だから躊躇無く最高速度で走る事が出来るのだ。十分な食料は確保済みとはいえ、やはり目的地に早く到達できるのは嬉しい。


このまま無事に進むことができれば、恐らく明日には孫策の所に着くことが出来ると思う。カーナビなんて存在しないこの時代じゃ正確な残り距離やら到達時間は分からないが、張昭に移させてもらった地図から想定した距離と宵闇の速度的にそろそろのはず。まあそれも、今後の道中で何も起こらなければ、だけど。


ただ、こういう事を思ってしまった時点で時すでに遅し。最近巻き込まれ体質が絶賛悪化中の俺は大抵何かしらの出来事に巻き込まれるって言うのがお約束なわけであり、


「……」


その証拠に、宵闇の瞳が走りながらも遠くどこかを見つめている。その瞳はあの時と同じ。戦場の臭いを感じ取り、走り抜ける事を望んでいる目だ。愛馬がバトルマニアってだけで、ますます俺の巻き込まれ体質が悪化中。ほんと勘弁してください。


「この先で、誰かが戦っているのか?」


走りながら宵闇が小さく嘶く。うむ、どうやらそうらしい。


「このまま見過ごすわけには……行かないよな」


それはたぶん宵闇が許してくれないだろうし、俺としても出来る事なら加勢はしたい。できれば今日中に目的地には着きたいが、少しなら寄り道をしても平気だろう。


「よし、行くぞ宵闇!」


待ってましたとばかり、俺の言葉を合図にして宵闇が爆発的な加速力で走り出す。肌で風を感じながら気付いたのは、血独特の鉄の匂い。


「血の匂いがこんな所まで……」


これは、かなり規模の大きい軍団戦だ。もしかしたら、どこぞの国軍が大規模な賊の一団か黄巾党の分隊と戦闘しているのかもしれない。もしそうならば、俺にとってはある意味ラッキーだ。


この辺りは既に袁術の治める領土のはずだが、もしこの先に展開している部隊が朝廷からの討伐命令で出陣している部隊ならば、恐らく展開している部隊は孫策軍。孫策の居城にまで赴かずとも、孫策と会えるチャンスと言う訳だ。


加えて両軍は交戦中。ここで何かしらの武功を上げれば仕官を申し出る時にプラスになるはず。相手には悪いが、ここは俺の望み、俺のエゴのためにその命を踏み台とさせてもらおう。


罪の意識は覚えよう。己のエゴを押し通すために命を奪う自分に嫌悪もしよう。一生呪われたって良い、それが望みと引き換えに背負うことになる重しだと言うのなら……背負ってやる。だが生憎と、生半可な呪いで折れるほど俺の心はヤワじゃない。


宵闇が走るスピードをさらに上げる。やがて流れて行く景色の先に見えたのは、赤い下地に孫一文字が記された牙門旗。そして、それに相対しているのは黄色い集団。予想通り、孫策軍と黄巾党の戦いだった。


数は黄巾党の方が多いが、戦いは五分五分……いや、若干孫策軍が押していると言った所。ならば今、俺が黄巾党の側面を強襲すれば隊列に混乱が生じ、流れは一気に孫策軍に傾くだろう。


「覚悟は良いな? 俺は出来てる」


俺の問いかけに、宵闇は地面を一層力強く蹴る事で応えた。


「そうか。なら、行け!」


俺と宵闇は黄巾党の集団に向かって走りだす。腰のハンマーを手に、その柄を伸ばしてロングモードへ。


「はあぁぁぁーーっ!!」


そして俺は無数の剣戟の嵐の中へ、腹の底から上げた雄叫びと共に突っ込んだ。




◇ ◇ ◇




~孫策~


戦況はまさに泥沼だった。袁術に命令され、荊州北部の黄巾党本隊の討伐に来たは良い。この戦いで私たちの強さを喧伝できれば、これからの呉独立へ向けての動きが楽になる。


しかし待っていたのは、知らされていた以上の数をそろえた黄巾党の部隊だった。当然の結果として、兵の数で劣る私達は苦戦を免れなかった。兵の質で勝るとはいえ、数の差がもたらす脅威は侮れない。基本、戦の勝敗に大きく関わるのは兵数の差なのだから。


そこに兵の質。そしてそれを率いる将の質。地の利や策謀が複雑に絡み合い、総じて戦の勝敗を決める。今の戦況は、数と地の利以外の全ての条件でこちらの方が勝っている。このまま順調にいけば間違いなく勝利を手にする事は出来るはず。


でも、普通の勝利じゃ私達には意味が無い。


「このままでは嬉しくないわね」


そう、私たちが求めるのは圧倒的な勝利。この辺り一帯の地域における黄巾党の本隊を寡兵でありながら大差で討ち破ったと言う、民衆の記憶に残る痛快さだ。しかし、今のこの状況ではそれは叶わない。苦戦の末での勝利など、それではまったく意味がない。


「不味いな。このままでは戦況が泥沼化する一方だ」


私の隣に立つ呉随一の軍師、私の親友にして私が絶対の信頼を寄せる周喩こと冥琳が厳しい表情を前線に向ける。


「しかしじゃ、冥琳。この様に乱戦になっては火計は愚か、矢の一斉射すらも出来んぞい」


冥琳に続いて厳しい表情を浮かべる祭。豊富な経験を誇る呉の宿将たる黄蓋の力をもってしても、今の状況を変える事は出来ないらしい。祭の言う通り、戦場は今、両軍入り混じった乱戦状態と化している。優秀な兵達も数にものを言わせた黄巾党の無謀な突撃をどうしても抑えきれなかった。


呉の兵力は約三千。対する黄巾党は六千とその差は二倍。黄巾党の奴らに隊を二つに分ける言う発想が無かったのは、幸運としか言えない。もし左右から挟撃の形で押し込まれれば、今より被害はずっと拡大していたはず。向こうに頭の回る人間がいなくて、本当に良かった。


「どうするの冥琳。このままじゃジリ貧よ」

「わかっている。だが、この状況では打てる手立てがない」

「じゃあ穏は? 何かいい案ない?」


私の後ろで控えていたもう一人の軍師、冥琳の弟子の陸孫こと穏にも意見を求める。冥琳の弟子なだけあって、彼女の軍師としての実力はとても高い。


「そうですねぇ……とにかく、この乱戦状態をどうにかしない限りは、何か策を施そうにも無理です。かと言って、仕切り直しをする余裕は私達にはありませんし……困りましたねぇ」


穏にもどうやら解決策は見い出せないらしい。このままいたずらに兵を死なせた末での勝利なんて……そんな勝利、私には絶対に認められない。本当に、何か手段は無いの?


「も、申し上げます!」


悔しさに唇を噛み締め掛けたその時、一人の兵が本陣へと駆けこんでくる。よっぽど急いでいたらしい、顔を真っ赤にして肩で息をしている。


「落ち着きなさい。それで、どうしたの?」

「は、はっ! 左翼より伝令、敵軍右翼の戦列が崩壊。このまま半包囲の形に押し込むとのことです!」

「黄巾党の右翼が崩れただと? だが、なぜ……」


思案顔になる冥琳に、伝令に来た兵が困惑した表情を浮かべながら口を開いた。


「それが、敵軍に単騎で突撃を仕掛けた者がいるらしく、その者が敵軍の隊列をかき乱している模様です」

「単騎でだと? 無謀すぎるぞ」

「私もその様な無謀な輩に心当たりはないな」

「確かめに行ってみましょ」

「おい、待て雪蓮!」


静止する冥琳の言葉を無視し、私は戦場を見渡せる場所へと足を向ける。そして私は、そこで信じられない光景を目にする事になった。


「なに、あれ?」


私が目にしたのは、たった一騎の騎兵が漆黒の毛並みの馬を駆り黄巾党の隊列を縦横無尽に切り裂きながら、大の大人を次々と空に打ち上げている光景だった。




◇ ◇ ◇




「隊列が! 崩れるまで! 暴れるのを止めない!」


黄巾党の右翼に単騎で突貫を仕掛けた俺はひたすらに黄巾党の中を宵闇を駆って走り抜ける。宵闇が進行方向の敵を蹴散らし、俺はハンマーで左右の敵に応戦。まあ応戦と言っても、いきなりの乱入に敵さんも混乱しているのか反撃らしい反撃は殆どない。時折突き出される槍とかを風音で振り払いながら、射程に入った敵をハンマーで手当たり次第にかち上げてるだけ。


右手にハンマー、左手に風音with宵闇な俺。我が軍ワンマンアーミーの戦闘力は圧倒的である。

まさに、粉砕! 玉砕! 大喝采!


宵闇で駆けながらの無差別ハンマーぶん回し。数秒間隔で空に人上げ花火が打ち上がる。当然ながら風情は無い。むしろ見ててなんだか悲しくなった。きたねぇ花火だ


「に、逃げるなっ! 近づけないなら矢で殺せ!」


しかし一部の黄巾兵は頭が回るのか、矢による遠距離攻撃で俺を狙ってくる。ぶっちゃけ全て風音で打ち落とせるが鬱陶しい。迎撃に気を振り過ぎて不意打ちを食らう可能性も出てくるし、早々に黙らせるのが吉だ。


「飛んでけハンマー!」


叫びながら、弓兵が密集している地点へと手に持っていたハンマーをぶん投げる。超重量の塊が飛んでいく様は、さながら地上のメテオ。ボウリングを思わせる光景で人を吹き飛ばしながら飛んでいくハンマーが作る道を宵闇が駆け抜ける。


ドゴッ! と、鈍い落下音と共に地面にめり込むハンマー。好機とばかりに宵闇に群がってくる黄巾兵よりも先に宵闇が弓兵の元へたどり着き、その強靭な足で逃げ惑う弓兵達を蹂躙する。宵闇が仕留め損ねた奴は俺が風音で斬り捨てる。


「囲めっ! この野郎を殺せ!」


そう叫び、ハンマーと宵闇を結ぶ進路上に陣取るのは竹槍を構えた男たち。先端を鋭く尖らされたそれは宵闇にとって十分に脅威だ。竹自身が太いから一本でも刺されればそれこそ致命傷になりかねない。


しかし、当たらなければどうと言う事は無い!


「飛べ、宵闇!」


強靭な四肢を躍動させ、竹槍が突き出されるよりも一瞬早く、俺を乗せた宵闇が力強く大地を蹴る。黒い巨体が空を駆け、黄巾兵たちの竹槍が空しく空振りに終わる。そのまま黄巾兵達の頭上をも飛び越した宵闇はハンマーの傍まで駆け寄り、俺は地面に突き刺さったままのハンマーを手に取る。俺がハンマーを手にした事で、黄巾兵達の表情か分かりやすく恐怖に歪んだ。


「さて、殲滅の時間だ」


宵闇の背に乗り、一鎚一刀の構え。ここに生まれる剣とハンマーの夢のクロスドライブ。


「おおぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」


もはや反抗の意思を失い、ただ逃げ惑う黄巾党。俺を止める奴はない、俺も止まるつもりは無い。隊列のほんの端から始まった隊列の瓦解は瞬く間に伝播していき、それに便乗した孫策軍が左翼を押し上げ半包囲の動きを見せ始めているのが、宵闇の上から戦場を見渡せる俺にはよく分かる。


その更に奥、孫策軍の前線部隊の背後に何やら光源がいくつも見える気がするんだけど……アレは何?


「ん?」


疑問に思い目を細めてそれが何なのかを確認する。すると、見えていた多数の光源が一斉に空へと放たれ、そして放物線を描いて俺の方へと急接近。近づくにつれて形がハッキリとしてきたそれは、煌々と輝く……火矢!?


「ちょ、あぶっ!?」


雨の様に降り注ぐ火矢を動体視力をフル稼働にして風音で打ち落とす。シャオさんの死亡フラグがまさかこんな所で回収されるとは。そう言えば原作でも孫策軍は黄巾党の殲滅に火計使ってたね。もう完全に忘れてた、と言うか普通に巻き込まれた。まあ、俺も宵闇も無事な事だし、問題はない。


しかし黄巾兵たちはそうはいかない。半包囲され密集陣形を取らざるを得なかった黄巾党に降り注いだ火矢がその猛威を振るう。


「ひ、火だぁ! 早く消火しろー!」

「熱いぃぃぃ! 火が、俺の体に火がぁぁぁぁ!」


矢の一斉射だけでも十分脅威だと言うのに、それに加えて降ってくるのは火矢だ。刺さるだけにとどまらず、服に火を燃え移らせるそれは、例え刺さった場所が致命傷でなくとも命を奪う。火達磨になり、助けを求めて仲間に縋ればその仲間まで死出の旅路への道連れになる。だからだろう、黄巾兵の中には自分が助かりたいがために、火達磨になりかけているついさっきまで仲間だった者を斬る者まで出ている。


焼死、同士討ち、道連れ。俺の目の前にはそんな死の連鎖が、阿鼻叫喚の光景が広がっていた。とてもじゃないが、正直見ていて気分の良いものじゃない。けどそんな俺の心境などお構いなしに、文字通り降って沸いた火計に慌てふためく黄巾兵たちを孫策軍がここぞとばかり総攻撃を掛け殲滅していく。その間にも炎は広がり次々と黄巾兵を、もしくはその死体を、陣地を、全てを飲み込んでいく。


そしてこの光景を生み出す切っ掛けとなったのは、間違いなく俺だろう。孫策軍は、いや呉の大都督である周喩公謹は、俺が黄巾党の隊列を崩しその勢いを削いだ事で生まれた隙を突いて、火計を炸裂させたんだろう。つまり俺は、火計の種にされたって事だ。


「けど、まさか俺もろとも火計を炸裂させるなんてなぁ」


正直、軍師と言う存在を舐めていた。でもそうじゃなきゃ、きっとこの戦乱の時代を生き抜くなんてことは無理なんだろうと、納得している自分がいる。まあ、フレンドリーファイアされた事には些か不満はあるけども、俺はこの通り生きてるし怪我だってしていない。いわゆる結果オーライってやつだ。


「さて、俺たちも早々に引き上げますか」


自分で言うのもなんだけど、それなりに活躍はして見せたことだし、張昭の紹介状もあるから多分仕官は叶うと思う。それでも、俺は若干の緊張を纏いながら宵闇の足を孫策軍の陣へと向けた。




◇ ◇ ◇




~孫策~


結果だけを言えば、呉は黄巾党を相手に勝利を収める事が出来た。火計を成功させる事ができたおかげで、当初の思惑通り私たちは圧倒的かつ痛快な勝利を。


けど、その勝利は決して後味の良いものじゃなかった。


「ちょっと冥琳、何であそこで火計なのよ!」

「では雪蓮、逆に聞こう。あの時、火計以外に相応しい策があったと言えるのか?」

「そ、それは……言えないけど」


反論できずに私は口ごもる。冥琳の言う通り、黄巾党の隊列が一気に崩れ攻勢が弱まったあの瞬間を逃しては今回の勝利は得られず、思惑も達成されなかった。


「あの者には悪いが、これも呉独立のため。仕方が無かったのよ」


冥琳が悔しそうな顔をする。やっぱり、見ず知らずとは言え勝利する機会を作ってくれた人を犠牲にした事に負い目を感じているみたい。


「もし叶うならば、あの者には呉の力となってもらいたかったが、それも今では叶わぬ事か……」


冥琳が残念そうな顔をしたその時、


「申し上げます」


一人の兵が駆けこんで来て言う。


「黒い馬に乗った男が、孫策様に目通りを申し出ているのですが、いかがしましょう?」


「黒い馬だと?」

「冥琳、もしかして」


冥琳と私は顔を見合わせる。黒い馬に乗っている男って、まさかさっき暴れていたあの?


「すぐに通しなさい!」

「はっ!」


踵を返して駆けて行く兵。逸る気持ちに胸が高鳴る。しばらくして、兵は一人の男を連れて帰ってきた。


「孫策様。此度はお目通りを許していただき、ありがとうございます」


傍らに金の瞳を持つ漆黒の馬を連れ、腰に巨大な鎚を下げている若い男。丁寧な口調で私を前に礼をするその男は、紛れもなく戦場を単騎で駆け敵を蹂躙していたあの男だった。




◇ ◇ ◇




いや、まさかこんなに簡単に面会を許してもらえるなんて予想外だった。これは、いい意味で期待を裏切られたなぁ。事がうまく運んだ事に俺は内心でほっと息を吐く。


そうして兵隊の人に案内された場所にいたのは、桜色の長い髪をした呉王孫策とその親友の周喩。呉のトップの二人だ。しかし随分あっさりと目通りを許可されてしまい、張昭の書状が無駄になっちゃった気もする。あ、でも一応は後で渡した方が良いかもしれない。まあ、何はともあれとりあえずは挨拶から入るのが吉かな。


「孫策様。此度はお目通りを許していただき、ありがとうございます」


失礼のないように出来る限り丁寧語で挨拶。挨拶は人と人とのコミュニケーション。素晴らしきかな、人間の文化。


「「……」」


俺の渾身の挨拶に、何故か厳しい目つきを返してくる孫策と周喩。俺、なんかしたっけか? いや、あれだけ好き放題暴れてしまったわけだし、警戒されて当然かもしれん。あれ、もしかして今の状況ってヤバいんじゃね?


引き攣りそうになる頬を気合で御し、何とか営業スマイルを維持するも、俺の背中を冷や汗が伝う。なんせ目の前には孫策がいて、さりげなく背後には呉の重臣黄蓋の気配もある。どうしよう、なんか胃が痛くなってきた。絶賛不安を量産中……。


「あなた……どうして生きてるの?」

「……」


なんだか、見当外れの方向に想像を膨らませていた自分が恥ずかしくなった。でもね、流石の俺も生存を疑問視されてるだなんて予想できない。斜め上どころか大気圏突破するレベルで予想外っす。


「……あの、初対面でいきなり殺さんで下さい」

「だって、あなた黄巾党の中心に居たじゃない! それなのに無傷って……どういう事?」


あ~、なるほど。あまりにも無傷すぎて逆に怪しいパターンってやつか。でもなぁ、普通に降ってくる火矢を迎撃して防いだだけだし。別段特別な方法を用いた訳じゃない。正直に話しても問題は無い……と思う。


「えっと、自分に向かってくる火矢を打ち落としただけですけど」

「……」


まさかの痛すぎる沈黙。孫策の目が点になってる。いやでもさ、孫策もそれくらいの事は普通にこなせると思うんだ。


「一本や二本ならともかく、あんな矢の雨の中を無傷で切り抜けるのは私にだって無理よ」

「人の心を読まんで下さい」

「思いっきり顔に出てたわよ」

「おおう、マジですか」


どうやら俺はポーカーフェイスには向かないようだ。まあ、別に隠そうともしていなかったが。


「まあ良いわ。無事ならそれで私たちも嬉しいし」

「それもだが、私としては勝利の布石を打ってくれた事に礼を言いたい。お前の名を聞かせてもらってもいいか?」


周喩がそう言って名を訪ねてくる。そう言えば俺、まだ名前を名乗って無かった。


「名乗るのが遅れました。俺は凌統、字は公積です。呉に仕官するためにこちらにやってきました」

「あら。そうなの?」

「はい。これ、張昭さんから書状です」


そう言って俺は懐から張昭の書状を取り出して孫策に渡す。


「あなた、幸音を知ってるの?」

「えっと、それは真名ですよね。張昭さんには旅の途中で少しお世話になったんです。詳しくはそれに書いてあると思いますけど……」


俺がそう言うと、孫策は書状を読み始める。ぶっちゃけ書かれている内容までは知らないので、俺としては真顔で読み続ける孫策にドキドキものだ。しばらくして孫策は書状を読み終えると、穏やかな眼差しを俺に向けた。


「とりあえず、大体の事情は分かったわ。シャオを助けてくれてありがとう」

「いえ、俺もシャオに助けられた身ですから」

「謙虚なのね。それで、本当に私の所に来たいの?」

「はい。そのためだけにここまで来ましたから」


むしろ断られてしまったら俺オワタである。


「あら、嬉しい事を言ってくれるじゃない」

「確かにお前の様な男が仲間になってくれるのなら、呉にとっても心強い。だが良いのか? お前ほどの武人ならば、他にも引く手数多のはずだ」


孫策は嬉しそうに笑ってるけど、周喩は若干疑問に思うところがあるらしい。けどそれが俺に対する評価ゆえだとしたら、ちょっと嬉しく思ってしまう。


「凄く個人的な理由ですけど、俺の願いは呉で無ければ叶えられない事ですから」

「個人的な願いか。それは一体――」

「冥琳、それ以上は野暮ってものよ」


周喩の追及を孫策が笑って制する。そして孫策の俺を見る目が妙に生温かい気が……なぜ?


「しかしだな、雪蓮」

「いいじゃない。理由はどうあれ呉のために戦いたいって言ってくれてるんだから。そうでしょ、凌統」

「はい。全力全開で臨むところです!」

「ふふっ、そっか。確かに幸音が推薦するだけあるわね」


何やら楽しそうに笑う孫策。その視線が何故か俺の腰に下げられてる風音に向いてる気がする。周喩もそれに気づくや否や、釣られて口元に微笑みを浮かべている。なんだろう、理由もなく恥ずかしい気持ちになった。


「あの~、書状には一体何と?」

「別に? ただ凌統を仕官させてやってくれって書かれてただけよ?」

「そうなんですか?」

「そうなのよ」


そう言うと孫策は丁寧に書状を折り畳み懐にしまう。激しく内容が気になるが、書状は既に孫策の懐の中。孫策の服装からして、あそこから書状を取り返す勇気は俺には無いとです。と言うか、男として絶対にやっちゃいけない事だと思うんだ。


「どうやら話は決まった様じゃな」


仕方なく書状の事を諦めていると、背後から黄蓋が姿を現す。張昭もそうだったけど、黄蓋の外見年齢の若さも相当だ。この世界のアンチエイジング技術はオーバーテクノロジーなんだろうか?


「ええ。今日からこの子は私達の新しい仲間よ。良いわよね、冥琳」

「ああ。むしろ断る理由はないな」

「儂もじゃ。幸音の推薦と言う事もあるが、儂もこの男には些か興味がある。見るに良い面構えをしているようだしの」

「私もいいと思いますよ。あの武は私たちにとっては大いに助けになると思いますし」


黄蓋に続き、素晴らしい双山をお持ちの陸遜さんが俺の背後からそう言う。どうでもいいけど、あなたは何時の間に俺の背後に? 全然気配を感じなかったんですが。


「じゃあ、満場一致と言う訳ね」


孫策の言葉にこの場の全員が頷く。どうやら無事に俺の仕官は認められたらしい。良かった、本当に良かった……。


「では改めて、姓は凌、名は統、字は公積。真名は浩牙です。俺の力、存分に使ってください」

「ええ。私は孫策、字は伯符。真名は雪蓮よ」

「周喩公謹、真名の冥琳で良い」

「儂は黄蓋。字は公覆じゃ。祭で構わんよ」

「私は陸遜です。穏って呼んでくださいね」


呉の皆と真名を交換し自己紹介を済ませる。仲間として認められたその事実に、どうしようもなく俺の心が温かくなった。


「自己紹介を済ませたのは良いけど、呉はまだまだ独立の第一歩を踏み出したばかりに過ぎない。浩牙、これからあなたの力を存分に使わせてもらうわよ?」

「はい、任せて下さい」


雪蓮様のその言葉に、俺は決意を込めた言葉で応える。そう、呉は未だ袁術の傘下に押し込められたままの状態だ。そこから脱却するには今回の黄巾党程度の相手に勝つのは当たり前であり、勝利の余韻に浸っている暇は無いんだと思う。


呉が目指すのは完全なる独立。


それは簡単な事では決してないが、俺は持てる力の限り頑張ろう。それがシャオとの約束でもあり、そして俺自身の望みでもある。確実に乱世の兆しが見え始めたこの世界で、俺は己の進む道を改めて胸に刻み込んだ。




読み直して改めて分かる、昔の己の文の拙さに顔面がバックファイアでござる。あの頃よりは今の方が幾分マシにはなってる……はず。


そして今回でようやく全体の8分の1の修正が終わりました。話数が減ってるのは短い回を統合したり余計な所を削ったりしたからです。その分、今後の拠点なんかで新規の話を追加したいなぁ、なんて思ってみたり。


作者の無謀な行いゆえ、更新間隔が広がりがちになってはいますが、どうぞ気長にお付き合いくださいませ。それでは、次回も宜しくお願いします。

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