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第七話 旅に出会いはつきものです 肆

分割したお話の後半です。では、どうぞ。

シャオと二ケツしながら宵闇で走る事、一時間程。目の前に現われたのは、規模としては小さめと思われる城だ。しかしながら城下は良く賑わっている。ここを治めているのはシャオだから、シャオと政務の補佐をする人が優秀なんだろうなぁ。


そんな事を思いながら、俺はホゲーっとしながらポクポク城門へと近づいていく。すると城門に入ろうとした寸でで、番兵たちが槍で行く手を阻んだ。


「貴様、城に何の用だ!」

「え~と、お届け者?」


正直に要件を応える。うん、間違ってはいない。内容も字も間違ってはいない。


「そんなややこしい言い方しなくてもいいでしょ!」


遠回しな言い方が気にくわなったのか、シャオが頬を膨らませながら宵闇からピョンと飛び降りる。ちなみにシャオは今、姿を隠すために外套に身を包んでいる。流石に呉の姫が誰とも知らない奴と帰ってきたら、いろいろな意味で誤解されかねないからだ。折角餓死の危機から脱せたのに、またもやピンチになるのは流石に勘弁。


宵闇から飛び降りた小柄な人影に、番兵たちが訝しげな視線を向ける。しかしシャオが外套を脱ぎ去った次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。


「こ、これは尚香様! 何故この様な所に!?」

「ちょっとお忍びで町に出てたの。それよりも、この人はシャオの知り合いだから通していいよ」

「はっ! 了解しました!」


ビシッと音がしそうな勢いで敬礼をかます番兵。真実は全く違うんだけど……まぁ、ご苦労さまです。


城門を抜け城の中へ。流石に城の中までは連れて行けないので、宵闇は馬小屋に繋いでいく。それにしても、なんか宵闇の奴がおとなしい。まさか、どこか体調を崩したのか?


ゲシッ!


「いてっ!」


宵闇が不満げな顔をして俺の事を蹴る。前言撤回、こいつが体調を崩すわけがない。とは言え、やはり空腹が響いていたのかいつもの様な威力は無かった。早速、箱に山と盛られた藁餌に頭を突っ込んでいる。あまりの食いっぷりに馬屋番の青年が軽く引いていた。頼むから、最低限場をわきまえて大人しくしていて欲しいものだ。


そう願いながら、若干懸念を残しつつも俺は馬小屋を後にする。ちなみにシャオとは馬小屋に行く前に分かれていて、シャオは既に一足先へと城に戻っている。一応心配を掛けただろうから喧嘩相手の張昭に謝りに行くらしい。話は通しておくとの事で、宵闇を預けたら執務室まで来て欲しいとの事だったのだが……。


城内に入って気付く。俺、道わかんねぇ。執務室は一体どこなんでしょうか?


「迷子の迷子の凌統です、シャオのお部屋はどこですか……」


某お巡りさん的な歌を歌いながら、城内をあてもなく彷徨う。暫く歩きまわって何度目かのリピートを歌い終えたその時、どこからともなく唸り声が聞こえてきた。


「き~さ~ま~っ!!」


誰かに向かって放たれる怒声。こういう場合の〝貴様〟は、俺である可能性があると先の関羽の件で思ってしまうようになった今日この頃。と言うかそれ以前、俺に向けられてる殺気の質が半端じゃ――


「なぁぁぁぁーーー!?」


間一髪、俺に向かって飛んできた飛来物を横っ跳びで危なっかしく避ける。槍が……二本の槍が俺のすぐ目の前を横切って行った。避けなかったら即死してたぞ、おい。


壁に刺さる槍にびびりつつ、飛んできた方向へ顔を向ける。城内のちょっとした庭であるそこには、俺に投げつけてなお二本の槍を手に、修羅のごとき形相をした女性が立っていた。


「この無礼者めが! 我らが姫様の真名を呼ぶに飽き足らず、さらにはそのような低俗な歌で愚弄するとは。その罪、例え煉獄の炎で焼かれようとも許されるものではないわ!」


すいません、煉獄で火あぶりならすでに経験済みです。なにせ地獄に実際に行ってきた身なんで。にしても、あー、うん、どうしようこの状況。別の意味で修羅場なんじゃ?


「えっと、すみません。あなたは?」

「ふんっ、冥土の土産に教えてやろう。我が名は張昭、孫家に仕えて……まあそれはともかく。我らが姫様、孫尚香様の教育係にして、その腕を支える者よ!」


今、歳の部分だけ端折ったな。しかし、そうか。この人が張昭さんか……えらく気合の入った人だ。にしても、二槍流なんて某戦国ゲーム内だけかと思ってたけど、探せばいるもんだね。探してないけど。


「これは丁寧にどうも。俺は凌統って言いまっ!?」


ドスッという音と共に、壁に生えた槍の数が増える。


「貴様の名など聞いても意味はあるまい。さて、地獄へ行く準備はできたか?」


だから、地獄はもう見飽きましたって! それ以前に、何故に死なねばならんのです。こっちは襲われかけてたシャオを助けて送り届けに来ただけなのに!


「地獄は別にどうでもいいですけど、死ぬのはちょっと」

「そうか。ならば、生かさず殺さず痛めつけてやる」

「もっと嫌です!」


あ~、もう! 関羽の時といい、なんかこんなんばっかー!


「おおぉぉーーっ!」


槍を地面に水平に構え、すさまじい気迫で迫ってくる張昭。俺はそれを再度横っ跳びでかわす。元いた場所でドゴンッ鈍い音が響く。恐らく勢い余って槍が壁に刺さったのだろうと思い振り返ると、そこにあった光景は槍が壁に刺さっているのではなく、壁が槍に貫かれている光景だった。


「ほう、良い動きをする」


ズボッと刺さった槍を抜き、壁に生えていた方からも一本。改めて二槍流の構えを取る。中距離に置いて絶対的なアドバンテージを持つ槍。それに対して俺が持つのは、近距離武器であるハンマーと、とりあえず持ってきた鈍器兼投擲用の鈍らが一本。ハンマーに関してだけ言えばロングモードがあるから戦えるが、その場合ここら一体に甚大な被害が出かねない。たぶん庭と、それから周囲いくつかの部屋が吹っ飛ぶ。


勘違いっぽい理由で襲われてるとは言え、流石に城を破壊するのは不味い。けど、だったらこの状況をどうしろっちゅうねん。


「考え事とは、我も舐められたものよ!」


見た目で言えば四十代だろうか? だが張昭は年齢を感じさせない速さで俺に向かって槍を突き出してくる。俺はその槍を、腰に下げていた鈍らで防ごうと、逆手で剣を抜き放つ。


「甘いわっ!」

「なにっ!?」


パキィィン……と、空しい音を立てて鈍らの刀身が砕ける。速さと威力を兼ね備えた張昭の必殺の一撃。しかし鈍らとはいえ、それは一度だけ俺の身を守ってくれた。俺は残った剣の柄を投げつけ、放たれようとしていたもう一本の槍の一撃の邪魔をする。にしても本当にこの人、四十……所謂初老なのか? 実は外見詐欺とかないよね?


そんな事を思っていると、突然張昭がピクッと体を震わせて動きを止める。その隙に俺はバックステップで張昭から離れ、次の一撃に備えて腰のハンマーを構える。


投げつけられた剣の残骸を弾いた姿のまま、張昭がゆらりと俺の方に向き直る。あれ、気のせいかしら。何か張昭からブラックなオーラがもやもやと。まさか、さっき思っていたことがバレたとか? しかし、いくらなんでも人の心の内までは……。


「今、我の事を〝初老なのに〟とでも思ったか?」


バレてる!?


「ま、まさか~。あ、あはは、はは……」


畜生、乾いた笑いしか出て来ねえ。これはヤバイ、もの凄くヤバイ気がするぞ! 確か蜀じゃ黄忠が年齢ネタでジェノサイド化してたし!


前例を思い出し、警戒を強めたその瞬間、何時の間に移動したのか張昭の槍が俺に迫る。見事なまでに俺の急所を狙うその連撃をとっさに構えたハンマーでひたすら防ぐ。流石は呉の姫の教育係……強い。


「まあいい。貴様がどう思おうが、我は全く、これっぽっちも! 気になどっ、せぬからっ、なっ!」


気にしてる! めっちゃ気にしてるよこの人! しかもなんか恨み節が増えるたびに槍の威力が上がってるように感じるのは気のせいですか!?


もはやちょっとした機関銃レベルの速さで槍を突き出しまくってくる張昭。ハンマーから伝わってくる振動がすごいのなんの。腕の筋肉に凄まじい負担が掛かる。


しかしこちとら、悪魔のお墨付きをもらったハンマーだ。振動も衝撃も伝わるが、傷だけは一向についていない。やがて先程と同じような金属が砕ける音と共に、張昭の槍の穂先が砕ける。まあ、このハンマーにあれだけ連撃を入れたら、こうなるのは必至か。


「ちぃ、恐ろしく硬い鎚だな」

「まあ、俺の自慢の得物ですから」


張昭は刃先の欠けた槍を投げ捨てると、最初に俺に向かって投げた壁に刺さったままの槍を引き抜き構える。まだまだやる気は十分らしい。だが、このままじゃ無駄に時間が過ぎるだけだ。シャオを待たせている身としては、これ以上の時間の浪費は避けたい。


「すみません張昭さん、待たせている人がいるので」


俺はそう言うと、ハンマーをロングモードに切り替える。唐突に柄が伸びた鉄鎚に、張昭が目を丸くした。しかしそれもすぐに獰猛な笑みへと変わる。


「申し訳ありませんがこの戦い、終わらせます」

「この我を倒すと、そう言うか」

「はい」

「ふんっ、面白い。小蓮様が真名を許したその実力、見せてもらうぞ」


えっ? 今、この人なんて――


「せいやぁーーっ!」


何だがとてつもなく重要な事を口走っていた気がしたが、今はそんな事より目の前の事。なんせ避けなきゃ死ぬ一撃だし!


張昭が放つ高速の連撃。俺はそれを最小限の動きで捌く。足を狙われれば半歩引き、頭を狙われれば首を動かして刃を避ける。最小限ゆえにかすり傷を負う事もある。しかしたかが皮膚一枚。翌日にもなればふさがる程度の傷でしかない。急所を狙う一撃だけを弾けばいい。残りは全て避けるのみ。


「はあっ!」


そして俺は、そんな中で張昭の僅かな隙を見つけては、ハンマーではなく体術による攻撃を仕掛ける。膝を狙った蹴り、手首を狙った手刀。しかしそのいずれもが、掠りはすれど決定打にはならない。


「その得物を持ちながら体術を操るとは。面白い!」

「張昭さんには、まったくもって入りませんけど!」


さっきとはまるで別人の様な態度で話す張昭。こっちがこの人の地なのか。何というか、姉御っぽい。


「そら、足元が留守になっておるぞ!」

「なんのこれしき! ふんっ!」


張昭が右手で突きを、左手で薙ぎ払いを俺の脚を狙って放ってくる。俺は二本の槍のタイミングを見計らい、両足揃えて跳躍すると、槍が通過するであろう着地点に思いっきり足を突き出して着地する。俺の体重と脚力に押しつぶされた槍は、バキリと音を立てて柄の部分が砕け散る。


「なっ!?」


そんな予想外の俺の動きに、呆気にとられた張昭の動きが一瞬止まる。しかしそれはこの戦いの中では大きすぎる隙だ。俺は即座にハンマーの破砕部を張昭のこめかみに付きつけた。


「我の……負けか」


そう言って張昭が残る槍を手放し地面に落とす。張昭の敗北宣言を聞いた俺は、ハンマーを地面におろして思いっきり脱力した。


「だっはぁぁぁ……」

「この程度で疲れてどうする? 若い者が情けない」


ふぅ~と溜め息をつく張昭。むしろ俺は、このやり取りで疲労を感じない人を見てみたい。


「二人ともお疲れ様」


ねぎらいの言葉と共に、笑顔のシャオが岩陰から出てくる。やはり、これはあれか。目の前の二人に一杯食わされたと言うやつか。


「やっぱりシャオが思った通り、浩牙って凄く強いね」

「まさかこの我が負けるとは。我も老いたものよ。その昔は、江東の剛槍と呼ばれたこの我が……」


やれやれ歳は取りたくないものだ、などと言いながら張昭が大げさに肩を落とす。しかしそう言いながらも、張昭がどこか嬉しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか?


「これなら、お姉ちゃんたちの事を任せても大丈夫じゃない?」

「うむ」


しかも俺抜きで何か話が勝手に進んでるっぽい。お兄さん、仲間外れは嫌ですよ?


「一体、何の話を?」

「それは追々話してやる。それよりも凌統、腹が減ったであろう?」


そう言われてみれば、確かに腹が減った。まあ、少し前に餓死寸前の状態から干し肉食っただけだしな。しかし、ここはあえて我慢する! 


「いえ、それよりも先に話をですね」


と言いかけたその瞬間、俺の腹の虫が盛大に抗議の声をあげた。全く、自分の欲望に忠実すぎるよマイビースト……。


「遠慮するでない。腹が減っては話もできんだろう?」


それを言うなら、腹が減っては戦ができない、です。


「分かりました。ご厚意に甘えさせていただきます」

「うむ、若者は素直に先輩の言う事を聞けばよい」


俺は張昭とシャオに半ば引きずられていく形で、しぶしぶ食堂へと向かった。




◇ ◇ ◇




食堂にて張昭手作りのおいしい料理をご馳走してもらい、空腹も十分に満たされたところでようやく執務室へ。まあ執務室と言っても、まだシャオには難しい書類仕事は無理そうだからか、生活用品の類しか置かれていない。ただ、壁にはしっかりとシャオの得物であるチャクラムが掛けられている。


とりあえず、シャオに勧められるままに接客用と思わしき卓の前に着く。シャオが俺の右前に着き、張昭は人数分のお茶を乗せた盆と共に左前の席に着く。それぞれの前にコトンと茶器が置かれる。俺は張昭に一つ頭を下げると、話を始める前にお茶で唇を湿らせた。


「それで、張昭さんはどうしていきなり襲い掛かるような真似を? 俺がシャオに呼ばれて来たって事、知ってたんですよね?」

「うむ。まあ、少しお主の力を試してみたかったというのが理由だ。我に手傷を負わせるくらいの実力は欲しいと思っていたが、まさか我の方が負ける事になるとは思わなんだ」


はっはっはっと張昭が愉快そうに笑い声を上げる。腕試しにしちゃ随分と気合入り過ぎてたような。俺じゃなかったら骨の二、三本は……いや、それこそ再起不能一歩手前に陥ってたかもしれない勢いだった気がするんですがね?


「なんでまた、一般人の俺にそんな事を?」


シャオはともかく、張昭には俺が戦うところを見られた事が無いはずなのに、どうして腕試しなどしようと思ったのか。シャオに状況を聞いたにしても、近接戦闘までこなせるとは予想できないだろうに。


「一般人……お主、本気で自分の事をそう言っているのか?」

「えー……どこからどう見ても一般人だと思うんですけど?」


別段、どこかに仕官している訳じゃないから軍人でもないし。身分的に言えば至極普通の一般人なはずなんだが。二人にはそうは見えないのだろうか? いや、でもここに来るまでそんな特別なものを見るような眼をされた覚えはない……はず。


「えっと、俺は軍人でも役人でもないんで、やっぱりただの一般人なんじゃ?」

「なんと、お主流れの身か」

「一応目的はありますけど、今はただの旅人ですよ」

「う~む……」


呆れ顔から一転。深く考え込み始めた張昭。ちなみにシャオは、なぜか嬉しそうに顔を綻ばせている。なぜに?


「して、その目的とは?」


シャオの笑みに隠された意味を読み取ろうとした矢先、張昭が顔をあげて俺に言う。まあこの二人ならば言っても問題ないだろう。同じ呉の人たちな訳だし。


「恩返しがしたいんです。命の恩人である甘寧さんに」

「恩返しか。いやまて……お主は今、甘寧と言ったか?」

「はい。呉の将、甘興覇殿。川で流されていた俺を助けてくれた、命の恩人です」


俺の言葉に張昭がなんとも驚いた表情で固まっている。シャオもあまりの偶然に目を丸くさせていた。


「それ本当なの、浩牙?」

「ああ。本当だ」


きっぱりすっぱり断言する。と、固まっていた張昭が豪快に笑い声を上げた。


「ふっはっはっはっ! 人の縁とは不思議なものだ。思春に救われたお主が、今度は恩返しを目指すその道中で呉の末姫の命を救うとはな。なるほど、お主は余程孫呉ゆかりの者と縁があるようだ」

「そうみたいですね。俺もシャオと会った時は感動しましたから」


そうしてお互い、張昭としばらく笑い合っていると、不意にシャオがとんでも発言を呟いた。


「浩牙、呉に仕官する気はない?」


恐らく甘寧さんの事が無くてもシャオはそう言うつもりでいたのだとは思う。さっきの笑みは、どのタイミングでそれを切り出して俺を驚かせようか、などと考えていたんじゃないだろうか。だが、今のシャオの顔はそんな思いを抱いている様な表情では全くない。真剣に、孫呉の一姫として国を思う気持ちがハッキリと見て取れた。


そして、その件に関しての俺の答えは既に出ている。甘寧さんに恩を返すため。ひいてはこれから先、乱世の荒波に酷く晒されるであろう呉の人たちを少しでも多く救うおうと、俺はそう決めたのだから。


「それは俺から頼みたい事だよ。シャオ、張昭さん。俺を孫呉の末席に加えてほしい」


シャオと張昭の二人に深く頭を下げる。何かしら声が掛かるまでしばらくそうしていると、身を乗り出してきたシャオが俺の頭にポンと手を置き、そしてなぜかナデナデされた。年下の女の子に頭をナデナデされる男の図……凄く微妙な気持ちになった。


「もちろん、シャオは大歓迎! これで今日から、浩牙は私の部下ね!」

「いやまあ、うん、そうだね」


確かに立場的に考えれば、末とは言え呉の姫であるシャオは俺の上司、ご主人様と言う事になる。なるのだが……俺としては仕えると言うよりも、お転婆な妹が出来た感じだな、うん。


「む、なんか失礼な事考えて無い?」

「いやいや、全くこれっぽちも」

「むー……まあいいや。それで早速なんだけど。浩牙、あなたにお願いしたい事があるの」

「どんとこい」


よっぽど無理難題で無ければこなして見せようぞ。この凌統、伊達に地獄帰りではない。改めて真剣な表情になったシャオに、俺も居住まいを正す。


「さっきも話した通り、私たちはバラバラにされて、しかも監視までされてるから今は動けないの。だから、シャオの代わりにお姉ちゃんたちを助けてあげて欲しいの」

「なるほど。確かに新参の俺なら袁術方に顔も知られてないから自由に行動できるな」

「そうだ。それに呉に正式に仕官するならばどの道、現王の孫策様に顔を合わせねばなるまい。まあ、お主ならば雪蓮嬢も断りはせんだろう」


張昭の言う通り、今の呉の王は孫策様だ。呉に仕えるんだったら当然、孫策様にも話を通さなければならない。つまり今の俺は仮登用と言う訳だ。まあ、孫策様に会う事自体に関しては俺は別に構わない。ただ、そもそも俺みたいな新参者が孫策様に会えるかどうか、そこが不安だ。


「雪蓮嬢には我が一筆書いてやろう。それならば、そなたの悩みも解消であろう?」


俺の不安を察したのか、見事に解決策を提示する張昭。先の戦いの時と言い、この人やっぱりエスパーなんじゃなかろうか。俺の心が真っ裸。


「分かりました。なら早速、今から出発の準備を――」

「待て待て。そう急がずとも良いであろう」


善は急げと言うし、すぐにでも出発しようとする俺を何故か慌てて張昭が引きとめる。これは……面倒事フラグに違いない! よし、適当に理由をつけて出発をだな。


「そうだよ浩牙。今日はもう遅いし、折角だから一晩泊っていきなさい。これ、命令!」

「……了解」


命令と言う名のお願いを満面の笑みでシャオに言われてしまうと、全くもって断れそうにない、アホな子である俺でした……。




◇ ◇ ◇




さて、二人の勧めで一晩宿を貸してもらうことになった訳だが。どういう事か俺は今、張昭の私室にお呼ばれしてる。


なんだろうか、改まって呼びだすなんて。とりあえず面倒事の類で無い事を祈ろう。


「張昭さん、入ります」

「うむ、来たか」


張昭の部屋の前に来た俺は、一声かけて部屋へと入る。事務机で書簡に目を通しながら応えた張昭は、昼の時とは違いメガネをかけている。やはり寄る年波には――


ドスッ!


「……」


俺の顔のすぐ横の壁に、小刀が突き刺さりビィィンと小刻みに震える。俺の額をタラリと一筋の冷や汗が伝った。


「次はないと思え」

「……はい」


もう二度と、この人の年齢に関することは言わないし考えないと、今この場で悪魔とそこの小刀に誓った。


「それで、どの様な用件です……かっ!」


深く突き刺さった小刀を壁から抜き事務机に置く。一応は俺が悪いらしいので、これぐらいはしないといけない気がした。


張昭は何も言わずにそれを引き出しに戻すと、立ち上がって後ろの壁にかかっている曲刀を代わりに事務机の上に置く。どこか見覚えのある形のそれは、深みのある濃い緑色の刀身を持っている。素人目に見ても、名のある業物だと見て取る事が出来た。


「そなたにこれをやろうと思ってな」

「これをですか?」

「うむ。これの名は風音。二本ある番剣の片割れだ」

「風音……」


吸い込まれるようにして目の前の業物を剣を手に取る。初めて手にする得物だというのに、妙に手になじむ様な気がした。


「我は剣は使わんのでな。長く持て余していたが、そなたなら使いこなせよう」


確かに俺は剣もある程度は使いこなせる。一番はハンマーに違いないが、張昭と戦った時もそうであったようにハンマーでの戦闘は場所を選ぶ時がある。それこそ敵味方入り乱れての乱戦ともなれば、俺のハンマーは味方にも脅威となってしまうだろう。ゆえに取り回しの利く剣が手元にあると言うのはとても心強い。しかもそれがこれほどの業物となれば尚更……なのだけど。


「こんなに高価なもの、いただけませんよ」


そう。大抵武将が使うような武器は市販などされていない特注品。これとてその例外ではないはずであり、つまり俺には手も出せない程の高価な物に違いない訳で。


「悪いが拒否権はない。もし受け取らんと言うなら、我は雪蓮嬢への書状を書かん」

「ちょ!?」


張昭が受け取りを渋る俺にまさかの脅迫。誰か、ネゴシエーターを呼んで! 凌統が脅迫されてる!


「(よし来た、結婚しよう!)」

「(帰れボケぇ!)」


とりあえず呼び出してみた俺の脳内ネゴシエーターは、未だに愛に飢えていた……。


「どうだ、凌統。受け取るのか、取らんのか」

「……分かりました、受け取らせていただきます」


俺は事務机の上の風音を手に取り、張昭との戦いで空になっていた鞘にしまう。ぶっちゃけ、鞘の品が全く風音と釣り合ってない。お金がたまったらそれなりの鞘を拵えてもらおうと心に誓った。


「ところで凌統よ、一つ聞きたい」

「はい?」

「そなた、甘寧をどう思う?」

「どう思う、ですか? そうですね……一言で言うなら、憧れます」


あの凛々しい姿にはマジで憧れる。何というか、この人にならついて行けるって気持ちになる。


「ふむ。遠まわしに過ぎたか。まあ、今はそれでいい。焦る必要は無い」


何やら張昭がぶつくさ呟いてる。別に嫌な予感とかそういう悪い気配は感じないんだが、なんかそこはかとなく陰謀臭がするのは気のせいだろか? しかもその発信源が完璧に目の前の張昭だし。いきなり脅迫かましてくるような人だし、不安だ……。


「そ、それじゃ、俺はこれで失礼しますね」

「む、そうか。呼び出して済まなかったな、ゆっくり休め」

「はい。張昭さんも早く寝ないと、夜更かしはお肌の天敵ですよ」

「善処する」


俺の軽口に張昭は苦笑する。そして部屋を出る際に一礼してから、俺は張昭の部屋を後にした。




◇ ◇ ◇




~張昭~


「行ったか」


部屋を出て行った凌統を見送り、我は手元にあった書簡を片づける作業に戻る。作業の合間に考えるのはあの男、凌統の事だ。


人見知りは無い。初対面の我とも気兼ねなく話す愛想の良さもある。そして我を下したあの武。歳は思春と近いと言ったところか。これまでにも多くの武人を見てきたが、あの凌統の武は明らかにそこらの武とは別格だ。かの飛将、呂奉先にさえ並ぶやもしれん。


しかもだ、何を隠そう男である。それなりの時間を生きてきた我でも、あれほど優れた男は見た事が無い。別格を誇る武に凌統自身も人間が出来ている。これほどまでに条件のそろった男はそうはいない。


「凌統……思春の事を任せるに相応しいか」


だからこそ、あの剣を渡したのだ。思春の剣と番であるあの剣を。凌統は男と女が番の剣をそれぞれ持つ意味がどう言う事か、分かってはいないだろう。だが構わん。なにはともあれ、結果的に奴はあれを受け取ったのだからな。


「しっかりと責任は取ってもらうぞ?」


呟きながら書簡を片づけるのに意識を戻す。だが……あぁ、駄目だ。内なる笑いを抑えられそうにない。


ふふふ……ふははははっ! いいぞ、思春の春も近いっ!




◇ ◇ ◇




ぶるるっ


「な、何だ今の寒気は……」


張昭の部屋から直接宛がわれた部屋に戻った俺は、もぐりこんだ寝床の中で感じた寒気に体を震わせる。何か俺の知らないところでとんでもない事が進行中な予感が……。


「気の所為だと……いいなぁ」


最近の事を思い返す限り、俺の辞書に〝気の所為〟と言う言葉が無いような気がするんだ。と言うか、そう思った時に限って何かしらの出来ごとに巻き込まれてるあたり、一種のフラグスイッチとして昇華してしまったか……今後は気を付けなければ。


まあ、先の事なんて気にしても仕方が無い。明日の事は明日のみぞ知るってやつだ。だから下手に構えたりせずに、今後はその時の流れに身を任せる方向でいこう。警戒心全開で毎日を過ごすのも、なんだがもったいない気がするし。


どうせだったら楽しんで毎日を過ごす方が、心にも体にも優しいはずだ。とりあえず、今日はもう疲れた。


「お休み……」


誰に向けるでも無くそう言い、俺は布団に包まる。明日の天気が良くなる事を願いながら、俺は静かに目を閉じた。

主人公以外のオリキャラ第一弾!


張昭ちょうしょう


姓 張


名 昭


字 子布


呉に仕える古参の将。黄蓋とは仲が良い。黒髪を肩にかかる程度の長さに切りそろえ、瞳は女性とは思えない位に強い光を宿している。その眼光は、女性らしく妖艶でもあり、しかしながら獰猛さを隠し持っている。

黄蓋よりも少し年上であり、呉の中では最古参に当たる人物。内政に通じているが武芸にも秀でている。袁術によって呉勢がバラバラにされた今は、孫尚香の護衛兼教育係としてその補佐をしている。主な得物は槍であり、二本の槍を同時に扱う。


ここから裏設定

甘寧に鈴音を送った人物(作者設定)であり、何かと甘寧の事を気にしている。凌統と甘寧をくっつけようとしているようだが……。ちなみに、胸の大きさは雪蓮くらい。



史実では、張昭は完璧に政治家です。武芸に縁もゆかりもありません。でもそこは、恋姫世界と言う事で。というか、作者はどうやら文官を武官にコンバートするのが好きな様です。例のあの人もそうだし。


それでは、次回も宜しくお願いします。誤字脱字などあればお知らせください。

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