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第六話 旅に出会いはつきものです 参

問題が発生した。そう、この世界に転生してから初の問題発生である。内容は生命活動の継続に関わる問題。要約すると、命の危機と言う奴である。


原因はとても単純。しかし誰もが逆らう事の出来ない絶対的な理由だ。そう、俺は今……絶賛空腹なのである。ぶっちゃけレッドを通り越してゲージが既にブラック。今は地獄を耐え抜いた自慢の気力で体を動かしている。なんかもう、とことん人間を止めそうな勢いで適応力が上昇中だ。まあ、エネルギー不足問題の根本的な解決にはなっていない訳ですが。


ついこの間までは現地調達で何とかなっていた。しかし俺が今進んでいるのは見渡す限り一面の荒野。とても食料を現地調達できる環境下ではない。宵闇の食糧である草自体もかなり数が少ない程だ。おかげで宵闇もすこぶる機嫌が悪い。苛立ち紛れか俺の頭にかじりつく事もしばしば、と言うかご主人様に当たると言うのもどうなんだ……。


地獄で鍛え抜いたこの体も、どうやら生きているからこその枷からは逃れられなかったようだ。地獄で生活していた時の様に、気力や精神力なんかでは流石に腹は膨れないらしい。ある意味現世で生きる事の過酷さを再認識させられた。全くもって不覚である。


せめて火が起こせれば、なりふり構わなければ食料調達は出来る。そこらへんにいる虫とか、火を通せばギリ食べられそうだ。たとえ越えちゃならない一線だとしても、命には代えられない。それこそ宵闇だって――


ガブッ


……。


まぁ、相棒を食すだなんて外道な行いだけは悪魔に誓ってもするまい。なので頭をくわえるのを止めてください宵闇さん。ヨダレで髪がガサガサにって、


「いだだだだっ! ごめん、マジごめんって! ちょ、頭が割れる! タンマ、ストップ!」


いきなり万力の如く顎に力を入れ始めた宵闇にタップで降参宣言する。宵闇は不満げに鼻を鳴らすが、素直に解放してくれた。いや、洒落にならないレベルだった。と言うかおでこに宵闇の歯形が……。


おでこをさすり、宵闇のヨダレをぬぐいながら改めて荒野を見渡す。やっぱり辺り一面、何もなし。いや、遠くに山が見える。と言っても、たどり着く前に相棒と揃って干からびそうだが。


まさしく万事休す。始まったばかりのセカンドライフにもう終焉の鐘が鳴り響きそうだ。最近夢に頻繁に悪魔の姿が見えるのもそのせいに違いない。


某RPGみたいにルー〇が使えたら……まあ、振り出しの港町しか行けないが、それでも命だけは助かっただろうに。悲しい事に、港町で買った地図は主要道路しか書いていないから、道から大きく外れた今の俺には役に立たない。実は案外近くに町とかが有るのかもしれないが、視認できない以上は向かいようも無い。


いざとなったら運任せに適当に走るつもりでいるが、それはあくまで最終手段だ。死ぬ一歩手前の悪あがきとして残しておきたい。


マジで勘弁してほしいが、これが今の俺の現状。とりあえず最優先事項は、町か村を見つけることだが、何の手がかりも無いこのままでは、宵闇も俺も荒野に眠る化石の一つになること確定だ。荒野に横たわる馬とその馬に頭をかじられた状態の人の化石……シュールの極みじゃなかろうか。


って、くだらんことを考えてる場合じゃない。残り少ないカロリーを打開策の思案に当てねばばばば……。


「駄目だ、腹が減り過ぎて頭が回らねぇ……」


自分で言って深くため息を吐く。すると宵闇が不思議そうな顔をして、再度俺の頭をくわえて一捻り。いや、そういう意味の回らないじゃないから、宵闇さんよ。


とりあえず宵闇の口から頭を外して首を撫でる。しかし、黄泉の門一歩手前のこの状況。本当にどうすればいいのか……。


空腹で立ち眩みしそうになるのを抑えながら宵闇の顔へと目をやる。すると、宵闇はその金の瞳で一つの方角をじっと見つめていた。


「ん~?」


宵闇の顔に自分の顔を近づけ、俺も同じ方向に視線を向ける。そして良く目を凝らして見ると、荒野に立ち上る砂塵とこちらに向かってくる複数の馬の姿が見て取れた。野生ではなく、それぞれ人が騎乗している。先頭は何やら必死の形相をした少女が一人。後方にはそれを追いかけているらしき、賊っぽい姿の男が三人。


状況把握。大方、先頭の子が賊から逃げているってところか?


そう考えていると、ふいに宵闇が背中の荷物から剣をくわえて取り出し、俺に放ってくる。劉備の所から抜け出す時に、戦場に放置されてたものを拝借してきたものだ。当然鈍らだが、俺の腕力をもってすれば十分鈍器になりえるし、鋭い切っ先を使えば投擲武器にもなると思って数本拾ってきたのだが……これを俺に放ってきたと言う事は、つまるところそう言う事なのか?


「お前、そこらの人間の男よりよっぽど〝漢〟だよな」


剣を手に言う俺の言葉に、宵闇が当たり前だと言いたげに嘶く。俺としてもこのままあの少女が捕まって目も当てられない事態に巻き込まれるのは望んでいない。腹は減っているが、剣の二、三本をぶん投げるくらいなら問題ないし。何よりこうして相棒に期待されちゃ、応えない訳にもいかないだろう!


「まずは一投……」


最初の標的は少女の前に回りこもうとしている左の賊。相手の動きを見定めながら十分に狙いをつける。そして賊が少女の方に馬を寄せようと体を傾けたその瞬間、


「せいっ!」


馬の首の影から出たその賊の頭に向けて、俺は全力で剣を投げつけた。


ドスッと、見事にヒットしたことを示すその生々しい音を俺の地獄耳が捉える。視覚の方でも回り込もうとしていた賊が体をぐらつかせて落馬するのが確認できた。ちなみに突然傍で噴きあがった血の噴水に、先頭の少女が涙目である。ごめんなさいごめんなさい……。


「続いて二投目……おんどりゃあ!」


心の内での謝罪もそこそこに、二投目は上手くスナップを利かせ、剣が縦方向に回転しながら飛ぶように投擲。斜め上に射出した剣が放物線を描いて落下。馬の頭上擦れ擦れを通り越し、剣が賊の胸に突き刺さる。


三人の内の二人が正体不明の遠距離攻撃によって絶命したためか、怯えた表情になったリーダー格と思わしき賊が馬を反転させる。だが俺にとってはそちらの方が好都合。ただストライクゾーンが大きく広がったに過ぎない。


「ツーストライク、ノーボール」


不謹慎ではあるが、そんな言葉を口にしながら俺は手元に残った最後の剣を振り上げ、


「最後の一球……ストレート!」


逃げる賊の背に向かって剣を思いっきり投擲した。少しもぶれることなく飛んでいく剣は、まさに矢の如し。ストレートの名に恥じない弾道でもって、賊の背中にほぼ垂直方向に突き刺さった。絶命した賊が馬から落ちる。目の前に残ったのは主を失って立ち尽くす三匹の馬。それから、涙に加えて鼻水が追加された顔をした少女とその乗馬だけだった。


「ふぅ……」


軽く肩を回し一息つく。準備なしに結構な力で肩を使役したから痛めて無いか些か心配だったが、そこは地獄産ボディ。あいかわらず頑丈さだけは大したもの――


「っとと……」


やばい、本格的に足元がふらついてきた。今ので残りのカロリーを使い尽くしたか? 思った以上にブレード弾は燃費が悪いらしい。まあ、背筋にも結構力入ったしなぁ。


「もーまんたいだぜ、宵闇さん。俺はこの通りピンピンだ!」


心配してか身を寄せてくる宵闇に笑いかけるが、自分でも分かる空元気。マジでこのままだとヤバァイ……。


そんな軽くブラックアウトしかけている俺の下に、馬蹄の音が近づいてくる。見れば先程先頭を走っていた馬が俺の方へと向かってくる。そしてそのまま傍までやってくると、その背中から一人の少女が飛び降りてきた。怒ってるんだが感謝してるんだか分からない台詞と共に。


「危なかったじゃないのよー! あんな遠くから剣を投げつけるなんてどんな神経してるのよ! そりゃ確かにシャオには当たらなかったし、それでシャオを助けてくれた事には感謝するけど、でも助けるにしても、もう少しやり方ってものがあるでしょう!?」


ブラックアウトしかけの俺を今度はホワイトアウトさせんばかりの大きな声。しかし、なんかこのボイスには聞き覚えがあるような……?


落ちそうになる瞼を必死に持ち上げ、俺は声の主の顔を確かめる。その顔を脳が映像として捉えたその瞬間、感動の念が俺の中へと舞い降りた。


「お、おぉ……」


そこにいたのは、桜色の髪を両サイドでわっかになる様に纏めた小柄な少女。白を基調としたミニスカートと同色のへそ出しルックス。その姿はまさしく、孫呉のお姫さまこと孫尚香だった。


「まさかのもしかして……君は孫尚香?」

「えっ? あなた、シャオの事知ってるの?」


知っていますとも。だがまあ、その理由が言えるはずもなく、


「呉のおてんば姫様のお話は、よく聞きますから」


と、疑われないような適当な理由であやふやに答える。ちなみに俺の意識もあやふやである。


「ふ~ん、そっか。ついにシャオにも、時代の波が来たのね!」


いや、それは俺に分かりませんです。それよりも、もう俺の意識が限界……。


「ねぇ、さっきからふらふらしてるけど……大丈夫?」

「ごめん……腹へって、もう無理ぽ……」


ついに俺の体がひと際ぐらりと揺れ、地面に大の字で倒れこむ。薄れゆく意識の中、しきりに俺を呼ぶ声が耳元で聞こえていた気がし――


「寝ちゃだめー!」

「うぼべぁぁぁぁ!?」


突如、鼓膜を盛大に刺激する声と共に、流水が勢いよく俺の顔面に襲い掛かる。薄れかけてた意識が、一瞬にして覚醒した……。




◇ ◇ ◇




「それにしても、呉の姫が何故こんな荒野を一人で?」


手にしている燻製肉にがっつきながら、まあ色々と気になったので食事のついでに聞いてみる。孫尚香のシャウトとぶっかけられた水筒の水で意識を失わずに済んだ俺は、最後の力を振り絞って賊の荷物から得た食料のおかげで、どうにか昇天せずに済んだ。元は誰かの物であろうそれに手を出す事は些かためらいがあったが、背に腹は代えられない。罪悪感をどうにか御して、ありがたく荷物の中に残されていた食料を頂戴した次第である。ほんと、俺ってば情けなかね……。


「それは、その……」


軽く落ち込んでいると、何気なしに聞いた俺の質問が答えにくい事だったのか、孫尚香が目をそらして口ごもる。とりあえず、年頃の女の子が家を飛び出す理由になりそうなものをいくつか挙げて、反応を見てみる事にした。


「……誰かと喧嘩したとか?」


ドスゥ


な、何だ? 今何かが深く突き刺さる音が……。と言うか、何故に孫尚香が胸を抑えているんでしょうか?


「はぅ……」


まさか図星ですか。まだ理由その一でしかないんですが。けど、今の呉はまだ戦力を各地に分散させられているはず。孫策もしくは孫権と姉妹喧嘩をしようにも無理なはず。まあ、もしかしたら俺の知らない第三者と喧嘩したのかもしれない。何せ、ここはゲームと類似した一つの世界であって、断じてゲームの中じゃない。俺の知らない人物がいても少しもおかしい事じゃないだろう。けどまあ、だとしてもだ。


「ダメだろ、家出なんて。もし俺がここに居なかったら、今頃尚香はどうなっていた事か……」


恐らくは殺されていた。いや、最悪犯されて、慰み者にされながら死んでいたかもしれない。この世界じゃそんな事は珍しくも無いはずだ。


「……」


ダンマリでうつむく孫尚香。きつく唇を噛み締め心なしか肩を震わせている。と言うか、これは俺が悪いんだろうか? いやまあ、確かにされる方からしてみれば危なっかしい助け方したし、もしかしてトラウマになった?


「……俺で良ければ相談に乗るけど?」


とりあえず原因だけでも聞こうと、遠回しに俺がそう言うと、孫尚香がようやく顔を上げた。


「……聞いてくれる?」

「もちのロン」


しまった、つい何時もの癖が。孫尚香が不思議そうな顔をして俺を見ている。止めて、見ないで、すっごく恥ずかしいから!


「そう言えば、あなたの名前は?」

「あ、そう言えばまだ名乗ってなかったっけ? 俺は凌統、字は公積」

「凌統か。良い名前ね。でね凌統。私がその……家出をした理由なんだけど」


ポツリポツリと孫尚香が語りだす。


何でも今、呉の王こと孫策は袁術の客将として、それはもうひどい扱いを受けているらしい。余計な力を持たせず、扱いやすく使い勝手の良い状態にして生かさず殺さず。旧臣の殆どは策略により分散させられ、孫家の将たちは皆バラバラにされてしまったという。そんな状況の中、姉である孫策と孫権は呉の独立のために行動しているのに、自分は勉強第一と言われて部屋にこもる毎日。多少の外出は許してもらえるものの、当然、実戦を想定した程度の鍛錬などには参加させてもらえないらしい。


細かい所は別として、大方俺が知っている孫家の現状と変わりない様だ。


「でもそれは、尚香の身に何かあったらって、皆が気づかってるんじゃないかな?」

「それが嫌なの! 何時までもシャオの事を子供扱いして。私だって孫家の一員なのに!」


まあ、孫尚香の気持ちも分からなくはない。姉二人が独立のために戦う中、一人その輪から外されるというのはこの上なく悔しく、そして寂しい事だろう。たぶんそれが、今回の家出にも繋がったんだと思う。


「それで今日、もう我慢できなくなって、張昭に聞いたの。どうして私は勉強ばっかで、戦わせてくれないのかって……」


張昭か。聞き覚えの無い名前だ。少なくとも、原作には登場していない人物だろう。


「それで、なんて?」

「尚香様は呉の姫君。もし孫策様と孫権様に何かあった場合、その後を継ぐためにも、こうして勉学にいそしみ――うんたらくんたら。ふざけないでよ! 私はお姉ちゃんたちが死んだ時の代わり!? そんなの納得できるわけ無いでしょ!」


収まらぬ怒りを俺にぶつける孫尚香。確かにそんなこと言われて怒らない妹なんて普通はいないよなぁ。


「もう頭にきちゃって、無我夢中で良く分からないまま走って、気が付いた時には馬に乗ってこんな所まで来ちゃってたんだ」


なるほど、概ね事態は把握した。ただ、やっぱりここまで突っ走ってきた事については、やり過ぎだと思うけども。


「まあ確かに、怒るのも無理はないかな」

「でしょ!」

「でも、だからと言って家出するのもどうかと、俺は思うけどね」


孫尚香がうっと言葉に詰まる。その辺の事は、自分でもよく分かっているらしい。


「さて、言いたいことを大声で叫んだら、少しは気が晴れたんじゃないかな?」

「うん、ほんのちょっと」

「そっか。だったら家に戻ろう。俺が送って行くから」

「いいの?」


宵闇に跨りながら言う俺に、孫尚香が申し訳なさそうな顔をする。とりあえず、その上目遣い反則だと言わせてくれ。思わずお持ち帰りたくなるじゃ――って、いかんいかん。落ち着け、俺。


「どうしたの? やっぱり、だめ?」

「とんでもございませぬ! と言うか送らせて下さい。いえ、送ります!」

「ふふん。そこまで言うんだったら、特別にシャオの事を送らせてあげる」


怒りの尚香はどこへやら。一転して上機嫌になった孫尚香は小悪魔的な頬笑みを浮かべて宵闇に飛び乗りると、あろうことか俺の前に跨る。言うなれば、馬でするニケツ状態。しかも孫尚香は手綱を握る俺の腕の中である。何だろう、この幸せ空間……。


これが、妹を持った兄の気持ちなのかーー!!


今なら解かる! 可愛い妹を持った兄がシスコン化する理由が! 妹持ちの兄の心が、俺の中に爆誕。


「それじゃ尚香、しっかりと掴まっててくれよ?」

「小蓮……ううん、シャオで良いよ。私の真名」

「分かった。なら、俺も浩牙でいいよ」

「うん!」


この世界で初めての真名の交換。俺はシャオに真名を預けてもらった事をしっかりと胸に刻みながら、シャオの指示にしたがって宵闇を走らせた。


短い話を統合したり、加筆修正してたら長くなったので分割しました。たぶん大丈夫だとは思いますが、矛盾点や誤字脱字があればお知らせください。


それでは、次回も宜しくお願いします。

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