第四話 旅に出会いはつきものです 壱
甘寧さんたちの水軍と分かれてしばらくたった。
地理も現在地も分からず困り果てていた俺だが、幸いなことにここは港町。情報くらい簡単に集められる。
とりあえず、甘寧さんにもらったお金で旅に必要な物を一式購入。主な物としては、鍋、包丁、水筒、その他細かい物を色々。
それから馬屋に行って馬を購入。
結構値が張るかな? と、思っていたのだが、これが意外なことに安い。何でも、ここの馬屋は近々店をたたむそうで、しかし最後に残ったこの馬が誰にもなつかないんだとか。
「頼む! この通り!」
五体投地で通常の半額以下で売ってくれると言うので、まあ何とかなるだろうと思い、購入。
おやじさんが涙と鼻水をまき散らしながら抱きつこうとしてきたので、軽くスウェーで避けた。これで所持金が半分飛んでいったが、食料なんかは現地調達でも何とかなるだろう。
派手に地面にダイブしたおやじさんに連れられ馬小屋へ。そこに居たのは、漆黒の毛並みを持った傍から見てもかなり厳つい体格の馬。たぶん馬力は十万……とまでは流石に行かないだろうが、それでも並の馬よりかなり力強そうだ。しかも瞳の色が金色とか、なんて素敵。
「チョーかっけーーー!!」
思わずその場でシャウトする。それくらい男心をくすぐる姿の名馬だ。
「気をつけな若いの。こいつは俺の知る限り、未だに誰も乗せたことがねえ」
そんな俺におやじさんがご忠告。それって、もし俺が乗りこなしたら俺が初めての人ってことになるのか。全く、興奮するじゃねえかこの野郎……ニヤけが止まりやしねえ。
「おやじさん、この馬の名前は?」
「んなもん、ないね」
おいおい、それはダメだろう? そうだ、まず始めに名前をつけよう。馬を前にしばらくその場で考える。とりあえず、外見からして考えてみた。
「よし、お前の名前は今この瞬間から、宵闇だ!」
ビシリと馬を指さしそう宣言する。すると名馬改め宵闇がゆっくりと俺の方へ近づいてきた。
次の瞬間、腕を前でクロスガードした姿のまま、俺は後方へとふっとんだ。
「ぐはぁ!」
背中から藁の山に叩きつけられ、体の半分程が藁のなかに埋まる。突然にスーパー馬蹄キックを食らわしてきた当の宵闇はと言えば、頭上からその金色の瞳で俺の事を見下ろすと、馬鹿にしたかのようにぶるると一つ嘶いた。
「ひぃ! あ、後の事は任せたぜ!」
そんな宵闇にビビって逃走する馬屋のおやじさん。確かに気性の荒さからして常人にはこいつを手なずける事は一筋縄ではいかないのだろう。だが、俺はこのじゃじゃ馬極まりない黒の名馬のことが、今の一瞬で凄まじく気に入ってしまった。
「いつつ」
藁の山から俺、生還。そしてさらに俺を挑発するかのように嘶く宵闇。「俺に乗りたきゃ俺を倒してみな」とでも言いたげな顔だ。
「上等じゃねえかこの野郎」
俺はハンマーをその場に置き、軽く四肢の準備体操。向こうが素手、と言うか蹄で戦うと言うのに、俺だけ武器はずるいと思う。体の準備が終わると、俺は鼻息荒く地面を蹄で削る宵闇に向けびしっと中指を立ててちょいちょいと挑発を繰り出してみた。
その途端、待ってましたと言わんばかりの勢いで突進を繰り出してくる宵闇。正直、なんでこの挑発が通じたのかは甚だ疑問過ぎるのだが、とりあえず意志の疎通は出来たようなのでよしとする。
「来いやぁぁぁぁ!!」
地面に根を張る思いで足を食い込ませ、完全なる迎撃態勢を取る。目の前に迫る黒の大質量に気圧されそうになるが、俺も負けじと気合一発叫んで構える。
昼だと言うのに、俺の視界が黒の闇で埋め尽くされる。それが完全なる黒に達した時、俺の体に転生直後の長江大落下に勝るとも劣らないレベルの衝撃が通り抜けた。
「ぬぅぐぅぅおぉぉぉ!!」」
宵闇自身の体重に加え、太い足から繰り出される凄まじい馬力に地面の上を足が滑りどんどん体が後方へと押される。地面が削れ派手に土煙が上がるがまだ勢いは止まらない。このままだと先に靴の方が壊れそうだ。本当に何て馬鹿力なんだこの馬は。
だが、今回ばかりは相手が悪かった。何しろ、向こうじゃ大鬼と相撲まで取らされた俺だ。何であろうと、力勝負で負けるつもりはさらさらない!
滑る足に再度力を込め、足の指を地面に突き立てる気持ちで踏ん張る。地面の削れ具合がより一層悪化したが、それに比例して勢いが少しずつ弱まっていく。宵闇との力比べが始まってからしばらくして、ようやく俺と宵闇の動きが止まった。
「うん、ナイスファイト」
宵闇から手を離し、砂埃で汚れた服を払う。宵闇の方は力を出しつくしてしまったのか、足をたたんで地面にヘタってしまっていた。鼻息も相当に荒い。それでも意地が有るのか首だけはシャンとしたままでいると、くいっと首を動かして背中の方を指した。
「そうだな。勝負は俺の勝ちだもんな。俺の名前は凌公績。今この時から、お前の主になる男だ。これからよろしくな、宵闇」
労わってやる思いで、疲労した宵闇の首筋を優しく撫でる。宵闇はしばらくじっと俺の方を見つめていたが、やがてふんっと小さく息を吐くと素直に頭をこすりつけてきた。
◇ ◇ ◇
宵闇と町を出てさらに数日が経過した。
町を出た俺は当面の目標も無いので、甘寧さんに貰ったお金を無駄使いしないように自給自足の節約生活を開始する。山道に生えてるきのこやら山菜やらを集めて、持ち前の身体能力で猪とかを狩る生活。
ワイルドマンと化した俺には、最早多少の大自然トラップは効かないようだ。精々舌がしびれたり、腹が痛くなって茂みから出られなくなったりしたくらいだ。
まあ、それは置いといてだ。
日本円で換算したら、たぶん一ヶ月千円生活ぐらいの勢いで過ごしていたのだが、流石に何時までもここらをうろつくわけにもいかないので、節約生活でやりくりしながら、町がありそうな方角にひたすら前進。道に迷った時はたまに後進したりして旅をしている。
勘を頼りにあっちにブラブラこっちにブラブラしてみたものの、港町を出て以来、なーんも見つからない。
知ってはいたけど、中国って広い。
「なあ宵闇、どっかに何かない〜?」
自分で振っておいて何だが、この手の質問ってもの凄くうっとしいと感じる。それを宵闇に振る俺も大概だと思うが、それくらい何にも見つからないのだから仕方がない。
俺の問いかけに宵闇が不機嫌そうに嘶く。俺に聞くなって言っているらしい。ちなみに言っておくが、俺は宵闇の言葉が分かるわけではない。何となくそう言ってる感じがするだけ。
「あ~、どっかに出会いのフラグでも立ってないかな」
こう言っては何だが、折角恋姫の世界に転生したのだ。会ってみたいと思うのは当然だろう。まあ、出来れば穏便な出会いを願いたいところだが。
「ん? この気配……」
俺の鍛え抜いた対人レーダーに反応あり。恐らくは北の方向だ。
「おし、宵闇。全速前進、かっとばせぇ!」
宵闇の目がきらりと光り、次の瞬間には周りの景色が霞む。予想してはいたけど、やっぱり馬力と一緒で速さも異次元レベルだ。
そうしてたどり着いた場所は、恐らくずっと昔に河川の浸食作用なんかで出来たと思われる干からびた小さな渓谷。そしてその中心で、今まさに命の奪い合いが起こっている。しかも船団の時とは違う、大規模な軍団戦。まさしく戦場の有り様だった
戦っているのは、黄色い軍団。たぶん黄巾党と、そして頼りない装備の義勇軍らしき軍団。俺はそれを、戦場になっている渓谷の崖上から見ている。血しぶきが飛び、肉が斬られる音。鼻を突くのは鉄の匂い……。
「二度続いて戦場かい!」
確かにあの時、戦う覚悟はした。けど、何もこんな短期間で二度も戦に遭遇するなど誰が予想出来ようか、いや出来ない! 思わず反語表現まで駆使したくなる気持ちになる。正直、自らこの規模の戦いに巻き込まれるのはごめんだ。
「戻ろう、宵闇」
手綱を引き、宵闇に方向転換を促す。が、宵闇はピクリとも動こうとはしない。金色のその瞳は、真っ直ぐに戦場に向けられていた。これは……嫌な予感しかしないぞ。
すると突然、先程まで動かなかった宵闇が数歩後ろへと下がる。それは戻ると言うより、助走をつけるための後退にしか思えない。そしてその予測は的中し、俺が慌てて降りようとしたその時には、宵闇はトップスピードに向けて走り出していた。
「転生二度目の、あい、きゃん、ふらぁぁぁぁい!」
涙を流しながら俺with宵闇、飛翔。馬とは思えない身のこなしで宵闇が崖を飛び跳ねながら下っていく。お前はシカですかとツッコミたいが、生憎と振り落とされないようにするので精一杯だ。
もとよりそこまで高くは無い崖だ。急勾配だが宵闇が下れているように垂直な崖と言う訳でもない。一分も掛からず、俺と宵闇は戦場となっている渓谷の中へと降り立った。
「戦えってか?」
問いかける俺を、宵闇はじっと見つめてくる。その瞳の中に静かな闘志が見えた時、俺はこいつがバトルマニアである事を悟った。ため息を吐き、諦めて腰からハンマーを外す。騎乗しながらハンマーを使うのは初めてだが、これも良い機会だと割り切る事にする。少々リーチが心許ない気がするが、そこは技術でカバーするしかないだろう。
俺の準備が整ったのを感じ取ったか、宵闇が大地を蹴って走り出す。そして今まさに槍を突き出そうとしていた黄巾兵を蹴り飛ばすと、嘶きと共に黄巾党と義勇軍の真っ只中に降り立った。
「「「……」」」
黄巾兵たちと義勇兵たちが一斉に俺に視線を向けてくる。一瞬、戦場の時間が止まった様な気がした。気分はさながら、ザ・ワールド。
「助太刀するっ!」
義勇兵に敵と誤認されない様に渓谷全体に響くレベルの大声で叫び、黄巾兵に向けてハンマーを振り下ろす。それで俺がどちら側なのか理解した両軍が俄かに動き出す。止まった時間が流れ出した。
「掛かれっ!」
「「「うおぉぉー!!」」」
とまあ、そこまではすこぶる順調に行きそうだったのだが……なんで黄巾兵たちはそんな大勢で俺一人に押し寄せてくるのか。これが昨今問題になってる、リンチってやつなのか? そうなのか!?
「オラオラオラオラッ!」
とりあえず、義勇兵たちを巻き込まない様に的確に黄色い頭だけを砕いていく。こういう時、黄巾兵は黄色の布を身につけているから見分けが効きやすい。正直、戦場においてデメリットしかないんじゃないか、あの布。
宵闇も自慢の脚力で黄巾兵を蹴飛ばしながら、黄巾軍の連携を分断する様に戦場を走り抜けていく。その後ろを黄巾兵が執拗に追いかけてくるものだから、既に黄巾軍の連携が悲惨極まりない状態になっていた。
「逃がすなー! 追えー!」
追ってくる、なんかひたすら追ってくる。てか、お前ら少しは周りを見ろ。
「待てコラー!」
そして前方にも黄巾兵。どうやらとことん、俺と宵闇を標的にしているらしい。まあ、昼間に宵闇のこの色は目立つからな。仕方がないとはいえ、少し面倒になってきた。逃げるにも無傷で抜けるのは難しそうだ。
「ん? なんだ、これ?」
どうしたものかと考えていると、ハンマーの持ち手の部分にボタンみたいな物が付いてるのに気づく。とりあえず爆発するとかそんな風には見えない。この状況を打開する何かが出る事を期待し、思い切ってポチっとそれを押してみた。
ガシャン。そんな音と共にハンマーの柄が二倍近くまで伸びる。どうやらハンマーのリーチ不足が改善されたっぽい。長い柄に鎚頭のついたその姿に、なぜか通販の万能モップを思い出した。
一斉に飛び掛かってくる黄巾兵達に向け、無造作にロングハンマーを一振り。馬上から脅威の大質量攻撃、加えてリーチは槍に迫る。宵闇を中心に右半径の敵が根こそぎ吹っ飛んだ。長さが増したおかげでハンマーが対軍兵器化したようだ。
「まさに、鬼に金棒、凌統にハンマー!」
訳のわからないことわざを叫びながら、破壊の鉄槌を振り回す。さながら地獄で見たような、死屍累々の光景が広がり出した。
◇ ◇ ◇
~関羽~
謎の掛け声と共に空から降ってきた謎の男。その男が今、私たちの目の前で黄巾党を紙くずの様に吹き飛ばしている。
「ほわ~、あの人凄いね。愛紗ちゃん」
「ですが、あれは蛮勇というものです。同じ武を極めんとする私としては、称賛しかねます」
そう、あれは勇気などではない。ただの蛮勇だ。しかし、それを正当化するほどの武をあの男が持っているのもまた事実。
「ねぇご主人様。どうにかして、あの人に協力してもらえないかなぁ」
「う~ん、どうだろう。こればっかりは、話してみないと分からないなぁ」
桃香様とご主人様の言う通りだ。確かにあの武が私たちの軍に加われば、これから先の困難も乗り越えることができるやもしれない。
しかし、それはあの男と話さない事にはどうしようもない。
「ご主人様、黄巾党の前線が崩れました!」
「ん、報告ありがとう朱里」
「では、ご主人様。私は黄巾党に止めを刺しに行ってまいります」
「分かった。気をつけて」
とりあえず、今は目先の事に集中するとしよう。あの男の事はそれからだ。
◇ ◇ ◇
「だっしゃあー!」
ハンマーを振り始めてしばらく、ようやく黄巾党たちの勢いが弱くなってきた。正直これだけ暴れれば大人しく引くかと思っていが、思いのほか根性はあるらしい。それとも自暴自棄になってるだけか?
「こ、こいつ、化け物だ!」
一人の黄巾兵が俺を見て叫ぶ。失礼な奴だ。俺は地獄帰りなだけで決して化け物ではない。ついでに肉体もあるから化けてるわけでもない。
「こんなやつに勝てるわけねぇ。退却、退却だ!」
どうやらようやく退却に踏み切ったらしい。けど、あれだけ派手に暴れておいて逃げるってのはどうかと思う。これはちょっと、キツイお灸をすえてやらんといかんかな?
「行くぞ宵闇!」
気合十分の宵闇が任せろと言わんばかりに追撃を掛ける。俺の大殲滅ハンマーと宵闇の異次元ポテンシャルタックルのユニゾンだ。まさに、戦略的対軍兵器張りの攻撃力。チート人馬の組み合わせは伊達じゃない。
「そこのけそこのけ、凌公績と宵闇様のお通りだ!」
黄巾党をはね飛ばしながら突き進む。退却する黄巾軍を追い抜き、ほどなくして渓谷の入り口、黄巾党たちの有一の退却路に辿りつく。
「ここを通りたければ、俺の屍を越えて行け!」
ハンマーをドンッと地面に叩きつけて宣言する。既にほぼ戦意喪失状態だった黄巾党たちは、俺の一言に皆武器を下ろして投降した。投降した敵を討つ心算は俺には無い。なによりこれで無駄な犠牲を出さずに済む。
降参した黄巾党たちを、義勇軍の兵士たちが拘束していく。よし、今のうちに俺はここからオサラバだ。面倒に巻き込まれるのは御免――。
「待て、そこのお前」
背後から聞こえてきた静止の声に、俺の心臓が跳ね上がる。お前って、俺の事だろうか? いや、そんなはずない。きっと空耳だ。
「聞こえなかったのか。黒い馬に乗ったそこのお前だ」
宵闇を含めての指名である。残念ながら黒い馬はこの場に宵闇しかいなかった。
「え~と、何でしょうか?」
声のする方に恐る恐る振り返る。そこにいたのは長い黒髪の女性。手に持つ青龍偃月刀は、賊を斬ったばかりなのか鮮血に濡れて赤く光っている。傍から見ればミスマッチだが、正面から見据える俺からはおっかなすぎる光景にしか見えなかった。しかも相手が、
「関羽……」
「ん? 私の事を知っているのか?」
そう、蜀の武神たる関羽である。助太刀して立ち去るつもりが、まさかのメイン級ヒロインと邂逅することになるとは思わなんだ
「まあ、噂程度に……」
とりあえず、知っている事を曖昧に誤魔化す。関羽もそこまで深く追求するつもりは無い様だ。
「そうか。それよりも、我らの主がお前に会いたがっている」
主ってことは、北郷一刀だろうか? それとも劉備か。どちらにしろ、これは良い機会だ。これでこの世界が真なのか無印なのかが把握できる。それに一体どんな用なのかも気になるし。
たぶん、暴れたことに対する抗議……ではないと思う。一応、助太刀に回った訳だし。フレンドリーファイアも、たぶんやってない。
「どうした、早く付いて来い」
考え込んでいた俺に関羽が声を掛けてくる。それに頷き、俺は関羽の後ろをついていく。恋姫キャラに会いたいと思ってたけど、まさかここにきて蜀勢か。何にせよ、油断だけはしない方が良いだろう。
道中、宵闇が元気出せみたいな感じで慰めてくれたので、俺は心配するなと気持ちを込めて宵闇を撫でた。元はと言えば宵闇のせいなのだが、そこは深くツッコマないことにした。