第三話 生きる覚悟、決めました
悪魔に現世に落とされて早数日。
転生した先が恋姫の世界だった事には驚いた俺だったが、そこは地獄で身に付けた適応力で即座に対応。混乱する事も無く、無事に現状を把握できた。
まあ、正直初日はかなり焦ったが。
そんなわけで、甘寧さんに助けられた俺は絶賛セカンドライフを満喫中。働かざる者食うべからずの精神で甲板掃除を手伝っているわけである。
「おい! サボってないでしっかり働け!」
「はい!」
一応覚悟はしていたが、やはりというか水兵の皆さんは厳しい。でもただ飯食う訳にはいかないし、ただでさえ次の港まで運んでくれる約束を甘寧さんはしてくれたし。ここで何もしないわけにはいかないというもの。
「うおりゃあーー!!」
叫びながら甲板の上をぞうきんがけダッシュ。端から端まで十秒くらいだが、なにぶん甲板の上は結構な広さがある。たぶん全部拭き終わるのに50往復くらいは掛かりそうだ。
「……なかなかに速いな」
「ぐほえっ!」
後ろから聞こえてきたクールボイスに驚いて見事に転倒、船の端まで滑って止まる。全く、変な声が出ちまったよ。
「甘寧さん、どうしたんですか?」
「用は無い。続けろ」
だったら呼ばないで下さいと言いたい。てっきり船から放り出されるかと思った。
「それでは……すぅ、だっしゃーー!!」
甲板の上をそうきんがけダッシュ。さっきよりも三割減で徐行運転中。また転ぶの嫌だし。
「甘寧様!」
水兵の一人が甘寧さんの所にやってきて何か耳打ちをしている。何だろう、嫌な予感しかしない。
「……わかった」
甘寧さんの表情が固い。どうやら予想通り、良くない事が起こったらしい。
「凌統」
「はい」
平静を保ってみたが、少し声が裏返った。テンぱるな俺、落ち着け。向こうでも散々な目にあったんだ、これくらいは余裕だろう。
「この先に賊らしき奴らの船団が展開している。死にたくなければ船室にこもってろ」
「はい、わかりました……って、ええ!?」
どうやら本気で非常事態らしい。今からレッツ戦闘、流石に驚いてしまう。
「わかったら早くしろ」
それだけ言うと踵を返して言ってしまう甘寧さん。仕方がない、戦闘力はあっても、俺は連携だとかそういう規律だった行動に慣れてない。狭い甲板上なら尚更それは必要になる。正直、俺は邪魔になるだけだろう。いや、最悪フレンドリーファイアもやりかねない。大人しく船室に戻ろう。
どんよりオーラ全開で船室への道を行く。途中沢山の水兵と武器庫らしき場所を見かけたけど、俺のハンマーはあそこだろうか?
そんな事を考えながら、俺は目を覚ました船室へと戻った。
◇ ◇ ◇
~甘寧~
「甘寧様、敵船団を捉えました。どうやら、最近この辺りに出没していた奴らの様です」
水兵の報告を聞きながら私は長江を見つめる。その先には、我が水軍を通さぬとばかりに船団が展開している。
「全軍、戦闘準備だ。いいか、塩一粒たりとも、奴らには渡すな」
「「「応!」」」
水兵全員が各々武器を持ち配置につく。
「呉の戦士たちよ。我らが呉の財産、命をかけて守り抜け!」
「「「応!」」」
「我らに仇なす賊共を、叩き潰せ!」
「「「おぉーー!!」」」
この甘興覇に立て付いた事、その命をもって償ってもらうとしよう。敵船団が目前に迫る。直後、強い揺れと共に船体同士がぶつかった。それに伴い、賊共が雄叫びを上げ乗り込んでくる。
「いいか野郎共! この船に乗ってる積み荷、一つ残らず奪い尽くせ! 水兵共は皆殺し――」
大声で叫ぶ賊の首を一閃し、黙らせる。ゴトリと音を立て賊の首が落ちる。
「鈴の音は……黄泉路を誘う道標と思え!」
己の使命を果たすため、私は先頭切って賊の集団へと斬りこんだ。
◇ ◇ ◇
ただ今好評ひっきー中の俺。さっきから上で凄い音がしているが、たぶん戦闘が始まったんだろう。轟音と共に船が揺れる。今ので二回目だ、上は一体どうなってるのだろうか。俺が丹精込めて磨き上げた甲板、今頃は真っ赤なのかなぁ……。
ちょっと泣きたい気分になる。
甘寧さんと水兵たちは賊と戦っているんだろうけど、戦況的にはどうなんだろうか。助けに行きたいけど、でも甘寧さんにひっきーしてろって言われたし、それに甘寧さんを助けるってことは賊を殺すってことだ。
人を殺すこと、それ自体を行う事は生前とは身も心も変わってしまった今の俺にはさほど問題は無いと思う。けれど、罪悪感までも失った訳ではない。地獄でさんざん経験済みだが、人を殺すと言う事のそれは、きっと俺の心に傷を与えるだろう。
地獄ではある意味、環境が環境だけに訓練と割り切る事が出来た。しかし俺が今いるここは、生きとし生けるものが形はどうあれ生を謳歌する世界。死の持つ意味があの世とはまるで違う。そう思うと、やはり殺すと言う事にためらいを覚える。
「ぐはぁ!」
船室でそんな思考にふけっていると、ドスンと言う音と共に船室の扉が吹き飛び、水兵が血を流しながら飛び込んできた
「だ、大丈夫か?」
傍により、呻く水兵に声を掛ける。
「積み荷を、積み荷を守らねば……あれは、我らが呉のざい、さ、ん」
ガクリと頭が垂れ、水兵が息絶える。それは、俺が甲板掃除をしている時、傍で見ていてくれた兵だった。
「おい!」
しかし、水兵は俺の声には答えない。一つの命が、今俺の目の前で散った。
「……」
悔しさに、無言で力任せに床を殴りつける。鍛えられた俺の拳は船室の床を容易く打ち砕いた。
「探せ! 船室のどこかに積み荷があるはずだ!」
外から野太い男の声が聞こえてくる。恐らくはこの水兵を殺した賊であろう男が、部下を引き連れ船室へと入ってきた。
その瞬間、心に決める。これ以上こいつらの好き勝手にはさせない。俺は自分が砕いた床を見つめる。俺の体は、常人のそれを逸している。それは俺が地獄でひたすら鍛え抜いたからだ。そしてそれは何のために得た力だ、次の世界で生きるためだろうが。
ならば、今がその時ではないのか? いきなりのハプニングで川に落ちた俺を引き上げてくれたこの船の人たちは、いわば俺の命の恩人だ。恩人たちが死の危機にさらされている今、俺はここでひっきーをしていていいのか?
断じて、否だ!!
「おい、ちょっと待て」
「あぁ? 何だお前? 俺様に喧嘩売るって――」
「ふん!」
鈍い音と共に男の首が吹き飛ぶ。あのハンマーを持つ俺の怪力だ。まともに食らって生きている奴はいないだろう。
「皮肉なことだけど、アンタ達のおかげで決心が付いた。俺は、この世界で〝生きる〟」
そのために、俺はこの手を血に染めよう。俺は武器庫を目指して走り出す。途中何人もの賊を見かけたが、俺はその全員を殴り飛ばして突き進む。
「ここか」
幾人もの水兵と賊の死体を乗り越えたどり着いた武器庫は、やはり死人の血で真っ赤に塗れていた。常人なら吐き気を催す所だろうが、俺は平気だ。こんなもの、地獄の光景に比べれば屁でもない。
俺は武器庫の扉を開ける。そこには、蒼黒く輝く俺のハンマーが安置されていた。
「……」
無言でハンマーを手に取る。重いが、しかしハンマーの重さでは無い。これは、これから俺が背負うであろう命を奪うという事実の重さだ。
「上等だぁー!」
俺はハンマーを思いっきり振り上げ肩に担ぐ。目指すは甲板。俺は甲板への道を可能な限りの速さで走った。
◇ ◇ ◇
~甘寧~
予想外だった。まさか、たかが地方の賊がこれほどの兵力を有しているとは。我が軍の水兵は優秀だ。しかし、数の暴力にはどうしても勝てない。
「引くな! 押し返せ!」
「「「応!」」」
私の言葉に水兵たちが声を張り上げ答えるが、状況は芳しくない。徐々に水兵たちが押され始めている。
「ちぃ!」
このままでは、積み荷を守るどころか全滅してしまう。そう、思った時だった。
「うぉらあぁぁぁぁぁ!!」
聞き覚えのある男の声と共に、船室の入り口周辺の敵兵が空へと吹き飛んだ。
◇ ◇ ◇
俺の頭上を、数人の賊達が飛んでゆく。試運転にと六割程度の力でハンマーをフルスイングしたら、大した手ごたえもなしにホームランを叩きだしてしまった。とりあえず、フレンドリーファイアだけには注意しようと改めて心に誓っておく。
先に続き、同時に襲いかかってきた賊をハンマーでかちあげて吹き飛ばした後、目に付く賊を片っ端から殴り飛ばしながら甘寧さんを探す。
一応、戦うにしても甘寧には了解をとっておいたほうが良いだろう。
「甘寧さん! どこですか!?」
「死ねぇぇー!」
お決まりなセリフを吐きながら突っ込んでくる賊。
「邪魔!」
迷うことなく吹き飛ばし、俺は進む。すると、他とは違い明らかに賊が集中している所があった。
「あそこか!」
俺は乱戦の中をひたすらに駆け抜ける。目指すは甘寧さんだ。賊の集団の一部を今度は八割フルスイングによって木っ端の様に吹き飛ばし、中心の甘寧さんの姿を捉える。するとこちらに気づいた甘寧さんが大きく目を見開いた。
「無事ですか、甘寧さん」
「貴様、どうしてここに居る!」
クールな顔をしてのマジギレ甘寧さん。足手纏いがどうしてと言った心境なんだろうけど、生憎と手足に纏わりつかなきゃいけない様な、ぬるい鍛え方はしてない。
「話は後です。今はこの状況を打開するのが先でしょう」
「しかし、どう打開する!」
打開策か……打開打開、いやもういっそ、破壊でいくか?
「破壊策で行きましょう」
「は、破壊策?」
そうと決まればすぐ行動、善は急げだ。
「どこへ行く!?」
「ちょっくら賊の船をぶっ壊してきます!」
声を荒げる甘寧さんを背に、賊の船へと走る。ほどなくして、賊がなだれ込んでくる場所へと辿り着く。随分と大型の船だ、今襲ってきている賊はかなり大きな規模の賊なんだろう。
「だ、誰だお前!」
「通りすがりの凌統だ!」
叫びながらジャンプで賊の頭上を飛び越し、メインマストの生える船の中央へと直進する。邪魔する賊をぶっ飛ばしてから、高々とハンマーを振り上げると、俺はメインマストの根元に目掛けて思いっきりハンマーを振り下ろした。
「一つ殴っては甘寧さんのため!」
船体中央を俺の怪力で破壊され、真っ二つに亀裂が走った船は瞬く間に沈んでいく。
「二つ殴っては水兵さんのため!!」
沈みゆく船を後に、隣接する敵船にも鉄鎚の一撃を振り下ろす。
「三つ殴っては――」
後はもう、ひたすら殴っては鎮めるの作業だ。一撃離脱による敵船強襲により、賊の船団のほとんどが壊滅状態に陥る。優先して呉の船団に取りついていた賊の船を片っ端から沈めたためか、船団内に残っていた賊たちがうろたえ始める。
「今だ! 賊を根絶やしにせよ!」
甘寧さんの号令が響き、水兵たちが勢いを増す。増援を失った賊たちはなす術無く斬られていった。
「残るは敵本船のみだ! 叩き潰せ!」
甘寧さんはどうやら完璧に賊たちを殲滅するご様子。だったら、手伝わないわけにはいかない。
「甘寧さん、手伝います」
「いらん。これは私の仕事だ」
「……分かりました。なら、代わりこの船を守る事にします」
「勝手にしろ」
ぶっきらぼうに言い放ち、甘寧さんは部下達を連れて小型の高速船へと乗り込む。離脱を図る敵本船だが、いかんせん大型ゆえに動きが遅い。あっという間に追撃に出たこちら側の艦隊に追いつかれる。
ほどなくして、先を進んでいた敵本船から勝利の雄叫びが聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
「……」
賊との交戦も集結し、静けさを取り戻した甲板上。そこで俺は今、状態異常〝氷結〟になって動けないでいた。
敵本船を鹵獲し帰ってきた甘寧さんは、その後すぐに水兵たちを集めて俺を取り囲んだ。囲まれた俺はと言えば、それはもうビビりまくりである。甘寧さんの目に射抜かれるや否や、ハンマー離して手を上げてしまった。
ハンマーが落ちたせいで船体がへこんだのは許して欲しい。
「凌統」
「はいぃぃ!」
甘寧さんの声は氷点下だ。返事をする声が思いっきり裏返る。
「貴様……何者だ?」
「凌統、字は公積! ちなみに独身です!」
加えるならば、地獄から来た凌統です。
「聞き方が悪かったか。貴様、どこでその武を習った」
「地獄――のような場所です!」
素で地獄と言いそうになったのを慌てて誤魔化す。とは言え、深く追及はされないだろう。と言うか本当に地獄で鍛錬を積んできたなんて、信じる人がいるわけがない。
「そうか、答える気は無いか」
「と言われても、本当にそうとしか……」
困った顔をして俺は応える。俺を見下ろす甘寧さんはじっと俺の事を睨んでいたが、しばらくしてふっと小さくため息を吐いた。
「まあいい。貴様に助けられたのは事実だ。深くは追求しない」
甘寧さんはそれだけ言うと水兵たちを下がらせる。これって助かったと思っていいのだろうか?
「だが、貴様には次の港で降りてもらう」
「あ、はい」
まあ、最初からそう言う約束だった。けど、それを殊更強調して改めて告げたのはなぜだろうか。
「それから……一応、礼を言う」
「いえ、甘寧さんたちは命の恩人ですから」
「ならこれで貸し借りは無しか」
「はい」
俺としては恩を着せるつもりなどさらさら無かったのだが、どうやら甘寧さんはその辺りの事を気にする人らしい。本当に真面目な人だ。
「港までは後半刻と言ったところだ。それまでは休むといい」
「分かりました。ありがとうございます」
正直な所、周囲に気をつけながら力をセーブして戦ったりと、慣れない事をして心も体も疲労している。ここは甘寧さんの言葉に甘えさせてもらおう。俺は甘寧さんに一礼すると、船室に戻って横になった。
◇ ◇ ◇
~甘寧~
「甘寧様……」
水兵の一人が私に話しかけてくる。内容は分かっている、凌統の事だろう。私もまさか、あの男があれほどの武を持っているとは思わなかった。
鉄鎚を持っていることから力で押す戦い方をするのは分かっていたが、あれはどう見ても規格外だ。力押しなどという言葉では表しきれない、まさに破壊による蹂躙。
だがしかしだ。なぜあれほどの男が今の今まで噂にすらならなかったのか。そもそもなぜ長江で気絶して浮かんでいたのか。誰かに襲われてがけから川に転落したのか? いや、たかだが賊に後れを取るようには思えない。現に多数の賊を軽く相手取っていたではないか。本当に、一体、奴は何者なのか……。
同時に、あの男が呉に来てくれれば、呉の目指すものにグッと近づけるのではないかと思う。だが奴の素性は全く分からない。そんな男を、蓮華様の下にお連れするわけにもいかない。
やはりここは、早々に縁を切るのが吉だろう。
しかし私は、近い将来奴が我らの下に来るのではないかと、そう感じた。
◇ ◇ ◇
甘寧さんのお言葉に甘え船内で爆睡すること半刻。予定通り付いた小さな港町で、俺は船から降りることになった。セカンドライフ初、踏んだ大地の土は、雨後のなかなか踏みごたえのある泥だった……。
「甘寧さん、ここまで運んでくださってありがとうございました」
何故か見送りに来てくれた甘寧さんに向かって頭を下げてお礼。ホント、命まで助けてもらってなんとお礼をしたらいいのか。一応、賊の一件でチャラとは言われたが。
「礼はいい。それから、少ないがこれを持って行け」
甘寧さんはそう言うと、革袋を一つ放ってくる。中からはジャラジャラとした音が聞こえるから、たぶん中身はお金。
「甲板掃除と、賊討伐の給金だ」
「何から何まで、すいません」
甘寧さんはホントいい人だ。もしここで無一文で放り出されたら俺、道中で餓死ってたかもしれない。
「本当にありがとうございました。縁があったら、またどこかでお会いしましょう」
「……ああ」
甘寧さんは一言そう答えると、踵を返して船へと戻って行く。何だかんだで賊に襲われ、再び命を危機にさらされたこの日。俺はこの世界で〝生きる〟覚悟をした。