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06.エクスプロージョン・ボーイ

 きらきら、きらきら。

 砕けた色ガラスが夢のように輝く。

 割れた窓からは旋風が吹き込み、空中を浮遊するガラスの破片を巻き上げられて室内をかき乱した。

 その光景を魔王の肩越しに呆気にとられて見ていたわたしの耳元で、


「危ないよ……目を閉じて」


 魔王が静かだが有無を言わせぬ口調で囁いた。

 たしかに、宙を漂うガラスの破片が目に入ったら大変だ。わたしは彼の言葉に従うことにした。


 次第に吹き荒れる風の力が弱まっていく。それにともなって、ガラスの破片が絨毯の上に落ちる音が次々に聞こえた。

 そろそろ大丈夫だろうと判断し、わたしは目を開く。

 目の前で、腕の拘束を解いた魔王がやんわりと微笑んでいる。

 彼の背後に視線を移すと、破壊された窓から飛び込んできた人影がひとつ宙に浮いていた。

 剣に手をかけた私の前で、それは、重力を感じさせない動きでふわりと地面に着地する。


 乱入者は、小柄な少年だった。

 綿菓子のようなストロベリーブロンドに、華奢な体躯、そして曇りひとつない白い肌。

 まんまるの鳶色の双眸が星のように瞬いている。

 この人もまた美しい。

 しかし彼は魔王と違って、体中から怒りをたちのぼらせていた。


 足音が響いて、少年が近づいてくる。

 一歩、また一歩。

 その度に魔王の肩が小さく震える。心なしか顔色は悪く、わずかに歪んだ顔からは恐怖の感情がうかがえる。きっと、どすどすと乱暴な足さばきでこちらへやってくる少年が恐ろしいのだろう。

 わたしは魔王に小声で尋ねた。


「いったいどうなってるんです?」

「追われているんだ。捕まったら恐ろしい目にあう」

「敵襲ですか……!」


 敵の敵は味方の皮をかぶった敵。

 早々に排除するに越したことはない。 あとあと獲物まおうの取り合いになったら大変だ。

 そんな思考の末に剣を抜こうとしたわたしを、魔王はあわてて止めた。


「いや、違うんだ。敵ではない」

「追われているのでは?」

「そうなんだけど、でも……」


 わたしは眉をひそめた。

 敵じゃないのに追われてるって、どういうことなんだろう。わたしのほかに勇者でもいるのか、それとも内乱なのか。

 ああでもないこうでもないと考えているうちに、すぐそこまで近づいてきていた少年が吠えた。


「おい! なにをごちゃごちゃ言っている!」


 凛と響く、鈴の音のような声。

 その声色からは、ふつふつと煮えたぎる怒りが感じられる。

 思わず身体を震わせたが、怒りの矛先はわたしではないらしい。


「お前というやつはこんなところで何をやっているんだ。仕事はどうした? またサボりか? いいか、お前がさぼった分の仕事は僕やルキウスに回ってくるんだ。お陰で毎日てんてこまいの修羅場続きなんだぞ僕たちは! こっちの苦労も知らないで、あっちにふらふらそっちにふらふら……いい加減にしろ!!」

「…………」

「なにか言ったらどうだ! それとも図星か? 返す言葉もないのか!?」


 魔王はうつむいて、ちいさくうなずいた。

 図星なのか。この人、仕事をさぼっていたのか。道理で、追いかけられていたわけだ。

 一国の王ともあろうお方がなんと情けない。

 わたしは冷ややかな視線を魔王に注ぐと、彼は弁解するように言った。


「いやいや、我、ちゃんと仕事しているからね!」

「仕事? はっ、この状況のどこが仕事だ? ナンパの間違いじゃないのか?」

「いやいや。接待も魔王の大事な仕事のひとつだよ、サティ」

「はあァ? 接待? その女をか?」


 サティと呼ばれた少年が、わたしを一瞥して目を瞠る。

 いつからそこにいたんだ、と視線が語っていた。


「……誰だそいつは」

「クリスタルハーゲンの勇者さん」

「は? 勇者?」


 サティさんがわたしをまじまじと見つめる。

 そして、驚いたように一言。


「このちんちくりんがか?」


 視線の先にはもちろんわたしがいる。ちんちくりん呼ばわりされたわけだ。

 そりゃあ、身長が高いわけではないけれど。むしろ小さいほうで、顔も幼いから、よくちびっこ扱いされたけれど。それでもしかし、初対面のレディにいきなり「ちんちくりん」はないだろう。

 サティさんは今この瞬間をもって、わたしの脳内に存在する失礼な人リストに追加された。


「…………」

「…………」

「わあ、怖いね。火花が飛び散る、ってこういうことを言うんだ」


 無言でにらみ合うわたしとサティさん。

 魔王の言う通り、まさに一触即発と言った空気がわたしたちの間に流れていた。

 ――――こいつ、合わない。絶対、合わない。

 わたしの勘がそう告げていた。サティさんは絶対にそりの合わないタイプだ。


「まあまあ、落ちついて。どうどう」

「お前はッ! 口を出す暇があるなら仕事をしろ!!」

「う……」


 間に入って仲を取り持とうとする魔王と、怒りの矛先を再び魔王へと定めたサティさん。

 後者はまさに怒髪天を衝くといった様相で、文字通り髪が逆立っている。彼の周りに風の流れができているから、きっとその影響なのだろう。


「そもそも、だ。こんな散らかった部屋で客をもてなすとはどういうことだ? やる気がないのか?」

「いや、部屋が汚いのはサティのせいだと……」

「うるさい! そもそもお前というやつは、どうして勇者をもてなそう何ぞ思うんだっ! 魔王と勇者といえば、はち合わせた瞬間に殺し合いを始めるのが普通だろう!?」


 どうやら、魔王と勇者=戦闘の方程式は魔国ここでも成り立つみたいだ。

 聡明そうなメイド長さんも、どこか不抜けた魔王も、「戦い? なにそれ??」を地でいく雰囲気だったので、じわじわ不安になっていたけれど、その想いは丸めてポイしても大丈夫そうなので安心した。

 しかし、ほっと息をつくわたしとは裏腹に、魔王はどこか不満気だ。


「わ、我は、固定概念を壊そうと思っただけで……」

「なぜお前はそんなことにばかり意欲を燃やすんだド阿呆がーッ!!」


 怒号が空気を震わせる。

 サティさんの顔は真っ赤。目を見開き、唇はわなないている。これは相当お怒りのご様子だ。

 魔王はこの状況にどう収拾をつけるつもりなんだろう。そう思い魔王に視線をやれば、いつの間にか絨毯の上に正座をしていた彼は、サティさんの怒りなどどこ吹く風で、なんと笑みさえ浮かべていた。


「古いよ、サティ」

「は?」

「考えが古い上にかちこちだよ。恐怖による支配は数代前にブームが去ったんだって」

「……お前」


 心底不快そうに顔をゆがめる。

 その瞬間、体感温度が零下まで一気に急降下した錯覚がわたしを襲った。

 なんかやばいのでは……と思った次の瞬間、予感は確信に変わる。


 サティさんの足元に、大きな魔法陣が展開されたのだ。


「仕事をしろーッ!!」


 その雄叫びとともに、謁見の間が爆発した。

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