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05.らしくない人

 昼下がりのいっとう柔らかな陽光を思わせる金髪。雪の肌に、弧を描く薄いくちびる。瞳は空を切り取ったかのような澄んだ青。

 しなやかに伸びた身体の線は細いが、不思議と弱々しさは感じられない。

 完璧な美。

 そう断言して差し支えない中性的な容姿は、まるで神自ら創り上げた至高の芸術。

 窓から降り注ぐ七色のきらめきを一身に受けて微笑むさまは、聖画イコンに描かれる天使そのものだというのに――……


「あなたが……、魔王?」


 魔王は冷酷無慈悲で残忍と悪名高い。

 “立てば惨劇、座れば破滅、王が歩けば世界の終わり”なんて言葉もあるほどだ。

 しかし、目の前に無邪気な笑みをたたえて立つ彼と、有名な魔王のイメージは、どうしても結びつかない。

 からかわれているのか、神様の盛大なるミステイクなのか。


「――やっぱり、魔王には見えない?」


 わたしが無遠慮に感情を顔に出していたからだろうか。

 魔王(暫定)が悲嘆に満ちた声をもらした。

 薄暗い雰囲気を醸し出し、肩をおとして、視線は遠く彼方を見る。なかなか哀愁漂う姿だ。

 この一瞬のうちに、なにがそんなに彼を変貌せしめたというのだ。

 

「よく言われるんだ……。ちっとも魔王らしくないですね、って。これでも頑張って魔王らしくふるまっているつもりなのに。もっと威圧感を、とか、人を射殺しそうな視線を、とか言われるんだけど、我、そういうのガラじゃないし……」

「は、はあ……」


 自己紹介もしないうちに愚痴語りが始まった。なんという展開の速さだ。

 わたしと彼を取り巻く空気は重苦しく、果てしなく暗い。正しくは、魔王のほうが一方的にじめじめと湿っぽい空気を醸し出しているだけなのだけど。


「…………」

「…………」


 そして訪れる無言。

 き、気まずい……。

 沈黙に耐えかねて、わたしが視線を彼方へとそらしたときだった。


「あ、やばっ!」


 弾かれたように顔を上げた魔王が、色ガラスの窓を凝視する。

 わたしも反射的にそちらを見上げる。美しいガラス窓の真ん中に、黒い影が落ちていた。それは急速に大きくなっていく。つまり、こちらに近づいてきているというわけだ。


「ごめん、ちょっと失礼」


 剣に手を伸ばしたわたしに声がかかる。相手はもちろん魔王だ。

 なにが「失礼」なのかと思っていると、彼は両腕を広げ、わたしに倒れかかってきた。――否、倒れるかのように見えた身体はたしかにわたしを抱きしめる。壊れ物に触れるように優しく、しかししっかりと。

 彼からはかすかに甘い匂いがした。


「えっ、あのっ、ちょっと!」

「うん、ごめんね。もうちょっとだけこうさせて」


 頭が真っ白になって、心臓が狂ったように早鐘を打つ。

 家族ではない人に抱きしめられるなんて久しぶりだ。それも異性となればなおさらのこと。

 いったいどういう状況なんだ、これは。

 攻撃を封じられているの? 新手の妨害?

 混乱は尽きない。

 しかし、なにはともあれ、この状況下において言うべきことはただ一つ。


「離せこの変態っ!!」


 わたしが全身全霊の力をもって彼の拘束から逃れようとした瞬間。

 ガラスの砕ける音が部屋いっぱいに響いた。


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