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03.お出迎えと小宇宙

 完全に開かれた扉の先は真っ暗で何も見えない。

 大きく口を開いた暗闇を、くちびるを真一文字に引き結んで睨み据える。

 いつお城の中から敵が飛びかかってきてもいいように、手は油断なく腰に下げられた聖剣の柄にかけていた。


 五秒待った。反応はない。

 十秒待った。異常はない。

 一分待った。物音のひとつさえ聞こえない。


「…………」


 そうして、かれこれ五分ほど経ったと思う。

 相変わらず、相手方から動きはない。

 わたしはだんだんと警戒を薄めていき、その代わり、ひどく心配になってきた。

 もしも相手が、何の悪意もなくわたしを出迎えようとしているのかもしれないのだとしたら、何分も扉の前でつっ立っているわたしは無礼者以外の何者でもないということになってしまう。

 もちろん、相手が油断を誘っているという線が濃厚なわけだけど、道中で出会ったもこちゃんみたいな魔獣もいることだし……。


「………………」


 しばし逡巡したのち、わたしは剣の柄から手を離した。

 ぎこちなく一歩、足を踏み出す。そしてまた一歩。

 わたしが至った答えは、こうだ。


(こうなったら、腹をくくって正面突破してやるんだから!!)


 それを人は、開き直りというとかいわないとか。


 とにかくわたしは待っているのが面倒になり、依然びくびくしながらも魔物の総本山たるお城に足を踏み入れたのだった。






 闇一色のように思えたお城の中は、想像に反して明るかった。

 ベースは夜の空みたいな黒なのだけど、いったいどういう仕組みなのか、壁にも床にも天井にも、眩い星たちが撒き散らされているから、太陽の下とはまた違った明るさが広がっているのだ。

 星空に包まれたかのような不思議な感覚がわたしを襲う。平衡感覚が狂わされていると思いながらも、逃げようとすることはおろか、荘厳な光景から目を離すこともできなかった。

 わたしが思わず感嘆のため息を漏らした、その時。


「いらっしゃいませ、勇者さま。魔族一同、心から歓迎申し上げます」


 一糸乱さぬ大合唱が耳に届いた。

 はっとして、星空から意識を切り離す。空から移した視線の先には、たくさんの魔物たちがいた。――いや、正しくは魔物ではないか。

 人の形をとる魔のものは、魔族と呼ばれている。魔物よりもずっと、知に優れている種族だ。生命力がと魔力が強いのがやっかいで、勇者のわたしでさえ魔族を一人倒すのにはかなり手こずらされる。


 そんな個体が、あろうことか数十……いや、百以上、わたしの目の前に整列して頭を下げている。

 左右二列に分かれていて、右は丈の長いメイド服を着た魔族女性、左は燕尾服を着た魔族男性が並んでいた。

 格好から察するに、彼らはこの城の使用人なのだろう。ということは、魔王ほど力は強くないはずだけど……これほどの数を相手にするのは、自殺行為に等しい。さすがのわたしも死んでしまうはずだ。

 一筋の冷や汗が頬を伝った。

 恐怖と驚愕に縛られ、わたしは直立不動の体勢で立ちつくす。

 そんなとき、一人の魔物が列から外れ、呆然とするわたしの前に立った。


 うつくしい魔族だ。

 顔は小さく、肌は白い。鼻筋がすっと通っていて、サファイアの瞳が印象的な目もとは涼しげだ。

 森を思わせる深い緑の髪は、隙なくきっちりと編みこまれ、金色のバレッタでとめられている。

 その凛とした佇まいは上に立つ者の品格さえ漂わせているが、纏う雰囲気とは裏腹に、彼女の身体をつつんでいるのはメイド服だ。


「遠路遥々ようこそお越し下さいました。わたくし、女官長のアリア・ガレストと申します」

「お迎えありがとう。アリアさん、どうか楽になさって。……みなさんも」


 頭を下げられるというのは居心地が悪い。相手が敵となればなおさらのこと。

 わたしの言葉に素直に従い顔を上げてくれたアリアさんは、わたしの顔をまじまじと見つめ、微笑んだ。

 わたし、なにかおかしなことをしただろうか?

 それとも、顔に何かついてる? 変??

 すこし心配になる。

 でも、まさか「わたし、変ですか?」なんて聞けるわけがないから、とりあえずにっこり微笑み返しておく。


「勇者さま。謁見の間にて我が主がお待ちでございます。お疲れのところ大変申し訳ありませんが、少しお時間をいただきたいのです」

「構いませんが……」


 少しお時間をいただくもなにも、わたしは魔王に会うためにここへやってきたのだ。

 こんなに簡単に会えるとは拍子抜けも甚だしいけれど、楽をできるに越したことはない。

 しかし。


「わたし、勇者なのですが……」

「存じておりますわ」

「……け、決闘のですか?」

「そのようなことは決してございません」


 アリアさんの態度といい、発言といい、魔王はいったい何を考えているんだか。

 わたしは勇者だ!!! と声を大にして叫びたい。

 魔王の命を奪いにやってきたというのにこの丁寧すぎる対応……舐められているのか、それとも油断を誘っているのか。

 どちらにせよ恐ろしい。


「――さっそくですが、ご案内致しますわ」


 アリアさんが腕を前に伸ばす。同時に、彼女の周りに魔力が集まりだした。

 桜色の唇が開かれて、こぼれ出る朗々たる旋律が空気を振るわせる。

 きっと、魔物たちの言語なのだろう。わたしには意味がさっぱり分からないけれど、紡がれるそれは不思議な響きを伴ってわたしの耳朶を打った。

 アリアさんの声に呼応して、わたしの足下に光の紋様が浮かび上がる。文字や形に多少の違いはあれど、それから放たれる魔力から、魔法の発動に必要な陣だということが分かった。それもたぶん、攻撃の魔法ではなく、なにか別の性質を持つ魔法だ。

 ちなみに、やはりというべきか、わたしの不干渉魔術キャンセリングはまたしても破られていた。


「あの、これって……」


 答えを求めてアリアさんを見やるも、あっさりスルーされた。

 にこにこ笑顔は、無言のうちに「聞いてくれるな」と圧力をかけてくる。なんて身勝手だ!

 あのきれいな額にデコピンしたいという衝動が湧き上がるが、実行に移すことはできない。

 どうやらわたしは不干渉魔法を破られただけではなく、束縛魔法をかけられているようで、身体がピクリともしないのだ。

 自力では魔法を解除できないわたしは、顔を真っ青にしてアリアさんを見つめるが、


「では、いってらっしゃいませ」


 やわらかく笑いながら、手を振られた。

 え、と声をもらしたときにはもう遅くて、視界が一瞬にして眩い魔力の光に染め上げられる。

 溢れる光の洪水に耐えきれず、わたしはとっさに目を瞑った。しかし、閉じた瞼の裏までもが明るい。

 目が焼けてしまいそうだ。

・一階層「迎えの間」

 一階まるごとエントランスホール。

 別名を「第一魔法制御迎撃空間」「血濡れの間」。

 しばしば、敵(と認識された個体)を殲滅するために使われる。

 空間の面積や内装は魔法で変更できる。

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