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02.カルチャーショック

 太陽を背に眩しく輝く、おとぎ話に出てきそうな白亜のお城。

 五芒星を描くように配置されている五つの塔は、真上を見上げたっててっぺんが見えないくらい背が高い。こんな高さのものを、どうやって作ったんだろう。

 遠くから見ると、真っ白な王冠のようにみえたお城は、すぐ近くから見ると大きすぎるホールケーキに、長すぎる蝋燭を五本突き刺したみたいだ。

 城壁はすべらかな白い石でできていて、繊細な紋様がびっしりと刻まれている。たぶん、術式美術の一種なのだと思う。


 術式美術とは術陣の応用で、芸術的に魔法魔法や魔術を発動するための陣を表現する分野だ。

 この場合、城という建築物を丸々ひとつが魔法陣となっていて、任意の状況で高位魔法を発動できるようになっているように見える。

 これほど優美な紋様を刻むのに、いったいどれだけの時間と手間とお金がかかったんだろう。考えるだけで眩暈がする。


(ついに着いてしまった……)


 こここそが魑魅魍魎の巣窟、ラスボスこと魔王のおわすところである。


 わたしは深く息を吐いた。

 やっとはじまりだというのに、この、わたしに纏わりついて離れない疲労感はいったい何だろう。

 この場に魔法使いお手製の回復薬がないことが悔やまれる。魔法使い本人は私情により不在のほうが喜ばしいから、薬だけでいい。

 腐れ縁の魔法使いが調合した薬は、本当によく効く。

 「ヨクキクーン」や「ヨクナルーン」、果ては「栄養ワッショイ」など、薬のネーミングは非常に残念だけど、旅のお供にはかかせない。


 もっとも、今回は「鎧と剣があればなんとかなるだろう」との叔父上(おうさま)のありがたいお言葉のせいで旅支度を整える暇もなく魔法で飛ばされたので、回復薬や路銀、食料は持ち合わせていない。

 文字通り“身ひとつ”でここまでやってきたというわけだ。

 

 叔父上のいじわる!

 敵陣のど真ん中にかよわい少女をひとり放り出すなんて、鬼畜の所業だ。

 勇者といえど、いたるところを魔物が闊歩している国に単身で乗り越むなんて無謀なのに。どう考えたっておかしいのに。


 なんだか怒りが湧いてきた。

 無事生きて国に帰ることができたら、まずはじめに無茶苦茶な計画を立てた叔父上をシメに行こう。褒章をふんだくって、叔父上を泣かせてやろう。

 淑女らしいかわいいドレスや、宝石の散りばめられた装飾品や髪飾り、砂漠を超え海を渡った先にあるという魔法の国にあるというガラスの靴も取り寄せてもらって、めいっぱいおしゃれをしてみたい。


 ワルツハーゲンの勇者は、此れすなわち聖女である。

 いかなるときも清く、凛々しく、強く在れ。


 そう言われて、これまでずっと女の子らしいことができなかったんだから、それくらい許されてもいいはずだ。

 先代勇者の母上だって、勇者の位を返上したあとは、わがまま一杯好き放題の、ゴーイングマイウェイを突っ走っていることだし。


 さて。

 ここまで、魔獣とのエンカウントは約600回だった。うち、戦闘はきっかり0回。魔物にいたっては遭遇すらしていない。

 不戦勝ほど楽なことはないはずなのに、なぜかどっと疲れた。こんなに疲れるならいっそ戦ったほうが楽なのではないかとも思えてくる。

 もちろんそれは精神的なものだけど、戦闘に勝つには精神の安定が必要不可欠だから、たとえ身体の調子が万全であろうとも精神が疲労していては話にならない。


(しっかりしなさい、自分!)


 喝を入れてみたところで、はいそうですかと精神が鎮まることもなく。


(お城に入ったとたん、どんでん返しのように魔獣たちが襲いかかってきたらどうしよう)

(そもそも入っていいの? 一人で入って、大丈夫なの??)


 などなど、不安は尽きることなく湧き出でる。

 しかし、勇者たるものここで怯んではだめなのだ。早く、前に進まなければ。

 びくびくしながら、大きくてどっしりとした金属らしき素材の扉を押す。

 しかし。


「重っ!」


 開かない。

 ならば、と全体重をかけてもまた然り。

 さすがは金属。とてもひとりでは開けそうにない。だからといって、ふたりがかりでも無理だろう。

 ――さて、どうしようか。


(あ!)


 押してダメなら斬ったらいいじゃない。


 「名案だ!」とわたしAが言う。

 しかし、わたしBはすぐさま「だめだ!」と却下した(以上脳内会議)。


 扉の滑らかな指触りと不思議な光沢からすると、この扉はオリハルコンで出来ているはずだ。

 神の恩恵の具現といわれるこの金属は、すごく堅い。

 魔術師のエリート集団である王宮魔導師たちがいっせいに破壊の大魔術をお見舞いしたとしても、魔術的措置で強化を施したオリハルコンならば傷一つつかないといわれているほどだ。わたしが同じことをされたら五回は死ぬだろうに。


 オリハルコンの扉に対し、わたしの愛剣――世間一般では聖剣と呼ばれている“紅百花”は、刃が深淵の鋼(ミスリル)でできている。

 これまた堅い金属で、他の金属に比べて魔術措置を施すのが抜群に適している。

 しかし、ミスリルがいくら堅いとは言っても、神の金属(オリハルコン)には叶わない。

 魔王を斬る前にぽっきり折れちゃいました、なんて洒落にならない事態は避けなければならないし、斬るなんてもってのほかだ。却下却下。


 でもなぜ、神にまつろわぬ民の住処にこんなものがあるのだろう?

 考古学の偉い学者さんには、神の祝福を受けた土地でしか、オリハルコンは物質としての形をとれないと聞いたんだけど……。

 ひどい矛盾を前に、わたしは考えるのをやめた。

 これ以上思考すると、歴史や伝説、果ては神話の黒い部分を明らかにしてしまいそうな気がしたのだ。

 仮に魔王は倒せたとしても、下手に首を突っ込んで教会のお偉方に殺されたのでは目も当てられない。


 ――さて、どうしたものか。

 為す術もなく、困り果てて扉を眺めていると、繊細かつ優美な装飾が施されたたたき金(ノッカー)が目に飛び込んできた。

 たたき金といえば、ノックして訪問者の来訪を知らせるアレである。

 そんな用途があるわけだから、これを叩けば、わたしの来訪に気付いたお城のだれかが扉を開いてくれる可能性が高い。


 これでやっと中に入れる。

 安堵しながらノッカーに伸ばした手は、途中でピタリと止まった。

 なけなしの理性が、運動神経の緊急停止ボタンを押したのだ。

 理性曰く、これを使うのは勇者としてどうなのか。

 敵の数や戦力さえわからないのに、堂々と正面突破でいいのだろうか。


「………」


 逡巡すること十数秒。

 激しいのうない議論の末、わたしはひとつの結論を出した。


(背に腹は変えられないわ!)


 こうなったら勇者の矜持なんて捨ててやる。

 扉が開けられなかったので帰ってきましたなんて言えば、怒りで血走った目をした母上に「身内の恥は身内で雪ぐ!」と殺されてしまうだろうし、そんなことはたとえ死んでも避けたい。あの人はこわいのだ。

 情けないのは重々承知で、わたしは金具をたたいた。


「た、たのもー……!」


 ガッチガチに緊張していたわたしの口は、「落ちついて、冷静に!」と諭す頭の言葉に耳を傾けることもできず、間抜けな声を出した。

 なんだ、「たのもー!」って。もっといい呼びかけなんてごまんとあるだろうに……!


(もうやだ。帰りたい)


 半泣きで空を仰ぎ見る。澄んだ青が目にしみた。

 空はいい。いつだって広くて、いつだってそこに在る。見上げていたら、なんだかもう、魔王退治も魔物もどうでもよくなってきた。

 わたしが魔王退治を放棄しようとしかけた、まさにその時。


『お待たせいたしまました、勇者さま! 今、開きますね』


 突如慌てた様子の声が頭の中でダイレクトに響いた。いわゆる念話だ。

 わたし、自分の身体に不干渉魔術キャンセリングを施しているはずなんだけどなあ。いともたやすく解除されて、精神干渉――つまり、念話を繋がれた――をされてしまった。

 しかも、すでに身バレもしている。

 それはつまり、超スーパーデラックスやばい。

 命の危険がすぐそこまで迫っている。死亡フラグがビンビンだ。


 わたしがガタガタと震えている間に、扉はゆっくりと開いていく。

 ギ、ギギギイィ……と、いかにも重厚そうな音が耳に届き、わたしはいよいよ目の前が暗くなった。

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