魔術師の領分
それは最古の盟約
尽きせぬ光より賜りし旅人の傍らに常に我らの加護がかくありき。
そして約束された旅人は王となった。
*
地・水・火・風
地は水を塞き止め、水は火を消し、火は風を飲み込み、風は地を風化させる
光は闇を照らし闇は光を覆う
闇は必ずしも邪ではなく夜は眠りをもたらし人の心を癒し
光は必ずしも聖ではなく行き過ぎた盲信は人の心を狂わせる
物事を目で見た目で捕らえてしまえはその本質を失い精霊の加護を失う。
だから、絶対に魔法、特に意思のあるもの「精霊」のかかわる物は丁寧に扱わなければならない。
それは2年前からレシェメーラが宮廷魔術師見習いになってから一日に数回は繰り返される講釈であった。
自分は耳にタコが出来るほど聞いていたし、師オルデンも口が酸っぱくなるほどいっていた。
「私が毎日口がすっぱくなるほど言っていたというのに君と言う愚か者は全くもう本当に…。」
ばたばたと城中の寝具やらが所狭しとあちこちに運び出されあっちによせられ、こっちに詰まれている中、宮廷魔術師達に与えられた研究室の石畳の上にシャツの上に萌黄色のフードつきコートをまとった少年が正座していた。裸足で。その膝には辞書やら魔術書やらをうずたかく積まれて。
その少年を見下ろすのは宮廷魔術師の一人であるオルデンである。
赤みの強い紫色の長い髪を三つに結わえ肩からたらし正式な宮廷魔術師の証である国王直々に賜った漆黒の制服をまとい眼下の弟子をねめつけていた。
オルデンはまだ年若いが先の『終末の災禍』の際の生き残りであり、勇者の召還の儀に参加し尚且つ今も国王の信の厚い勤勉な人物だが
「あれほど毎日言っていたことさえ覚えられないのなら、その脳みそいらないよね、死ねば?君のこ汚い髄液に触れるくらいなら死んだほうがましだし、せめてもの慈悲に金槌くらいはかしてあげるけど、あ、この部屋でやらないでね外でやって、あ、それと死ぬときは『このたびの不祥事は自分レシェメーラ・クロワーゼの不徳のいたすところにあり、うるわしにして、すばらしき宮廷魔術師我が師オルデン・ブロワ様には一切の罪はありません』って書き残してから死んでよね。君一人っ子なんだってね、へー君の不手際のせいでクロワーゼ家もおしまいかぁー。あ、分家のワルシャ候に家何もかものっとられておしまいだなんてあっけない最後だったね。」
機嫌の悪いときの口の凶悪さには定評があった。
終末の災禍の際国王であり勇者であったキヨテルがある村(なぜ村なんだぜめて街にしてくれ)に立ち寄った際なぜか『夢魔の王』がおり、それを闇をつかさどる精霊の助力を得て封じたとのことだ。
そのさい闇の精霊は夢魔の王を抱きその『夢魔の王』を封じる器『精霊缶』と姿を変えたという。
かなり高位…四大元素のその更に上位に位置する闇の精霊の助力をかりて、しかも魔術の上でも稀というほかないほど類をみない奇跡の証である『精霊缶』は厳重に保管されており、『精霊の間』と呼ばれるその部屋には宮廷魔術師とその弟子が持つ鍵を用いねば入ることができない。
厳重に魔力が調整されたその小部屋には白い壁に幾重にも描かれた魔方陣が青い燐光を放ち、
棚には丁寧に作られたさまざまな箱が置かれており、銀製のものや木の皮を編んだもの、その中で比較的新しい白いシルクの中張りのある細長い木箱の中に『夢魔の王』を封じた『闇の精霊ジル』は収められていたはずなのだ。
昨日の施錠の当番はレシェメーラであり、夜施錠したものは次の朝異常のないことを確認してから次の当番に鍵を渡す決まりであった。
だが、昨日の晩たしかに施錠したというレシェメーラが朝確認しに来てみると、『精霊の間』の鍵は破られ、『ジル』は紛失しておりすでに大騒ぎとなっていた。
そして破られた扉のすぐ脇には昨日施錠に使われたはずの鍵が転がっていたのだ。
そしてレシェメーラは呆然と立ち尽くしているうち、オルデンに背後から締め上げられそのあとありとあらゆる関節技を極められた後、石畳の床の上に裸足で正座のひざの上に重い本を詰まれクドクドとお説教による一方的な虐殺にむせび泣いていた。
ほかの魔術師や弟子達なんて「自分なにもみてない」遠巻きにしてるし…。
「…ったく。持ち出したところで簡単に開くとは思えないけども…生半可な魔力の持ち主じゃ無理だし。幸い城の中からは持ち出せないように王が結界を張ってるからね。」
「うっ・・・うっ」
レシェメーラはもうすでに最初の5分で心が折れ顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃである。
「えー。いいとしして号泣とかマジでうけるんですけど。どうでもいいけどその床の水溜りは君の舌でなめとって掃除しておいてよね。雑巾が汚れるから・」
「…ぅわーーん。」
「もし僕が戻ってくるまでにきれいになってなかったら、ほんとに頭と胴にお別れをいわせるからね。」
そう言い放つとオルデンは『ジル』を探すべくきびすを返した。