喪女の領分
この国は王族個人にに直属の護衛である騎士団『親衛隊』が付く。
それ以外に王族身辺と王宮を警護する近衛騎士団、町の治安や国内外の外敵からこの国を守る衛士達をひっくるめた国軍がこのディアグレイス王国の守りだが、一番の守りは例え周辺の国がまとまって攻めてこようと、国軍が全滅しようと恐らく傷一つ負わず相手を全滅させられるだろう国王キヨテルだったりする。
軍や騎士団において国王の命令は絶対であると同時に何よりも優先すべきものだが、親衛隊においては例外である。
親衛隊は『王族個人』に忠誠を誓っているため、他の王族に礼はとっても命令は聞く義務はない。
そして親衛隊はその王族の『貴色』
キヨテルなら黒
ルサーナリアなら緑
エヴァンナなら青
エヴァンズなら白
メーアなら橙
親衛隊の人数はだいたい10人から20人前後で組織されるが、現在この城で橙色の隊服を纏うものは一人もいない。
朝日さす廊下は走らぬように、侍女服のエプロンは翻さぬように、何より搾りたての牛乳は分離しないように、それが朝の西翼宮侍女の嗜み。
第一王女メルティアの朝は早い。
彼女の部屋の家具は何十年何百年と年代を重ねたであろう、とろりと飴色がかった艶のある木製の家具ばかりで、どれもこれも派手ではないがどこか落ち着いた雰囲気の中に上品な華があるもねばかりである。
比較的新しいのはこの部屋を賜った時に母から送られた鏡台と去年父から誕生日に送られたソファーぐらいである。
(ドレスでもアクセサリーでも…え…ソファー?ソファーとかなにそれへこむ、と父は怪訝な顔をしていたけどね!)
その後国随一の匠の工房で作られたソファーは素晴らしく骨組みは蔓を模した彫り込みで飾られ、座る部分の布地の部分は深みのある真紅に染めた絹地に薔薇と荊との美しい刺繍が施され、余りの優美さにメーアだけでなく母や妹も感嘆のため息をもらした。
低血圧のため、うぁーだの、えべれけだの意味不明な単語を口走りつつのろのろ身を起こす。
天蓋ベットから這い出し、スリッパを履き、椅子にかけてあるガウンを手に取る、寝巻きにガウンを羽織りきっちり腰紐をしめたなんちゃって☆ドレスになった後、テラスにテーブルと椅子を王女自ら引っ張り出し、しばしボーっとする。
そして朝の活気に溢れた眼下の喧騒を聞きつつエセルの運んで来た新聞を読み朝食を取る。
メーアの部屋は王宮の西翼側にあり地上四階の彼女の部屋からは西門からの活気のある朝の往来が良く見渡せた
。
城下からくる仕入れの食材を積んだ馬車や、出入りの商人たち、出勤してくる騎乗した騎士などは必ず厩のある西門をくぐるのである。
因みに両親は城の北側、双子は東翼側に部屋を持っている。
最近は朝は個々で取ることか多い、昼はそれほど忙しくなければ家族誰かと取ることもあるが、夕食は必ず家族揃って取る。
王宮の北側の奥は王族の者しか立ち入ることの出来ない聖なる森が広がり、東側には美しい庭園や東屋が、西側には西門と騎士の修練場と厩があり、南には正門がある。
因みに門は西門と正門である南門しかない。
そして、メーアは最近は騎士の修練場で毎朝繰り広げられている、『西宮愛の朝劇場』に夢中なのだ。
今日も一人の女性が馬に跨り西門を潜る。
厩からでて修練場の前を通る。
すると一人の騎士が彼女に一輪の花を差し出すのである。
だが彼女は受け取らないばかりか相手にもしない。
彼は二、三言葉をかけるが梨の礫である。やがて彼女が侍女たちの通用口に消えるとうなだれ手を地について激しく落ち込む。
このやり取りがもう3カ月ほど続いている。
今日もナイスファイティングスピリッツ!
明日も私に娯r…ガッツを見せてくれ!
メーアはもし…もしもの話だが、彼女が花を受け取った時はそのナイスガッツを讃えて彼を親衛隊に取り立ててやろうと心に決めていた。
でもそんな日は来ないだろうなぁ…とも思っていた。
誰にも言わない秘密の賭。
花を受け取らない彼女の気性をメーアはよく知っていたから。
「エセル。」
「はい。」
「牛乳。」
ともあれ、今日も何事もない平和な1日が始まるな、とメーアは思っていた。
が、実際にはそんなことはなかった。
…数時間後…
メーアの今日何回目かわからぬため息が執務室の空気にとけてゆく。
「あの…メルティア様。」
「牛乳。」
「あの…ため息をつくと幸せが逃げる…かと」
メーアは執務室の机の上で頭を抱えていた。
そのまわりにはこれでもかっ!と言うほど、
どんどんどーん!
と枕の山が築かれている。
色とりどりの枕、枕、枕。
エセルは牛乳のカップに温めた蜜砂糖を2匙ほど入れたあと小さなスプーンで数回軽くかき混ぜカップをメーアの前に置いた。
「申し訳ありません…私がお手伝い出来ればいいんですが…。」
私から逃げていった根性無しの幸せ達よ!
少なくても今朝からついたぶんで数十人は幸せになったと思う。
そして幸せになった数十人、今すぐ倍にして返して。
事の始まりは魔術師見習いが『精霊缶』を紛失てしまった事から始まった。
『精霊缶』とは精霊の力によって魔物を封じ込めた筒の事である。
もちろんこの世界にも魔法や精霊は存在している。
魔法を使うに当たって必要なのは、魔力と世界を身近に感じる素質『霊力』が必要らしい。
人は皆誰しも魔力をもっているが、魔法を行使するには体内を巡る魔力を魔穴を通して引き出す事が不可欠なのである。
魔穴とは魂、精神、世界を貫く目には見えない魔力の出入り口で、魔穴がある程度の大きさがあれば一度に纏まった量の魔力を体内から引き出す事が出来るが魔穴が小さければ勿論引き出せる魔力は少なくなるし、一定の両を持続して引き出すコントロールが難しくなる。
たが、それだけでは魔法は使えない。
世界を身近に感じる素質である『霊力』…簡単に言えば、精霊や自然や土地などの魔力の流れ、自分の得意な属性を把握する力である。
その二つが調和して初めて、安定した魔法が使えるのである。
そしてこの国ディアグレイシスでは魔法を使える人間は特に少なかった。
そのため運悪くその数少ないうちに入ってしまったメーアは右を見ても枕、左を見ても枕の枕地獄に陥っていた。
枕を手にとり、三回軽く呼吸をして目を閉じ、魔力を軽く両手に通しなんの変哲もない枕だと言うことを確認すると、机の上にある小皿につがれた水に指を浸しそれを軽く枕に足らす。
「『蔓ばみの荊よ魔を遠ざけ正常なる眠りを守れ』。」
水滴が枕に染み込んだ事を確認し、
そして殺意を込めて『夢魔除け』を施した枕をカートに投げ込む。
そんな作業をもう五時間ほど続けていた。
今回紛失したのは『夢魔の王』を封じ込めたものであるという。
力の弱い夢魔は枕に取り付き、人の精気を食らう。
いかに夢魔の王と言えど長いあいだ封じ込められ弱っているはず…なので一個一個枕を調べ、なおかつ夢魔の嫌う香料を溶かした水を枕にたらしているのである。
しかも面倒なことにこの水に溶かした香料は魔力に反応して効果を表すので魔力を上手く引き出せないエセルには手伝って貰えないのである。
(…指先ふやけすぎて皮が捲れそう…。)
因みに魔力のあるものの大半はこの作業にかりだされて王宮内はてんてこ舞いである。
執務室のドアをノックする音に疲労感が増した
「失礼致しますわ。」
と、クルヴェットが押してきたのは籠のカートに乗せられた追加の枕。
思わず脇に積んであった枕を投げたくなる。
キチンと積んで下さい、とプリプリとメーアとエセルに怒るクルヴェット。
追加の枕を積んだカートを端に寄せ、夢魔除けの施された枕のカートを押して出て行こうとする。
そういえば、とメーアはクルヴェットを呼び止めた
「ねぇ、クルヴェット?」
振り返る肩で金色の髪が揺れる
「なんですの?」
「…花とか、好き?」
メーアの問いかけにさもこの忙しい時になにを、という表情が見てとれる
「はぁ?花ですか…そうですねぇ。…生花は花粉が舞いますから、好みません。どちらかと言えば嫌いですわ。」
花粉症なんですの、とクルヴェット。
「あ…そう。」
これはファイティングスピリッツやガッツ以前の問題だなぁとメーアは内心嘆いた。
今回説明文多めですいません。
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