姫君の領分
いったいこれは何なのかしら??
ある日の昼下がり。
ディアグレイシスの第二王女エヴァンナ・ラ・セルシオ・フロル・ディアグレイシスは小首を傾げた。
自室にはそぐわない『それ』を前にしてぅーん、と可愛らしく唸る。
小首を傾げたことによりサラサラと灰色がかった淡い金髪が濃緑のドレスの上を滑り彼女の肩と腰の上で揺れる。
ここは彼女の自室である。
年頃の少女に漏れず可愛らしい物、綺麗なものが大好きなエヴァンナは自室のインテリアにも気をつかっていたし、その趣味に絶対の自信を持っていた。
淡いパステルの花柄の壁紙、家具は全て白や淡いピンク色で統一、カーテンや天蓋ベットの紗幕には職人達が端正込めた複雑なレースがふんだんに使われている。
抽斗の上には可愛らしいぬいぐるみや可愛らしい小物が所狭しと置かれており、小机やテーブルの上には色とりどりの花を活けた花瓶が置かれている。
だのに、だ。
エヴァンナは午後の勉強を別室で受けた後母ルサーナリアと昼食を取り自室へ戻ってきた。
(午後からはまた歴史の授業かぁ…歴史とかすごくつまんない…それにあの女の先生すぐ怒るし…よし、午後の授業はお茶会に変更しましょ。
セバスチャンに気分が優れないわってお願いして、私の親衛隊と薔薇園でお茶会…あ、先日護衛だった人なんて言ったかしら?
結構かっこよかったし、親衛隊に入れてあげるほどじゃないけどたまにお茶会に呼んであげる位は目をかけてあげてもいいかもしれないわ。)
薔薇園でのお茶会に呼ぶ騎士や侍従たちの面子をあれこれと脳内で入れ替えながら母の部屋から自室へと戻って来たわけだが、その間付き従っていた親衛隊員は美貌の姫君の浮かべた微笑に一人ときめいていた。
自室の扉も命じる前に隊員に開けさせ、
「少し気分が悪いの、あ、ちょっと休めば大丈夫だからお医者さまは呼ばないでね?あとはセバスチャンが来るまで一人にして頂戴?」
と、儚げな表情を作り上げ軽くため息をつく。
そういえばかしこまりました、安心しておやすみ下さい。と笑顔で扉を閉めてくれる。
ソファーにでも座ろうかしらとソファーに近づく。
「?」
背もたれを入り口側にして置いてあるソファーに彼女の部屋には似つかわしい―黒くて細い物―が置いてあったのである。
(何かしらこれ。)
ソファーに座りそれを手に取る。
太さは直径4セチン長さは30セチン程の黒い金属の筒
筒にはぐるりと切れ目が入っておりおそらく左右をもって引っ張れば開けられるのだろうとエヴァンナは思った。
そっと、筒を耳に近づけ軽く振る。
(なんの音もしないわね。)
筒の端を持ち、左右に引っ張る。
―っぽん!
「…何も入ってないじゃないの。」
筒の中は空だった。
逆さにして振っても何も出てこない。
二つに分かれた筒の中を覗いて見ても中は黒い一色でよく分からない。
(誰かのイタズラかしら?)
何も入って無いことに少し高揚していた気分があっという間に覚めてゆく。
筒に興味を失ったエヴァンナは一応元のように締め直すと、適当に放り投げた。
床に転がり
カランカラン
と虚しい音をたてる筒。
どうせ掃除の時誰かが片付けるでしょ。
コンコン、とノックされ続いて黒の燕尾服に身を包んだ蒼髪の男性が入ってくる。
「失礼致します…エヴァンナ様、間もなく午後の授業のお時間ですので、図書館へ参りましょう。」
「…へ?も、もうそんな時間なの?…ぁ、ねぇセバスチャン…私少し気分が…。」
「もう先生がお待ちです。もう少し待って来られないなら自室までお迎えにいらっしゃるそうです。」
エヴァンナはそれを聞きぽかんと口を開けた。
(え?あの先生が迎えに?なんでそんなふうに連行されてまで私が授業を受けなくちゃいけないの?)
そのぽかんとしたそのエヴァンナの手を引き廊下へ連れ出す。
扉を閉める直前セバスチャンは微かな違和感を感じた気がしたが今はエヴァンナを急いで図書館まで送らなければならず
扉を締めた。
無人のエヴァンナの自室で暫くして、筒はコロコロと独りでに転がり出した。
部屋の中央まで来ると筒はぐにゃりとひしゃげ暗い靄に包まれた。
靄が拡張と霧散を繰り返し人の型を形づくって行く。
「……キヨテル…ど、こ…?」
やがて白い髪に黒く短くヴェールのついた帽子、踝までの黒地に白いレースをあしらったのドレスに身を包んだ少女がぽつんと佇んでいた。
「…?…どこ?」