深淵の領分
少女はページを捲る手を止め微かに建て付けの悪い戸が開く音を聞き顔を上げた。
窓がないこの部屋には昼でさえ灯りがなければ暗闇に包まれる。
だがここにはランプはおろか蝋燭一本ない。
完全なる闇だけがそこに横たわっている。
闇に踏み込むのを躊躇っているのか、気配は入り口から中へとは入っては来ない。
そのことに少女はクスリと微笑を零すと再び本のページを捲り始める。
明かり一つない部屋でページを捲る音だけが響く。
「……あなたに聞きたいことがある。」
そのページを捲る音に若い女の声が割り込む。
「そのように震えた声を出さずとも……それとも妾が恐ろしいかえ?」
少女はてっきり臆してそのまま帰るだろうと思っていたので、久しぶりによい暇つぶしが出来そうだ、と心が躍った。
「……あなたを恐ろしいとは思わない。…私が恐れているのは…真実。」
「ほぉ…。」
「……。」
それきり声の主は押し黙る。
「いいだろう、その代わり、妾の頼みを聞いておくれ。その頼みを聞いてくれるなら、お前の知りたいことを『一つだけ』教えよう。」
「全部は教えてくれないのね。」
声の主は落胆を隠すつもりがないらしい。その事に少女は釘を刺す。
「人間欲を出しては身を滅ぼす。…かえって知らぬ方が幸せと言うこともあるぞ?」
つかの間の間暗闇を沈黙が支配する。
「…いいわ、だってあなたの『真実』は『誰よりも』公正だもの。それに私は、知らなくてはならないのよ。」
声の主の決心は揺らがないらしかった。
「嬉しいことを言ってくれる。そうさな…お前がそれを成し遂げた暁には必ずお前の知りたい『真実』を教えよう。」
暗闇の中で少女はニヤリと笑った。
「――真夜中公の名にかけて、な。」