自サバ女を装うフレネミーが婚約者に擦り寄っていますが、彼はもうすぐ廃嫡されます
「やっぱさぁ、イレーネって鈍臭いよね。もうちょっと可愛げがあったらアルフォンス様にも好かれるんじゃない?」
馬鹿にしたように笑いながら言って、その後にお決まりのように「あ!」と驚いたような声を上げる。
「ごめん! やっぱ私って毒舌だからさ、みんなお淑やかだから言えないこともハッキリ言っちゃうんだよね」
それは、結局のところ私を馬鹿にしているだけなのではないだろうか──とは思うのだが、それを指摘した時は本当にそれはもう大変な目に遭ったのだから、諦めて笑うことにした。
「そ、そっかー」
「そうだよぉ! ほんっと私がいなかったら嫌われてるんじゃない? 良かったね、男友達みたいな私と一緒ならお話できるんだから」
そう言って、本当に楽しそうによく笑う。
私の友達は、『フレネミー』だ。
更に最近は、『自サバ女』になり始めてきた。
私こと伯爵令嬢イレーネ・エーレンフェルト。
そして高等科からのお友達である、伯爵令嬢クラリベル・ロゼンティア。
私たちは席が隣になったことをきっかけに、彼女から話し掛けられて仲良くなった。
初めは良かったのだ。
緊張しているのか、今よりも少し高いトーンと、細くて小さな声で話し掛けてくれる。
そうだよね、緊張しますわよね。
ふわっふわの髪の毛が話をするたびに少しだけ揺れるから、本当に小動物みたいだなぁと思ったものだ。
瞳もまん丸でキラキラしているから余計に。
だが、それもすぐに化けの皮が剥がれる。
まずはひと月くらい経って私に慣れてくると、今のような──ことあるごとに私を下げるような発言をするようになった。
言ってから「私、毒舌だから許して」と悪気などないとでも言いたげな顔で言ってのける。
一、二回なら、まあ、ついうっかりの範疇かもしれないが、毎回されれば周りだって気付いてきた。
そんな彼女は面白いことに、私の婚約者には真逆の対応をするのだ。
私の婚約者である公爵家の嫡男、アルフォンス・ヴァルクレスト。
彼を見た瞬間、彼女の瞳がひときわ輝いたのは、誰の目にも明らかだった。
婚約者同士なのだから、廊下ですれ違えば当たり前に会話をするのだが、それに割り込むようになってきた。
「うっわ、アルフォンス様じゃん。おひさ! てかさぁ、昨日貸した教科書早く返してよぉ」
「あ、忘れてた……すまない」
「もー辛気臭いなぁ! イレーネじゃないんだからそんなネチネチ言わないって! ね?」
言いながら、トンッとアルフォンスの肩に触れるように叩く。
それから私と目が合うと同時に、忘れていたことに気付いたようにハッとわざとらしく目を見開いた。
「あっ! ごめんごめん、イレーネに何も言ってなかった! もう男友達みたいなもんって思っててさぁ、完全に忘れてたわ」
ごめんねーと、わざと廊下中に聞こえるくらい大きな声を出すのも、本人いわく素なのだろう。
最近言っていた。
男っぽいから気を抜くと大きな声が出ちゃうんだよね、と。
「てかさぁ、アルフォンス。最近連れてくとか言ってた闘技場のチケット、いつになったらくれるんだよ」
そうやって弁明した次の瞬間に、二人きりの約束を見せ付けに行くのは詰めが甘いとしか言いようがないが。
それで良いのだろうか。
二人とも。
まあ、良いのだろう。
だから、二人して闘技場デートに向かったのだ。
ちなみに、クラリベルは闘技場に行く前にこんな一言を残していった。
「え? アルフォンス様が闘技場によく行ってるの聞いてないんだ!? ……まあ、そうだよね、イレーネは女の子だから、どれだけ熱中してても趣味のことって言いにくいよね。剣技とか、……うん、嫌いな子いるしね」
そもそも、クラリベルとアルフォンスが男友達なら、クラリベルとイレーネはどんな関係に当たるのだろう。
男と女の友情だろうか?
とんだ矛盾を言っていることに気が付いていないらしい。
ただ、まあ、別にどうでもいいのだ。
クラリベルのことも、アルフォンスのことも。
二人とも、こんな行動をして幸せなのだろうかとは少し疑問に思うのだが、別に他人のことなのだから口を挟む道理はなかった。
それに。
「本当にすまない、イレーネ」
「いいえ。お父様がどれだけ時間と労力を割いてくださっているか、よく分かっております。私からお伝えできるのは、感謝の言葉だけでございます」
「こんな素晴らしい娘を何年間も縛り付けてしまっていることが、人生で一番の後悔だ」
自嘲するように父はハッと乾いた笑いを浮かべた。
「だが、もう決めた。アルフォンスとの婚約破棄は、この私が全霊をかけて必ず認めさせてみせよう」
父の部屋には、ビリビリに裂かれた手紙が何枚も散らばっていた。
「初めは、あの癖さえ治れば……と考えていたが、さすがに楽観的すぎたな」
アルフォンスは、特大の女好きだ。
中等科の頃から何やら目覚めてしまったようで、男爵家や子爵家など、彼の立場なら好き勝手してもどうにでもなると思っている相手、それから貴族の庶子あたりがターゲットにされていた。
初めは注意していたのだが、注意するたびに隠れて遊ぶようになるわ、程度は酷くなるわで、私はもう手をつけられなくなってしまった。
父に相談したところ公爵家にも相談してくれたが、もう少しだけ待ってほしいと頼み込まれ、やむを得ず首を縦に振ったらしい。
「アルフォンスはまだ幼いから、こうなっているだけなんだ」と、悲しそうに言われたのだとか。
そんな八方塞がりな中でも、父は私を可愛い娘だとずっと大切にしてくれている。
本当に自分が情けないと思うと同時に、父を幸せにできるくらい強くなれればと考える。
だからだ。
転機が訪れたのは彼女のお陰だったから、それだけは感謝しようと思う。
「ごめんね、イレーネ。アルフォンス様、私のことを好きになっちゃったみたいでさぁ……」
わざとらしく首元の開いた服を着ているクラリベルは、わざとらしく私に謝った。
「やっぱ、そんなの良くない、やめようって何回も言ったんだけど、余計に燃え上がっちゃったみたいで」
気まずそうに下を向いて、手遊びのように服をパタパタと引っ張ったり離したりする。
そのせいで胸元に付いた歯形が見えてしまい、あまりの生々しさに軽い気持ち悪さを覚えた。
「そう……」
「やっぱ、イレーネが無愛想すぎるってのがあると思うんだけどさ! でも、……なんか、ごめんね?」
「……」
「奪いたい訳じゃなかったんだけど、ほら、お家柄さ、こうなっちゃった以上はアルフォンス様と結ばれないと良くないじゃん?」
気まずそうなフリをしているのだろうけれど、あんまりにも優越感に浸りすぎているその言い方に、私は笑いを堪えるのに必死だった。
「……そう、ね。家同士のことは、何もできないから」
「ま、そうだよね。でも、さ。私たち友達だよ。大切な友達」
「……ええ」
数十秒前の言葉すら忘れたの?
そう聞くか聞かないかを三回くらい考えた後に、想像するだけに留めた私を誰か褒めてほしい。
なんならその後に十分くらい『クラリベルがいかにアルフォンスと釣り合っているのか』を聞かされた。
例えば「アルフォンス様に最近ネックレス貰ったんだよ、変なの」とか、「私に泣き言めっちゃ言ってくるんだよ、友達だと思いすぎ」だとか。
言ったら全て終わる。
そう思って、ただ耐えた。
その甲斐が本当にあった。
私が何もしない。
むしろなにか動けば父の邪魔になる。
だから何もせず、本当にそれだけで、全てが終わるルートに入ったのだから。
「おい、イレーネ! 扉を開けろ! 婚約破棄なんてどういうことだ!! しかも我が家が賠償金を払うなんて!!」
窓を開けておいて良かった。
ここなら煩すぎない音量で、なおかつどうなったかの結果を伝えに来てくれるから。
あれからアルフォンスと私の婚約は解消されることとなった。
これも全てあのクラリベルのお陰だ。
あれだけ見せびらかせば淑女の間で話題になることは間違いなし。
更に、クラリベルが前からアルフォンスと親密だと自分から言い触らしていたのだから、どう足掻いたって終わりだったのだ。
終わり方?
呆気なさすぎて、物足りないだろう。
そのまま、父が一通の手紙を書いたら、謝罪と了承が来た。
賠償金についても言い値だった。
ちなみに何の賠償金かというと、私の家の評判を傷つけたことに対する賠償金である。
なぜこんなにもエーレンフェルト家にとって有利に事が運んだかといえば、単純だ。
それぐらい、二人には貴族としての自覚がなかったからである。
二人のあまりの振る舞いに、ヴァルクレスト家もついに庇いきれなくなったらしい。
今まで申し訳なかった、と心の底から謝ってくれた。
そろそろかなと思っていると、いい頃合いに窓の外から楽しそうな甲高い声も聞こえてくる。
「私と婚約するのですよね!? 絶対に逃がしませんわよ、この浮気者!!」
自サバ女になりきっていた頃とは全く違う、切羽詰まったような声だった。
アルフォンスの浮気を知ってからというもの、彼女はどこにいようと彼を捕まえに行くハンターに大変身した。
学園では、私などもはや空気同然。二人が追いかけっこをしているのを眺めていたことを思い出す。
「私という者がいながら、クララ嬢とも関係を持っていたなんて!! 本当にクズ! 最低!」
他人なんて、自分の株を上げてくれる道具でしかないのだろう。
ヒステリックになった姿は、俗称を敢えて当てるなら『メンヘラ』というところだろうか。
「それに!! 廃嫡されたってどういうことですの!! 私は公爵夫人になりに来たのですわ!!」
アルフォンスはその勢いに気圧されている。
残念。
公爵家に取り入りたいのなら、まだアルフォンスと一緒に扉を開けようとした方がマシだというのに、どんな時でも自分の妄想を優先するようだ。
「知らねぇよ、ああ、くっそ、こんなことになるならクララ嬢の方が胸もデカかったし、婚約した方が……」
「なんで他の女の名前を出すのですか。そもそも廃嫡ってどういうことですか」
本当に、どこまでも本能を優先するお二人だこと。
賠償金を払わなければならないくらいなのだから、そんな呑気なことを言っている暇があるなら、廃嫡された後のことを考えればいいというのに、それをしないのは──。
まあ、もう関係のないことである。
頭を切り替えて、次の恋へ向かいましょう。
そう思って、窓を閉めた。
ぎゃあぎゃあ煩い声が聞こえなくなって、気持ちが少し、スッキリした。
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