第7話 魔術師の疑念と影の襲撃
5週目・Day3〜4 残り41〜40日
リリアが覚醒してから、2日が経った。
彼女は今、私たちの「4人目」として——セレナ、ノア、ルーク、そしてリリア——この戦いに加わっている。まだ不安そうな表情を見せることもあるけれど、リリアの目にはもう迷いがない。「自分を取り戻した」という確信が、そこにある。
だからこそ、私たちは次の一手を急がなければならなかった。
その日の午後。図書館の魔術理論書のコーナーで、私はエリオット・セレスティアを見つけた。
宮廷魔術師の息子で、魔術学の研究生。ゲーム内では「攻略対象4」の神秘的なキャラクター。銀髪を後ろで束ね、青い瞳は常に何かを観察しているような鋭さを持っている。
彼は今、分厚い古文書を読みふけっていた。
ルークが調べた情報によれば、エリオットが最近読んでいるのは「現実の上書きと意識の固定」に関する理論書。
偶然にしては、核心に近すぎる。
「エリオット様」
私が声をかけると、彼は本から顔を上げた。青い瞳が、静かに私を見る。
「セレナ様。珍しいですね、この奥まで来られるのは」
「たまたま、探している本があって。エリオット様は、何を?」
彼は手にしていた本の表紙を見せた。意識構造と現実定着の魔術理論。予想通りだった。
「最近、興味があって。現実というものが、どのように成立しているのか」
エリオットは本を閉じ、私を見た。
「セレナ様は、現実というものをどう考えますか?」
唐突な質問。でも、これはチャンスかもしれない。
「難しい質問ね。でも……もし現実が、誰かによって作られたものだとしたら?」
エリオットの目が、わずかに細められた。
「作られたもの、ですか」
「ええ。私たちが当たり前だと思っている世界が、実は誰かの意図によって構築されているとしたら。そんな可能性を、考えたことはない?」
沈黙が落ちた。図書館の静寂の中で、エリオットは私をじっと見つめている。
「……面白い仮説ですね」
彼はゆっくりと言った。
「実は、私も似たようなことを考えていました」
心臓が早鐘を打つ。
「どんな?」
「この世界には、時々、理屈に合わない現象が起きる。魔法理論で説明できない、論理の飛躍が」
エリオットは窓の外を見た。
「例えば、人の行動。ある日突然、その人らしくない選択をする。でもその選択が、なぜか筋書き通りのように見える。まるで——」
「誰かがシナリオを書いているように?」
私が続けると、エリオットは私に視線を戻した。
「まさに、その通りです」
彼は声を落とす。
「セレナ様、あなたは何か知っているのでは?」
「もし知っているとしたら、聞きたい?」
「……ええ」
迷いなく答えた。その目に、恐怖はなかった。ただ、真実を求める探究心があった。
「でも、今はまだ話せない。もう少し、時間が必要」
「時間?」
「あなたが、自分自身で気づく時間。違和感を、確信に変える時間」
エリオットは少し考え、静かに頷いた。
「分かりました。待ちましょう。ただし——」
彼は本を脇に置いた。
「その時間が来たら、必ず教えてください。私は、真実を知りたい」
「約束する」
私たちは目を合わせた。種は蒔かれた。あとは、芽吹くのを待つだけ。
図書館を出ると、ルークが廊下で待っていた。
「どうだった?」
「うまくいったと思う。彼はすでに、かなり気づいている」
「そうか。なら、次はクラリスだな」
ルークがそう言いかけた時、廊下の先にリリアの姿が見えた。こちらに気づいて、小走りで近づいてくる。
「セレナ様、ルーク様!」
彼女の顔色が、少し青い。
「どうしたの、リリアさん?」
「さっき、おかしなことがあったんです」
リリアは周囲を確認してから、声を落とした。
「教室で一人でいた時、急に頭が痛くなって。そしたら、誰もいないのに声が聞こえたんです。シナリオに戻れって」
ルークと私は、顔を見合わせた。
システムの警告。リリアへの覚醒介入が、始まっている。
「怖かったです。でも、私、逃げませんでした。嫌だって、心の中で叫んだら、声は消えました」
リリアは震える手を握りしめている。
「私、間違ってませんよね?」
「間違ってない」
私は彼女の手を取った。
「リリアさんは正しい。あなたは自分の意思で、抵抗したのよ」
「でも、また来るかもしれない」
ルークが静かに言う。
「システムは、覚醒者を元に戻そうとする。次はもっと強い介入があるかもしれない」
リリアは息を飲んだ。でも、顔を上げる。
「それでも、私は戻りません。もう、人形には戻りたくない」
その決意に、私は胸が熱くなった。
「大丈夫。私たちがいる。一緒に戦いましょう」
リリアは、小さく頷いた。
夜。自室でルークと今後の方針を話し合っていると、窓の外から気配がした。
ノアだ。
「やあ、2人とも」
窓辺に座ったノアの表情は、いつもより硬い。
「ノア、何かあった?」
「ああ。良くない知らせだ」
ノアは私たちを見た。
「今夜、エージェントの活動が活発化している。リリアの覚醒が、システムに大きな警戒信号を出したらしい」
「どのくらい?」
「今までは1体だった。でも今夜は——少なくとも3体が確認されている」
3体。ルークの顔が強張る。
「君たち全員が、標的になっている可能性がある。特にリリアは、覚醒したばかりで抵抗力が弱い。今夜は誰も一人にならない方がいい」
その時、ノアの表情が変わった。
「——来た」
「え?」
「エージェントだ。この建物の中に、入ってきた」
ルークが立ち上がる。私も身構える。
扉の向こうから、何かの気配がする。重く、冷たい、生命を感じさせない気配。
扉が、ゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、顔のない人型の影。エージェント。
「イレギュラーを排除する」
機械的な声。感情のかけらもない。
ノアが前に出る。懐から魔石を取り出した。
「2人とも、後ろに」
「でも——」
「いいから!」
ノアが魔石を投げつけた瞬間、エージェントの体が揺らぐ。でも、消えない。
「1体じゃない……!」
扉の外から、さらに2体のエージェントが現れた。
「逃げろ!」
ノアが叫ぶ。ルークが私の手を引き、窓へ向かう。でもその窓の外にも、影が浮かんでいた。
囲まれた。
「セレナ、ルーク、窓は無理だ。扉から——」
ノアが別の魔石を投げる。爆発音。1体のエージェントが吹き飛ぶ。でも、すぐに形を取り戻す。
「しつこい……!」
ルークが私を庇うように前に出る。
「セレナ、僕の後ろに」
「だめ、ルークまで——」
その時、扉が勢いよく開いた。
「セレナ様!」
リリアだった。息を切らし、杖を握りしめている。
「リリアさん、なぜここに!」
「夢で見たんです。あなたたちが襲われるって!だから——」
リリアが杖を構える。魔力が集まっていく。
「光よ!」
彼女の杖から、眩い光が放たれた。エージェントたちが、その光に怯む。
「今よ、ノア!」
「分かった!」
ノアが最後の魔石を投げる。爆発。光と衝撃の中で、エージェントたちの姿が揺らぎ、歪み——そして、消えた。
静寂が戻る。
私たちは、息を切らしながら立ち尽くしていた。
「……助かった」
ルークが、壁に寄りかかりながら言う。
「リリア、ありがとう。君が来てくれなければ、危なかった」
「私、怖かったです。でも、セレナ様たちを助けたくて」
リリアは震えながらも、しっかりと杖を握っていた。
ノアが窓辺に戻り、外を警戒しながら言う。
「今夜はもう来ないと思う。でも、これは始まりだ」
「始まり?」
「ああ。システムは本気になった。覚醒者が4人になり、そのうち1人は主人公。これは、システムにとって最大級の脅威だ」
ノアは私たちを見た。
「これからは、もっと激しい攻撃が来る。覚悟しておいてくれ」
私は頷く。覚悟は、できている。
「でも、私たちには仲間がいる。4人で戦えば——」
「いや、4人じゃない」
ノアが静かに言った。
「もうすぐ、5人目が加わる」
「5人目?」
「エリオット・セレスティア。彼の覚醒は近い。今日の君との会話が、最後の引き金になるだろう」
エリオット。もし彼が覚醒すれば、システムの構造を理論的に解析できるかもしれない。
「分かった。彼を待つ」
ノアは頷き、窓から飛び降りる気配を見せた。
「じゃあ、今夜は休んで。明日も、戦いは続く」
ノアが消えた後、リリアが小さく言った。
「私、まだ怖いです。でも——」
彼女は私を見た。
「一緒なら、戦えます」
ルークも頷く。
「僕たちは、共犯者だ。最後まで、一緒に戦おう」
私は2人を見た。リリアの決意。ルークの覚悟。そして、どこかで見守っているノア。
一人じゃない。今回は、本当に一人じゃない。
「ありがとう。みんな」
私は、初めて心からの笑顔を見せられた気がした。
翌朝。図書館で本を読んでいると、エリオットが隣に座った。
「セレナ様」
「エリオット様」
「昨夜、妙な夢を見ました」
私は本から顔を上げる。
「夢?」
「ええ。透明な部屋で、壁一面にコードが流れている夢。そこで声が聞こえたんです。君はプログラムされた存在だと」
エリオットは私を見た。
「目が覚めた時、確信しました。セレナ様が言っていた作られた現実は、本当なんだと」
私は、彼の目を見る。そこには恐怖ではなく、静かな決意があった。
「教えてください。この世界の真実を」
「いいわ。でも、ここではなく——」
私は立ち上がる。
「今夜、人気のない談話室で。ルークとリリアも一緒に」
「分かりました」
エリオットは頷いた。
5人目の覚醒者。
私たちの戦力は、また一つ増える。
断罪イベントまで、あと2ヶ月弱。証拠は53件。目標の200件まで、まだ遠い。でも、仲間は確実に増えている。
「少しずつ……でも、確実に」
私は、窓の外を見た。青い空が広がっている。
101回目の戦いは、まだ道半ば。でも、前に進んでいる。
今度こそ、運命を破壊する。




