第4話 共犯者の誕生
3週目・Day15 残り56日
101回目の2週間が経過した。
この2週間、私は慎重にルークを観察し続けた。彼の「違和感」は日に日に強くなっている。授業中、ふと視線が虚空を彷徨う。誰かと会話している時、突然言葉に詰まる。そして時々、頭を押さえて苦しそうな顔をする。
システムが、彼の覚醒を必死に妨げている。
でも、ルークは諦めない。毎日、私に話しかけてくる。
「また、あの感覚があった」
「今日も、自分じゃない誰かが僕を動かしている気がした」
「セレナ、君は本当に何も知らないのか?」
私は毎回、同じように答える。
「もう少し、待ってください」
「その時が来たら、必ず」
そして今日。ルークから、手紙が届いた。
『今夜、図書館で会いたい。話がある』
夜。人気のない図書館。
月明かりが窓から差し込み、本棚が影を作っている。
ルークは、いつもの場所に座っていた。でも、今日の彼は違う。目に、強い光がある。
「来てくれたんだね、セレナ」
「ええ。話って?」
ルークは、深く息を吸う。
「僕は、決めた」
「何を?」
「この『違和感』の正体を、突き止める」
彼は立ち上がり、窓の外を見る。
「この2週間、ずっと考えていた。なぜ僕は、自分の意思とは違う行動を取るのか。なぜ、考えようとすると頭が痛くなるのか」
ルークは振り返る。
「そして、気づいたんだ」
「何に?」
「この世界は、『おかしい』」
彼の声が、震えている。でも、それは恐怖ではない。確信だ。
「僕たちは、何かに操られている。見えない何かに。そして、君は——それを知っている」
私は、何も言えない。ただ、彼を見つめる。
「セレナ、もう隠さないでくれ」
ルークは私の両肩を掴む。
「僕に、教えてくれ。この世界の真実を」
その目は、本気だ。もう、誤魔化せない。
「ルーク……」
私は、決めた。
「分かった。全部、話す」
ルークの目が、見開かれる。
「でも、覚悟して。聞いたら、もう元には戻れない」
「構わない」
ルークは即答する。
「僕は、真実が知りたい」
私は、深呼吸をする。
そして、語り始めた。
「この世界は、ゲームなの」
ルークは、黙って聞いている。
「乙女ゲーム『エーデルシア王立学院』。私は前世で、そのゲームをプレイしていた」
「前世……?」
「ええ。私は元々、地球という世界の日本という国に住んでいた。田中美咲という名前で」
ルークは困惑した顔をする。でも、否定はしない。
「過労死して、気づいたらこの世界にいた。セレナ・アルヴェインとして」
私は続ける。
「最初は混乱した。でもすぐに理解した。ここは、私がプレイしていたゲームの世界だって」
「ゲームの世界……」
「そう。そして私は、悪役令嬢。ヒロインのリリアを虐めて、最後に断罪される役割」
ルークは、指で机を叩き始める。考えている証拠。
「でも、私は断罪を回避しようとした。何度も、何度も」
私の声が、震える。
「でも、駄目だった。何をしても、必ず断罪される」
「何をしても……?」
「ええ。リリアを避けても、優しくしても、証拠を消しても、逃亡しても。必ず、断罪エンドに辿り着く」
ルークの表情が、強張る。
「そして、私は死ぬ。処刑される。でも——」
私は、彼の目を見る。
「目が覚めると、また学院の入学式の朝に戻っている」
「ループ……」
「そう。私は、ループしてる。何度も、何度も」
ルークは、息を呑む。
「何度……?」
「100回」
沈黙。
ルークは、言葉を失っている。
「100回、断罪された。100回、殺された。100回、ループした」
涙が出る。止まらない。
「怖かった。痛かった。孤独だった。誰も信じられなかった」
ルークは、私の肩に手を置く。
「でも、100回目で気づいたの。この世界には『シナリオ強制力』があるって」
「シナリオ強制力……」
「ええ。ゲームのシステム。どんな選択をしても、主要イベントは必ず発生する。悪役令嬢の断罪は、絶対に回避できない」
私は、ルークを見る。
「そして、あなたたちも——そのシステムに操られている」
ルークの顔が、青ざめる。
「僕も……?」
「ええ。あなたも、レオンも、リリアも、みんな。システムが決めた『役割』を演じさせられている」
ルークは、後ずさる。
「だから、あなたは時々、自分の意思とは違う行動を取る。だから、考えようとすると頭が痛くなる。システムが、あなたの覚醒を妨げているの」
ルークは、壁に手をつく。膝から力が抜けたように。
「じゃあ、僕は……」
「あなたは、ルーク・アシュフォード。でも同時に、『攻略対象2:策略家』でもある」
その言葉に、ルークは震える。
「僕は……人形?」
「違う」
私は、強く言う。
「あなたは、人間。システムに操られているけど、それでも人間」
ルークは、私を見る。
「なぜ、そう言い切れる?」
「だって、あなたは今、気づいたから」
私は、彼に近づく。
「人形は疑問を持たない。でもあなたは持った。システムに抵抗した。それは、あなたが人間だから」
ルークの目に、涙が浮かぶ。
「僕は……人間……」
「そう。だから、あなたは自由になれる」
ルークは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「セレナ」
「何?」
「君は、100回も1人で戦ってきたんだね」
その言葉に、涙が溢れる。
「ええ……」
「もう、大丈夫だ」
ルークは、私の手を取る。
「今度は、僕が君と一緒に戦う」
「ルーク……」
「君は、もう1人じゃない」
その瞬間だった。
空間が、歪んだ。
「……!」
周囲の景色がぼやける。時間が止まる。
「これは……!」
「何だ、これ……?」
ルークも、困惑している。
人型の影が、図書館の入口に現れる。
顔がない。感情がない。ただ、存在するだけの何か。
「何……あれ……」
ルークの声が震える。
影が、こちらに向かってくる。ゆっくりと、でも確実に。
「セレナ・アルヴェイン、ルーク・アシュフォード。システムへの重大な干渉行為を確認。排除を実行する」
機械的な声。
冷や汗が背中を伝う。指先が冷たくなる。
「排除……って、まさか」
「逃げるぞ、セレナ!」
ルークは私の手を取り、走る。
図書館を飛び出し、廊下を駆ける。
でも、影は追ってくる。壁をすり抜けて、床から湧き出て。
「何なんだ、あれは!」
ルークが叫ぶ。
「システムの……番人?」
私も必死で走る。
階段を下りる。踏み外しそうになる。
「こっちだ!」
ルークが先導する。
中庭に出る。
月明かりが、私たちを照らす。
「はあ、はあ、はあ……」
息が荒い。心臓が爆発しそう。
振り返ると、影が建物から出てくる。
「まだ、来る……!」
「どうすれば……」
ルークが、周囲を見回す。でも、逃げ場がない。
影が、近づいてくる。
その手が、私たちに伸びる。
「駄目……」
その瞬間。
「させるか!」
声がして、何かが影に当たった。
爆発。
影が、よろめく。
「え……?」
振り向くと、そこに——フードを被った人物が立っていた。
「誰だ!」
ルークが警戒する。
人物は、フードを外す。
黒髪に金色の瞳。中性的な顔立ちの若い男性。
「ノア……!」
「間に合ったみたいだね」
ノアは、微笑む。
「もう1発!」
ノアは、また何かを影に投げつける。
魔石。
爆発。
影が、大きくよろめく。
そして——消える。
空間の歪みも、元に戻る。時間が動き出す。
「はあ……はあ……」
私は、その場に座り込む。
「大丈夫か、セレナ」
ルークが、私を支える。
ノアが、私たちの前に来る。
「初めまして、ルーク・アシュフォード。僕の名前はノア」
「ノア……君は、一体?」
「セレナと同じ、『覚醒者』だよ」
ノアは、微笑む。
「この世界の真実に気づいた者」
ルークは、私を見る。
「セレナ、彼は……」
「ノアは、私の味方。私を助けてくれている人」
私は、ノアを見る。
「ありがとう、ノア。あなたがいなかったら……」
「どういたしまして」
ノアは、2人を見る。
「でも、これは始まりに過ぎない」
「始まり……?」
ルークが、ノアを見る。
「ああ。今の影——エージェントと僕は呼んでいる——あれは、システムの番犬だ」
ノアは、真剣な表情になる。
「君が覚醒した。だから、システムは君をイレギュラーと認識した。セレナと同じように」
「イレギュラー……」
「そう。システムにとって、君たちは排除すべきバグだ」
ノアは、建物の方を見る。
「これから、システムの反応はもっと強くなる。エージェントも、また現れるだろう」
「じゃあ、どうすれば……」
「戦うしかない」
ノアは、2人を見る。
「でも、君たちは2人になった。僕を入れれば3人」
ノアは、微笑む。
「1人じゃない。それが、一番大きな力だ」
その言葉に、私は涙が出る。
「そう……もう1人じゃない」
ルークは、私の肩に手を置く。
「セレナ、君は100回も1人で戦ってきた。でも、もう違う」
彼は、微笑む。
「今度は、僕が君と一緒に戦う」
「ルーク……」
「僕たちは、共犯者だろう?」
その言葉に、私は笑ってしまう。
「ええ……共犯者ね」
ノアは、2人を見て微笑む。
「良いチームだ。これなら、勝てる」
その後、ノアは私たちに説明してくれた。
エージェントのこと。システムの仕組み。そして、これからの戦い方。
「まず、証拠を集める」
ノアは、指を立てる。
「セレナが断罪される証拠を、すべて無効化する。いや、それだけじゃない」
ノアは、楽しそうに笑う。
「矛盾した証拠を大量に作る。セレナは優しい、という証拠と、セレナは悪い、という証拠。両方を同時に存在させる」
「矛盾……」
ルークが考え込む。
「なるほど。システムは論理的に動く。だから、論理的矛盾には弱いはずだ」
「その通り」
ノアは、頷く。
「君は策略家だ。この作戦、理解できるね?」
「ああ、完璧に」
ルークは不敵に笑う。
「セレナがイベントを改変する。僕が証拠を記録する。物的証拠を大量に作る」
ルークは拳を握る。
「これなら、いける」
「でも、それだけじゃ足りない」
ノアは月を見上げる。
「最終的には、断罪イベントそのものを発生不可能にする必要がある」
「どうやって?」
「それは、これから考えよう」
ノアは、2人を見る。
「今日のところは、これで。ルーク、覚醒おめでとう」
「ああ……ありがとう」
ルークは、自分の手を見る。
「不思議だ。真実を知って、楽になった」
「そうだろう?」
ノアは、微笑む。
「無知は、時に苦痛だからね」
ノアは、立ち上がる。
「じゃあ、僕はこれで。また明日」
「待って、ノア」
私は、彼を呼び止める。
「あなたは、何者なの?なぜ、私たちを助けてくれるの?」
ノアは、少し寂しそうに笑う。
「それは……いずれ、話すよ。でも、今じゃない」
「どうして?」
「君が、まだ受け止められないから」
ノアは、影に消える。
私とルークはその場に残される。
「不思議な奴だな」
ルークが、呟く。
「でも、悪い人じゃなさそうだ」
「ええ。ノアは、私を何度も助けてくれた」
私は、月を見上げる。
「彼がいなかったら、私は今も1人で戦っていた」
ルークは私の隣に座る。
「セレナ、1つ聞いていい?」
「何?」
「君は、なぜ戦うんだ?」
その質問に私は少し考える。
「最初は、ただ生き延びたかった。死にたくなかった」
私は、自分の手を見る。
「でも、今は違う。今は——」
「今は?」
「みんなを、救いたい」
私は、ルークを見る。
「あなたも、レオンも、リリアも、母も、父も。みんな、システムの被害者」
涙が出る。
「だから、システムを壊したい。みんなを、自由にしたい」
ルークは、微笑む。
「優しいんだな、君は」
「優しくなんか……」
「いや、優しいよ」
ルークは、立ち上がる。
「100回も死んで、それでもみんなを救いたいって思える。それは優しさだ」
彼は手を差し伸べる。
「だから、僕は君を手伝う。君の優しさを守りたい」
私はその手を取る。
「ルーク……ありがとう」
「どういたしまして」
2人で、寮に戻る。
星が、瞬いている。
「明日から、本格的に始まるな」
ルークが、言う。
「ええ。作戦、成功させましょう」
「ああ、任せてくれ」
ルークは、不敵に笑う。
「策略なら、僕の得意分野だ」
その夜。自室。
私は、ベッドに座っている。
今日、ルークは覚醒した。
そして、エージェントに初めて遭遇した。
怖かった。
でも、ノアが助けてくれた。
そして、ルークが一緒に戦ってくれると言ってくれた。
「もう、1人じゃない」
その言葉を、何度も噛みしめる。
100回のループで、ずっと1人だった。
でも今は、違う。
ルークがいる。
ノアがいる。
「これなら、勝てるかもしれない」
希望が、見えてきた。
小さな、でも確かな希望。
「明日から、頑張ろう」
ベッドに横になる。
手はまだ震えている。心臓はまだ早い。
でも、今日よりは、少しマシ。
少しずつ、前に進んでいる。
「おやすみ、ルーク。おやすみ、ノア」
目を閉じる。
101回目の3週目が、終わる。




