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第2話 傷だらけの覚醒

1週目・Day1〜3 残り70〜68日


「お嬢様、朝食の準備ができております」


マリアの声で目を覚ます。


101回目の朝。私は息を整える。深呼吸。


大丈夫。落ち着いて。今日は1日目。まだ誰も死んでいない。まだ、何も起きていない。


でも、手が震える。止まらない。


「お嬢様?」


マリアが心配そうに扉の向こうから声をかける。


「大丈夫よ、マリア。すぐ行くわ」


声が震えていないか、確認する。


大丈夫。完璧な「お嬢様の声」。


鏡を見る。セレナ・アルヴェイン。


銀髪、紫の瞳、完璧な美貌。でも私には見える。


この顔に刻まれた、100回分の死の痕跡が。首に手をやる。


何もない。でも、感じる。ギロチンの刃が落ちた場所。冷たい鉄の感触。切断される瞬間の痛み。


息が詰まる。喉が締め付けられる。洗面台に駆け寄り、水を飲む。


震える手で、何度も何度も。


落ち着け、セレナ。今は違う。


今回は、すべてを知っている。戦える。勝てる。


「勝てる……本当に?」


鏡の中の自分に問いかける。答えは返ってこない。ただ、涙が1筋、頬を伝う。



朝食の席。


父アルヴェイン公爵と母エリザベート。


「おはよう、セレナ」


父の声。いつもの、厳格な声。私は震えそうになる手を必死に押さえて、優雅に椅子に座る。


「おはようございます、お父様、お母様」


父を見る。その瞬間、フラッシュバックが襲う。


断罪の場で、父が言った言葉。


「セレナは、我が家の恥だ」。


冷たい目。私から視線を逸らす姿。心臓が痛い。握りつぶされるような痛み。


「セレナ?顔色が悪いぞ」


父の声で、我に返る。


「いえ、大丈夫です。少し寝不足で」


笑顔を作る。完璧な笑顔。でも、心臓が早鐘を打っている。


この人は、3ヶ月後に私を見捨てる。この優しい母も。みんな、私を見捨てる。


「今日から学院だな。アルヴェイン家の名に恥じぬよう」


「はい、お父様」


自動的に答える。この会話、100回した。


次に父が何を言うか、完璧に覚えている。


でも今回は、私から話す。


「お父様」


「何だ?」


「お父様は……私を、誇りに思ってくださっていますか?」


父の手が止まる。母も驚いた顔でこちらを見る。


私は父の目を見る。今、この瞬間の父は、本当に私を誇りに思っているのか。それとも、それすらも「演技」なのか。


「当然だ」


父はゆっくりと答える。


「お前は優秀な娘だ。アルヴェイン家の誇りだ」


その声に、嘘はないように聞こえる。でも、私は知っている。


3ヶ月後、この人は私を「恥」と呼ぶ。どちらが本心?それとも、どちらも本心じゃない?


「ありがとうございます、お父様」


私は微笑む。完璧な、嘘の笑顔。もう、誰も信じない。誰も、頼らない。1人で、戦う。



馬車で学院へ向かう。


窓の外を見る。美しい街並み。平和な日常。


でも、私には見える。この世界の「嘘」が。全部、作り物。全部、シナリオ。胸が圧迫される。息が浅くなる。


「落ち着け……落ち着くのよ、セレナ」


自分に言い聞かせる。深呼吸。手帳を取り出す。書く。書けば、落ち着く。


「目標は、断罪イベントの破壊」


震える手で、ペンを走らせる。


「方法は……システムを理解すること。味方を作ること」


でも、誰を信じればいい? また裏切られたら?


「……慎重に。とにかく、慎重に」


手帳を閉じる。怖い。本当に怖い。でも、やるしかない。100回死んで、ここまで来たんだから。



学院に到着。正門をくぐると、視線が集中する。


「見て、アルヴェイン公爵令嬢よ」

「美しいわね……」

「でも、近寄りがたい……」


囁き声。100回聞いた。この人たちも、3ヶ月後には私を罵る。


「悪役令嬢!」

「国の恥!」

「地獄に落ちろ!」


息が苦しくなる。視界が揺れる。足が震える。


逃げたい。ここから逃げたい。でも、逃げられない。逃げても、結局捕まる。逃げても、結局殺される。


「……大丈夫」


自分に言い聞かせる。


「今回は違う。今回は、私が勝つ」


中庭に入ると、あの姿が見える。


リリア・アーベント。


栗色の髪の少女。きょろきょろと周囲を見回している。


この子が、私を断罪に追い込む。いや、違う。この子も、システムの被害者。


頭では分かっている。でも、心が拒否する。


この子のせいで、私は100回死んだ。この子のせいで、私は100回苦しんだ。


冷や汗が背中を伝う。指先が冷たくなる。リリアが、こちらに気づく。目が合う。その瞬間、フラッシュバックが襲う。


断罪の場で、涙を流すリリア。


「セレナ様、どうしてそんなことを……」


悲しそうな顔。でも、嘘。全部、嘘。


「あの……」


リリアが近づいてくる。


やめて。来ないで。でも、声が出ない。体が動かない。


「すみません、道が分からなくて……」


リリアが助けを求めてくる。これだ。これが、最初のイベント。


ここで私がリリアを無視すると、「セレナは冷たい人」という評価が固まる。助けるべきだ。笑顔で、優しく。


でも、できない。この子を見ると、100回分の記憶が蘇る。呼吸が浅くなる。空気が吸えない。


「セレナ様……?」


リリアが不安そうに私を見る。


私は、逃げた。踵を返して、走った。


「あの、セレナ様!」


リリアの声が遠ざかる。中庭を抜け、建物の影に隠れる。壁に背を預けて、座り込む。


「はあ、はあ、はあ……」


呼吸が荒い。心臓が爆発しそう。


「駄目だ……駄目だ……」


頭を抱える。戦うって決めたのに。冷静に行動するって決めたのに。リリアを見ただけで、パニックになった。


「弱い……私、弱すぎる……」


涙が出る。止まらない。100回死んでも、私は何も変わっていない。まだ、怖い。まだ、傷だらけ。


「どうすれば……どうすれば、いいの……」


その時、声が聞こえた。


「泣いているのかい、セレナ・アルヴェイン」


顔を上げると、そこに誰かが立っていた。フードを被った人物。顔は見えない。


「誰……?」


「君を助けに来た者だよ」


その人物は、ゆっくりとフードを外す。現れたのは、黒髪に金色の瞳の、中性的な顔立ちの若い男性。


「僕の名前はノア。君と同じ、『覚醒者』だ」


「覚醒者……?」


「そう。この世界の真実に気づいた者。システムの存在を知る者」


ノアは私の隣に座る。


「100回、死んだんだってね。大変だったろう」


その言葉に、涙が溢れる。


「大変、だった……」


声が震える。


「怖かった。痛かった。苦しかった。何度も、何度も、死にたいって思った」


「うん」


ノアは優しく頷く。


「でも、君は諦めなかった。100回死んでも、まだ立ち上がった。それは、すごいことだよ」


「すごく、ない……」


私は首を振る。


「私、さっき逃げた。リリアを見ただけで、パニックになって逃げた。弱いの。臆病なの」


「それは当然だよ」


ノアは言う。


「100回も死んだんだ。傷つかないわけがない。怖くないわけがない」


「でも……」


「でも、それでも君は戦おうとしている。それだけで、十分強いよ」


ノアは立ち上がり、手を差し出す。


「1人じゃ、辛いだろう?だから、僕が手伝う」


「手伝う……?」


「ああ。君は1人じゃない。僕がいる」


その手を見て、迷う。信じていいの?また、裏切られるんじゃないの?


「怖いのは分かる」


ノアは言う。


「100回も裏切られたんだ。誰も信じられないよね」


「……うん」


「でも、僕は違う。僕は、システムの外側から来た。君の敵じゃない」


システムの外側?


「どういう……」


「詳しい話は、また後で。今は、とにかく立って」


ノアは微笑む。


「君は1人じゃない。それだけ、覚えておいて」


私は、その手を取る。温かい。本物の、温かさ。


100回のループで、誰も私の手を取ってくれなかった。誰も、私を支えてくれなかった。でも今、この人は——。


「ありがとう」


震える声で、言う。


「どういたしまして」


ノアは笑う。


「さあ、行こう。君の戦いは、始まったばかりだ」



その後、ノアは消えた。「また会おう」と言って、影に溶けるように。


私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。手のひらに、まだ温もりが残っている。


「1人じゃない、か……」


その言葉が、胸に響く。


100回のループで、ずっと1人だった。誰も信じられず、誰にも頼れず。


でも、もしかしたら。もしかしたら、今回は違うのかもしれない。


「……やってみよう」


私は、立ち上がる。まだ、手は震えている。まだ、心臓は早鐘を打っている。


でも、少しだけ。少しだけ、勇気が湧いてくる。


中庭に戻る。リリアは、まだそこにいた。困った顔で、周囲を見回している。


深呼吸。大丈夫。できる。


「リリアさん」


声をかける。リリアが驚いて振り向く。


「セ、セレナ様!」


「さっきは失礼しました。道が分からないとおっしゃっていましたね」


笑顔を作る。震える唇で、必死に。


「あ、はい!講堂がどこか……」


「あちらです。ご案内します」


「本当ですか!ありがとうございます!」


リリアの笑顔が、眩しい。100回見た笑顔。100回、私を苦しめた笑顔。


でも、よく見ると。彼女も、不安そうだ。緊張している。怯えている。システムに操られている、1人の少女。


「……大丈夫よ」


思わず、そう言っていた。


「え?」


「学院、最初は不安でしょうけど、すぐに慣れます」


「あ、はい……ありがとうございます」


リリアは嬉しそうに笑う。その笑顔を見て思う。この子を救えるだろうか。この子も、システムから解放できるだろうか。


分からない。でも、やると決めた。今回は、違う。今回は、1人じゃないから。



入学式。


大講堂。最前列の指定席に座る。3つ隣に、レオン。


彼を見る。金髪碧眼の完璧な王子様。そして、100回私を殺した男。耳鳴りがする。周囲の音が遠い。


彼の声が聞こえるだけで、体が震える。断罪の場での声。


「貴女を、断罪する!」


息ができない。苦しい。レオンが、こちらを見る。


「やあ、セレナ。久しぶり」


笑顔。完璧な、王子様の笑顔。私は、何も言えない。ただ、頷くだけ。


「どうかした?顔色が悪いよ」


「いえ、何でも……」


声が震える。レオンの顔を見ると、フラッシュバックが止まらない。断罪の場。処刑台。ギロチン。首が落ちる。痛い。怖い。


「セレナ?」


レオンが心配そうに近づく。やめて。来ないで。


「大丈夫です」


かろうじて、そう言う。レオンは少し戸惑った顔をしたが、やがて自分の席に戻った。


私は、深呼吸する。駄目だ。レオンを見るだけで、パニックになる。でも、戦わなきゃ。彼とも、向き合わなきゃ。



入学式が終わり、教室へ向かう。廊下で、誰かとぶつかりそうになる。


「おっと、失礼」


相手が謝る。顔を上げると——ルーク・アシュフォード。


宰相子息で、攻略対象の1人。黒髪に灰色の瞳。知的な顔立ち。


「大丈夫かい、セレナ」


「ええ、こちらこそ……」


ルークは、じっと私を見る。


「……君、何か違和感があるね」


「え?」


「いや、うまく言えないんだけど。君を見ていると、妙な……既視感?みたいなものを感じる」


心臓が跳ねる。


既視感?


「気のせいでは?」


「そうかな」


ルークは首を傾げる。


「まあ、いいや。でも君、少し怯えているように見える。何かあった?」


「何も……」


「そうか。なら、いいんだけど」


ルークは去っていく。私は、その場に立ち尽くす。


ルーク。100回のループで、彼は何度も私を陥れた。でも、今の彼の言葉。「既視感」「違和感」。もしかして、彼も何か感じている?


「……分からない」


私は、教室に向かう。手が震えている。心臓が早鐘を打っている。でも、進むしかない。



放課後。


中庭のベンチに座っていると、誰かが隣に座った。


レオン。膝から力が抜ける。立っていられない。でも、逃げたら怪しまれる。必死に、平静を装う。


「レオン様……」


「今日、君少し様子がおかしかったけど……大丈夫?」


レオンは本当に心配そうな顔をしている。


この人も、断罪の時は違う。冷たくて、容赦なくて。


でも今は、優しい。


「大丈夫です。少し、緊張していただけで」


「そうか……なら、いいんだけど」


レオンは空を見上げる。


「セレナ、君とは幼い頃からの付き合いだけど……最近、少し距離を感じるんだ」


その言葉に、胸が痛む。そうよ。私、あなたを避けてる。だって、怖いから。


「そんなこと……」


「いや、感じるよ。まるで、僕が君を傷つけたみたいに」


レオンは私を見る。


「僕、何かしたかな?」


その目は、本気だ。彼は、本当に分かっていない。100回、私を殺したことを。


当然だ。彼にとっては、まだ何も起きていない。


「レオン様は、何もしていません」


私は言う。


「ただ、私が……少し、疲れているだけです」


「疲れている?」


「ええ。最近、悪い夢ばかり見るんです」


「悪い夢?」


「断罪される夢。殺される夢。何度も、何度も」


レオンの顔が、強張る。


「それは……」


「でも、夢ですから。気にしないでください」


私は立ち上がる。


「では、失礼します」


「セレナ、待って」


レオンが手を伸ばす。その手が、私の腕に触れる。その瞬間、体が反応する。


ギロチンの刃。首が落ちる。痛い。怖い。


「っ!」


私は、彼の手を振り払う。


「触らないで!」


叫んでいた。


レオンは、驚いた顔で固まっている。


「セレナ……?」


「ごめんなさい、レオン様。私、少し休みます」


私は走って、その場を離れる。


背中に、レオンの困惑した視線を感じる。


駄目だ。駄目だ。やっぱり、私は彼と向き合えない。触られただけで、パニックになる。これで、どうやって戦えばいいの?



その日の夜。寮の自室。私は、ベッドに倒れ込む。


「疲れた……」1


日、演じ続けた。「完璧なお嬢様」を。笑顔で、優雅に。


でも、本当は。ずっと震えていた。ずっと怖かった。レオンを見るたび、リリアを見るたび、息が苦しかった。


「もう、嫌だ……」


涙が出る。


「なんで、私ばっかり……」


100回も死んで、まだ戦わなきゃいけない。まだ、怖い思いをしなきゃいけない。


「疲れた……もう、疲れた……」


枕に顔を埋めて、泣く。声を殺して。誰にも聞かれないように。


でも、涙は止まらない。100回分の涙が、溢れて止まらない。


どれくらい泣いただろう。ふと、窓を見ると。ノアが、そこに立っていた。


「ノア……」


「頑張ったね、今日」


ノアは優しく笑う。


「よくやったよ。リリアに声をかけて、レオンとも会話して」


「全然、駄目だった……」


私は首を振る。


「震えてばかりで、パニックになって……」


「それでも、やり遂げた。それが大事だ」


ノアは窓辺に座る。


「セレナ、無理しなくていいんだよ」


「え?」


「君は、100回も死んだ。傷だらけだ。それなのに、完璧に振る舞おうとしている」


ノアは真剣な目で私を見る。


「でも、完璧である必要はない。震えてもいい。泣いてもいい。怖がってもいい」


「でも……」


「君は人間だ。傷つけば、痛い。怖ければ、震える。それは、弱さじゃない」


ノアは微笑む。


「それは、君がまだ『人間』である証拠だ」


その言葉に、涙が溢れる。


「人間……」


70回目のループで、私は「心が死んだ」と思った。感情がなくなって、人形になったと。


でも、違った。まだ、泣ける。まだ、怖がれる。まだ、傷つける。


「私、まだ人間なんだ……」


「そうだよ。だから、大丈夫」


ノアは立ち上がる。


「焦らなくていい。少しずつでいい。君のペースで、戦えばいい」


「ノア……」


私は、彼を見る。


「あの、1つ聞いていい?」


「何?」


「味方を、作りたいの。でも、誰を信じればいいか分からない」


ノアは少し考えて、言う。


「もし味方を作るなら、ルーク・アシュフォードを見てみるといい」


「ルーク?」


「ああ。彼は『策略家』の役割だ。つまり、多面的な思考が求められる。システムは彼を完全には制御できない」


ノアは窓辺に座り直す。


「この世界のキャラクターには、システムへの『抵抗値』がある。レオンやリリアは低い。だから簡単に上書きされる。でもルークは違う。彼は元々『裏で暗躍する』役割だから、自我が強く設定されている」


「つまり、気づきやすい?」


「そう。ただし」


ノアは真剣な表情になる。


「覚醒させるには時間がかかる。君は100回かけて覚醒した。ルークも、少なくとも数週間は必要だろう」


「数週間……」


「ああ。焦らず、少しずつだ。まず彼の『違和感』を育てる。それから、少しずつ真実を見せていく」


ノアは立ち上がる。


「でも、注意して。覚醒しかけのキャラクターは、システムの介入を強く受ける。君も巻き込まれる可能性がある」


「分かった」


「おやすみ、セレナ。また明日」


ノアは、窓から消える。私は、しばらくその場に座っていた。


「ルーク……か」


彼は今日、「既視感」と言った。「違和感」とも。もしかしたら、彼は気づき始めている。でも、焦ってはいけない。ノアが言った。「数週間は必要」と。


「少しずつ、だね」


ベッドに横になる。手はまだ震えている。心臓はまだ早い。でも、少しだけ。少しだけ、希望が見えた気がする。101回目の夜が更ける。

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