第14話 断罪の予行
八週目・Day5〜7 残り24日
エリオットがシステムの構造解析を続けて3日が経った頃、彼は談話室に全員を集めた。
「重要な発見があります」
眼鏡を押し上げる仕草が、いつもより緊張を帯びていた。
「断罪イベントは、当日に突然動き出すわけではありません。段階的に力が入る構造になっています。——最終的に動き出す48時間前に、システムがシナリオを関係者の意識に流し込む準備段階があります」
「流し込む、というのは」
とルークが聞いた。
「言葉が、勝手に出てくる状態です。本人の意思とは無関係に、シナリオ通りの台詞が口をついて出る。——主にリリアさんと、クラリスさんが対象になります。断罪の告発者として、システムが設定しているから」
リリアの顔が青くなった。
「……私が、セレナ様を告発するということですか」
「はい。システムはリリアさんをヒロインとして、断罪の中心に据えようとします。——ただし今回は事前に分かっています。対策が打てます」
「どんな対策が」
「リリアさんの周囲に、常時遮蔽の魔法陣を展開します。システムの流し込みを外側で遮断する。——ただし」
エリオットが少し間を置いた。
「それを維持し続けるには、相当な力が必要です。特に断罪当日、システムが全力で動き始める時間帯は、私の限界に近くなる可能性があります」
「限界を超えたら」
とセレナが聞いた。
「魔法陣が崩れます。——その瞬間、リリアさんがシステムに引き込まれます」
部屋が静まり返った。
「最悪の場合を想定しておく必要があります。私が倒れたとき、別の手段でリリアさんを守る方法を、今のうちに考えておいてください」
その夜から、エリオットはリリアに遮蔽の魔法陣を常時展開し始めた。
小さな魔法陣だった。リリアの手首に、うっすらと光る紋様として刻まれた。普通の人間には見えない。エリオットにだけ、その光が維持されているかどうかが分かる。
「重くはないですか」
「今は問題ありません」
「……無理をしないでください」
「必要な無理と、不必要な無理があります。これは前者です」
リリアがエリオットの顔を見た。いつも通りの冷静な顔だった。でもリリアには、その冷静さの奥に何かある気がした。
「エリオット様は——怖くないんですか」
「何が怖いんですか」
「全部です。断罪当日のこと、システムのこと、力が尽きたときのこと」
エリオットはしばらく考えた。
「怖い、という感覚が何かはよく分かりません。ただ——間に合わなかった場合に何が起きるかを考えると、計算が止まらなくなります。それが怖いということかもしれません」
「……それは怖いということだと思います」
「そうかもしれませんね。でも計算が止まらないのは、それだけ大切なものがあるということでもある。——悪くないと思っています」
リリアは何も言えなかった。
ただ、手首の光をそっと押さえた。
5日目の夜、予行が来た。
夜の11時過ぎ。談話室でルークとセレナが明日の段取りを確認していた。エリオットは隣の部屋で構造の観察を続けていた。
突然、隣の部屋からエリオットが飛び込んできた。
「リリアさんを呼んでください。今すぐ」
顔色が変わっていた。
「何が起きましたか」
「システムが準備段階に入っています。断罪当日まで、まだ24日あるはずなのに——今夜、予行を動かそうとしています」
「予行?」
「本番ではない。でも流し込みの試みを、今夜やろうとしています。——おそらく、私たちがどこまで対応できるかを測るためです」
ルークが立ち上がった。
「リリアを呼ぶ。セレナはエリオットと一緒に魔法陣を——」
その瞬間、廊下から足音が聞こえた。
扉が開いた。
リリアが立っていた。寝間着のままで、目が半分閉じていた。眠っているのか、起きているのか、判断できない状態だった。
「リリアさん」
セレナが立ち上がった瞬間、リリアの口が動いた。
「——セレナ・アルヴェイン様。あなたの罪を」
声が変わっていた。リリア自身の声なのに、まるで別の誰かが操っているような、平板な響きだった。
「あなたの罪を、ここに——」
エリオットが素早く腕を動かした。手首の魔法陣が光った。
リリアの動きが止まった。
1秒。2秒。
「——っ」
リリアが膝をついた。セレナが駆け寄って支えた。
「大丈夫ですか」
「……分からない、何が、私——」
リリアが震えた。
「声が、止まらなかった。私の声なのに、私じゃなかった。体が動いて、言葉が出てきて——止めようとしたのに、止められなかった」
「止まりました。エリオットが止めた」
「でも——本番のときに、もし——」
「本番のことは今は考えないで」
セレナはリリアの背中を支えたまま、エリオットを見た。
エリオットは魔法陣を維持しながら、少し息が上がっていた。たった数秒の遮断で、もう消耗が見えた。
「どのくらい保ちますか」
エリオットは正直に答えた。
「今夜のような予行が、あと3回来たとします。——本番当日には、残り4割程度かもしれません」
4割。
断罪当日、システムが全力で動き始める瞬間に、4割の力しか残っていない。
「最悪の場合の手段を、本当に考えなければなりませんね」
とエリオットが静かに言った。
誰も否定しなかった。
翌朝、ノアが1つの情報を持ってきた。
「システムの核に、近づく方法が分かった」
全員が顔を上げた。
「システムが全力で断罪イベントを動かそうとする瞬間——その瞬間だけ、核への道が開く。普段は閉じている。でも全力で動かすときは、全ての力を断罪に向けるために、内部構造が1瞬だけ開いた状態になる」
「1瞬とはどのくらいですか」
とエリオットが聞いた。
「計測できない。でも——長くはない。おそらく、数秒」
「その数秒で、核に触れられるんですか」
「触れることはできる。壊せるかどうかは、やってみなければ分からない」
「ではその数秒を確保するために」
とルークが言った。
「断罪イベントを、意図的に動かす必要がある」
そういうことだ。
部屋が静かになった。
意図的に動かす。つまり、断罪の場に出ていく。システムが全力を出し始めるその瞬間を待ちながら、その場に立ち続ける。
「セレナを囮にするということか」
とレオンが言った。声が低かった。
「囮、という言葉は正確じゃない。セレナが断罪の場に立つことで、システムが全力を注ぎ込む。その瞬間を利用して、僕が内側から核を壊す。——セレナには、システムが全力を出し切るまで、場を保ってもらう必要がある」
「どのくらいの時間」
「分からない。でもエリオットの魔法陣が保つ間は、リリアさんへの流し込みは防げる。問題は——魔法陣が崩れた後だ」
「エリオットが倒れた後」
とセレナが静かに言った。
「そうだ。そこからが本当の意味での勝負になる。——リリアさんが台本を言い始め、場が断罪に向かって動き出す。その直前に、僕が核を壊せるかどうか」
「間に合わなかったら」
「間に合わせる」
断言だった。
「でも、もし——」
「間に合わせる」
もう1度、同じ言葉だった。今度は誰も続きを聞かなかった。
その夜、セレナは眠れなかった。
床の上に書き物をしていた。100回分のループの記録を、もう1度整理していた。手が動いている間は、余計なことを考えずに済む。
夜中の2時を過ぎた頃、扉を叩く音がした。
レオンだった。
「眠れないのですか?」
とセレナが言うと、
「君もだろう」
とレオンが答えた。
部屋に入って椅子に座った。セレナは書き物を続けながら話した。
「怖いですか。当日のことが」
「怖い。——でも、怖いのはシステムのことじゃない」
「では何が」
「君が、場を保ち続けなければならないということだ。断罪の場に立って、システムが全力を出し切るまで動かずにいる。——それがどれほど辛いか、100回分の記憶を持つ君には分かりすぎるほど分かっているはずだ」
セレナは手を止めた。
「……大丈夫です」
「本当に?」
「本当に」
しかし、と思った。本当に大丈夫かどうかは、自分でも分からない。断罪の場に立つたびに体が震えた。レオンの声を聞くだけで耳鳴りがした。それは101回目の今も、完全には消えていない。
「セレナ」
レオンが珍しく、敬称をつけずに呼んだ。
「私に、隣にいさせてくれ。当日」
「……レオン様は証言者として別の場所に——」
「証言を終えた後、君の隣にいる。——それだけでいい。隣に立っているだけでいい」
セレナはしばらく何も言えなかった。
100回の処刑で、レオンが自分の隣に立ったことは1度もなかった。いつも向かい側にいた。断罪する側に。
「……お願いします」
やがて、小さく言った。
レオンが頷いた。
「任せてくれ」
窓の外で、夜が少しずつ明けようとしていた。
残り24日。
最終決戦の輪郭が、はっきりと見え始めていた。




