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事件性ナシ  作者: 志に異議アリ


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3/3

途中段階


最初に死んだ看護師の心臓は、驚くほど健康だった。

年齢相応。

不整脈なし。

既往歴もない。


――心不全。

診断書には、それだけが残った。



その後続いた死者も、死因はいずれも心不全だった。

病室、非常階段、処置室。

亡くなった場所はばらばらで、共通点らしい共通点はない。

外傷はなく、争った形跡もない。

解剖結果も、拍子抜けするほどきれいだった。

最初の一人だけが、死体安置所で見つかった。

そのせいで噂が生まれた。

「夜中に動く死体を見た」

「顔のない影が立っていた」

「白衣の幽霊だ」

病院という場所は、噂にとって都合がいい。

人は多く出入りし、記録は厳密で、

それでも“見間違い”が許される余白がある。

だが、どの遺体にも異常はなかった。

心臓は、健康だった。




─── 

アドレナリン。

ノルアドレナリン。

再取り込みを、抑制。


彼はそう呟きながら、紙に線を引く。

安静時心拍数、正常。

血圧、正常。

血管反応、問題なし。

「効きすぎないのが、いい」

新薬は、静かなときほど従順だった。

座っている間、眠っている間、

数値はほとんど動かない。

だが。

強いストレス。

恐怖。

驚愕。

その瞬間だけ、跳ね上がる。

心拍数。

血圧。

血管収縮反応。

通常の、数倍。

「心不全の原因を調べてるんじゃない」

彼は、誰に聞かせるでもなく続ける。

「人は、どれほどの恐怖で死ねるかを測っているだけだ」


投与から六時間。

八時間。

十時間。

少しずつ、ずらす。

飲み物に混ぜ、差し入れと称して渡す。

味に違和感はない。

あとは、驚かせるだけだ。

仮面は、目も鼻も口もない。

ただ、人の形をしている。

触れない。

押さえつけない。

一瞬、現れるだけでいい。

心臓に問題のない者から始めた。

耐えられるかどうかを見るために。


次に、軽度の既往歴。

次は、はっきりとした異常がある者。

「段階は、踏まないとな」

ペン先が止まり、次の紙がめくられる。

名前。

年齢。

心疾患あり。

丸をつける。


「……ここからだ」

彼は白衣を整え、時計を見る。

いつも通りの時間だった。

この病院では、今日も誰かが噂をする。

幽霊を見た、と。

それでいい。

それが、一番きれいだ。



時間をどこに置くかを決めるだけだ。

同意書、あり。

禁忌、なし。

投与可能。

仮面は、引き出しの奥に戻した。

まだ使える。

白衣を羽織り、

次の予定を確認する。


この実験は、

まだ途中なのだから。

廊下の向こうで、誰かが言っていた。

「また、出たらしいよ」

彼は聞かなかったことにした。

噂は、記録にならない。

だが、

噂がある限り、

時間のずれには誰も気づかない。

彼は赤ペンで、

次の名前に丸をつけた。


次は、

どのくらい待つか。

その人の心臓も、

何も傷を残さず、

静かに止まるだろう。

きれいなまま。

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