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事件性ナシ  作者: 志に異議アリ


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1/3

取材



その病院の噂を聞いたのは、最初の死のあとだった。

死体安置所で、人が死んだ。

死因は心不全。

事件性はなく、警察も入っていない。


話としては、それだけだ。

ただ、顔が少し、おかしかったらしい。


私はそういう噂を集める仕事をしている。

幽霊だとか、祟りだとか、そういうものの周辺にある話だ。

科学的な裏付けはない。

当事者の記憶も曖昧だ。

だからこそ、残る。


その病院の話も、最初は弱かった。

怪談としては成立しない。

人が死ぬ場所で、人が死んだだけだ。

噂を教えてくれたのは、古い知り合いだった。


「顔がね」

電話の向こうで、彼はそう言った。

「怖かったんだって」

怖かった、というのがどういう意味なのか、彼自身も説明できていなかった。


叫んでいたように見えた、とも言った。

何かを見ていたみたいだった、とも言った。


ただ、死因は心不全で、記録はきれいに揃っている。

「それ、よくあるよ」

私はそう返した。

苦しさで表情が歪むことはある。

恐怖とは限らない。


彼は納得しなかった。

納得しないまま、別の話を足してきた。

「夜だったらしいよ」

「誰もいない時間」

「冷蔵庫の音が、止まったとか」

死体安置所にある冷蔵庫は、止まらない。

止まったなら、それは故障だ。

だが、その言い方は、機械の話ではなかった。

その時点では、まだ幽霊という言葉は出ていない。

ただ、説明が足りない感じだけがあった。


病院に直接行ったのは、その数日後だ。

取材というより、様子見だった。

怪談になるかどうか、それを確かめる程度の気持ちだった。


病院は、よくある総合病院だった。

新しくもなく、古すぎもしない。

人の出入りは多く、昼間は明るい。

広報は淡々としていた。

質問に答え、答えられないことははっきりそう言った。

「心不全です」

「勤務中の急変でした」

「事故性はありません」

それ以上の話はなかった。


死体安置所について聞くと、少し間があった。

拒否ではない。

ただ、選ぶ言葉を探している感じだった。

「業務上、立ち入れる人間は限られています」

「点検も記録も、規定通りです」

規定通り。

それは、この手の話でよく出てくる言葉だ。


病院の中で、噂は表立っていなかった。

誰も大声で話さない。

ただ、言葉を選ぶ人が多かった。

看護師の一人は、こう言った。

「亡くなった方は、真面目な人でした」

「夜勤も慣れていて」

「無理をするタイプじゃなかった」

だから不思議だ、という言い方ではなかった。

ただ、事実を並べただけだった。

別の人は、こう言った。

「顔のことですか?」

「見てないです」

「記録では、穏やかだったって」

穏やか、という言葉が、少し浮いて聞こえた。


噂は、病院の外の方がよく育っていた。

近所の人、患者の家族、関係の薄い人たち。

「夜に声がするらしい」

「前から、あそこは変だった」

「関わると、よくないことが起きる」

誰も、はっきりとは言わない。

幽霊だ、と言い切る人もいない。


ただ、死体安置所という場所だけが、少しずつ色を帯びていった。

私は、記事にはしなかった。

怪談としては弱い。

説明がつく話ばかりだった。

それでも、メモは残した。

名前。

日時。

場所。

最後に書いたのは、こんな一文だった。


――心不全。

――表情に違和感あり。

――以降、噂が増える。

その時は、まだそれ以上の意味を考えていなかった。

噂は、そうやって始まるものだから。

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