第6話 小さな事件
それは、本当に小さな事件だった。
あとから振り返れば、
誰もがそう口にするだろう。
――大事には至らなかった。
――事故に近い。
――不運が重なっただけ。
けれど。
その「小ささ」は、
私を守ってはくれなかった。
王立学院・実技棟。
聖女セシリアの魔法訓練は、予定通り行われていた。
光属性の基礎制御。
難易度は低く、危険性もほぼない。
……本来なら。
「では、次の工程に進みます」
担当教師の声が響く。
私は、管理責任者として後方に控えていた。
現場の指導は、別の教官が行っている。
問題は、起こるはずがなかった。
――そのはずだった。
「……あっ」
セシリアの小さな声。
次の瞬間。
光が、弾けた。
制御を外れた魔力が、訓練器具に衝突し、
鈍い音を立てて砕け散る。
破片が舞い、
悲鳴が上がった。
「下がって!」
教官の叫び。
私は即座に結界を展開した。
魔力の流れは安定。
負傷者なし。
――被害は、器具の破損だけ。
それだけの事故。
それだけ、のはずだった。
「大丈夫ですか、セシリア!」
エドワルド殿下が、真っ先に駆け寄る。
「は、はい……すみません……私が……」
彼女は青ざめた顔で俯いた。
「君のせいじゃない」
殿下は、そう断言した。
その言葉に、場の空気が一気に傾く。
――では、誰のせいなのか。
視線が、私に集まる。
静かに。
当然のように。
「管理体制に、問題があったのでは?」
誰かが言った。
「最近、訓練環境が合っていないと聞いていましたし」
「聖女様、ずっと緊張されていたでしょう?」
言葉が、積み重なる。
事故。
緊張。
圧力。
因果は、勝手に結ばれていく。
「……異論はありません」
私は、前に出た。
責任者として、逃げるわけにはいかない。
「今回の件、管理不足があったとすれば、私の監督責任です」
それは、事実の一部にすぎない。
けれど、場が求めている言葉でもあった。
……だからこそ。
「ほら、やっぱり……」
「自分で認めたじゃない」
誰かの囁きが、確かに聞こえた。
違う。
認めたのは、
責任の所在であって、
罪ではない。
だが、その違いを説明する空気は、もう残っていなかった。
「リリアーナ」
エドワルド殿下が、低い声で呼ぶ。
「しばらくの間、君には現場から離れてもらう」
それは、提案ではなかった。
「聖女の心身の安定が、最優先だ」
正論。
誰も否定できない正論。
だからこそ、
私は、何も言えなかった。
「……承知しました」
そう答えた瞬間。
殿下の表情が、ほっと緩む。
――安心したのだ。
私が抵抗しなかったことに。
その日のうちに、通達が出た。
聖女教育への関与、一時停止
実技棟への立ち入り制限
管理業務の再編成
どれも、暫定措置。
期限は、未定。
――つまり、いつでも切れる。
私は、自室で通達文を読み終え、そっと机に置いた。
紙は、何も語らない。
感情も、悪意も、書かれていない。
ただ、
「あなたは問題になり得る」
そう記されているだけ。
胸の奥で、何かが静かに折れた。
怒りでもない。
悲しみでもない。
ただ、理解。
――ああ。
私はもう、
「守る側」ではない。
そして。
「説明される側」ですらない。
世界は、私を排除する準備を、
とても丁寧に進めている。
誰も悪くない顔をしたまま。
追放フラグ【Stage3:孤立の確定】
――不可逆。
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