第5話 噂は事実になる
噂というものは、誰かが広めなくても育つ。
ほんの小さな違和感。
曖昧な印象。
そして――沈黙。
それらが重なった時、
噂はいつの間にか「前提」になる。
王立学院の教員会議。
本来、私は出席する立場にある。
宰相家の令嬢であり、王太子の婚約者。
学院運営にも関わる権限を持っている。
……本来なら。
「今回は、リリアーナ様にはご負担が大きいでしょうから」
そう言われ、私は議場の外に立っていた。
理由はそれだけ。
誰も「来るな」とは言わない。
誰も「不要だ」とも言わない。
ただ、
“いない方が穏便”
という空気があるだけ。
扉の向こうから、かすかに声が聞こえる。
「……最近の件ですが」
「ええ、聖女様のことですね」
「直接的な被害はありません。ただ……」
――ただ。
その言葉が、ひどく嫌な予感を連れてくる。
「影響力のある方ですから」
「誤解を招く振る舞いは、問題かと」
「前例も、ありますし……」
前例。
私は、思わず唇を噛んだ。
誰の。
いつの。
何の前例なのか。
誰も言わない。
言わなくても、通じてしまうから。
「慎重に扱うべきでは?」
「ええ……本人に悪意はないとしても」
――悪意はない。
それが免罪符のように使われる。
だからこそ、余計に厄介だ。
私は、扉を叩かなかった。
弁明もしなかった。
ここで声を上げれば、
「やはり感情的だ」
そう評価されるのが、分かっていたから。
数日後。
学院内での私の扱いは、目に見えて変わった。
「その件は、別の方にお願いしましょう」
「今回は、聖女様中心で進める方針です」
理由は、どれも曖昧。
けれど共通している。
私を外す判断が、自然なものとして受け入れられている。
廊下ですれ違う生徒たちの視線も変わった。
以前は、
敬意と緊張。
今は、
探るような目。
距離を測る目。
「……なんとなく、近寄りづらいよね」
「噂、聞いた?」
「詳しくは知らないけど……」
知らない。
詳しくない。
それでも、結論だけは共有されている。
――リリアーナ・フォン・アルトリアは、問題がある。
その日の午後。
セシリアが、軽い魔法事故を起こした。
訓練用の光魔法。
制御を誤り、器具を破損。
怪我人はいない。
本人も、無事。
――ただの事故だ。
問題は。
「その訓練の監督は……?」
教師の視線が、私に向いたこと。
「……私です」
正確には、
全体の管理責任者が私だっただけ。
現場にいたわけではない。
直接指示したわけでもない。
それでも。
「やはり……」
「心配していた通りだわ」
「聖女様が萎縮していたから……」
言葉が、勝手につながっていく。
事故。
萎縮。
圧。
因果関係はない。
だが、“物語”としては美しく整っていた。
「セシリア、大丈夫?」
エドワルド殿下が駆け寄る。
「はい……私が未熟で……」
彼女は、そう言って俯いた。
――違う。
それは、彼女のせいではない。
けれど。
「責任はこちらで取ります」
私は、一歩前に出た。
その瞬間。
場の空気が、ぴんと張り詰める。
「……そういうところです」
誰かが、小さく言った。
誰の声かは、分からない。
だが、その一言で十分だった。
私は、責任を取ろうとした。
立場として、正しい行動を選んだ。
――それが。
“支配的”だと受け取られた。
その夜。
正式な処分は出なかった。
ただ、
「今後は、聖女の教育方針を見直す」
という決定が下された。
その中に、私の名前はなかった。
私は、外された。
理由もなく。
説明もなく。
ただ、
噂が事実になったから。
自室に戻り、椅子に腰を下ろす。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
――ああ。
これはもう、個人の問題ではない。
誰かが私を嫌っているわけでもない。
誰かが陥れたわけでもない。
それでも。
私は「危険な存在」として
整理され始めている。
静かに。
合理的に。
誰も傷つかない方法で。
……だからこそ、
こんなにも、息が苦しい。
追放フラグ【Stage3:孤立の確定】
――成立。
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