第4話 正しい距離
それは、正式な命令ではなかった。
けれど――
私には、命令以上に重く響いた。
「リリアーナ。しばらくの間、聖女セシリアとの直接の接触は控えてほしい」
王立学院、貴賓用の応接室。
エドワルド殿下は、珍しく視線を逸らしたままそう言った。
「……理由を、お伺いしても?」
声は、平静。
胸の内を隠すのは、もう習慣だった。
「彼女が、気にしている」
それだけだった。
誰が。
何を。
どこまで。
何ひとつ、明確ではない。
けれど、その曖昧さこそが――
私を否定するには、十分だった。
「分かりました」
私は、すぐに答えた。
殿下の肩から、わずかに力が抜ける。
「君なら、理解してくれると思っていた」
その言葉は、褒め言葉の形をしていた。
けれど私には、
「君は我慢できる側だ」
そう言われたようにしか聞こえなかった。
それから、私の居場所は少しずつ変わっていった。
式典での立ち位置。
会議での発言順。
学院行事への関与。
――すべてが、わずかに後ろへずらされる。
理由は説明されない。
ただ、「配慮」という言葉だけが添えられる。
「リリアーナ様はお忙しいでしょうから」
「今回は、聖女様中心で進めた方が……」
私は、反論しなかった。
それが“正しい距離”だと、皆が信じていたから。
中庭で、またセシリアを見かけた。
彼女は生徒たちに囲まれ、花の話をしている。
笑顔は柔らかく、声は明るい。
……何も変わっていない。
いや。
変わったのは、私との距離だけだ。
彼女が、ふとこちらに気づく。
目が合う。
一瞬、戸惑ったように瞬きをし――
それから、遠慮がちに微笑んだ。
声は、かけられなかった。
かけてはいけない、と
空気が告げていた。
「……ほら」
「やっぱり、近づかない方がいいんだよ」
「聖女様、安心してるみたいだし」
ひそひそとした声。
私は、聞こえないふりをして通り過ぎる。
その背中に、
安堵と納得の視線が注がれる。
――関わらないことが、優しさ。
――距離を取ることが、正義。
そんな価値観が、いつの間にか出来上がっていた。
夜。
自室で、一人になった時。
私は初めて、ドレスの裾を強く握りしめた。
震えはない。
涙も出ない。
ただ、胸の奥が、ひどく重い。
私は、何かを壊したのだろうか。
それとも――
壊したことに、されたのだろうか。
答えは出ない。
けれど、ひとつだけ分かる。
私はもう、「輪の中」にはいない。
誰も私を責めてはいない。
誰も私を罰してはいない。
それなのに。
私は、確実に外へ押し出されている。
完璧であること。
理解すること。
従うこと。
それらすべてが、
私を守るどころか――
静かに、孤立へ導いていた。
窓の外、夜風が木々を揺らす。
その音が、
まるで世界が距離を測っているかのように聞こえた。
追放フラグ【Stage2:印象固定】
――臨界点接近。
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