第11話 役割という檻
その日、雨が降っていた。
強くもなく、弱くもない。
ただ、逃げ場を塞ぐような雨。
聖堂の回廊で、私は足を止めた。
ここは、私が今いちばん近づいてはいけない場所。
けれど――
避け続ける理由も、もうなかった。
「……リリアーナ様?」
声がした。
振り返ると、
白いローブに身を包んだセシリアが立っていた。
周囲には、誰もいない。
珍しい。
けれど、偶然だ。
私は一礼した。
「お元気そうで、何よりです」
それだけ言って、立ち去るつもりだった。
「待ってください」
彼女の声は、小さい。
けれど、確かだった。
少しの沈黙。
雨音が、回廊に響く。
「……私」
セシリアが、視線を落とす。
「最近、自分が……
何も決めていないことに、気づきました」
その言葉に、胸が静かに鳴った。
私は、何も言わない。
促さない。
ただ、聞く。
「皆さんが、とても優しくしてくれます」
「守ってくれます。考えてくれます」
「……だから」
彼女は、指先を強く握った。
「私は、頷くだけになりました」
その瞬間。
私は、確信した。
――彼女も、檻の中にいる。
「それは……楽ですか?」
私の問いに、セシリアは驚いたように顔を上げた。
しばらく考え、首を振る。
「分かりません」
正直な答え。
「でも……怖いです」
声が、わずかに震える。
「私が何か言えば、
誰かが困る気がして」
「何も言わなければ、
皆が安心する気がして」
……ああ。
それは、
私がずっと抱えてきた感覚と同じだった。
「私は」
私は、静かに言った。
「あなたを責めたことは、一度もありません」
セシリアの目が、大きく見開かれる。
「けれど、あなたの“役割”は――
誰かを無自覚に、押し出してしまう」
責める口調ではない。
告発でもない。
ただの、構造の話。
「それは、あなたの罪ではありません」
「でも……」
彼女は、唇を噛んだ。
「リリアーナ様が……」
言葉が、途切れる。
続きを、私は知っていた。
「私が悪役にされたことを、知っているのですね」
彼女は、俯いたまま、頷いた。
「……私は」
セシリアの声が、震える。
「皆が、私を守るたびに、
誰かが遠くなるのを……感じていました」
「でも、それが“正しい”ことだと、思っていました」
雨音が、強くなる。
「聖女は、そういう存在だと」
その一言が、すべてだった。
「聖女も、悪役令嬢も」
私は、ゆっくりと言った。
「同じです」
彼女が顔を上げる。
「どちらも――
物語に必要な役割です」
「人ではなく、装置」
その言葉に、セシリアは息を呑んだ。
「……では」
彼女は、かすれた声で尋ねた。
「私たちは、どうすれば……?」
私は、少しだけ微笑んだ。
それは、久しぶりに
演技ではない微笑みだった。
「まだ、何もしなくていい」
「ただ――
自分の意思を、手放さないでください」
「それだけで、
この檻は軋みます」
遠くで、鐘の音が鳴った。
誰かが、こちらへ向かってくる気配。
セシリアは、慌てて一歩下がる。
「……ありがとうございます」
小さく、でも確かに。
彼女は、そう言った。
その場を離れながら、私は思う。
役割という檻は、
外から壊せない。
中にいる者が、違和感を持った瞬間にだけ、
亀裂が入る。
それでいい。
今は、それで十分だ。
追放フラグ【Stage4:有罪前提】
――内側から、軋み始める。
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