第1話 完璧な婚約者
※注意
本作は「悪役令嬢がいじめられて復讐する話」ではありません。
誰もが正しい顔をしたまま、
誰かを切り捨てる世界の話です。
追放されるのは、彼女か。
それとも――世界のほうか。
静かな逆転劇を、どうぞ。
その日もまた、私は「完璧」であることを求められていた。
鏡の中に映る私――リリアーナ・フォン・アルトリアは、今日も寸分の狂いもなく整っている。
淡い銀糸を織り込んだドレス。王家の式典にふさわしい気品。背筋は真っ直ぐ、視線は伏せすぎず、強すぎず。
……これが、王太子の婚約者。
誰に教えられたわけでもない。
ただ、そう“あるべきだ”と、ずっと思ってきただけ。
「リリアーナ様、ご準備はよろしいですか?」
侍女の声に、私は小さく頷いた。
「ええ。問題ないわ」
問題など、あるはずがない。
だって私は――問題を起こしてはいけない存在なのだから。
王立学院の入学式。
貴族、王族、聖堂関係者が一堂に会する、格式ばった式典。
私の隣には、王太子エドワルド殿下が立っている。
金色の髪、凛々しい横顔。
誰からも「未来の名君」と期待される人。
「……今日も変わらないな、リリアーナ」
小声でそう言われ、私は微笑んだ。
「殿下の婚約者ですもの。変わらぬことが、最善ですわ」
それは皮肉でも嫌味でもない。
ただの事実だった。
殿下は一瞬、何か言いたげに口を開き――そして、閉じた。
その沈黙が、なぜか胸に刺さる。
……また、何か間違えたのかしら。
そう思った瞬間。
「次に、新たに聖堂より派遣された――聖女、セシリア・ルミナス様のご入場です」
場の空気が、一気に変わった。
視線が集まる。
期待、好奇、敬意――そして、無条件の好意。
純白のローブに包まれた少女が、ゆっくりと歩み出る。
淡い金の髪。少し不安そうに伏せられた瞳。
――ああ。
胸の奥で、言葉にならない“何か”が、かすかに軋んだ。
理由は分からない。
ただ、その光景が――ひどく「見覚えのあるもの」に思えた。
「……聖女、ですか」
隣で、エドワルド殿下の声がわずかに柔らぐ。
その変化に、私の心臓が小さく跳ねた。
式典が進み、形式的な挨拶が続く中。
不意に、視線を感じた。
――見られている。
聖女セシリアが、こちらを見ていた。
目が合う。
驚いたように目を見開き、そして、慌てて頭を下げられた。
「……?」
私は一瞬迷い、貴族として正しい対応を選ぶ。
ゆっくりと、微笑み。軽く会釈。
それだけのこと。
何も問題のない、完璧な対応。
なのに。
「……今の、少し怖くなかった?」
背後から、ひそひそと囁く声が聞こえた。
「え? ああ……確かに、冷たい感じが……」
――なに?
私は、動きを止めなかった。
聞こえなかったふりをして、前を向く。
心臓が、じわりと重くなる。
冷たい?
怖い?
私は、何もしていない。
ただ、礼儀を尽くしただけ。
ただ、婚約者として、完璧であろうとしただけ。
それなのに。
式典が終わり、解散の合図が出る。
人々は自然と、聖女の周りに集まっていく。
「大丈夫でしたか? お緊張になったでしょう」
「なんて可憐な……」
「我々がお守りしますからね」
まるで、守るべき存在であるかのように。
私は、その光景を少し離れた場所から見ていた。
エドワルド殿下も、いつの間にかそちらへ向かっている。
……ああ、そう。
この感じ。
胸の奥で、何かが“カチリ”と音を立てた。
説明できない。
理屈もない。
けれど、はっきりと分かった。
――これは、始まりだ。
私が今まで、必死に避けてきた何かが。
完璧であることで、遠ざけてきたはずの未来が。
静かに、確実に――こちらへ向かってきている。
それでも私は、背筋を伸ばす。
感情を押し殺し、微笑みを崩さない。
だって私は、
王太子の婚約者であり――完璧な令嬢なのだから。
この時はまだ、知らなかった。
その「完璧さ」こそが、
私を追放へと導く最初の一歩だったことを。
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