表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Article 9 永遠の愛 — それは福音なのか、呪文なのか!?  作者: あみれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/39

第二十五話 射影

1.依頼者の呼称


本作に登場する九条斎のビジネスは、

その性質上、外部には決して明かされない複数の“進行ステージ”を持つ。

クライアントは取引の進度に応じて、

九条とミナトの内部で、以下のように呼び分けられている。


サービスの具体的な内容は作中で徐々に明らかになる。

ここでは名称と、その段階が示す“抽象的な意味”のみ記す。


〈λ段階:ラムダ〉— 仲介直後の潜在顧客


仲介組織を通じて紹介された直後の段階。

動機は不明瞭で、価値も未定義。

ラムダ段階の者は、まず“ここに来た理由”そのものが精査の対象となる。

ミナトはこの段階のクライアントを特に厳しく見極める。


〈α段階:アルファ〉— 選別を通過した有資格者


九条のビジネスにおいて“一定の価値を持つ”と判断された段階。

依頼者の動機が純度を保ち、意図が明確であることが条件とされる。

アルファに至ったクライアントのみが、次の段階へ進むことを許される。


〈β段階:ベータ〉— 初期実行工程へ移行した者


具体的な作業に入り始める段階。

ベータへの移行は容易ではなく、アルファの中からさらに選別される。

この段階では、クライアント側にも一定の“覚悟”が求められる。


〈γ段階:ガンマ〉— 最終調整・仕上げに入った者


取引の核心に触れつつある段階。

ガンマに至るクライアントは極めて少なく、

慎重な監視と調整が行われる。

実行プロセスはほぼ最終局面にあるとされる。


〈Ω段階:オメガ〉— 特異案件(九条専権)


九条斎のみが扱う特別な分類。

一般のクライアントとは異なり、

ビジネス上の価値という枠を超えた“特別な意味”を持つ。

その詳細はミナトにも共有されず、

オメガに至った案件が何を意味するのかは作中で徐々に明かされる。


◆【補記】


この階層体系はあくまで九条斎の内的な分類であり、

外部には一切公開されない。


段階は技術的な進度だけでなく、

クライアントの動機・覚悟・倫理的負荷・

そして“取引を成立させるに値するか否か”を示している。


この分類は、

物語の根底に流れる「価値とは何か」「存在とは何か」

というテーマとも密接に結びついている。


2.仲介組織について

《ミトコンドリア》──

それは、九条のビジネスを外側で支える仲介組織である。


ただし、一般に想像される“組織”とは異なる。

上下関係も、拠点も、名簿も存在しない。

構成員同士は匿名化された端点どうしで結ばれ、

必要な時だけ一時的に接続される。


その姿は、階層を持たないアメーバ状のネットワーク。

部分を切り離されても全体は崩れず、

事故が起きれば“その部分だけ”を即座に切断し、痕跡を残さない。


情報はチェーン化された経路を通って流れ、

誰がどこにいるのかさえ、構成員同士ですら知ることがない。

あるのは“つながり”だけ。

誰もが断片であり、全体であり、そして代替可能である。


ミトコンドリアの役割はただ一つ。

九条のもとへ、条件を満たした候補者──ラムダを運ぶこと。


それがどれほど危険で、どれほどの代償を伴うかは、

候補者自身が最終的に知ることになる。

10月9日 午前10時。


研究都市行きのシャトルバスは、乗客は少なく、車内は静かだ。

リサは白いブラウス、上下紺のスーツを着て、最後部窓際の座席に腰を下ろしている。


膝の上に小さなポーチ。

その中から、折り畳み式の鏡を取り出した。

鏡に映る顔を、無言で確認する。


——立花栞。


そう名付けられた顔だ。

ファンデーションは薄く、だが均一。

眉は描きすぎない。

目元は強調せず、輪郭だけを整えてある。

唇の色は、意識して抑えた。


偽の経歴書に添付されていた証明写真。

あの顔に、できるだけ近づけたつもりだ。

リサは、ほんのわずかに顔を傾ける。

角度を変え、光の当たり方を確かめる。


(……大丈夫)


そう結論づけるまでに、時間はかかった。


昨夜、宿泊したビジネスホテル。

チェックイン後、部屋に入るなり、

リサは洗面台の前に立った。


普段、メイクはほとんどしない。

必要がないからだ。

カメラの前に立つときは、

“顔”ではなく“状況”を撮る。

だが、今回は違う。

撮られる側だ。


スマートフォンに保存した経歴書の写真を開き、

それを何度も見比べながら、

試しては落とし、引いては足す。


二時間。

黙々と、それだけを繰り返した。

途中、

「似せる」という言葉が、頭をよぎった。

違う。

似せるのではない。


——合わせる。


この顔は、私のものではない。

立花 栞のものだ。


私はーー

立花 栞だ。


シャトルバスが、ゆっくりと走り出す。

研究都市へ続く道。

整備されすぎた街路樹。

均一な建物の高さ。

リサは鏡を閉じ、ポーチに戻した。


これでいい。


これ以上、整える必要はない。

“私らしさ”など不要だ。

私は"栞"なのだ。


"栞"——記録に使用される、無難な存在。


バスは、静かに研究都市へ入っていった。


シャトルバスは、予定通り二十分ほどで研究都市に到着した。

リサは降車ボタンを押し、最後部のドアから外へ出る。


空気が違う。


温度は低く、湿度は管理され、匂いがない。

研究都市特有の、整えられすぎた環境だ。

フリーランチャーの研究所は、バス停から徒歩十分ほどのはずだった。


リサは進行方向を確認し、歩き出そうとする。

そのときだった。


「立花栞様ですね?」


背後から、声がかかる。

低く、柔らかい。断定的だ。


振り返ると、黒塗りのタクシー。

運転席のドアが開き、制服姿のドライバーが立っていた。


「……あ、はい」


名前を呼ばれ、反射的に返事をする。

一拍、遅れたことを自覚する。

ドライバーは、軽く頭を下げた。


「お待ちしておりました。どうぞ、お車へ」


疑問は浮かぶ。

だが、確認する理由はない。

迎えが来ている、という事実だけがある。


リサは、誘導されるまま後部座席に乗り込んだ。

ドアが閉まる。

静音設計の密閉感。

車内には、個人の匂いが残っていない。

タクシーは、研究所とは逆方向へ走り出した。


——面談は、研究所ではない。


数分走って、リサはそれを理解する。

企業の顔を見せない。

内部を見せない。

ここで測るのは、能力ではなく、反応だ。

タクシーは、市内の雑居ビルの前で停まった。

目立たない外観。

看板は出ていない。


「こちらです」


料金のやり取りはない。

ドライバーは、それ以上何も言わず、車に戻った。


ビルのエントランスに入る。

正面のモニターに、会議室の利用状況が表示されている。

リサは、一行を探し、視線を止めた。


2F 10:45 – 11:45

フリーランチャー合同会社


間違いない。

研究所ではなく、貸し会議室。

企業名を外に出さない場所。

偶然を装える場所。


エントランスを抜け、エレベーターに乗る。

二階で降りる。

廊下の壁紙は白い。

安価な量産品だ。

椅子も同じ。

空調は効きすぎていて、肌がわずかに冷える。

清潔だが、居心地はよくない。


——意図的だ。


村上は、研究所内のモダンで清潔な会議室を使わなかった。

ここは、フリーランチャーの空気を消した場所だ。


リサは、ドアの前で立ち止まる。

時計を見る。

10時42分。

——待つ。


リサは背筋を伸ばし、呼吸を整えた。


私は、立花栞だ。


10時44分。

リサは、ドアを二回ノックした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ