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Article 9 永遠の愛 — それは福音なのか、呪文なのか!?  作者: あみれん


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第十七話 契約

1.依頼者の呼称


本作に登場する九条斎のビジネスは、

その性質上、外部には決して明かされない複数の“進行ステージ”を持つ。

クライアントは取引の進度に応じて、

九条とミナトの内部で、以下のように呼び分けられている。


サービスの具体的な内容は作中で徐々に明らかになる。

ここでは名称と、その段階が示す“抽象的な意味”のみ記す。


〈λ段階:ラムダ〉— 仲介直後の潜在顧客


仲介組織を通じて紹介された直後の段階。

動機は不明瞭で、価値も未定義。

ラムダ段階の者は、まず“ここに来た理由”そのものが精査の対象となる。

ミナトはこの段階のクライアントを特に厳しく見極める。


〈α段階:アルファ〉— 選別を通過した有資格者


九条のビジネスにおいて“一定の価値を持つ”と判断された段階。

依頼者の動機が純度を保ち、意図が明確であることが条件とされる。

アルファに至ったクライアントのみが、次の段階へ進むことを許される。


〈β段階:ベータ〉— 初期実行工程へ移行した者


具体的な作業に入り始める段階。

ベータへの移行は容易ではなく、アルファの中からさらに選別される。

この段階では、クライアント側にも一定の“覚悟”が求められる。


〈γ段階:ガンマ〉— 最終調整・仕上げに入った者


取引の核心に触れつつある段階。

ガンマに至るクライアントは極めて少なく、

慎重な監視と調整が行われる。

実行プロセスはほぼ最終局面にあるとされる。


〈Ω段階:オメガ〉— 特異案件(九条専権)


九条斎のみが扱う特別な分類。

一般のクライアントとは異なり、

ビジネス上の価値という枠を超えた“特別な意味”を持つ。

その詳細はミナトにも共有されず、

オメガに至った案件が何を意味するのかは作中で徐々に明かされる。


◆【補記】


この階層体系はあくまで九条斎の内的な分類であり、

外部には一切公開されない。


段階は技術的な進度だけでなく、

クライアントの動機・覚悟・倫理的負荷・

そして“取引を成立させるに値するか否か”を示している。


この分類は、

物語の根底に流れる「価値とは何か」「存在とは何か」

というテーマとも密接に結びついている。


2.仲介組織について

《ミトコンドリア》──

それは、九条のビジネスを外側で支える仲介組織である。


ただし、一般に想像される“組織”とは異なる。

上下関係も、拠点も、名簿も存在しない。

構成員同士は匿名化された端点どうしで結ばれ、

必要な時だけ一時的に接続される。


その姿は、階層を持たないアメーバ状のネットワーク。

部分を切り離されても全体は崩れず、

事故が起きれば“その部分だけ”を即座に切断し、痕跡を残さない。


情報はチェーン化された経路を通って流れ、

誰がどこにいるのかさえ、構成員同士ですら知ることがない。

あるのは“つながり”だけ。

誰もが断片であり、全体であり、そして代替可能である。


ミトコンドリアの役割はただ一つ。

九条のもとへ、条件を満たした候補者──ラムダを運ぶこと。


それがどれほど危険で、どれほどの代償を伴うかは、

候補者自身が最終的に知ることになる。



ミナトはタブレットを操作し、画面を伏せたまま言った。


「ご子息にはベータに進行するにあたり、

 デュプリカントのルック&フィールを確定していただきます」


耕造は顔を上げない。

母親が代わりに聞く。


「外見、ということですか」


「外見だけではありません、声、仕草も含みます」


ミナトの声は平坦だ。


「表情の密度。

 視線の合わせ方。

 距離感。

 存在の“圧”です」


母親は理解したように、ゆっくり頷く。

耕造は、まだピンときていない。


「“美しい女”という指定がありました」


ミナトは、初めて耕造を見る。


「後日で構いません。

 イメージを提示してください」


耕造は、困ったように眉を寄せた。


「……自分は、美的センスがなくて」

「絵も下手だし……どういうのがいいのか、

 うまく形にできないと思います」


一瞬、言い訳が先に出た。

癖だ。


「いくつか、そちらで提案してもらえませんか」


ミナトは、首を振らない。

肯定も否定もしない。

ただ、事実を置く。


「こちらから提案することはできません」


耕造の顔が強張る。


「生成AIがあります」


感情のない助言だった。


耕造は、わずかに舌打ちを鳴らした。

自分でも気づかないほど小さな音。

それでも、室内にははっきり響いた。


彼は肩を落とし、視線を下げる。


「……分かりました」


受け入れた、というより、

諦めた声だった。


ミナトは、内心でその様子を確認する。


(美的センスがないと言うのなら、

 どうやって“美しい女”を認識するのだ)


問いは浮かぶが、口には出さない。

結果には、興味がない。


「一点、補足します」


ミナトは続ける。


「ルック&フィールは、

 一度だけ無償で変更可能です」


母親の視線が、わずかに動く。


「二回目以降の変更は、有償になります」


「最低契約期間は五年間。

以降は三年ごとに更新。

途中解約は可能ですが、違約金が発生します」


淡々とした口調で、金額が続く。


「契約時ですが、

 再生成費、

 再同期費、

 ログ差分の検証、

 監査対応、

 ラボへの交通費、宿泊費、

 古物診断所の契約手数料

 を一時払いしていただきます」

 

「運用開始後は、

 運用監視、

 メンテナンス・障害対応、

 技術サポートが

 基本維持保守費として毎月かかります」


数字が並ぶ。

現実的で、逃げ場のない額。


母親は一つひとつを聞き逃さない。

これはもう、説明ではない。

最終確認だ。


ミナトは、タブレットを二人の前に回す。


画面には、簡潔な項目が並んでいる。


――依頼内容

――選択モデル

――ルック&フィール指定(後日提出)

――費用内訳

――支払条件

――責任範囲

――免責事項


「こちらが、カルテおよび契約内容です」


ミナトは言う。


「内容をご確認ください。

 問題なければ、署名を」


デジタルペンを、耕造に静かに差し出す。


耕造は、すぐには取らない。

母親の顔を見る。


母親は、何も言わない。

ただ、一度だけ、確かに頷いた。


それで十分だった。


耕造はペンを取り、

ぎこちなく、自分の名前を書く。


署名が確定する。


ミナトは画面を戻し、保存を確認する。


「ご子息には、転写のため、

 北九州のラボで数日過ごしていただきます」


事務連絡の声。


「詳細は、追って連絡します」


母親が立ち上がり、頭を下げる。

耕造も、遅れて立つ。

二人は何も言わず、部屋を出ていった。


ドアが閉まり、金属音が消える。


ミナトは一人、タブレットを見下ろす。


奥の扉が静かに開いた。

薄暗い奥から、九条斎が静かに姿を現した。


ミナトは振り返り、浅く頭を下げ、タブレットを九条に渡す。


「先生……コーヒー、淹れましょうか?」


九条は小さく頷いた。


「頼む」


九条はタブレットを見ながら、奥の部屋へ戻る。

デスクに腰を下ろし、ノートPCにテキストを打ち込み、AESで暗号化する。

次に暗号化されたテキストをFriendsのプロンプトにタイプする。


>U2FsdGVkX1+9+SjP4pX9Xp6u1K8T7y5vG/4kLqLzRkU8eH8m4o2vA5B6H7J8K9L0M1N2O3P4Q5R6S7T8U9V0W1X2Y3Z=


即時、Friendsのプロンプトにメッセージが返された。


>日本語以外の言語は受け付けません。


だが、ログは残る。

それで十分だった。

そして、AESで複合化されたテキストは、こうなる。


"mitochondria:We've got a Beta."

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