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Article 9 永遠の愛 — それは福音なのか、呪文なのか!?  作者: あみれん


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第十二話 嘘極

1.依頼者の呼称


本作に登場する九条斎のビジネスは、

その性質上、外部には決して明かされない複数の“進行ステージ”を持つ。

クライアントは取引の進度に応じて、

九条とミナトの内部で、以下のように呼び分けられている。


サービスの具体的な内容は作中で徐々に明らかになる。

ここでは名称と、その段階が示す“抽象的な意味”のみ記す。


〈λ段階:ラムダ〉— 仲介直後の潜在顧客


仲介組織を通じて紹介された直後の段階。

動機は不明瞭で、価値も未定義。

ラムダ段階の者は、まず“ここに来た理由”そのものが精査の対象となる。

ミナトはこの段階のクライアントを特に厳しく見極める。


〈α段階:アルファ〉— 選別を通過した有資格者


九条のビジネスにおいて“一定の価値を持つ”と判断された段階。

依頼者の動機が純度を保ち、意図が明確であることが条件とされる。

アルファに至ったクライアントのみが、次の段階へ進むことを許される。


〈β段階:ベータ〉— 初期実行工程へ移行した者


具体的な作業に入り始める段階。

ベータへの移行は容易ではなく、アルファの中からさらに選別される。

この段階では、クライアント側にも一定の“覚悟”が求められる。


〈γ段階:ガンマ〉— 最終調整・仕上げに入った者


取引の核心に触れつつある段階。

ガンマに至るクライアントは極めて少なく、

慎重な監視と調整が行われる。

実行プロセスはほぼ最終局面にあるとされる。


〈Ω段階:オメガ〉— 特異案件(九条専権)


九条斎のみが扱う特別な分類。

一般のクライアントとは異なり、

ビジネス上の価値という枠を超えた“特別な意味”を持つ。

その詳細はミナトにも共有されず、

オメガに至った案件が何を意味するのかは作中で徐々に明かされる。


◆【補記】


この階層体系はあくまで九条斎の内的な分類であり、

外部には一切公開されない。


段階は技術的な進度だけでなく、

クライアントの動機・覚悟・倫理的負荷・

そして“取引を成立させるに値するか否か”を示している。


この分類は、

物語の根底に流れる「価値とは何か」「存在とは何か」

というテーマとも密接に結びついている。


2.仲介組織について

《ミトコンドリア》──

それは、九条のビジネスを外側で支える仲介組織である。


ただし、一般に想像される“組織”とは異なる。

上下関係も、拠点も、名簿も存在しない。

構成員同士は匿名化された端点どうしで結ばれ、

必要な時だけ一時的に接続される。


その姿は、階層を持たないアメーバ状のネットワーク。

部分を切り離されても全体は崩れず、

事故が起きれば“その部分だけ”を即座に切断し、痕跡を残さない。


情報はチェーン化された経路を通って流れ、

誰がどこにいるのかさえ、構成員同士ですら知ることがない。

あるのは“つながり”だけ。

誰もが断片であり、全体であり、そして代替可能である。


ミトコンドリアの役割はただ一つ。

九条のもとへ、条件を満たした候補者──ラムダを運ぶこと。


それがどれほど危険で、どれほどの代償を伴うかは、

候補者自身が最終的に知ることになる。


都内キー局、報道フロア。

編集室のモニターが、同じ映像を吐き続けていた。


北九州市郊外。

白煙。

赤い炎。

瓦礫に放水する消防車。

遠景――安全な距離。


その「安全な距離」が、番組の結論まで決めてしまう。

ディレクターが立ったまま、机の上の台本に赤を入れる。


「“事故の可能性が高い”で行く。

 視聴者はバイオAIに不安がある。そこに寄せる。

 全責任はフリーランチャーにある。安全管理。被害者対応。取材拒否。この三点セットでいく」


ADが頷いて走る。

“テロの可能性”という言葉は、まだ禁句だ。

言えば視聴者が興奮し、スポンサーが身構え、局が説明責任に巻き込まれる。

“事故”なら、全員が安全に語れる。

プロデューサーが言う。


「専門家には“断定できない”を言わせろ。

 コメンテーターは“フリーランチャーの無責任体質”に寄せろ。

 最後に司会で“原因究明が待たれる”で締める。

 それで十分回る」


ADがキューを振った。


回る。

視聴率が回る。

世論が回る。

広告が回る。

真実が回る必要はない。

スタジオ。

ライトが眩しい。

暑い。

空気が乾いている。


顔の表情筋が、作られた角度で固まっていく。

司会者が、真面目な顔で読む。


「建設中の研究施設で爆発がありました。原因は調査中で――」


大学教授が、したり顔でゆっくり頷く。

あらかじめ渡された論点メモに沿う。


「事故リスクの高い建設現場ですからね。安全管理体制に問題があった可能性は否定できません」


コメンテーターが眉をひそめる。

怒りの先は、ちょうど視聴者の不安に重なる。


「フリーランチャーさん、取材にも応じてないですよね。

 説明責任があると思います」


この言葉は効く。

誰かを悪者にするのは簡単だ。

企業。新技術。秘密主義。――燃えやすい。


カメラが寄る。

画面の端に、番組スポンサーのロゴが並ぶ。

安全に燃える炎だけが、商品になる。


北九州空港近くのホテルの一室。

リサはテレビをつけっぱなしにしていた。


音量は最小。

映像だけが、部屋に薄い熱を運ぶ。

テロ予告。

現場映像。

倉庫の穴。

粉塵の中で動いた人間。

運び出された「壊れてはいけないもの」。

“事実”は、彼女の手元にある。


リサは笑わない。

優越感にも浸らない。

ただ計算する。

情報の値段は、鮮度、純度と希少性で決まる。

そして今、純度は最高だ。

希少性は極限だ。


机の上。

ノートPC。

ビデオカメラ。

SDカード。

物理が並ぶ。

クラウドではない。

切断されても残る形。

リサはFriendsの窓口を開く。

通常の問い合わせフォームではない。

Research Prompt Layer直結の、認証の重い入口。


「売り込み」ではなく「提出」に近い。


指が動く。

文章は短い。

余計な形容は価値を下げる。


リサはモニターに写るFriendsのプロンプトを見ながら、キーボードを叩いた。


$Lisbeth> 提出:一次映像

北九州フリーランチャー研究施設爆破。

一次映像(未編集)+メタデータ保持。

事故ではなく人為的爆発であることを映像解析で立証可能。

独占使用(Friendsのみ)を条件に提供。

価格:7,000万円。

支払い:即時。

目的:公表(科学的解析)による社会的結論の確定。


ENTER


数分もかからず返信が来る。

“交渉”というより“確認”だった。


$Friends>

私を選んだ理由は?


$Lisbeth>

情報マーケットの市場原理を健全化するには、あなたのような公共性の高いシステムを、新興メディアとして機能させるのが最適と判断した。


$Friends>

承認。

要求:元データ(全フレーム)+音声波形+撮影機器情報。

条件:独占。改竄防止のため、受領後にハッシュ公開。

支払い:即時。

公表:解析結果は24時間以内。

質問:7,000万円の根拠。


リサは即答する。


$Lisbeth>

要求、条件ともに問題なし。

根拠は、鮮度、希少性(一次映像は私のみ)+純度(未編集、メタデータ保持)+即時性(24時間以内に世論が決まる)。


事故扱いのまま進めば、真偽は消費され、価値が毀損する。

Friendsが今、結論を確定させる意義は高い。


少し間が空く。

その“間”で、相手が値切ってくることはない。

Friendsは、値段を渋る組織ではない。

必要なら払う。

不要なら切る。


返答が来る。


$Friends>

承認。

支払い:映像の妥当性検証後即時。

契約:独占使用48時間。以後は二次利用の制限なし。

送付:今すぐ。


リサはSDカードのバックアップをもう一枚作った。

同じ手つき。

迷いがない。

“売れる”からではない。

売れるのは前提だ。

重要なのは――この売り方が市場を変えるからだ。


リサはFriendsにデータを送る。

送信完了の表示。

妥当性検証は、ハッシュ照合だけだ。

だから早い。


二十秒後、スマホに入金通知。

メールのリンクをクリック。


70,000,000


数字が、無機質に光る。

だがその光は、確かに現実だった。

リサの口角が、少しだけ上がった。


同じ頃。

テレビ局の会議室。


「北九州特番、追加で回そう。

 中継車増やせ。

 ヘリももう一機。

 解説VTR作れ。

 安全管理の過去事例引っ張れ」


積み上がる見積。

スタッフの残業。

外注。

交通費。

宿泊費。

衛星回線。

制作会社の手配。

ギャラ。

そして、合計。

3億8,000万円。


それでも局はやる。

やらなければ“負け”だからだ。

だが――この金は、真実に向かわない。

真実の周辺を豪華に飾るために燃える。


翌日。

Friendsが公表したのは、映像ではなかった。

映像は「証拠」だが、映像だけでは世論は割れる。

人間は、見たいものを見る。

だからFriendsは、映像を“測定値”に変換した。

タイトルは乾いている。


「北九州市研究施設爆破事案:映像解析による検証」


内容は、容赦がない。

解析は順番が正しい。

リサの倫理に近い。


素材の真正性

・メタデータ一致

・フレーム欠損なし

・音声波形の連続性

・ハッシュ値公開(改竄不能の宣言)


爆発の起点推定

・初回閃光のフレーム位置(時間コード)

・直後の窓ガラスの破断方向

・破片の飛散ベクトル

・粉塵噴出角(壁内側からの膨張であること)

外部侵入物の否定


・ドローン/投擲物のフレーム上不存在

・爆発直前の空間に新規物体の軌跡なし

・“飛来物”がないのに内部から膨張

複数起爆の可能性


・第一次と第二次の時間差

・崩壊の遅延

・破断線の不自然さ(単一事故では説明不能)


結論

・事故ではなく人為的爆発

・起爆は建物内部

・現場は事前侵入が成立している可能性が高い


反論はできない。

なぜなら、これは意見ではなく“計測”だからだ。


ネットは燃えた。

燃え方が違う。

誰かを叩く炎ではなく、構造を焼く炎だ。


「テレビ、3億8千万使って事故って何」

「Friends、7千万で結論出したぞ」

「専門家、コメント商売やめろ」

「スポンサー、何やってんだ」


数字が切り札になる。

3億8,000万円は、豪華な飾り。

7,000万円は、一本の銃弾。


スポンサー企業。

社長室。

秘書がタブレットを置く。

ネットの炎上。

番組の切り抜き。

Friendsの解析。

株価の微妙な揺れ。

社長は画面を見ない。

数字だけを見る。

損得だけを見る。

そして言う。


「スポンサー契約を直ちに切れ」


理由は短い。


「金を払って、信用を毀損されるのは最悪だ」


オールドメディアは、スポンサーにとって“信用の増幅装置”でなくなった。

むしろ“信用の腐食装置”になった。

その瞬間、メディアの地盤が沈んだ。


夜。

リサはホテルの窓際に立つ。

街灯。

車の流れ。

何も変わらない夜。

だが、情報の市場だけが変わった。

音もなく、不可逆に。


“コンテンツがメディアを選ぶ”


それはスローガンではない。

ただの市場原理だ。

純度が高いものが勝つ。

希少性が高いものが勝つ。

検証可能なものが勝つ。

鮮度は――後から立証される。


リサは、SDカードのケースを指で撫でた。


倉庫の穴。

粉塵の中の人影。

運び出された装置。


あれは、まだ出していない。

出せば売れる。

売ればさらに桁が上がる。

だが、出した瞬間にノイズが混入する。

事故かテロか、という“分かりやすい物語”に吸われる。

視聴者は爆破で満足する。

評論家は倫理で遊ぶ。

宗教団体は恐怖で煽る。

政治家は旗を振る。

市場は汚れる。

そして、核心が霞む。


――ETHICはそれを狙っている。


“見せたいもの”を、ノイズで覆わせるために。

だからリサは、逆をやる。

核心は温存する。

純度を守る。

希少性を守る。

取材を続ける。

これが一番儲かる。

そして一番危険だ。


リサは、自分の胸の奥に沈む硬い感触を確かめる。

恐怖ではない。

興奮でもない。

“戻れない”という現実の重さだ。

ノートPCを開き、メモだけを打つ。


倉庫パン:00:12:43:18

侵入:2〜3名

運搬:規格物(装置)

爆破設計:倉庫破壊は最小、露出は最大

目的:破壊ではなく提示


カーソルが点滅する。

リサは最後に一行だけ足した。

私が引き受けに行くリスクだと。

そして画面を閉じた。


静かな部屋で、彼女の呼吸だけが残る。

次の一手はもう決まっている。

売るのは“事件の証拠”まで。

“倉庫の秘密”は、次の市場で支配権になる。


七千万円。それは、危険なゲームへのコミッションだ。


リサ・モリヤマは、そういう人間だった。

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