第13話 夏目草と名もなき塚
目を開けると、風の匂いが違っていた。金気は薄れ、冷えた草の青さが鼻に届く。
「目が覚めた?」
椅子に丸まっていたルカが身を起こす。
目を開けると、金気は薄れ、冷えた草の匂いが鼻に届いた。机には風位石の欠片、床には銀粉の指跡がまだ白い。
クレインが掠れ声でルカに問いかける
「……あぁ、何日、寝とった?」
ルカは安堵の笑みを見せるが、声は少し枯れている。指先は銀で白く、袖口には凍った雫の跡。
「丸一日。夜半に仮封、明け方に本封。逆相循環で泉は止めたよ。いま針は0.8、昼には0.6まで落とせる」
「……一人でやったんか」
「抵抗線を二度ずらして負圧固定、封環閉鎖。三回までは失敗したけど、四回目で噛み合った。報告は、じいちゃんが起きてからに」
クレインは木椀を受け取り、ひと口すすぐ。塩の味だけが舌に残った。
「……ようやった、魔法とは凄いものじゃな」
静かな声だった。
ルカはふっと息をつき、椀の縁を指で寄せる。
「スープ、熱いから気をつけて」
「飲んだら、すぐに始めるかのう」
「……うん」
高原は浄化の輪が広がり、靄は消えていた。代わりに、置き去りのものが姿を現す。錆びた留め具、割れた水筒、白く乾いた骨。風が吹くたび、草の先が小さく打ち鳴る。
二人は穴を掘った。石をどけ、浅い土を少しずつ起こす。
クレインはひとつ、腕章を拾い上げた。古い文字がまだ読める。
「この腕章は……ルクスか。勇敢さと無謀は違うと、言っとったろ。……殿、大義じゃった」
骨を布で包み、腕章を上に置く。
次に、土から転がり出た小さな指輪。銀の艶がわずかに残っている。
「きれいな指輪じゃ。似合っとるぞ、カルネラ。お前の飯、もう一度食いたいのう。……あの世で、準備しとってくれ」
ルカがそっと水を落とし、土を撫でる。
「じいちゃん、それ、敵兵の……」
クレインは首を横に振った。
「関係ないんじゃ。互いに“戦”という歯車に締め殺されただけじゃ」
昼は黙って掘り、夕暮れに名もない塚へ石を積む。夜は焚き火の小さな音だけが続く。翌日も同じことを繰り返す。見つけた欠片をひとつに集め、布で包み、土へ返す。
二日がかりで、忘れられた兵たちはようやく地を得た。石積みは高くはないが、崩れないように拍を刻んで積んだ。クレインは最後の一個を置き、掌を合わせず、ただ短く頷いた。ルカも真似をして、草の鳴る音に耳を澄ます。
帰路。三百歩、歩くたびに、二人は立ち止まる。往きと違い、ルカはその三百歩を噛みしめるように歩いた。
「夏目草が、きれいじゃのう」
「そうだね、じいちゃん」
群れ咲く小さな白い穂が、足もとで静かに揺れる。三百歩ごとにひと息、風が頬を撫で、積んだ石の重みが少しだけ軽くなる。二人はそれを合図のように、また次の三百歩へ足を出した。
「——残寿6ヶ月半・往路+闘気弐段使用による寿命消費」




