第十九話 記憶の書
そこはどこかの屋敷だった。屋敷の周辺は山に囲まれている。山の向こう側は真っ白で何もない。ただ、真っ白な空間にこの山に囲まれた屋敷は存在していた。ただただ、空虚な空間の中でそれは圧倒的存在として君臨していた。その中庭と思われる場所に僕は立っていた。
「ここは……どこだ?」
僕はさっきまで家のリビングで姉貴が持ってきた鍵を使って厳重に封印が施されていた本をあけたと言うか鍵を回しただけなのだ。こんなどことも知れない屋敷に……。
「いや、見覚えがあるような……」
この屋敷には昔来たことがあるような気がする。中庭の噴水、重厚な門の装飾、植えられた薔薇。そのどれもが見たことがあるような気がしていた。それがいつどこでだったのか思い出せないが。この屋敷には昔来たことがある。
「まあ、気のせいかもしれないな」
山の向こうが真っ白い空間だし。明らかに現実味がない。人っ子一人いないのだから。現実かどうかも確かめようがない。
「お~い、シルー!」
返事はない。シルは近くにはいないようだ。
「キク、トウカー!!」
これまた返事がない。この二人もいない。
「エミ、美鈴ー!!」
返事がない。
「サクミ、ティー、ライー!!!」
耳をすませるが返事は聞こえない。下手をすれば山彦で僕の声が帰ってきそうな静けさすらある。
「返事がないならここにいるのは僕だけか」
さて、どうしたものかな。あいつらなら僕がいなくてもなんとかなるけど。僕としては誰か一人でもここにいてほしかったよ。僕一人じゃ何もできないからな。
「とりあえず屋敷の中に入ってみるか。外はなにがあるかわからないし」
それは屋敷の中も同じだがどの程度の広さかわからない外よりはどの程度かわかる屋敷を探索したほうが安全だろう。それに誰か人がいるのかもしれない。叫んでも誰も来なかった時点で望み薄だけど。
屋敷の扉に鍵はかかっていなかった。扉はきしむことなく開いた。エントランスには豪華な装飾がなされていた。シャンデリアなんてはじめてみた。さすがに実家でもシャンデリアはなかった。
「お~い、誰かいませんか~」
し~ん。
「…………返事なしか」
誰もいないのかそれとも広すぎて誰にも聞こえていないのか。
「とにかく探索だな」
ゲームとかでもこういうときは探索をするものだ。なにか役に立つものがあるかもしれない。
「といってもどこをどうさがせばいいのやら」
大体たんすとかを探れば色々出て来るんだろうけど。どこに行っても迷いそうなんだよな。馬鹿でかい屋敷のエントランスも当然のごとくでかいためどこから手をつけて良いのかわからない。
「とりあえず一部屋ずつ見ていくか」
左の方にあった扉をあける。かなり広い廊下に出た。
「いきなりたいへんじゃねえか」
どう、考えても一人で探索するには広すぎるだろ。モノたちがいればなんとかなるだろうけど、ここにはいない。
「いないのにその力を期待してもダメか」
それにしても広いな。いったい誰が作ったのやら。そうとうな金持ちだろうけど。
「それにしてもどこかでみたことがあるな、本当に」
廊下の端に階段があったので上る。部屋の中には何もなかった。ただ、綺麗に手入れされて寝室などの部屋ばかりだったのだ。だから、階段を上がる。二階も同じような感じであったので三階へ上がった。
三階には部屋はひとつしかなかった。他の扉よりも豪華であった。おそらく当主の部屋だったのではないだろうか。
「ここなら、誰かいるかもしれないな。入ってみよう」
一応ノックして入る。そこには桃源郷が広がっていた。