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第6-1話 天狐さんはスパルタ講師。

 高校一年生になってもう一か月が過ぎ、一学期も折り返し地点。

 つまり、「あれ」がやってくる。


「中間テストだ~!無理~、死ぬ~!」


 テスト週間初日、屋上の空に向かって悲痛な悲鳴を上げる私。


「このままだと確実に赤点だよ!お小遣い減らされる!」

「……なら、勉強をすればいいじゃない」


 天狐さんは呆れた表情で冷静にツッコんでくる。

 でも、天狐さんは大切なことを全然分かっていない。


「天狐さん。勉強をするっていうのはね、勉強ができる人だからできることなの!私みたいな、毎回赤点ギリギリのおバカちゃんにはそれができないんだよ!」

「それ、自慢気に言うこと?そもそも、赤点ギリギリって……そんな成績でよくこの高校に入学しようと思ったわね」

「だって、制服が可愛かったんだもん!」


 ここの制服はデザインが凝っていて、すごく可愛い。

 中学生の時、私はこの制服を見て、ビビーッと電気が走るような運命を感じた。


「内申点は全然足りてなかったけど、そこは死ぬ気で頑張ったんだ」

「呆れた。まさか、制服のデザインで入学先を決めるなんて……」


 溜息をつく天狐さん。


「でも、それなら今回も死ぬ気で頑張れば何とかなるわね。それじゃあ、頑張って」

「待って待ってーっ!天狐さん、お願いだから見捨てないで!」


 サラッと話を終わらせて帰ろうとする天狐さんに、私は涙目でしがみつく。


「……私だって、自分の勉強があるのよ。あなたに付き合っていられないわ」

「そこのところを何とか!勉強見てくれたら、お礼にうちの特上油揚げあげるから!」

「……っ!?」


 特上油揚げという言葉を聞いた途端、天狐さんはピタッと足を止める。


「……仕方ないわね」

「やった~!」


 天狐さんは案外ちょろかった。

 

 ***

 

 早速、テスト勉強を始める私たち。

 屋上出入り口すぐの踊り場に放置されていた椅子と机を引っ張り出して、即席の勉強場所を作る。


「化狩さん。あなた、本当に授業に出てた?」

「……言い返す言葉もありません」


 現状把握の小テストはぐうの音も出ないくらいボロボロだった。


「これはもう全範囲を復習しないといけないみたいね」


 ドスン。


 突然、山のような問題プリントが目の前に現れる。


「天狐さん、これ何……?」

「見ての通り問題プリントよ。教科書や問題集からコピーしたの。今日はこれをやりましょう」

「どこまで?」

「当然、全部よ」


 その言葉を聞いて、ゾッとする私。


 ――今から?これを……全部……?


 どう見ても、今日中にやり切れる量じゃない。


「天狐さん、私は――」

「ねえ、化狩さん。まさか『赤点回避ができればいい』なんて、甘っちょろいことを言わないわよね?」


 背後からガシッと肩を掴んでくる天狐さん。

 後ろを振り返らなくても分かるくらいのものすごい圧をビンビン感じる。


「私、手を抜くことって嫌いなの。だから、教えるからには徹底的に教えてあげるわ。頑張ってついてきなさいね」


 ニコリとほほ笑む天狐さんの顔は悪魔のように見えた。


 ――勉強教わる人、間違えた……。


 ***


「無理、もう無理!テスト勉強、やりたくないーっ!」

「……昨日の今日で何を言っているのよ」


 屋上に響く私の悲痛の叫びを聞いて、天狐さんは深いため息をつく。


「下校時間まで勉強、下校中も勉強、家に帰っても勉強……勉強、勉強勉強……もう頭がおかしくなっちゃうよ!」


 結局、昨日はあれからずっと天狐さんに見守られながらの勉強漬けだった。


「まさか、家に帰っても勉強させられるなんて……しかも、ビデオ通話でずっと監視されてさ……」

「あら、ひどい言いぐさね。夜遅くまであなたの勉強に付き合ったというのに」

「……そんなこと言うけど、勉強を終わらせてくれなかったのは天狐さんじゃん」

「当たり前じゃない。目標を達成していなかったんだもの」


 ――天狐さんの鬼!


 天狐さんのスパルタのお陰で、私は寝不足だ。

 できることなら、今すぐモフモフなベッドの上で眠りたい。


「はい。これが今日の分よ」


 机の上にドスンと置かれるプリントの山。


「今日もこんなにやるの!?」

「昨日よりは少ないわよ。昨日、覚えていなかった問題だけに絞っているわ。昨日と比べて、二十分の一程度は減っているはずよ」

「それ変わってないってことじゃん!」


 テスト週間はちょうど一週間。

 この地獄の勉強漬けがあと六日も続くと思うと、背筋が凍り付く。


「もう嫌だ~!勉強したくない~!もうこれっぽっちも頑張る気になれないよ~!」

「あなたって人はまったく……」


 大きな溜息をつくと、天狐さんの全身が煙に包まれる。


 ――天狐さんが狐に!?ああ~、やっぱり可愛い~~っ♡モフモフしたい~~~っ♡


 狐の姿に戻った天狐さんは机に飛び乗ると、そのまま私の目の前でワンコ座り。


 ――ひゃあああ~~~っ♡何それ!最高なんだけど~~~~~~~っ♡


 天狐さんのワンコ座りのあまりの愛らしさに理性がぶっ飛びかける私。


「ねえ、化狩さん。もし今回のテストで全教科平均点以上だったら、この姿の私をモフモフさせてあげるって言ったら――」

「頑張る!めっちゃ頑張れる気がしてきた!絶対に平均点以上を取る!何が何でも取ります!」


 私は脊髄反射で即答。

 ついさっきまで枯れ果てていたやる気も一瞬で復活する。


「天狐さん、約束だよ。全教科平均点以上だったら、絶対にモフモフさせてね!」

「……はいはい。ちゃんと約束は守るから、頑張りなさい」

「うおおおー!やるぞーっ!」


 そうして、テンションMAXでプリントの山に立ち向かう私。

 

「……まったく、あなたって人は」


 天狐さんはそんな私を眺めながら、口元を微かに緩ませた。


 ***


 それから数日、私は天狐さんの助けをもらいながら、寝る間も惜しんで勉強に打ち込んだ。

 

 そんなある日の夜のこと。

 この日も、私と天狐さんはビデオ通話しながらのオンライン勉強会をしていた。


「天狐さん、ごめん。この問題についてなんだけど……」

『……』

 

 スマホに映っていたものを見て、思わず笑みをこぼしてしまう私。


 「天狐さん、寝ちゃってる……」


 狐の姿で机に寄りかかって眠る天狐さん。

 机に広げられたままの勉強用具を見るに、きっと寝落ちしてしまったんだろう。

 

 ――可愛い~~っ♡これは癒しだよ~~っ♡♡


 画面いっぱいに映るモフモフの天狐さん。

 無防備にスヤスヤと寝息を立てる姿は、モフモフ好きの私からしたら眼福ものでしかない。


 ――スクショしちゃおう!


 パシャリ。

 

 私のスマホに激可愛な天狐さんを保存完了。

 これでいつでもニヤニヤできる。


「……」


 ――もしかして、眠いのを我慢してたのかな?


 天狐さんの寝顔を見ながら、ふと思う。


 時計を見ると、時刻は午前一時を過ぎたところ。

 眠たくなって当然な時間だ。


 ――眠かったなら、言ってくれればよかったのに……。


 天狐さんにも自分の生活リズムがあったはず。

 それなのに、天狐さんは私に合わせようとしてくれた。


「私、天狐さんに甘えっぱなしだな……」


 他の人に勉強を教えてもらっていたら、きっとここまで頑張れてはいなかった。

 全部、天狐さんのお陰。

 

 ――どうせ目指すなら、天狐さんがビックリするくらいのすごい点数を取ろう。そうしたら、きっと天狐さんへの恩返しにもなるよね?


 そうして、密かにもう一つの目標を掲げながら、私は一人静かに勉強を再開するのだった。


 ***


 そうして日が過ぎること数日。

 テストまでもう十二時間をきっていた。


『化狩さん、今のやったところの正解率はどれくらい?』

「ふっふっふっ……」


 テスト前最後の確認テスト。

 採点を終えて、私はスマホに問題用紙と一緒にドヤ顔を突きつける。


「じゃじゃ~ん、六十五点だよ!これで、全教科で六十点以上だよ!」

『……よかったじゃない』


 テスト結果を見て、唇をほころばせる天狐さん。


『この調子なら、全教科平均点以上も十分狙えると思うわ。あとは万全な状態で本番に挑むだけね』


 そう言うと、画面の向こうでもじもじし始める天狐さん。

 視線があっちこっちに行った後、チラリとこちらを向く。


『……化狩さん。明日のテスト、頑張って』


 天狐さんはボソッと呟く。

 その言葉を聞いて、恩返しをしたい気持ちがグッと膨らむ。


「ありがとう。私、頑張るよ!天狐さんもテスト頑張ってね!私より引く点数取っちゃダメだよ?」

『……取らないわよ』


 画面越しでニコリとほほ笑み合う私たち。


『それじゃあ、明日のために今日はここでお開きにしましょう』

「うん、分かった。天狐さん、お休みなさい!」

『……お休みなさい』


 お休みの挨拶を終えて、ビデオ通話をオフにする。

 あとはもうベッドに向かって、眠るだけだ。


「まだ十時半……」


 最近は一時過ぎに寝ていたからか、まだちっとも眠くない。


 ――もう少しだけ、暗記の勉強しようかな。


 少しでもいい点数を取って、天狐さんを喜ばせたい。

 いつもより少し我儘になっていた私はつい単語帳を手に取ってしまった……。


 ***


 ピピピ……。


 翌朝、私はスマホのアラームの音で目を覚ます。


 ――あれ?私、何で机に……?


 何故か机に突っ伏している私。

 頭元には、開いたままの単語帳がある。


 ――そっか。昨日暗記の勉強をしてて、そのまま寝ちゃったんだ……。

 

 いつ寝たのかは覚えてない。

 でも、時計の針が一時を差していたのは覚えている。


 ――大丈夫。一時に寝るなんて、最近はいつものこと。だから大丈夫……大、丈夫……。


「あ、あれ……?」


 身体にうまく力が入らなくて、椅子から立てない。

 それに、頭もぼーっとしているような……。


「あはは、嘘だよね?今日はテストだよ……?」


 きっと、これまでの無理が祟ったんだろう。

 三十八度を超える高熱だった。

毎週金曜日の18:00に定期更新しています。

ゲリラ更新も時々しています。

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