第5話 天狐さんは嫉妬している。
ショッピングモールにはオアシスがある。
モフモフ好きのオアシスだ。
「つ、着いた……猫カフェ『モフモフ』!」
その名の通り、ここはモフモフをコンセプトにした猫カフェだ。
だから、店内の猫ちゃんたちは全員、毛が長くて、ふわっふわ。
「~~~~っ♡♡高校入学してから全然来てなかったけど、皆変わってない!」
ガラス張りの壁の向こうにいる猫ちゃんたちの姿はモフモフ不足気味の私には、もうこの上なくキュンキュンして仕方がない。
「現在、スタンプの数は二十七個。あと三つで三十個になる!」
この店は一時間利用でスタンプを一個くれる。
それを三十個貯めると、一時間分の料金が無料になるのだ。
「ああ~、もう限界。今日は奮発して三時間!絶賛不足中のモフモフを、ここで一気にチャージするぞ!」
「……」
モフモフのオアシスへ突撃しようとした次の瞬間、背後から強烈な視線を感じた。
振り返ると、耳付きニット帽を被った私服姿の天狐さんがいて……。
「……」
私を見つめて、ニコリとほほ笑んでいた。
でも、その目はこれっぽっちも笑っていなかった。
***
――私の至福の時間が……どうしてこんなことに……。
気が付けば、天狐さんと一緒に猫カフェへ入店していた私。
「天狐さん、猫カフェ好きなの?」
「……いいえ。そもそも今日が初めてよ」
一応、会話はしてくれる天狐さん。
でも、言動の節々から不機嫌なのが漏れ出ている。
「そもそも、こんなところに?」
「……従姉の買い物に付き合わされてね。そうしたら、化狩さんがいるんだもの。驚いたわ」
ギロリ。
笑顔を保ったまま、鋭い刃物みたいな視線で私を見てくる。
「……」
「化狩さん、どうして目を逸らすの?」
「目を逸らしてなんてないよ。私はただ、猫ちゃんを見てただけだよ。ほら見て、あの子はウサギちゃんって言うんだよ」
キャットタワーの天辺にいる白毛の猫ちゃんを指さす。
彼女、ウサギちゃんは店内の可愛さランキング一位のアイドル猫だ。
「へえ……そう……」
天狐さん、まさかのウサギちゃんにガンを飛ばして威嚇。
殺気全開の視線に、ウサギちゃんは一目散にスタッフルームのへと逃げ込む。
「あら、逃げちゃったわね」
「……追い払ったの間違いでしょ」
「今、何て言ったのかしら……?」
「何も言ってません」
この状況はよくない。
私の至福の時間がなくなるだけなら、まだいい。
でも、このままだとお店や他のお客さんにまで迷惑がかかる。
「ねえ、天狐さん。もう出よっか」
「……どうして?まだ来たばかりよ?せっかくなのだから、思う存分モフモフすればいいじゃない」
「そんなことさせる気ないくせに」
「……何のこと?私、知らないわ」
プイっとそっぽを向いて誤魔化そうとする天狐さん。
まるで、我儘な子供みたいだ。
「天狐さんが怒ってるのはよく分かったよ、私も相談なしに来ちゃったのは反省してる。でもさ、いくら怒ってるからって、猫ちゃんたちに八つ当たりするのは違うんじゃないかな?」
「……何を言っているの?私が猫に嫉妬しているとでも言いたいの?」
「その通りじゃないの?」
「そんなはず……そんな、はずは……」
天狐さんの不機嫌な表情が徐々に崩れていく。
――もしかして、気付いてなかった?
「そんなはずない。猫に嫉妬する理由なんてないでしょう?」
「……にゃあ」
私たちのすぐ側で鳴き声を上げたのは、いつの間にか戻ってきていたウサギちゃんだ。
「あ、座っちゃった」
ウサギちゃんはピョンと私の膝に飛び乗って、そのまま身体を丸くする。
「……っ!」
天狐さんはすかさずウサギちゃんを睨みつける。
でも、流石は店一番のアイドル猫のウサギちゃん。
もう慣れたのか、睨まれても無反応。
「この……っ!」
唇を噛み締めたところで、ハッとする天狐さん。
私と目が合うと、みるみる頬が赤くなっていく。
「えっと、これは……その……」
「やっぱり、嫉妬しちゃってるよね?」
「……」
天狐さんは私から逃げるように顔を背ける。
そんな天狐さんの姿を見ていると、思わず笑っちゃう私。
「……何よ?」
「天狐さんって、いつも素っ気ないけど、なんだかんだ猫に嫉妬するくらい私のことが大好きなんだなって」
ポフン。
天狐さんの頭の耳付きニット帽はブワッと膨らんで、尻尾が服の隙間から顔を出す。
「ちょっ!?天狐さん、ここ外!しかも、ガラス張り!早く戻して!誰かに見られちゃう!」
「……大丈夫よ。耳はしっかり隠せているわ。尻尾の方は……部屋中モフモフの猫だらけなのだから、一本くらい尻尾が紛れていても、誰も気付きはしないでしょう」
「ええ、何そのトンデモ理論……」
滅茶苦茶でちょっと心配になってくる。
でも、実際に天狐さんの変化に気付いている人は誰もいない。
「……ねえ、化狩さん。モフモフしたい?」
「え!?こ、ここで!?」
あまりにも突然、それも人目のあるところで言い出すから、ちょっとびっくり。
「天狐さん、本当にいいの?いつもは、嫌って言うのに」
「……だって、そもそもの原因は、私がモフモフさせていなかったせいでしょう?」
「いや、別に天狐さんのせいってわけじゃ——」
「化狩さん、さっき『絶賛不足中』って言っていたじゃない」
「それ、聞いてたんだ……」
あの時は天狐さんがいないと思っていたから、油断してた。
今になって、口に出さなきゃよかったと後悔する。
「確かに最近はモフモフ不足だよ。正直言うと、本当は今すぐにモフモフしたくてたまんない。でも、だからって天狐さんに無理はさせたくないよ」
天狐さんを怒らせてしまったあの時に、私はそう決めた。
「……」
ビックリした様子で目を丸くする天狐さん。
「……あなたって人は。本当にズルい」
「え?あ、ちょっと……」
天狐さんは私の手を取ったかと思うと、そのまま手を尻尾へ持っていく。
「私はどうやら相当嫉妬深い狐みたい。猫にさえ、あなたを取られたくないの……」
顔を真っ赤にさせる天狐さん。
そして、唇を震わせながら、こう呟く。
「だから……モフモフしたいなら、私にして」
「……」
――天狐さんが自分からモフモフを望んでる?嘘でしょ?
あまりに自分に都合のいい展開に、思わず自分のほっぺをつねる私。
ほっぺはちゃんと痛かった。
「何をやっているの?早く撫でて」
「あ、うん!」
言われるがまま、私は天狐さんの尻尾を撫で始める。
すぐに嫌がると思った。
「……」
でも、天狐さんは嫌な顔一つするどころか、すごく気持ちよさそうで……。
――何でこんなに心を許してくれてるの?私、何かしたっけ……?
これまでのことを思い返してみる。
――心当たりは一ミリもない!でも、でも……!!
「……ニヤニヤして。嬉しそうね」
「うん!私、今すっごく嬉しいよ!」
***
それから少しして、猫カフェを後にする私たち。
天狐さんはすっかり人の姿に戻り、私と一緒にショッピングモールをフラフラしている。
「いや~、三十分あっという間だったね」
「……そうね」
「結局、あれから天狐さんしかモフモフしてなかったけど……猫ちゃんたちには悪いことしたな」
「どうせ気にしてないわよ。あなた以外にも構ってくれる客なんていくらでもいるもの」
「うわ〜、辛辣だな〜」
そこで、私はふと気付く。
「ってことはさ、天狐さんには構ってくれる人が私しかいないってことに……」
「シッ!」
「痛……っ!!」
余計な一言だった。
天狐さんに脛を思いっきり小突かれた私はその場でヒーヒーと悲鳴を上げる。
「……ねえ、化狩さん。モフモフしたくなったら教えて」
「もしかして、お願いしたらモフモフさせてくれる感じ!?」
――夢にまで見た、モフモフし放題がまさか現実に!?
「……今日みたいなことがないように、『たまに』ならさせてあげなくもないわよ」
天狐さんはそっぽを向きながら、ボソボソと呟く。
「ええ〜、たまになの〜!?」
「文句があるなら、これまで通りにするわ」
「ごめんなさい。たまにで大丈夫です。もう十分なくらいです!」
「よろしい」
とりあえず、交渉成立。
今までよりモフモフチャンスが増えると思えば、全然悪くない。
「先に言っておくけれど、モフモフするのは尻尾だけよ」
「……はい!?無理無理!他のところもモフモフさせてよ!」
「絶対に嫌!」
「そ、そんな〜」
どうやら、私の理想のモフモフライフにはまだまだ程遠いらしい。
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