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第3話 天狐さんは名前を呼んでくれない。

 天狐さんはいつも近寄り難いオーラを出している。

 でも、別に社交性がないわけじゃない。


「天狐さん、おはよう!」

「……おはよう」


 天狐さんは挨拶をすれば、きちんと返してくれる。

 馴れ合いたくないけど、必要最低限の関わりはきちんとする、そういうスタンスらしい。


 でも、正直言って物足りない。


「天狐さん、何で英単語帳読んでるの?今日って、何かあったっけ?」

()()()、何を言っているの?今日は単語の小テストよ」

「ええ!?テストなんて聞いてないよ!」

「前の授業で言っていたじゃない」

「やば……聞いてなかった。天狐さん、お願い!今から勉強するからテストに出そうなところを教えて!」

「私は手を貸さないわ。()()()のためにならないもの」

「天狐さんのケチ!」

「……連絡を聞いていなかった()()()の自業自得でしょう」


 特にこれ。

 私は「天狐さん」って呼ぶのに、天狐さんが私を呼ぶ時は決まって「あなた」。

 せっかく仲良くなれたのに、私は未だ名字さえ呼んでもらえない。


 だから、あなた呼びから卒業したい。

 せめて、名字……いや、ここはいっそのこと名前で呼ばれたい。


 ***


「――というわけで!天狐さん、名前で呼んで!」


 放課後、屋上に着いて早々に天狐さんへ提案。

 すると、天狐さんは面倒くさそうに表情を曇らせる。


「どうして、あなたを名前で呼ばなきゃいけないのよ?」

「だって、友達じゃん!」

「私、あなたと友達になった覚えはないのだけど?」

「う、嘘でしょ!?」


 ショックで膝から崩れ落ちる私。


 ――私たち、まだ友達じゃなかったんだ……。


 もう何回もこの屋上で会って、喧嘩も乗り越えて、狐の秘密も少しずつでも共有してもらえるくらい仲良くなったのに。


「じゃあ、名前だけ!せめて名前だけでも呼んで!」

「嫌」

「何で!?私、いつまでも『あなた』って呼ばれ続けるの嫌だよ!ねえ、呼んで?天狐さん!」

「……面倒くさいわね」


 天狐さんは小さく溜息をつく。


「……一回だけよ」

「ええ、一回だけ?」

「文句を言うなら、やらない」

「一回でいいです!高望みはしません!」

「まったく。どうして私がこんなことを……」


 ブツブツと文句を言いながら、私の前に正座をする天狐さん。

 すると、天狐さんは妙に真剣な面持ちでじーっとこっちを見つめ始める。


「それじゃあ、いくわよ」


 天狐さんはふーっと息を吸い込む。

 吸い込んで、吸い込んで。


 吸い込んで……吸い込んで……。


「あの〜、天狐さん?いつになったら呼んでくれるの?」


 私の質問にビクッと肩を震わせること天狐さん。

 直後、キッと鋭い視線を返してくる。


「……文句を言うならやらないわよ」

「ごめんなさい」


 ――えっと……名前を呼ぶだけだよね?


 どうして天狐さんがこんなにも真剣なのかよく分からないので、ちょっと考えてみる。

 そこで、ふと思い当たる節を見つける。


「もしかして、名前を呼ぶのってさ、この前みたいに天狐さんの一族にとって大事なことだったりする?」

「……別にそんな儀式やしきたりはないわ」

「そうなんだ」


 ――そっか、狐の文化は関係ないんだ。よかった……え?関係ないの……?


 天狐さんを傷付けるようなことにならずホッとする一方、頭の上には大量のハテナが浮かぶ。


 ――じゃあ、この時間は何?


 天狐さんは私を射殺そうとするかのような、尋常じゃない表情を浮かべている。

 邪魔したら食い殺されそうなので、大人しくしているしかなさそう。


「い、いくわよ……準備はいい?」

「うん。いつでもどうぞ」


 そして、天狐さんは口を開こうとした次の瞬間……。


 ポン。


 何故か、狐耳がピョコッと飛び出す。


「ほえ……?」


 あまりに予想外の展開に、変な声が出た。


「天狐さん、どういうこと?」

「〜〜っ」


 天狐さんの顔は真っ赤っか。

 唇を噛み締めながら、正座のままその場で縮こまって、耳をペタンと垂らしている。


「もしかして……天狐さん、名前で呼ぶのが恥ずかったりする?」

「そ、そんなことあるわけないでしょう!これはただ慣れていないだけよ!家族以外で名前を呼ぶような相手が今までいなかったの!」


 めっちゃ早口な上に、聞いてないことまで喋ってくれるテンパり天狐さん。


「つまり、今まで友達を作ったことがない感じ?」

「っ!?」


 天狐さんの耳がピョコンと飛び上がったかと思うと、次の瞬間にはしおれていくみたいに力を失っていく。


「……そうよ。あなたの言う通りよ。友達なんていたことないわ。今まで一人もね。仕方がないじゃない」


 そう言って、天狐さんは自分のスカートを握りしめる。


「私は純粋な人間ではないのよ。私にとって、正体を隠して生きることが一番なのよ。友達なんて……作れるわけないじゃない……」

「天狐さん……」


 天狐さんの主張は分かる。


 天狐さんは特異な存在だ。

 全員が全員、天狐さんの本当の姿を受け入れてくれるとは限らない。

 だから、天狐さんは「友達を作らない」という一番確実で簡単な方法を取ったのだ。


 ――でも、だったらさ……。


「私は友達でよくない?」

「え?」

「私は天狐さんの正体をもう知ってるんだしさ。それに私はもう天狐さんのことが大好きだから!」

「だっ!?」


 天狐さんは声を上げながら、尻尾を飛び出させる。


「だって、天狐さんのモフモフは世界一なんだもん!嫌いになることも絶対にないって、私は断言……痛いっ!?天狐さん!?どうして蹴ってくるの!?」


 天狐さんに対するモフモフ愛を語っていたら、どういうわけか天狐さんに小突かれる。

 しかも、向けられる無言の圧が凄まじい。


 私、何か天狐さんを怒らせるようなことを言っただろうか。


「と、とりあえず言いたいのは、私は天狐さんの友達として最適ってこと!どう?私と友達になろうよ?」

「……」


 天狐さんは私をじっと見つめてくる。

 かと思えば、視線を忙しなく左右に動かす。


 そして、しばらくすると、閉じていた口をゆっくりと開けて……。


「……仕方ないから、友達になってあげるわ。断ったら断ったで、うるさくて面倒だろうし」


 なんとも乗り気ではなさそうな返事。

 でも、そんな天狐さんの背後でブンブン暴れて嬉しそうにしている尻尾を私は見逃さない。


 ――天狐さん、素直じゃないな〜。


「それじゃあ、これから友達としてよろしくね!天狐さん!」

「……」


 天狐さんは視線を逸らして照れる。


「ね、ねえ……あなたのこと、名前で呼んだ方がいいかしら?」

「え!呼んでくれるの?」

「友達だもの。仕方ないから、呼んであげるわ」


 そう言うと、天狐さんは再び私の前で正座。

 赤くなったままの顔で機嫌をうかがうかのように、チラチラと私を見てくる。


 何だか天狐さんの緊張感が伝わってくるようで、私もドキドキしてきた。


「ゆ、ゆう……り……?」


 ――〜〜〜〜〜っ!!天狐さんが私の名前を呼んでくれたっ!


 震えている上に途切れ途切れな声。

 でも、待望の「あなた」呼び卒業の瞬間に、嬉しさがドバーッと溢れて、その場で飛び上がってしまいそうになる。


「こ、これでよかった……?」

「うん!最っ高だよ!今、私すっごく嬉しい!」

「そう。よかったわね」

「それじゃあ、お返しに私も!」

「え!?それは、ちょっと待――」

「慧」

「……っ!?!?」


 私が名前を呼んだ瞬間、天狐さんの目がカッと見開かれて、全身の、特に耳と尻尾の毛がブワッと逆立つ。


 ボフン。


 天狐さん、ついに狐に。

 しかも、何故か地面に転がった状態で、前足で目を覆う謎ポーズ。


「天狐さん、何そのポーズ!?めちゃくちゃ可愛いんだけど!」

「だ、ダメ。死んじゃう……」

「ん?どうしたの?」

「あなた、私を名前で呼ぶの禁止!」

「ええ!?何でいきなり……もしかして、名前で呼ばれるの恥ずかしかったとか?」

「そ、そんなわけないでしょう!ただ、あなたに名前を呼ばれた瞬間、心臓が破裂しそうになっただけよ!」


 相変わらず、テンパると隠したいことをまったく隠せなくなる天狐さん。


 ――これはフリなの?天狐さんって真面目だし、フリじゃない可能性の方が……って、あれ?これって絶好のモフモフチャンスじゃ……?。


 心の中でニヤリ。

 そして、少しでも耳に残るように甘い声で……。


「……慧」

「シッ!」

「痛っ~~~~!!」


 名前を呼んだ瞬間、猫パンチならぬ、狐キックが私の脛にクリーンヒット。

 激痛で転げ回りながら、「天狐さんをもっと恥ずかしがらせて骨抜きに……作戦」を実行してしまったことを全力で後悔する。


「……次、私の名前を呼んだ時点で友達関係は即刻終了。分かった?」

「ええ~、どうしてもダメ?」

「絶対にダメ」


 その後、何度か説得を試みたものの、天狐さんは名前呼びを断固拒否。

 結局、名字呼びで手打ちとなったのだった。

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― 新着の感想 ―
読みにきました! とてもテンポが良くて、読みやすかったです。 なんとも微笑ましくて、可愛らしい話でした。 私も天狐さんもふりたいです。 これからもがんばってくださいね
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