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第2-2話 天狐さんは怒っている。

 最近、私の学校生活は重苦しくて、味気ない。

 原因は分かってる。


 全部、私のせいだ。


「天狐さん、おはよう!」

「……」


 天狐さんはまるで私の声が初めから聞こえていないかのように無視。

 目が合っても、次の瞬間にはそっぽを向いてしまう。

 終いには私が近付くと、反発する磁石みたいに離れていく。


 ――天狐さんと仲直りがしたいな……。


 まずは謝りたい。

 でも、天狐さんはあんな感じだから、謝ろうにも謝れない。


「……今日も開かない」


 放課後になっても、屋上へと続く扉は固く閉ざされている。

 この数日、ここはいつもこんな感じだ。


 ふと思い出す、あの時の天狐さんの姿。

 涙で潤んだ瞳は今も鮮明に焼き付いていた。


「はあ……天狐さんとはもうこのままなのかな……?」


 ***


 放課後の帰り道、偶然私は見慣れた後ろ姿を見つけた。

 天狐さんだ。


 でも、なんだか様子がおかしい。

 足取りがやけに重くて、ふらふらしている。

 凛としているいつもの天狐さんとは別人みたいだ。


「天狐さ――って、ちょちょちょっ!」


 ――天狐さん、出てる!耳と尻尾が出ちゃってる!


 どういうわけか、突然耳と尻尾を出す天狐さん。

 でも、天狐さん自身はそのことに気付いていなさそう。


「え!?何あれ!?」

「あれ本物……?」


 決定的な瞬間は私以外誰も見ていない。

 でも、狐耳と尻尾を生やした女子高生は当然注目を集める。


「嘘っ!?いつの間に出て……っ!?」


 遅れて気付き、慌てて耳と尻尾を隠そうとする天狐さん。

 でも、もう天狐さんの姿は名前も知らない誰かのスマホに保存されていた。


 ――やばい、やばい!このままじゃ、天狐さんのことが世界中に拡散されちゃう!


 天狐さんの正体が皆に知られたら、きっともう天狐さんとは会えなくなる。

 それはつまり、もう天狐さんのことをモフモフできなくなるわけで……。


 ――なんとか誤魔化さないと!そうだ!


 一か八か、私は天狐さんのもとへと駆け出す。


「天狐さん!こんなところにいた!」

「あ、あなた……どうして!?」

「天狐さん、ダメじゃん。コスプレ衣装を着けたまま帰るなんて!」


 名付けて、「コスプレってことで誤魔化しちゃおう作戦」である。


 ――お願い、話を合わせて!


 私は目で天狐さんに訴える。


 突拍子もない私の言葉に戸惑う天狐さん。

 だけど、すぐにその意図に気付いてくれた。


「ごめんなさい。あまりにも違和感がなくて、着けていたことを忘れてしまっていたわ」


 違和感なしの完璧なアドリブ。

 流石は天狐さんだ。


「……何だ。コスプレか」

「すごいリアル!本物かと思った!今のコスプレってすごいんだね」


 私たちのやり取りを聞いて、周りの人たちはコスプレで納得してくれた。

 とりあえず、天狐さんの正体はバレなくて一安心。


 ***


 その後、私と天狐さんは近くの公園へ避難。

 幸いなことに利用者はなく、私と天狐さんの二人きり。


「……ありがとう。助かったわ」

「えへへ。その場の思い付きだったけど、うまくいって良かったよ」

「……」 


 会話終了。

 天狐さんは視線を逸らして、無言になる。


 ――やっぱり避けられてる……。


 今までみたいに逃げることはないけど、明確に壁を感じる。

 話しかけたいけど、話しかけたらまた怒鳴られそう。


 ――でも、仲直りのチャンスはここしかない!


「天狐さん!この前は勝手にお腹触って、ごめんなさい!」


 限界まで頭を下げて謝る。

 でも、天狐さんは何も返してくれない。


 ――やっぱり、もう天狐さんとは仲直りできないのかな?


「……動物にとって」


 諦めかけたその時、天狐さんはぽつりと呟いた。


「お腹は弱点の一つ。だから、普通は心の底から信頼している相手にしか触らせないの。動物好きなあなたなら、知らないはずないわよね」

「……うん」

「それは私たち一族でも一緒なの。あの姿の時は」

 

 ——やっぱり。


 天狐さんが泣きながら屋上を去っていったあの時から、何となく分かってた。

 だから、避けられて当然なのも分かってた。


「天狐さん、ごめんね。あの時の私はモフモフのことで頭いっぱいになっちゃって……よく考えたら、無理矢理変身させてお腹まで触るとか、マジで最悪だよね。本当にごめんなさい」

「……もうお腹には勝手に触らないって、誓ってくれる?」


 それって……。


「許してくれるの?」

「……あなたの返答次第では、ね」


 私の視線から逃げるように顔を背けて、そう言う天狐さん。


 ――私、あんな酷いことしたのに……!


「誓う、めっちゃ誓うよ!もう絶対勝手にお腹を触ったりしない。天狐さんを傷付けるようなことはしない。だから、だから……仲直りさせて!」

「……」


 天狐さんは何も言ってくれない。


 ――何も言ってくれないってことは、ダメなのかな……?


「……し」


 諦めかけたその時、天狐さんの口から漏れた小さな声を耳にする。


「仕方ないわね」

「っ!?天狐さん!」


 嬉しくて、胸の奥がキュッと締め付けられる。

 次の瞬間、私は天狐さんの胸へと飛び込んでいた。


「きゃっ!?」


 身体をビクッとさせながら、耳と尻尾の毛を逆立てる天狐さん。


「ちょ、ちょっと!あなた、突然何をして……!?」

「何って、ハグだけど?」

「どうして、突然ハグをする流れになるのよ!?」

「天狐さんと仲直りすることが嬉しくて……つい。って、あれ?」


 天狐さんの顔が真っ赤なことに気付く私。


「天狐さん、どうしたの?顔真っ赤だよ」

「あなたがハグなんてするからでしょう……」

「ええ?ハグされた恥ずかしがってるの?友達同士でハグはよくあることじゃん」

「どこの国の常識を言ってるの!?ここは日本よ!それに、いつ私とあなたが友達になったのよ!もう、早く離れなさい。このハレンチ!」


 何でそんなに恥ずかしがるのかよく分からないまま、引き剝がされる私。

 それと、まだ友達じゃないのが地味にショック。


 でも、ちょっとだけいつもの感じが戻ってきた気がする。


「改めて、もう勝手にお腹は触らないって約束するね」

「できれば、もうモフモフも止めて欲しいのだけど」

「そんなの絶対に嫌!天狐さんをモフモフすることは私の人生そのものなんだから!」


 ――あ、しまった……。


 思わず口が勝手に動いてしまった。

 でも、それくらい天狐さんの毛並みは最高なのだ。

 あの毛並みをモフモフできなくなったら、私はモフモフ不足でそのまま死んでしまうだろう。


「……まったく、あなたって人は」


 口元に指先を添えて、クスクスと笑い声を漏らす天狐さん。


 ――天狐さんが笑ってるところ、初めて見た。


 もしかしたら、私が天狐さんの笑顔を見た最初の生徒かもしれない。

 それくらい天狐さんの笑顔は激レア中の激レアなのだ。


 ――今回のことで、ちょっとは天狐さんと仲良くなれたってことかな……?


「まあいいわ。この話はこれでおしまい。来て」

「え!?天狐さん、待って」


 天狐さんが向かった先は、公園にあるベンチだった。


「座って」

「わ、分かった……」


 訳が分からないまま、私はベンチに腰掛ける。

 すると、天狐さんはポンッと狐の姿に変身して……。


「て、天狐さん!?何で私の膝の上に!?」

「また人前で元の姿に戻りかけてもいけないでしょう?だから、少し休むわ。あなたはその間、周囲を見張っているのよ。分かった」


 そう言って、私の膝の上で丸くなる天狐さん。

 余程疲れていたのか、そのまますぐにスースーと穏やかな寝息を立て始める。


 ――私の目の前に、天狐さんが……ああ、モフモフしたい!


 スカート越しでもはっきりと感じる、天狐さんの毛並みのふわふわ具合。

 布越しでこのふわふわを感じるのも最高だけど、欲を言えば、そのふわふわを直接肌で味わいたい。


 ――仲良くなれたわけだし、お腹以外をちょっとだけ触るなら……いいよね?


 天狐さんを起こさないよう、そっと手を伸ばす。


「……本当にブレないわね」

 

 パチッと見開かれた天狐さんの目が私をじっと見つめる。

 どうやら、寝たふりだったらしい。


「私、触っていいとは一言も言ってないわよ。次、触ろうとしたら絶交だから。分かった?」

「そんなぁ!?この状況でモフモフをお預けなんて、生殺しもいいところだよ……!」

「だから罰にちょうどいいのよ。私を怒らせたらどうなるか、その身でじっくり味わいなさい」

「え!?まだ怒ってたの?さっき仲直りしたんじゃなかったの!?」

「仲直りしたからって、私の怒りが消えるわけではないのよ?」

「それズルくない!?」

「残念だけど、ズルいのは当たり前よ。だって、私は狐だもの」


 天狐さんは意地悪そうにニヤリと笑みを浮かべると、また眠り始める。


 ――天狐さんがまた無防備に!ああ、モフモフしたい……でも、天狐さんと絶交なんてしたくない。でも、モフモフしたい。でも、でも……く、うううっ!!。


 天狐さんが目の前にいるのに、モフモフできない。

 しかも、天狐さんが膝の上にいるせいで逃げることもできない。


 ――天狐さんと仲良くなれた?違う、騙されたんだ!化かされたんだ!こんなのあんまりだよっ!殺して……いっそのこと、殺してよーっ!


 心の中で悲鳴を上げるまで、数秒と持たなかった。

 そして、この地獄のようなお仕置きは、ここから三十分も続いたのだった。

※2025/9/1に本文の内容を更新しました。

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